またも、昔話ですが”ずしん”と心に響くものがありました。
平安末期、京に遠藤盛遠という、気性の荒々しい武士がおった。
ある日のこと、町に出た盛遠は、前を通り過ぎる一人の女性を見るなり、その美しさにすっかり心奪われてしもうたそうな。
ところがその人は、盛遠とはいとこにあたる「袈裟」という女性、しかもいまはすでに、「渡辺渡」という若武者の妻となっておるという。
盛遠はその日から、寝ても覚めても、袈裟のことばかり考えるようになってしもうたそうな。
そうして悩みに悩んだ末、盛遠は袈裟の母、衣川を訪ね、
「袈裟を妻にほしい」
ときりだした。
驚いたのは衣川じゃった。すでに娘は人妻の身、きっぱり断ると、盛遠は太刀を抜いて一目だけでもあわせろとしつこくせまってくる。
仕方なく承知し、盛遠を帰らせた衣川は、さっそく袈裟に事情を話した。
そうして 「あの男は、いずれ私を殺すに相違ない、どうせなら可愛いお前の手にかかって死にたい、どうかひと思いに私を殺しておくれ」と、短剣を差し出し、泣きながら訴えたそうな。 思い余った袈裟は、死ぬ気になって一度だけ盛遠に会うことにした。
ところがいざ会ってみると、盛遠はどうしても袈裟を返そうとはせん。それどころか、またも太刀をひきぬいて、袈裟をおどす始末じゃった。
袈裟は途方に暮れてしもうたが、やがて何やら思い切ったように顔をあげると、
「私を妻にしたければ、夫を殺して下さい。今夜夫に酒をのませ髪を洗わせて寝かせますゆえ、濡れた髪を探って首を討って下さいませ」
と言うたそうな。
これを聞いた盛遠は、とび上がって喜んだ。
夜になるのを待って袈裟の屋敷に忍び込むと、濡れた髪を探って首を討ち落とし、着物にくるんで家に持ち帰った。
ところが、帰って首を見るなり、盛遠は驚きの声をあげ、その場にうち伏した。
なんということか、盛遠の討った首は「渡」のものでなく、あの優しい袈裟の首だったんじゃ。
自らを犠牲にしてまで夫への貞節を貫いた袈裟の心に、さすがの盛遠も深くこころを打たれた。
そうして再び渡辺の屋敷を訪れると、一部始終を物語り、静かに自分の首をさし出したという。
これを聞いた渡は、大そう驚き、色を失って怒ったものの、
「今さらそなたを切ったところで何になろう、それより今となっては、そなたも私も、亡き袈裟の霊を慰めるのが、一番の供養ではないか」
と言うてな、静かに自分の髪を下ろしたそうな。
続いて盛遠も出家し、名も”文覚”(もんかく)と改めて、ひたすら袈裟の供養に明け暮れたと言う。
今、京都の恋塚寺には、「袈裟御前」・「渡辺渡」の像と共に文覚上人の像も安置されている。
人を好きになるのは、致し方ありませんが、もっと理性があっても?・・・
でもこれが、人を好きになる!ということでしょうか・・・