愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題421 実朝 金塊集-2

2024-09-01 13:38:33 | 漢詩を読む

春19 (定家 春・104) 

  [詞書] 山ふきの花を折らせて人のもとにつかわすとて 

散残る岸の山ぶき春ふかみこのひと枝をあはれといはなむ 

 (大意) 春が深まって 岸辺の散り残った山吹の花 手折ったひと枝 いとおしいと言ってもらいたいものだ。   

<漢詩>

  赠友人一枝花 友人に贈る 花一枝    [下平声一先韻]

臨岸棣棠花, 岸に臨んで棣棠(ヤマブキ)の花あり,

春深後凋娟。 春 深(フコウ)して後凋(コウチョウ)娟(エン)なり。

一条攀採贈,  一条(エダ)攀(ヒ)きて採(ト)り贈る,

乃願説可憐。  乃(スナワ)ち 願わくは 可憐(アハレ)と説(イウ)を。

<簡体字表記> 

   赠友人一枝花   

临岸棣棠花,春深後凋娟。

一条攀采赠,乃愿说可怜。     

現代語訳> 

 <友に花一枝を贈る> 岸辺にある山吹の花、春が深まって散り残っている花が麗しい。人に差し上げようと、ひと枝を引いて採り贈る、何ともいとおしい と言ってほしいものであるよ。

[注記] 晩春から初夏にかけて、枝に黄色い花を連ねてつける山吹、特に八重咲の花は印象的である。金槐集では山吹に関わる歌12首が収められている。山吹に対し、特に思い入れがあるのであろう。

 

 

《夏の部》 

 

夏1 (定家 夏・123) 

  [詞書] 郭公を待つ 

郭公(ホトトギス)必ず待つとなけれども夜な夜な目をもさましつるかな 

 (大意) ホトトギスが来て鳴くのを是非に待つということではないのだが、もしや来るのではないかと 夜な夜な目をさますのだ。

<漢詩> 

 等初声    初声を等(マ)つ     [上平声十灰 ] 

杜鵑鳴覚夏, 杜鵑(トケン)鳴いて 夏来たるを覚(オボ)ゆ, 

不必須等来. 必須(カナラズ)しも杜鵑の来るを等(マツ)にはあらず。 

或許会来叫, 或許(モシ)や来て叫(ナ)くに会えるやもしれず, 

每夜醒頻催. 每夜(ヨゴト)醒(メザメル)こと頻(シキリ)に催す。 

<簡体字表記> 

  等初声    

杜鹃鸣觉夏,   不必须等来.   

或许会来叫,   每夜醒频催.   

現代語訳>

  <忍び音を待つ> ホトトギスの鳴き声を聞くと夏の訪れである、是非にもホトトギスを待っているというわけではないが。もしや鳴き声が聞けるかもしれないと、夜な夜な しきりに目を醒ますのである。

[注記] 建暦元年(1211)、実朝が、永福寺を尋ねた折の作。

 

夏2 (定家 夏・127)  (『風雅集』夏・332)

  [詞書] 敦公

あしびきの山時鳥み山いでて夜ぶかき月のかげに鳴くなり 

 (大意) 山ホトトギスが 深山の奥から出て来て 深夜に月光のもとで鳴くようになったよ。   

<漢詩>

   杜鵑鳴月影間 杜鵑 月影の間に鳴く [下平声一先-上平声十五刪韻] 

夜深山杜鵑, 夜深(フカ)く 山杜鵑(ヤマホトトギス), 

逢時出深山。 逢時(トキヲエ)て 深山(ミヤマ)を出(イ)ず。 

月亮何明浄, 月亮(ゲツリョウ) 何ぞ明浄(メイジョウ)たる, 

嚶嚶月影間。 嚶嚶(オウオウ)たり 月影(ツキカゲ)の間。 

<簡体字表記> 

  杜鹃鸣夜深月影间 

夜深山杜鹃, 逢时出深山。 

月亮何明净, 嘤嘤月影間。 

現代語訳> 

 <月影で鳴くホトトギス> 深夜 山ホトトギスは、時よろしく、深山を出たようだ。月の何と明るく美しいことか、月光輝く中で、友を求めて鳴いているか。

 

 

 

夏3 (定家 夏・139)  (『続拾遺集』547)  

  [詞書] 故郷(フルサト)の盧橘(タチバナ)  

いにしへをしのぶとなしにふる里の 夕べの雨ににほふ橘  

 (大意) 昔を懐かしく思うというわけではなしに故郷にいて、夕方の雨に「昔を思わせる」という橘の花の匂いがすることよ。

<漢詩>

    故郷盧橘    故郷(フルサト)の盧橘(ロキツ)    [下平声七陽韻]             

無意緬懷昔, 昔を緬懷(シノ)ばんとの意(イト)は無くて,

欲暫留在郷。 暫(シバシ) 郷(フルサト)に留まらんと欲す。

霏霏夕暮雨, 霏霏(ヒヒ)たり夕暮の雨,

籠罩橘花香。 橘(タチバナ)の花の香 籠罩(タチコメ)てあり。

<簡体字表記> 

 故郷盧橘   

无意缅怀昔, 欲暂留在乡。

霏霏夕暮雨, 笼罩橘花香。

現代語訳>

  <故郷の橘> 特に昔を偲ぼうとの思いがあるのではないのだが、しばし故郷に留まるつもりでいる。しとしとと五月雨が降る夕暮れ、橘の花の香りが漂ってきた。昔の事どもが思い出されるよ。

 [注記] 「五月まつ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする(よみ人知らず 『古今集』夏・139)」:この歌以来、 “橘の花の匂い”は 昔を思わせるもの というのが常識となった由である。

 

 

 

夏4  (定家 夏・141)  (『新後撰集』 209)

   [歌題] 郭公  

郭公きけどもあかず立花(タチバナ)の花ちる里のさみだれのころ  

 (大意) ほととぎすの声はいくら聞いても飽きない。橘の花が散る、五月雨の降る頃。

<漢詩>

  聴杜鵑        杜鵑を聴く     [上平声八斉韻‐四支韻]  

不断杜鵑啼, 杜鵑(ホトトギス) 啼(ナ)くこと断(タエ)ず,

貪聴不自持。 貪聴(ムサボリキク)を自持(ジセイ)することなし。

故郷橘花謝, 故郷 橘(タチバナ)の花 謝(チ)る,

正是梅雨期。 正(マサ)に是(コ)れ 梅雨(サミダレ)の期(コロ)。

<簡体字表記> 

  杜鹃     

不断杜鹃啼, 贪听不自持。

故乡橘花谢, 正是梅雨期。

現代語訳> 

  <杜鵑を聴く> ホトトギスは鳴くを止むことなく、鳴いており、聞き厭きることなく 貪るように聞いている。故郷では 橘の花が散り始めた、五月雨の頃である。

 

 

 

 

《秋の部》

 

秋1 (定家 秋・155)  (『新続古今集』巻四・秋上・347)

 [詞書] 七月(フミヅキ)一日(ツイタチ)のあしたよめる 

きのふこそ夏は暮れしか朝戸出の衣手さむし秋の初風 

 (大意) 昨日こそ 夏が終わったのであろう、朝の外出時に袖口の寒さを覚えたよ、きっと秋の初風に違いない。 

<漢詩>

初秋風   初の秋風     [上平声一東韻] 

無端知昧旦, 無端(ハシナクモ) 昧旦(マイタン)に知る、

先已晚蝉終。 先(マ)ず已(スデ)に 晚蝉(ヒグラシ)終(ヤ)む。

早班袖口冷, 早班(ハヤデ)に袖口(ソデグチ)冷(サム)く,

応是初秋風。 応(マサ)に是(コ)れ 初の秋風。

<簡体字表記> 

 初秋风   

无端知昧旦, 先已晚蝉终。   

早班袖口冷, 应是初秋风。

現代語訳>

  <秋の初風> 偶然にも今朝早くに知ったのだが、先に蜩(ヒグラシ)の鳴くのは終(ヤ)んでいる。早朝の早出で外に出ると、袖口が寒かったよ、まさに秋の初風のせいであろう。

 

 

 

秋2 (定家 秋・158) 

  [詞書] 蝉の鳴くをきゝて 

吹く風は涼しくもあるかおのずから山の蝉鳴きて秋は来にけり 

 (大意) そよ風が涼しくなってきたかと思うと 山からツクツクブシの鳴き声が聞こえてきた、秋の訪れが実感されるようになったよ。

<漢詩> 

聞寒蝉       寒蝉(カンセン)を聞く     [下平声七陽韻] 

何処微風至, 何処(イズコ)よりか微風至り,

蕭蕭覚快涼。 蕭蕭(ショウショウ)として快(ココロヨ)い涼を覚ゆ。

遙聞山蝉叫, 遙(ハルカ)に聞く 山蝉(サンセン)の叫(ナ)くを,

茲自悟秋陽。 茲(ココ)に自(オノズ)から秋陽なるを悟る。

<簡体字表記> 

   闻寒蝉      

何处微风至, 萧萧觉快凉。

遥闻山蝉叫, 兹自悟秋阳。

現代語訳>

  <寒蝉を聞く> 何処からともなく そよ風が吹きわたり、木の葉が揺れて 涼しさが快い。遥かに山の方からツクツクボウシの鳴く声が聞こえてくる、自ずと秋の訪れが感じられるようになったよ。

 

 

 

 

 

秋3 (定家 秋・166)  (『新勅撰集』 巻四・秋上・208)

 [詞書] 秋のはじめによめる

彦星の行き逢いを待つひさかたの天の河原に秋風ぞ吹く 

 (大意) 牽牛星が 織女星と行きあうのを待っている天の河原に秋風が吹いている。

<漢詩> 

 等待織女牽牛星   織女を等待(マツ)牽牛星    [上平声一東韻] 

金氣滿天漢, 金氣 天漢に滿ち,

牽牛対岸濛。 牽牛の対岸 濛(モウ)たり。

側足須織女, 足を側(ソバ)だてて織女を須(マ)つ,

只有素秋風。 只(タダ) 素秋の風のみ有り。

<体字表記> 

    等待织女牵牛星  

金气满天汉,牽牛对岸濛。

側足须织女,只有素秋风。

現代語訳> 

  <織り姫を待つ彦星> 天の河には秋気漲って、彦星の立つ河の対岸は霞んでいる。彦星は岸辺で爪先立ちして 織り姫の来るのを待っているが、ただ 秋風が吹きすぎていくばかりである。

 

 

 

 

秋4  (定家 秋・182)  (『新勅撰集』巻四・秋上・237)

 [歌題] 故郷萩 

故郷のもとあらの小萩いたづらに見る人もなしみさきか散るらむ 

 (大意) 故郷の小萩は、根ぎわの葉が疎らになっている、見る人もなくて空しく咲き、空しく散っているのであろう。 

<漢詩> 

  懷鄉胡枝子  鄉の胡枝子(ハギ)を懷(オモ)う   [上平声五微韻] 

故鄉庭上樹, 故鄉の庭上の樹,

根柢葉稀稀。 根柢(コンテイ)の葉 稀稀(キキ)なり。

紫葩無人見, 紫の葩(ハナ) 見る人も無く,

徒開復衰微。 徒(イタズラ)に開き 復(マタ)衰微(スイビ)すらん。                                                                                                                                                                                                                                                

<簡体字表記> 

 怀乡胡枝子  

故乡庭上树, 根柢叶稀稀。

紫葩无人见, 徒开复衰微。

現代語訳>

 <故郷の萩を懷う> 故郷の庭にある萩の木、根っこの葉は疎らに。赤紫の花は、見る人もなく、むなしく咲き、またむなしく散っているのであろう。

 

 

 

 

 

秋5 (定家 秋・186)  (玉葉集 486)

 [詞書] 夕べの心を詠める 

たそがれに物思ひをれば我が宿の荻の葉そよぎ秋風ぞ吹く

  (大意) 黄昏、物思いに耽っていると、屋敷の庭の荻の葉をそよがして秋風が吹く。

<漢詩> 

 孟秋黄昏心情    孟秋黄昏の心情     [下平声十一尤韻] 

黃昏時分暮雲收, 黃昏の時分 暮雲收(オサ)まり,

陷入沈思自休休。 沈思に陷入(オチ)いり自ずから休休(キュウキュウ)。

瑟瑟秋風撫摩面, 瑟瑟(シツシツ)たる 秋風 面を撫摩(ブマ)し,

垣牆荻葉搖様悠。 垣牆(エンショウ)の荻葉 搖様(ヨウヨウ)悠なり。

<字表記> 

 孟秋黄昏心情   

黄昏时分暮云收, 陷入沉思自休休。

瑟瑟秋风抚摩面, 垣墙荻叶摇样悠。

現代語訳> 

<初秋黄昏時の心情> 夕暮れ時分 暮雲が収まり、物思いに耽って心穏やかである。そっと秋風が吹き抜け 頬を撫でる、垣根の荻の葉が緩やかに揺れて、長閑である。

 

 

 

 

秋6 (定家 秋・188) 

  [詞書] 庭の萩 わずかに残れるを 月さし出でてのち見るに 散りにたるや 花のみえざりしかば    

萩の花暮れぐれまでもありつるが月出でて見るになきがはかなさ 

 (大意) 萩の花はつい先ほどの日暮れ時まではあったのだが、月が出てから見てみるとなくなっていた、何と儚いことだ。

<漢詩> 

    花生命短暫啊      花の生命の短暫(ハカナ)さ    [下平声六麻韻]   

庭前僅剩胡枝花、 庭前 僅(ワズカ)に剩(ノコ)る胡枝(ハギ)の花、

直到黃昏映彩霞。 直に黃昏到(マデ) 彩霞に映えていた。

月亮上昇来看見、 月亮(ツキ)上昇(ノボ)りて 来て看見(ミル)に、

応憐露水絕紛華。 応(マサ)に憐むべし 露水の如くに紛華(フンカ)絕えたり。 

<簡体字表記> 

 花生命短暂啊   

庭前仅剩胡枝花, 直到黄昏映彩霞。

月亮上升来看见  应怜露水绝纷华。

現代語訳>

  <花の命の儚ないことよ> 庭先にわずかに残る萩の花、つい暮れまでは、夕焼けに映えていて、美しかった。月が昇って、月下に見るに、まさに憐れむべし、儚く、美しい花はなくなっている。

[注記] この歌は、“実朝らしさを表す歌”として、諸家が評価する歌である。

 

 

 

秋7 (定家 秋・190) 

 [詞書] 槿(アサガオ)

風を待つ草の葉におく露よりもあだなるものは朝顔の花 

 (大意) 風が吹けば露が散る。その風前の露よりもなお儚いものは 咲くかと見れば直に萎れる朝顔の花である。

<漢詩> 

短暂命花      命の短暂(ミジカ)い花    [下平声一先韻] 

草葉露華鮮, 草葉の露華(ロカ) 鮮なるも,

待風起寒煙。 風を待ちて 寒煙起る。

牽牛花更憫, 牽牛(アサガオ)の花 更に憫(アワレ)なり,

剛開就萎蔫。 開いた剛(バカリ)で 就(ス)ぐに萎蔫(シオレ)る。

<字表記> 

 短暂命花  

草叶露华鲜, 待风起寒烟。

牽牛花更悯, 刚开就萎蔫。

現代語訳> 

  <花の命の短きこと> 草葉に置いた露は鮮やかであるが、風に遭うと忽ちに煙のように散ってしまう。アサガオの花は 露よりも一層哀れなものだ、朝に咲いたかと思うとすぐに夕には萎れてしまうのだ。

 

 

 

秋8 (定家 秋・192)  (『続後撰集』秋上・297)

 [詞書] 秋歌

朝な朝な露にをれふす秋萩の花ふみしだき鹿ぞ鳴くなる 

 (大意) 毎朝 降りる露の重みに耐えられず、花をつけた秋萩の枝は折れ伏すほどである。鹿は、落ちた花を踏みしだいて彷徨い 鳴いている。

<漢詩>  

 鹿找友鳴     鹿 友を找(モト)めて鳴く    [上平声八斉韻] 

朝朝露盈盈, 朝朝(チョウチョウ) 露珠(ロシュ) 盈盈(エイエイ)たりて, 

秋樹枝折傾。 秋樹 枝 折れ傾く。

雄鹿花踐踏, 雄鹿(オジカ) 花 踐踏(フミシダ)き,

彷徨山奧鳴。 彷徨(サマヨ)いて 山奧に鳴く。 

<簡体字表記> 

 鹿找友鸣     

朝朝露盈盈, 秋树枝折倾。

雄鹿花践踏, 彷徨山奥鸣。

現代語訳> 

 <友を求めて鳴く鹿> 朝な朝な 草木の枝には露が満ちて、秋の花木萩の枝も撓(シナ)っている。牡鹿は花を踏みしだき、山奥を彷徨い 友を求めて啼いている。

 

 

 

 

秋9 (定家 秋・210)  (新拾遺集 巻五 秋下 425)

 [詞書] 月歌とて 

天の原ふりさけみれば月きよみ秋の夜いたく更けにけるかな 

 (大意) 大空を仰ぎ見れば、月がさやかに輝いて、秋の夜がひどく更けてしまっているよ。

<漢詩>   

清澄月夜     清澄(セイチョウ)な月夜    [下平声八庚韻] 

仰望長天眼界清, 長天を仰望すれば 眼界(ガンカイ)清く,

月輪皓皓露晶晶。 月輪 皓皓(コウコウ)として露 晶晶(ショウショウ)たり。

無声氣爽月光徹, 声無く 氣 爽やかにして月光徹(トオ)る,

知是素秋已深更。 知る是(コ)れ 素秋(ソシュウ) 已に深更(シンコウ)。

<簡体字表記> 

    清澄秋月夜   

仰望长天眼界清, 月轮皓皓露晶晶。

无声气爽月光彻, 知是素秋已深更。

現代語訳>

  <澄んだ秋月夜> 澄み切った大空をふりさけ見れば視界は澄んで、円い月は皓皓として輝き、草葉に置く露滴がキラキラと輝いている。物音一切なく、外気は爽やかにして、月光が射しており、秋の季節、すでに夜更けの頃であるよ。

 

 

 

秋10 (定家 秋・221) 

  [詞書] 月前の雁 

天の戸を明け方空に啼く雁の翼の露に宿る月影  

 (大意) 天の戸が開く明け方の空に 鳴きつゝ群れをなして南に渡る雁の群れ、翼に置いた露に月影が美しい球のようにきらきらと輝いている。

<漢詩>  

 月前雁    月前の雁     [上平声一東韻]

月西拂曉空, 月は西に 拂曉(フツギョウ)の空,

邕邕雁如弓。 邕邕(ヨウヨウ)と啼きつつ雁の群れ弓の如し。

翅膀降珠露, 翅膀(ツバサ)に降(オ)く珠(タマ)の露,

輝輝月影籠。 輝輝(キキ)として月影 籠(コ)む。

<簡体字表記>  

 月前雁    

月西拂晓空,邕邕雁如弓。

翅膀降珠露,辉辉月影籠。

現代語訳> 

<月前の雁> 月が西の空に傾いている明け方、雁の群れが鳴き交わしつゝ 弓のような隊形をつくって飛んで行く。翼には珠のような露が降りて、月影を映してきらきらと輝いている。

 

 

 

秋11 (定家 秋・222)   (『新勅撰集』 秋・319〕

 [詞書] 海のほとりを過ぐるとてよめる  

わたのはら八重のしほぢにとぶ雁の翅(ツバサ)のなみに秋風ぞ吹く                    

  (大意) 大海原のその限りなく、幾重にも重なる波の塩路を 雁が列をなして飛んで行く。その雁の翼の波に秋風が吹きつけている。

<漢詩> 

 海上雁行     海上の雁行     [下平声八庚韻] 

汪洋大海亮晶晶, 汪洋たる大海 亮として晶晶(ショウショウ)たり,

重畳無垠潮路平。 重畳し無垠(ムギン)の潮路 平なり。

南去雁行風籟爽, 南に去く風籟(フウライ)爽(サワ)やかに,

秋風吹打翼波亨。 秋風吹打(フキツ)ける翼の波 亨(トオ)る。

<簡体字表記> 

  海上雁行    

汪洋大海亮晶晶, 重叠无垠潮路平。

南去雁行风籁爽, 秋风吹打翼波亨。

現代語訳>

  <海上に帰雁を見る> 洋洋たる大海 浪の華がきらきらと輝いている、幾重にも重なる無限の波の潮路、海面は穏やかに広がっている。南に向かう列を成した雁を遥かに見て 風音が爽やか、その秋風が雁の翼の波に吹き付け 雁行は順調に進む。

 

 

 

秋12 (定家 秋・223)  (『新後撰集』 291)

  [詞書] 海のほとりをすぐるとて 

ながめやる心もたえぬわたのはら八重のしほじの秋の夕暮れ 

 (大意) 大海原の、その限りない潮の流れを眺めているうちに 耐えがたい寂しさを感じた秋の夕暮である。

<漢詩> 

 秋天晚憂鬱  秋天 晚の憂鬱     [上声十三阮韻] 

大海茫茫穩, 大海 茫茫(ボウボウ)として穩(オダヤ)かに,

潮路無際遠。 潮路(シオジ) 際限無く遠し。

碧空遙望尽, 碧空(ヘキクウ) 遙かに望んで尽き, 

寂寞秋天晚。 寂寞(セキバク)たり秋天の晚(クレ)。  

<簡体字表記> 

 秋天晚忧愁  

大海茫茫稳, 潮路无际远。

碧空遥望尽, 寂寞秋天晚。

現代語訳>

  <秋の夕暮れの憂鬱> 大海原は広々として穏やかに、潮路は際限なくはるかに遠い。蒼空は遥かに望む所まで広がり、寂しさを覚える秋の夕暮れである。

 

 

 

 

秋13 (定家 秋・228) 

 [詞書] 田家夕雁 

雁のいる門田の稲葉ちそよぎたそがれ時に秋風ぞふく 

 (大意) 秋の黄昏時、遥かに見る大空には南に渡る雁の群れが目に入る。あばら屋の門前に広がる田園では 稲穂が秋風にそよと揺れている。

<漢詩> 

田家傍晚       田家の傍晚    [下平声七陽韻] 

火焼雲間群雁翔,火焼雲(ユウヤケグモ)の間に 雁の群が翔んでいる,

田園瞭望映金黃。田園 瞭望すれば 金黃(コガネイロ)に映える。

威威搖動門前景,威威(ソヨソヨ)と搖動(ユレ)ている門前の景,  

佳節清商掠稲粱。佳節の清商 稲粱(トウリョウ)を掠(カス)めてあり。

<簡体字表記> 

田家傍晚       

火烧云间群雁翔, 田园瞭望映金黄。

威威摇动门前景, 佳节清商掠稻粱。

現代語訳>

  <田舎の夕暮れ時> 夕焼雲の雲間に雁の群れが飛んでおり、田園遥かに見渡せば、黄金色に映えている。門前で そよそよと稲穂が揺れ動いており、爽やかな時節、秋風が稲を掠めて吹き渡っているのだ。

 

 

 

 

秋14 (定家 秋・237)   (『新勅撰集』 秋・303)

  [歌題] 鹿をよめる 

雲のいる梢はるかに霧こめてたかしの山に鹿ぞ鳴くなる 

 (大意) 雲の掛かっている梢を 見渡す限り遥かに霧が籠めて、高師山に鹿が鳴いている。

<漢詩> 

    聞鹿     鹿を聞く    [入声一屋韻]   

峨峨高師岫, 峨峨(ガガ)たり高師(タカシ)の岫(ヤマ),

雲翳罩山腹。 雲翳(ウンエイ) 山腹に罩(カカ)る。

梢外霧弥漫, 梢外(サンガイ)に霧 弥漫(ビマン)し,

呦呦鳴叫鹿。 呦呦(ヨウヨウ)と鹿 鳴叫(ナ)く。

<簡体字表記> 

  闻鹿      

峨峨高师岫, 云翳罩山腹。

梢外雾弥漫, 呦呦鸣叫鹿。

現代語訳> 

  <鹿の鳴くのを聞く> 高く聳える高師の山、中腹に雲が覆うってあり。梢の向こうでは霧が一面に立ちこめていて、山では鹿が鳴いている。

 

 

 

 

 

秋15 (定家 秋・243)  (『続千載集』秋・下・284)

[詞書] 名所秋月

さゝ浪や比良の山風さ夜深(フケ)て月影さむし志賀の唐崎 

 (大意) 比良山から山風が吹き下ろす中、夜更けて 月が寒々と照らしている志賀の唐崎である。

<漢詩>

   名勝秋月    名勝の秋月     [上声二十三梗韻]   

比良山風過, 比良の山風 過ぐ,

松籟清涼境。 松籟(ショウライ) 清涼なる境(トコロ)。

志賀唐崎畔, 志賀の唐崎の畔(キシベ),

夜深寒月影。 夜深くして 寒き月影。

<簡体字表記> 

   名胜秋月  

比良山風过, 松籁清凉境。

志贺唐崎畔, 夜深寒月影。

現代語訳>

  <名所の秋月> 比良の山から山風が吹き下ろし、麓では爽やかな松籟が響く。志賀の唐崎の岸辺には、夜更けて 寒々とした月影が映えている。

 

 

 

 

 

 

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