実戦にあたって、武蔵は「先手」を重視します。
(P161より引用) 三つの先、一つは我方より敵へかゝるせん、けんの先といふ也。亦一つは敵より我方へかゝる時の先、是はたいの先といふ也。又一つは我もかゝり、敵もかゝりあふ時の先、躰々の先といふ。是三つの先也。いづれの戦初めにも、此三つの先より外はなし。先の次第を以て、はや勝つ事を得る物なれば、先といふ事、兵法の第一也。
先のとり方によって、はやくも勝利を収めたも同然だと言います。
先をとるためには、構えは重要ではありません。むしろ構えに拘るのは、「先手を待つ」という受身の姿勢の表れだと否定します。
(P224より引用) 太刀のかまへを専にする所、ひがごとなり。世の中にかまへのあらん事は、敵のなき時の事なるべし。其子細は、昔よりの例、今の世の法などとして、法例をたつる事は、勝負の道には有るべからず。其あひてのあしきやうにたくむ事なり。・・・兵法勝負の道においては、何事も先手先手と心懸くる事也。かまゆるといふ心は、先手を待つ心也。・・・然る故に、我道に有構無構といひて、かまへはありてかまへはなきといふ所也。
「先手」をとるには強い心が必要です。
その観点から、武蔵は「長い太刀」を否定します。「長い太刀」は弱い心の表れだというのです。
(P214より引用) 他に大きなる太刀をこのむ流あり。我兵法よりして、是をよわき流と見たつる也。・・・世中にいふ、「一寸手まさり」とて、兵法しらぬものの沙汰也。然るによつて、兵法の利なくして、長きを以て遠くかたんとする、それは心のよわき故なるによつて、よわき兵法と見たつる也。・・・長太刀は大人数也、短きは小人数也。小人数と大人数にて合戦はなるまじきものか。少人数にて大人数にかちたる例多し。わが一流において、さやうにかたづきせばき心、きらふ事也。能々吟味有るべし。
自分ではそれと気付かないうちに「長い太刀」を持っているかもしれません。
反省しなくてはなりません。
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