本書は、私がまだ読んだことのない学者や作家の著作のポイントが、手際よくまとめられていたので、いままで知らなかった多くの興味深い主張に出会いました。
そのうちのいくつかをご紹介します。
よく日本人は「独自の文化をもっていない」「外からはいってきたものを真似するのがうまい」と言われます。この点に関しての折口信夫氏の論考です。
折口信夫(おりくちしのぶ 1887~1953)氏は、大阪府生まれの国文学者・民俗学者ですが、釈迢空(しゃくちょうくう)と号し、歌人としても有名です。
民俗学の分野では、特に、古代日本人の信仰を探る研究に力を注ぎました。折口氏は、日本文化の源流を沖縄に見出し、「まれびと」論を提唱しました。
(p81より引用) 〈みこともち〉にせよ〈もどき〉にせよ、〈まれびと〉の言葉やふるまいを土地の精霊がまね、くりかえすというこうした神事が日本文化の起源となったことについて、折口は、異郷からやってきた〈まれびと〉の言葉やふるまいが、土地の一般人には理解できない象徴的なものであったために、これを、分かりやすく翻訳する必要から発生したのだと説く。つまり、日本文化の本質を、外からやってくる未知の文化を翻訳し、解釈し、国風化する文化ととらえる見方であり、それを、単なるものまねとして否定視するのではなく、創造、発展的エネルギーのあらわれとして評価するのである。
この〈まれびと〉の所作を真似るものが〈もどき〉です。〈まれびと〉と〈もどき〉との関係が派生して、日本の数々の芸能を生んだと言います。
能における「して」と「わき」はそうだろうと思いますが、漫才における「ぼけ」と「つっこみ」もその派生形だとされます。
また、「本格」に対する「変格」というパターンもあります。「能」に対する「狂言」、「和歌」に対する「連歌」等がその例示です。
あと、もう一人、私が興味を抱いた論客は、坂口安吾氏です。
坂口安吾(さかぐちあんご 1906~1955)氏は、新潟出身の小説家です。伝統尊重の時流に抵抗してその欺瞞をついた秀逸な評論「日本文化私観」(1942)で有名だそうです。(名前はよく聞いているのですが、氏の著作はまだ読んだことがありません)
(p189より引用) タウトが尊重畏敬する伝統などというものは、実は、思いこまれているほど、必然的なものではない。たまたま過去においてそうであっただけで、それが唯一のありかただというわけではない。そうであれば、他の選択肢がでてきて、その方が都合がよければ、伝統などにとらわれることなく、いくらでも新たな方向に転じていけばよい。
終戦直後、若者を中心にかなりの読者を惹きつけたということです。
日本文化論の系譜―『武士道』から『「甘え」の構造』まで 価格:¥ 777(税込) 発売日:2003-05 |