読書案内
『張込み』 松本清張著 (傑作短編集5)
(写真・新潮文庫1965年版松本清張短編集収録)
文庫本にして三十数ページの短編小説。刑事の『張込み』を通じて、「女の性(さが)」がクライマックスの最終章で浮き彫りになる。
女のやりきれない寂しさが浮き彫りにされる。
罪を犯して逃亡しているのは、3年前に別れた昔の男だ。
不治の病に侵された男と女の詳しい関係は一切述べられていない。
「昔恋愛関係にあった」たったこれだけのことで張込みが開始される。
女にどんな経緯があって、二十歳も年上の吝嗇家で3人の子持ちと再婚したのか、小説では一切の説明を省いている。
女28歳、亭主48歳。
(三年も前に別れて、しかも人妻になっている女に未練があるものだろうか)。
一抹の不安を抱きながら、刑事の張込みは続く。
5日間の張込みを通して、「幸せそうには見えない女の日常」が、刑事の目を通して淡々と描かれる。
5日目に動きがあり、男女は密会する。
そこで刑事が見た女は、この5日間の張込みで見てきた生気のない女とは別人だった。
『別な命を吹き込まれたように、踊りだすように生き生きとしていた。炎がめらめらと見えるようだった。
刑事は、男に接近することができなかった。彼の心が躊躇していた』。
男は逮捕され、張込みは功を奏したが、小説はこれで終わらない。
平凡な日常生活から逸脱しかける女が踏みとどまり、再び日常へ戻って行ったのは、張込みを終えた刑事の一言だった。
その後の女のゆくすえを案じて小説は終わる。
炎のように燃え上がる刹那的な血の騒ぎに埋没するのか、平凡だけれど約束された日常に帰っていくのか。
含蓄の深い小説である。