読書案内「鯖 SABA」赤松利市著
徳間書房2018.7初版
社会のあぶれ者が住む孤島で何が起こるのか
貧困と暴力の果てに……
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第1回大藪春彦新人賞受賞者、捨身の初長編
62歳、住所不定、無職。
平成最後の大型新人。鮮烈なるデビュー!
圧倒的なリアリティー。新人にしてすでに熟練の味わいだ。たちまち物語にのめり込んだ。
(今野敏氏)
人の愚かさをじっくりとあぶりだす手腕に脱帽だ。遅咲きの新人、おそるべし。(馳星周氏)
以上のような新聞広告のキャッチコピーと、作家の言葉に魅かれて読んでみた。
キャッチコピーや本の装丁、タイトル等に魅かれて購入する場合も珍しくない。
悪い癖だ。今回もこの癖が出てしまった。
今回は、第一回大藪春彦賞受賞者 住所不定、無職という作者・赤松利市氏の経歴に魅かれた。
大藪春彦氏は、早稲田大学在学中に「野獣死すべし」で鮮烈なデビューを飾った。
今まで誰も書かなかったような、ハードボイルドタッチの小説はやがて主人公・伊達邦彦シリーズ
として定着していくのだが、シリーズが進むにつれて荒唐無稽で、血と暴力の世界を描くように
なり、鮮烈なデビュー作もマンネリズムにおちいった。
「野獣死すべし」を中学生の時に読み、目的のためには手段も選ばず、
殺人も平然とやってのけるヒーロー伊達邦彦の生き方に、
共感を持って読んだことを60年も前のことなのに、
今でも懐かしく読み返す小説の一つになっている。
ダーティヒーロー伊達邦彦はカッコいい。
世間知らずの少年には、このカッコ良さに憧れるところがあったのだろう。
小説「鯖 SABA」は、その時のワクワクした期待感をまた再現してくれるのではないかと
期待を持ってページを開いた。
時代に取り残された漁師の一団。
陸(おか)では生きられない彼らは、日本海に浮かぶ孤島に住み着く。
冒頭の描写が彼らの小屋での非衛生極まりない生活の場だ。
彼ら5人は天候が良ければ一本釣りの漁に出かけ、料亭「割烹恵」に魚を売って日銭を稼ぐ。
六十半ばを過ぎた漁師二人は、船頭と年長者の小便臭い男。
五十代の猟師二人は、鬱(うつ)で破滅願望のある男と怪力の持ち主で、無類の乱暴者。
最後に残った一人は一番若く、35歳の貧相でそれ故に劣等感を持っている男・シンイチ。
特定のヒーローもいない。
ある種の群像劇だ。
視野も狭く、閉鎖的な男たちの生活に女が絡んでくると話はややこしくなる。
料亭「割烹恵」の女将。
姐御肌だが、得体が知れない。男の影が散在する。
時々姿を見せる元やくざの男。店の料理人・中貝がそれだ。
この女将に色目を使っているのが船頭の大鋸権座(おおのこごんざ)だ。
もう一人妖艶で頭の切れる実業家、中国人の女・アンジがいる。
シンイチが密かに憧れを抱いている実業家の女だ。
日銭を稼ぐ男たちに、明日につながる夢はない。
陸に上がれば、場末の居酒屋で管をまき、憂さを晴らす日常だ。
荒くれ者の生活にも彼らが培ってきた暗黙のルールがあり、
辛うじて均衡を保っていたのだが、アンジが持ち込んだ漁業の事業化という企画に
彼らの生活も大きく変わっていこうとしている。
だがこれは彼らグループの崩壊を意味していた……
殺人 邪魔な奴は排除 冷酷無比な殺人方法 人間の愚かさ 疑心暗鬼。
ハードノワール(コテコテの暗黒小説)。
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誰の台詞か、ネタバレになるので明かすことはできないが、
貧困と暴力の果てに浮かび上がってくる淘汰=排除という背景が浮かび上がり
物語は最終章を迎えるのだが、後味はよくない。
歯切れの悪い終幕である。
大藪春彦が描く「伊達邦彦シリーズ」は荒唐無稽だ。
「鯖SABA」にもスカッと胸のすくハードノワールを期待したのだが残念。
(2019.3.22) (読書案内№138)
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