内田樹が語る「戦争について真剣に考えていない国が『戦争のできる国』になろうとしている現実」
①父親たちの世代、「戦中派」には「戦争経験について語らない」という一種「暗黙の了解」のようなものがあったように思います。「戦争がどれほど醜悪で過酷なものか、自分たちがどれほど残酷で非情だったか、そういうことは子供たちには伝えまい。無言で墓場まで持っていこう。子供たちは無垢(むく)な戦後民主主義の申し子として未来の日本を担ってほしい」。そういう思いだったのではないでしょうか。
②しかし、そのせいで「戦争の記憶」は次世代に語り継がれず、僕たち世代は戦争を「済んだこと、早く忘れるべきこと」として、戦争について深く踏み込んで総括する機会を逸してしまった。そのことの負の側面が、現代日本の足腰を致命的に劣化させている、そう感じます。
―戦争が世代間で語り継がれず、歴史が断絶してしまったことで、具体的にどんな悪影響が日本にもたらされているのでしょうか?
③「歴史修正主義者」の登場でしょう。歴史の「生き証人」がいなくなった頃を見計らって登場します。現場を見た生身の人間がいなくなった頃になって、断片的な文書だけに基づいて、戦争について言いたい放題の「事実」を語りだすのです。
④もともとの自民党はイデオロギー政党ではありません。党内に極右からリベラルまで含んだ「国民政党」でした。国民の生活実感をくみ上げることで長期政権を保ってきたのです。自民党が国民政党からイデオロギー政党に変質したことは、この「対米従属の自己目的化」の帰結だと僕はみています。安倍首相はじめ対米従属路線の主導者たちが、その見返りに求めているのは日本の国益の増大ではなく、彼らの私的な野心の達成や個人資産の増大です。
⑤本気で戦争をする気も、またその能力もない人たちが、この国を「戦争ができる国」にしようとしていると?
彼らは戦争の生き証人である「戦中派」の退場を狙い、あるいは「語られなかった歴史」の断絶を利用して、知りもしない戦争を語り、自己都合で書き換えた歴史を信じさせようとしている。そして、その目的が国益の増大ではなく、私的利益の増大であることが問題なのです。安倍さんが目指しているのは、北朝鮮とシンガポールを合わせたような国だと思います。政治的には北朝鮮がモデルです。市民に政治的自由がなく、強権的な支配体制で、自前の核戦力があって国際社会に対して強面(こわもて)に出られる国になりたい。経済的な理想はシンガポールでしょう。国家目標が経済成長で、あらゆる社会制度が金儲けしやすいように設計されている国。
http://wpb.shueisha.co.jp/2014/12/09/40332/