安上がりなところも「極上」と自負しています。植物を
愛で、自給自足のフラワーアレンジ、そして何かを作る、描くなどです。
極上のひとり遊び
スピリチュアル園芸生活(60)
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京都で難病のASLを発症された方を安楽死させた疑いで、
医師が逮捕された事件が起きました。
医師を擁護し、安楽死を認めるべきという方も多いとは
思いますが、私は安楽死には反対です。
何故かと言うと、たとえ合法化されたとしても、
他人を殺人者にするのは、身勝手なようで絶対に無理です。
手を下した方が、法律で認められて罪に問われないとしても、
後々、様々な哲学などに触れて、自分は間違っていたのではないか、
殺人者なのではないかと、心を病んだりする可能性があるからです。
実際、合法化されている国ではそのような事もあるそうです。
ご家族も同意はしたものの、時が経って後悔したり、
精神を病んだりすることが多いと聞きます。
そのような事があるならば、自分が苦しみたくないから、
他人に殺して欲しいというのは、誤解を恐れず言うならば、
私は我がままのように思います。
延命治療は人工的な事なので必要ないと思いますが、
可能な限り緩和ケアを受けて、多少の苦しさがあっても
自然に死を迎えて旅立てば、何も問題は残らないと考えます。
自分だって、いつなるか分らないので、
常にそのような覚悟はしてます。
「家族や社会に迷惑をかけるから」という方もおられますが、
お世話をさせて頂くことで、学ぶ事はたくさんあります。
それは私自身、叔母、両親三人の介護をしてよく解りました。
そのときは大変でも、今になってしみじみ解ります。
だからと言って、「面倒見るのは当たり前」というのも傲慢なので、
感謝してお世話になりたいと思います。
「死ぬ権利がある」と言う方もおられますが、私たちは毎日、
動物や植物の命を頂いて、体を養っています。
花たちは、心を養ってくれます。
野菜や果物の実り、美しい花に感謝すればするほど、
土や水、空気、陽の光などの自然の中で生かされていると感じ、
「死ぬ権利」など主張したら申し訳ないと思えてきます。
植物たちは「元気に生きてね。」と言って命を
捧げてくれているように感じられるのです。
最後に、安楽死を望む方は、
「死んだら無になって苦しみから解放される」
と思っていらっしゃるかもしれませんが、
スピリチュアルな視点から見れば、人間はたましいの存在、
肉体は死んでも、たましいは霊界で生き続けます。
そして、最後まで生き抜く決意をしてこの世に生まれて来たので、
病気もカリキュラムです。
それを途中放棄して、霊界に戻った事になりますので、
霊界でそれに気づいたとき深い後悔が始まります。
家族や医師など周りの人たちも後悔し心を病み、自分もあの世で
悔やむくらいなら、多少苦しくても最後まで生抜こうと、私は思います。
同じALSを発症された女性医師の記事を読むと、
受け入れて乗り越えるのに4年かかったそうですが、
真にポジティブで、やはり生き抜く事が美しいと、深く感動しました。
記事はこちら。
どんな苦難も、受け入れる事で乗り越えられ、
乗り越える事で、眩しいほど輝く人生になると思いました。
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