ちょっと前、東京銀座の区立小学校において、海外高級ブランドの一式9万円くらいの制服を導入することが、学校長の独断も同然で決まったとして、騒ぎになった。
学区外からの通学も可能な制度になっているそうで、裕福な家庭の子も多いらしいし、区民・都民でもないよそ者にはよその話だからどうでもいいけれど、なんかおかしな話。
あと、高校とか私立ならともかく、公立小中学校の校長にそんな権限があるのも意外(例えば秋田市立学校ではそこまではないのでは?)。
さて、上記では「制服」としていたが、正確には「標準服」。
最初、標準服と聞いた時、詰め襟学生服の「標準型学生服」を連想した。業界で統一した基準を満たした学生服の規格のこと。そのことではない。
着用の義務付けはなく、用意しなくてもいい服ということらしいが、実際にはそうもいかないだろう。実質的には制服と同じでしょう。
秋田で生まれ育った者としては、制服だろうが標準服だろうが「公立小学校で服装が指定されている」ということに、かなりの違和感がある。
少なくとも秋田市では、市立中学校では全学校に制服があるが、市立小学校では服装が指定されているところはないはず。秋田市内で小学生が制服を着ているのは、秋田大学教育文化学部附属小学校だけかと思われる。
ただし、我々が小学生だった昭和末期には、体育着を制服として指定(つまり登下校も教室での授業も一日中体育着を着る)していた市立小学校があった。旭北小学校がそうで、みんなエンジ色一色。平成に入ってすぐ頃、その指定はなくなったようだ。これも指定じゃなく、標準服の位置づけだったのかもしれないけれど。(他にはそういう学校があったのだろうか?)
ただ、小学校の制服について、今回初めて知ったわけでもない。
テレビに映った県外の小学校の様子で、普通の公立小学校らしいのに制服を着ているのを見たことが何度かあって、違和感とともに記憶に残っていた。
例えば、最近では、九州南部の新燃岳噴火の灰が降る中、制服姿で登校する小学生を見た。あと、岡山辺りはけっこう制服を着ている印象があった。東京とか高級ブランドとかは別として、地域によっては小学校の制服があるのだと感じていた。
学生服のカンコーのサイトに「カンコーホームルーム【Vol.95】「制服のある小学校」(https://kanko-gakuseifuku.co.jp/media/homeroom/131231)」として、アンケート結果が出ていた。
ただ、回答者の年代がまちまち(20歳以上に対し、小学校時代の服装を質問)で、今現在の状況ではないし、「制服か標準服か」については言及がないので、その点はあいまい。純粋な公立か、国立大附属や私立かも分けていない。
全体では、制服があったのは20.4%、体操服が実質制服だったのが3.9%、残り75.7%が私服(というか服装指定なし)。
エリア別での結果も出ており、制服の割合が高いのは四国70.0%、中国61.3%、九州28.9%。低いほうでは、関東11.7%、東北10.6%、北海道6.0%。
体操服は、東北が13.6%と突出。2位は東海の7.0%。
私服が多いのは、北海道92.5%、関東85.0%、東北75.8%。
やはり、西のほうに制服がある小学校が多いようだ。同じエリア内でも県によって大きく違う可能性もあり、九州はそうかもしれない。東京では、この結果を見る限り、制服そのものが少数派のようだ。
さて、秋田は昔から制服がなかったのかと思いそうだが、そうでもないようだ。
秋田県出身者が半生を語る秋田魁新報の連載「シリーズ・時代を語る」。3月5日からは劇団四季会長の佐々木典夫氏が始まった。そんな立場の人が秋田から出たとは知らなかったけれど、8日までのところで、小学校の制服について気になる写真が掲載されていた。
佐々木氏は、1947年、由利本荘市松ヶ崎生まれ。
松ヶ崎は1954年までは松ヶ崎村で、同年に本荘町などと合併して本荘市となった。
通ったのは2014年に統廃合で岩城小学校となった、松ヶ崎小学校(村立→本荘市立→由利本荘市立)。団塊の世代だけに「1学年100人くらいでした。」。
6日付の第2回には、「小学4年の学級写真」が出ている。佐々木氏は「横じまシャツ」を着ているが、男子児童は過半数が詰め襟の学生服を着ている。女子も半数よりは少ないがセーラー服を着ている人もいる。
第3回の「小学6年の修学旅行先の宮城県で」の写真は、男子ばかり15人が写っており、全員ツルツル坊主頭の詰め襟。
同年代の人の話を聞いても、この頃は小学校で学生服が義務づけられていたわけではないが、着ている子も多かったそうだ。
修学旅行については、修学旅行という一大イベントに着ていくような私服は当時は入手しづらく、翌年の中学進学を控えて、制服を新調したのではないかとの見解。
4年生であっても、当時の経済事情・衣料品事情、お下がりをもらうことを考えれば、当時は私服よりも安く上がったのかもしれない。
その後、秋田では小学生が制服を着る習慣がなくなったことになる。
そういえば、昔は大学生も学生服を着ていた(サザエさんの原作に描かれる【10日追記・あとキテレツ大百科の刈野勉三さん】)そうだけど、それも全国的に廃れた。
結局、一部地域の小学生と全国的に中高生の制服が残ったということか。
私服では金銭的負担とか、服装を理由にいじめられるとか弊害があるという意見もあるけれど、制服だって高級ブランドは論外としても、成長期に6年間も毎日同じ服を着るわけで、買い替えも洗い替えも必要だろう。
それなのに、わざわざ制服を買いそろえる必要などないと思うのは、制服がない地域の者の考えなんだろうか。
給食とか組体操もそうだけど、同じ国内で、同じ制度が適用されているのに、所変われば、そして時代が変われば違うものだ。
【9日追記】コメントをいただいて思い出した。秋田県では、小学校の卒業式に、各自が進学する中学校の制服を着用して出席する(義務付けではなく、暗黙の了解的な位置づけかと思う)ことがかなり一般的(この記事中ほどで少々)。全国的には北海道、栃木などでも散見されるようではあるが、珍しい風習であるようだ。
これは、小学校に制服がなく、国立・私立中学校が少なくほぼ全員が地元公立中学校へ進学する(近年は中高一貫校ができたし、遠方への転出者などはいるけれど)という条件下、経済的負担なく式典にふさわしい衣装を用意できるようにという配慮が起源だったのかもしれない。あるいは上記のように、昔は小学校でも詰め襟学生服を着ることがあったそうなので、その名残かもしれない。
これも秋田以外の人からみれば、やはり所変われば…となるわけで、やっぱり他地域のことをよそ者がとやかく言ってもどうにもならないのでしょうね。
【29日追記】青森県(津軽地方)の状況について、3月23日付陸奥新報のコラム「冬夏言」で触れていた。筆者の子の小学校の卒業式に出席し、「服装は男子のほとんどがスーツ姿。女子はジャケットにスカートが定番のようで、最近人気のはかま姿もちらほら。自分の時に何を着たかは覚えていないが、ズボンは「わざわざ買う必要はない」と学生服で済まされた記憶がある」とのこと。
学区外からの通学も可能な制度になっているそうで、裕福な家庭の子も多いらしいし、区民・都民でもないよそ者にはよその話だからどうでもいいけれど、なんかおかしな話。
あと、高校とか私立ならともかく、公立小中学校の校長にそんな権限があるのも意外(例えば秋田市立学校ではそこまではないのでは?)。
さて、上記では「制服」としていたが、正確には「標準服」。
最初、標準服と聞いた時、詰め襟学生服の「標準型学生服」を連想した。業界で統一した基準を満たした学生服の規格のこと。そのことではない。
着用の義務付けはなく、用意しなくてもいい服ということらしいが、実際にはそうもいかないだろう。実質的には制服と同じでしょう。
秋田で生まれ育った者としては、制服だろうが標準服だろうが「公立小学校で服装が指定されている」ということに、かなりの違和感がある。
少なくとも秋田市では、市立中学校では全学校に制服があるが、市立小学校では服装が指定されているところはないはず。秋田市内で小学生が制服を着ているのは、秋田大学教育文化学部附属小学校だけかと思われる。
ただし、我々が小学生だった昭和末期には、体育着を制服として指定(つまり登下校も教室での授業も一日中体育着を着る)していた市立小学校があった。旭北小学校がそうで、みんなエンジ色一色。平成に入ってすぐ頃、その指定はなくなったようだ。これも指定じゃなく、標準服の位置づけだったのかもしれないけれど。(他にはそういう学校があったのだろうか?)
ただ、小学校の制服について、今回初めて知ったわけでもない。
テレビに映った県外の小学校の様子で、普通の公立小学校らしいのに制服を着ているのを見たことが何度かあって、違和感とともに記憶に残っていた。
例えば、最近では、九州南部の新燃岳噴火の灰が降る中、制服姿で登校する小学生を見た。あと、岡山辺りはけっこう制服を着ている印象があった。東京とか高級ブランドとかは別として、地域によっては小学校の制服があるのだと感じていた。
学生服のカンコーのサイトに「カンコーホームルーム【Vol.95】「制服のある小学校」(https://kanko-gakuseifuku.co.jp/media/homeroom/131231)」として、アンケート結果が出ていた。
ただ、回答者の年代がまちまち(20歳以上に対し、小学校時代の服装を質問)で、今現在の状況ではないし、「制服か標準服か」については言及がないので、その点はあいまい。純粋な公立か、国立大附属や私立かも分けていない。
全体では、制服があったのは20.4%、体操服が実質制服だったのが3.9%、残り75.7%が私服(というか服装指定なし)。
エリア別での結果も出ており、制服の割合が高いのは四国70.0%、中国61.3%、九州28.9%。低いほうでは、関東11.7%、東北10.6%、北海道6.0%。
体操服は、東北が13.6%と突出。2位は東海の7.0%。
私服が多いのは、北海道92.5%、関東85.0%、東北75.8%。
やはり、西のほうに制服がある小学校が多いようだ。同じエリア内でも県によって大きく違う可能性もあり、九州はそうかもしれない。東京では、この結果を見る限り、制服そのものが少数派のようだ。
さて、秋田は昔から制服がなかったのかと思いそうだが、そうでもないようだ。
秋田県出身者が半生を語る秋田魁新報の連載「シリーズ・時代を語る」。3月5日からは劇団四季会長の佐々木典夫氏が始まった。そんな立場の人が秋田から出たとは知らなかったけれど、8日までのところで、小学校の制服について気になる写真が掲載されていた。
佐々木氏は、1947年、由利本荘市松ヶ崎生まれ。
松ヶ崎は1954年までは松ヶ崎村で、同年に本荘町などと合併して本荘市となった。
通ったのは2014年に統廃合で岩城小学校となった、松ヶ崎小学校(村立→本荘市立→由利本荘市立)。団塊の世代だけに「1学年100人くらいでした。」。
6日付の第2回には、「小学4年の学級写真」が出ている。佐々木氏は「横じまシャツ」を着ているが、男子児童は過半数が詰め襟の学生服を着ている。女子も半数よりは少ないがセーラー服を着ている人もいる。
第3回の「小学6年の修学旅行先の宮城県で」の写真は、男子ばかり15人が写っており、全員ツルツル坊主頭の詰め襟。
同年代の人の話を聞いても、この頃は小学校で学生服が義務づけられていたわけではないが、着ている子も多かったそうだ。
修学旅行については、修学旅行という一大イベントに着ていくような私服は当時は入手しづらく、翌年の中学進学を控えて、制服を新調したのではないかとの見解。
4年生であっても、当時の経済事情・衣料品事情、お下がりをもらうことを考えれば、当時は私服よりも安く上がったのかもしれない。
その後、秋田では小学生が制服を着る習慣がなくなったことになる。
そういえば、昔は大学生も学生服を着ていた(サザエさんの原作に描かれる【10日追記・あとキテレツ大百科の刈野勉三さん】)そうだけど、それも全国的に廃れた。
結局、一部地域の小学生と全国的に中高生の制服が残ったということか。
私服では金銭的負担とか、服装を理由にいじめられるとか弊害があるという意見もあるけれど、制服だって高級ブランドは論外としても、成長期に6年間も毎日同じ服を着るわけで、買い替えも洗い替えも必要だろう。
それなのに、わざわざ制服を買いそろえる必要などないと思うのは、制服がない地域の者の考えなんだろうか。
給食とか組体操もそうだけど、同じ国内で、同じ制度が適用されているのに、所変われば、そして時代が変われば違うものだ。
【9日追記】コメントをいただいて思い出した。秋田県では、小学校の卒業式に、各自が進学する中学校の制服を着用して出席する(義務付けではなく、暗黙の了解的な位置づけかと思う)ことがかなり一般的(この記事中ほどで少々)。全国的には北海道、栃木などでも散見されるようではあるが、珍しい風習であるようだ。
これは、小学校に制服がなく、国立・私立中学校が少なくほぼ全員が地元公立中学校へ進学する(近年は中高一貫校ができたし、遠方への転出者などはいるけれど)という条件下、経済的負担なく式典にふさわしい衣装を用意できるようにという配慮が起源だったのかもしれない。あるいは上記のように、昔は小学校でも詰め襟学生服を着ることがあったそうなので、その名残かもしれない。
これも秋田以外の人からみれば、やはり所変われば…となるわけで、やっぱり他地域のことをよそ者がとやかく言ってもどうにもならないのでしょうね。
【29日追記】青森県(津軽地方)の状況について、3月23日付陸奥新報のコラム「冬夏言」で触れていた。筆者の子の小学校の卒業式に出席し、「服装は男子のほとんどがスーツ姿。女子はジャケットにスカートが定番のようで、最近人気のはかま姿もちらほら。自分の時に何を着たかは覚えていないが、ズボンは「わざわざ買う必要はない」と学生服で済まされた記憶がある」とのこと。