国立文化財研究所は26日、昨年1月に弥勒寺址(미륵사지)石塔(석탑、国宝11号)舎利孔(사리공)出土遺物を整理する過程で、新たな事実を確認したと発表した。
① 円形青銅盒(청동합)蓋表面に「上部達率目近」と判読される字が現れた。
刀子、あるいはキリのような鋭い道具で刻まれたこの銘文は「上部(中北部)区域に住む達率(百済官職中2品)の目近」という人の名前であり、銘文が刻まれた青銅盒は弥勒寺石塔を建てる時に、達率目近が施主した供養品と判断される。
弥勒寺址石塔出土遺物のうち、貨幣機能をしたと考えられる金塊でもこれと似た様式の銘文が既に確認されており、これらが石塔を建てる時の供養品という点には疑いの余地がなくなったとする。
② この青銅盒をはじめとして舎利具からは銀盒5点を合わせ、全6点に達する円形盒が収集された。その中には瑪瑙や真珠、琥珀、金塊のような各種宝石が現われた点からみて、宝石箱であったとみられる。
「1番盒」と命名された青銅盒からは、金製玉370点強をはじめとして金製輪、金製小型板など多くの金製品と小玉、真珠、勾玉など総4千800点強に達する遺物が収集された。
③ さらに規模が最も大きい「4番銀盒」からは、彩られた金装飾帽子を被せた曲玉1点を含む4千400点余りの遺物が発見された。
④ その他にも織物と香粉(향분)と推定される有機物質などが円形盒から確認された。
研究所は青銅盒とその収集遺物に関する1次的な調査内容を27~28日に、国立故宮博物館で開催する「弥勒寺国際学術シンポジウム」を通じて公開する予定。
[参考:連合ニュース]
過去のニュース・情報
弥勒寺址
① 円形青銅盒(청동합)蓋表面に「上部達率目近」と判読される字が現れた。
刀子、あるいはキリのような鋭い道具で刻まれたこの銘文は「上部(中北部)区域に住む達率(百済官職中2品)の目近」という人の名前であり、銘文が刻まれた青銅盒は弥勒寺石塔を建てる時に、達率目近が施主した供養品と判断される。
弥勒寺址石塔出土遺物のうち、貨幣機能をしたと考えられる金塊でもこれと似た様式の銘文が既に確認されており、これらが石塔を建てる時の供養品という点には疑いの余地がなくなったとする。
② この青銅盒をはじめとして舎利具からは銀盒5点を合わせ、全6点に達する円形盒が収集された。その中には瑪瑙や真珠、琥珀、金塊のような各種宝石が現われた点からみて、宝石箱であったとみられる。
「1番盒」と命名された青銅盒からは、金製玉370点強をはじめとして金製輪、金製小型板など多くの金製品と小玉、真珠、勾玉など総4千800点強に達する遺物が収集された。
③ さらに規模が最も大きい「4番銀盒」からは、彩られた金装飾帽子を被せた曲玉1点を含む4千400点余りの遺物が発見された。
④ その他にも織物と香粉(향분)と推定される有機物質などが円形盒から確認された。
研究所は青銅盒とその収集遺物に関する1次的な調査内容を27~28日に、国立故宮博物館で開催する「弥勒寺国際学術シンポジウム」を通じて公開する予定。
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