島根県教委は29日、雲南市吉田町吉田の粟目(あわめ)I遺跡で、7~8世紀の製鉄炉の地下構造を発見したと発表した。
幅約90㎝、長さ約230㎝で、地下構造中央付近には落ち込んだと見られる炉壁や鉄滓が見つかった。
雲南、奥出雲地区での古代以前の製鉄炉の発見は掛合町羽森第3遺跡((6世紀後半~7世紀)がある。
江戸時代に最盛期を迎えた「たたら製鉄」の原初的な構造を解明する上で貴重という。
「出雲国風土記」(733年)飯石郡の条に「鉄あり」の記述(注1)があり、これを裏付ける発見。
また、同時に発掘調査を行っている粟目Ⅱ遺跡では、弥生時代後期~古墳時代後期の一辺3mの平面が四角形の住居跡が確認され、ほかにも竪穴住居の存在がみられることがあることから集落跡があったとみられる。
現地説明会が、9月3日(土) 10:00~12:00に開かれる。
[参考:山陰中央新報、中国新聞、島根県埋蔵文化財調査センターHP]
(注1)
粟目I遺跡は旧飯石郡内にあり、出雲国風土記の飯石郡条、(四) 山野・河川 に、
飯石の小川。源は郡家の正東一十二里なる佐久礼山より出で、北へ流れて三屋川に入る。鉄有り。
とあり、「鉄」は砂鉄であり、「たたら製鉄」のルーツとみているとしている。
過去の関連ニュース・情報
2008.7.12 出雲・たたら製鉄遺跡 室町時代の製鉄炉遺構発見
追記 2011.9.3
9月3日(土)の現地説明会は、台風により中止と発表されました。
幅約90㎝、長さ約230㎝で、地下構造中央付近には落ち込んだと見られる炉壁や鉄滓が見つかった。
雲南、奥出雲地区での古代以前の製鉄炉の発見は掛合町羽森第3遺跡((6世紀後半~7世紀)がある。
江戸時代に最盛期を迎えた「たたら製鉄」の原初的な構造を解明する上で貴重という。
「出雲国風土記」(733年)飯石郡の条に「鉄あり」の記述(注1)があり、これを裏付ける発見。
また、同時に発掘調査を行っている粟目Ⅱ遺跡では、弥生時代後期~古墳時代後期の一辺3mの平面が四角形の住居跡が確認され、ほかにも竪穴住居の存在がみられることがあることから集落跡があったとみられる。
現地説明会が、9月3日(土) 10:00~12:00に開かれる。
[参考:山陰中央新報、中国新聞、島根県埋蔵文化財調査センターHP]
(注1)
粟目I遺跡は旧飯石郡内にあり、出雲国風土記の飯石郡条、(四) 山野・河川 に、
飯石の小川。源は郡家の正東一十二里なる佐久礼山より出で、北へ流れて三屋川に入る。鉄有り。
とあり、「鉄」は砂鉄であり、「たたら製鉄」のルーツとみているとしている。
過去の関連ニュース・情報
2008.7.12 出雲・たたら製鉄遺跡 室町時代の製鉄炉遺構発見
追記 2011.9.3
9月3日(土)の現地説明会は、台風により中止と発表されました。