太田市只上(ただかり)町の向矢部遺跡(むかいやべいせき)で、2005年初めに出土した9世紀後半(平安時代前期)の石製紡錘車から、「米」と「毛」の文字が刻まれていたことが確認された。 「毛」には農作物の意味もあり、「米」と合わせて豊作を祈願した可能性がある。
群馬県埋蔵文化財調査事業団が平成16年度に発掘調査を行い、平安時代の竪穴住居を主とした集落を見つけた。 その中の竪穴住居(長辺3.05m、短辺2.37m)から、平安時代の須恵器の坏・碗や土師器の甕と共に滑石製の紡錘車が出土した。 紡錘車は竪穴住居の中のかまどの右脇で、深さ約70cmから出土した。 直径は上部約4.5cm、下部約3.5cm、厚さ約1.4cm、重さ約49gで、中央に直径約1cmの穴が開いている。 「米」と「毛」の二文字は上部に刻まれていた。
[参考:東京新聞、群馬県埋蔵文化財調査事業団HP]
群馬県埋蔵文化財調査事業団が平成16年度に発掘調査を行い、平安時代の竪穴住居を主とした集落を見つけた。 その中の竪穴住居(長辺3.05m、短辺2.37m)から、平安時代の須恵器の坏・碗や土師器の甕と共に滑石製の紡錘車が出土した。 紡錘車は竪穴住居の中のかまどの右脇で、深さ約70cmから出土した。 直径は上部約4.5cm、下部約3.5cm、厚さ約1.4cm、重さ約49gで、中央に直径約1cmの穴が開いている。 「米」と「毛」の二文字は上部に刻まれていた。
[参考:東京新聞、群馬県埋蔵文化財調査事業団HP]