静謐ふれて、
secret talk78 安穏act.15 ―dead of night
真鍮製おだやかな鍵、かちり、開かれる。
「あがって、」
そっけない、でも冷たくない声かけられる。
その横顔かすかに耳もと赤くて、つい英二は微笑んだ。
―照れてるのかな、湯原?
実家に誰かを招く、そういうことは「気恥ずかしい」のかもしれない?
そんな薄紅色も自分とは違う横顔と玄関くぐった。
「おじゃまします、」
踏みこんだ頬、おだやかな香ふれる。
革靴そろえた三和土の石色が深い、経年やわらかな玄関ホールに英二は立った。
―いい家だな、
ダークブラウン深い床木目、窓ふる樹影が艶やめく。
やわらかな色調シンプルな壁、窓枠に扉にめぐらす幾何学おだやかな彫刻。
派手ではない、けれど丁寧な造りだと自分でも解る。
―時間が積もってるって、こういうのかな、
ふるい時が積もる、そんな空間のかたすみ花が白い。
純白やわらかな花にライトグリーンの葉みずみずしい、きれいで隣に微笑んだ。
「さっき庭で咲いていた花だよな、なんて名前?」
「夏椿、」
いつもの短い答え、でも温もり灯る。
こういう会話が好きなのだろうか?もうすこし続けたくて笑いかけた。
「なつつばき、夏に咲く椿ってことか?」
「花が似てるだけ、」
また短い答え、でも少し長くなった。
この話題が好きなのかもしれない、そんな横顔に微笑んだ。
「山で咲いてそうだよな、」
山で、なんか去年の自分なら思わない。
けれど今夏に知ってしまった場所、その光彩が一輪に映る。
ほろ苦い甘い風、頬ふれる水の気配、足もと光る樹影、ゆれる草の色。
ときおり輝く極彩色、かすかな馥郁は花の気配、それから頭上はるかな梢と雲。
―ああいうところで生きたいな俺、ずっと、
ほら、もう願っている。
こういう望みは去年まで知らない、でもこの夏に知ってしまった。
だから望みを叶える手段たどっている、そんな想いに静かな声が言った。
「…奥多摩でも咲いてるから、」
さっきより穏やかな声、それに温度すこしだけ。
いつもと違いはじめた声に笑いかけた。
「湯原よく知ってるんだな、奥多摩で見たのか?」
このまま話続けてほしい、君に。
願い笑いかけて、けれど黒目がちの瞳ゆっくり瞬いた。
「…わからない、」
静かな声、けれど瞳かすかに揺らぐ。
―とまどってる湯原?
静かだけれど揺れる、そんな声に視線に不思議になる。
本当に「わからない」のだろう、でも、なぜ「自分のことが解らない」?
「上、行く、」
ぽつん、短い言葉が階段のぼりだす。
ダークブラウン艶めく木目かすかに軋む、その背中スーツ端正なのに儚い。
―抱きしめたい、よな…俺?
ステンドグラス降る光、華奢な横顔が昇ってゆく。
あの背中を抱きとめてしまいたい、ぜんぶ自分の腕に包みこんで受けとめたい。
受けとめたい、なんて想ったことなかったのに?
「宮田?」
呼ばれて視界の真中ふりむいてくれる。
見つめてくれる、けれど瞳は前髪の波に隠れされて見えない。
「ごめん、考えごとしてた、」
笑いかけた階段、ダークブラウン一段踏む。
古材かすかに軋んで時間がふる、この音を聴いて君は育ったのだろう。
―階段の音にまで俺、知りたくなってる?
足の底かすめる音、こんな小さな音にも君を知りたい。
そんな一段ごと昇った二階、磨きぬかれた廊下に陽ざし艶めいた。
―きれいだな、この家は、
古い家、その時間が温度やわらかに清々しい。
薫るような端正どこも美しくて、住んでいる人柄が偲ばれる。
―やさしい穏やかな人なんだろうな、湯原のお母さん…母さんとは違って、
うつくしい優しい家、それが差を思い知らす。
自分が抱きしめたい横顔は自分にとって異世界の人、そんな現実の扉が開いた。
「ここが俺の部屋、」
扉ひらいてくれる手はすこし小さい。
けれど自分より温もり知っている横顔に微笑んだ。
「あ、はい、」
あれ、こんな返事を自分がするんだ?
我ながら固いぎこちない台詞おかしくなる、それでも小さな緊張と部屋に入った。
―あかるいな、
甘い香かすかな陽光、アイボリーの壁あかるく部屋を満たす。
ちいさな手がカーテンひいて、窓やわらかなガラスに木洩陽きらめいた。
「明るい部屋だな、」
感想とカバン置いた床、木目なごやかに艶めく。
磨かれた床のべられた小さな絨毯、木枠おだやかなベッド、磨かれたライティングデスクと椅子。
簡素だけれど丁寧な造りの家具たち美しい、けれど意外なほど小さな書棚に問いかけた。
「湯原の本、これだけなのか?」
意外だ、これしか君の本がないなんて?
予想外たたずんだ部屋、かすかな甘い香が答えた。
「そうだけど、」
「意外だな、」
本音そのまま声になった唇、香かすかに甘い。
さわやかな甘さ鼓動そっと傷んで、それでも微笑んだ。
「原書で読むくらいだから湯原、もっと原書の本を持っていると思ってさ。意外だなって、」
本の虫、そう思っている。
それなのに小さすぎる書棚の部屋、ジャケット脱ぎながら静かな声が言った。
「それ俺の本じゃないから、」
答えてくれる横顔、ジャケット丁寧にハンガー吊るす。
手慣れた仕草に英二もジャケットを脱いだ。
「じゃあ湯原、図書館で借りてた?」
「違う、」
ネクタイ外しながら答えてくれる、短いけれど。
もっと話してくれたらいいのに?いつもの願いにハンガー手渡してくれた。
「つかって、」
「ありがと、」
短い応答に吊るしたジャケット、小さな手が受け取ってくれる。
その指先なにげなく襟ふれて、整えられた皺に鼓動はずんだ。
―なんか新婚さんみたいだよな、こういうの?
脱いだジャケットを整えてもらう。
それがただ嬉しくなる、こんな単純に我ながら呆れてしまう。
―男同士で新婚もなにもないだろ俺?
結婚できない、だから認めたくない逃げている。
―警察官で同性愛とかまずいだろ、俺はよくても…湯原は、
立場、地位、そんなすべて自分はどうでもいい。
どうでもいいから警察官になった、すべて「捨てたい」から選んだ。
捨てるためにはむしろ「まずい」都合いいかもしれない?けれど君はそうじゃない。
―警察官になる理由があるんだ湯原は、この家も…じゃましたくない、
君には理由がある、この美しい家もある。
どれも捨てたいなんて思わないだろう、だから自分の感情を認められない。
―ぜんぶダメなんだ、さわりたくても抱きしめたくても…湯原だけは、
君だけは触れられない。
触れたい抱きしめたい、その想いの分だけ触れられない。
こんなふう何度いくつ噛みしめたら、傷んだら、この想い消えるのだろう?
ほろ苦い自覚たたずんだ前、おだやかな声すこし笑った。
「来いよ、」
そっけない短い言葉、でもすこし笑ってくれる。
こんな「すこし」に鼓動また揺らされて、華奢なワイシャツの背を追いかけた。
「ここ、」
短い言葉かちり、隣室の扉が開かれる。
あわい闇しずかに視界ふさぐ、かすかな冷気ほろ渋く甘く頬ふれる。
重厚ただよう香よく知っている、記憶の匂い踏みこんだ薄闇にカーテンひらいた。
「あ、」
晩夏の光、整然と背表紙つらなる。
埋めつくされた書棚の壁に声こぼれた。
「すっげえ…」
個人の蔵書でこんなのは初めてだ?
―どれも読んである、飾りじゃない本棚だ、
ただ「飾り」で本ならべる人種もいる。
そんな人間たちよく知ってる、けれどここは違う。
その背表紙わずかな癖に微笑んだ。
「どの本もよく読まれてるな、湯原すごいな?」
そのすこし小さな手が読んだ、それが一面の書棚を輝かせる。
どれも読んでみたくなるな?想いに穏やかな声が微笑んだ。
「父さんの本なんだ、」
ブラウン深いカーテンの部屋、落ち着いた穏やかな空気が眠る。
木目なめらかな書斎机、彫刻こまやかな書棚、ダークブラウン艶やかな安楽椅子。
やわらかな天鵞絨はつい昨日も座っていたようで、その横顔なぞられて微笑んだ。
「いい部屋だな、俺もこういう部屋にしたくなるよ?」
おちついた穏やかな空気まどろむ、その底に端正たたずむ。
そんな貌になれたなら時間は輝くだろうか?
想い見つめる窓際、横顔すこし笑った。
「ん、」
黒目がちの瞳は前髪ゆれて、でも口もと微笑んでいる。
その少し小さな手が書斎机ふれて、写真立そっと携えた。
「湯原の父さん?」
ダークブラウン深い額縁、誠実な笑顔がある。
その口元よく似た唇がうなずいた。
「ん…」
ことん、写真立しずかに書斎机すわる。
かたわら白い花ゆれて、庭にホールに咲いていた色に面影を見つめた。
―これが湯原の、
すこし厚めな唇が似ている、物言いたげな優しい口もと。
くせっ毛やわらかな黒髪も似ている、意志の強そうな眉もどこか似かよう。
けれど瞳は切長で似ていない、その視線しずかに落着いて勁くて、そのくせ微笑やわらかに優しい。
―なんか憧れたくなる雰囲気だな、困ったな?
ちょっと憧れてしまう雰囲気の人、だから困る。
困る後ろめたい、こんなの自分の浅ましさ思い知らされる。
―立派な人だこの人は、その息子を欲しがってる俺なんだ、
君を抱きしめたい、ぜんぶ。
ぜんぶ求めて求められてみたい、体ごと心ふれて重ねたい。
こんな願いこの人が知ったらどう思うだろう、どんな貌される?
考えるだけ浅ましさ傷んで、けれど君に惹かれてしまう理由がわかったかもしれない。
「かっこいい人だな、」
「…そう?」
ほら君が笑う、君の父親に。
ぎこちない僅かな笑顔、でも温もり優しい。
それだけ幸せな記憶あるのだろう、それだけ君は愛された。
そんな笑顔に写真の面影のぞいて、眩しいぶんだけ傷む。
※校正中
secret talk77 安穏act.14← →secret talk79
にほんブログ村
blogramランキング参加中!
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日
secret talk78 安穏act.15 ―dead of night
真鍮製おだやかな鍵、かちり、開かれる。
「あがって、」
そっけない、でも冷たくない声かけられる。
その横顔かすかに耳もと赤くて、つい英二は微笑んだ。
―照れてるのかな、湯原?
実家に誰かを招く、そういうことは「気恥ずかしい」のかもしれない?
そんな薄紅色も自分とは違う横顔と玄関くぐった。
「おじゃまします、」
踏みこんだ頬、おだやかな香ふれる。
革靴そろえた三和土の石色が深い、経年やわらかな玄関ホールに英二は立った。
―いい家だな、
ダークブラウン深い床木目、窓ふる樹影が艶やめく。
やわらかな色調シンプルな壁、窓枠に扉にめぐらす幾何学おだやかな彫刻。
派手ではない、けれど丁寧な造りだと自分でも解る。
―時間が積もってるって、こういうのかな、
ふるい時が積もる、そんな空間のかたすみ花が白い。
純白やわらかな花にライトグリーンの葉みずみずしい、きれいで隣に微笑んだ。
「さっき庭で咲いていた花だよな、なんて名前?」
「夏椿、」
いつもの短い答え、でも温もり灯る。
こういう会話が好きなのだろうか?もうすこし続けたくて笑いかけた。
「なつつばき、夏に咲く椿ってことか?」
「花が似てるだけ、」
また短い答え、でも少し長くなった。
この話題が好きなのかもしれない、そんな横顔に微笑んだ。
「山で咲いてそうだよな、」
山で、なんか去年の自分なら思わない。
けれど今夏に知ってしまった場所、その光彩が一輪に映る。
ほろ苦い甘い風、頬ふれる水の気配、足もと光る樹影、ゆれる草の色。
ときおり輝く極彩色、かすかな馥郁は花の気配、それから頭上はるかな梢と雲。
―ああいうところで生きたいな俺、ずっと、
ほら、もう願っている。
こういう望みは去年まで知らない、でもこの夏に知ってしまった。
だから望みを叶える手段たどっている、そんな想いに静かな声が言った。
「…奥多摩でも咲いてるから、」
さっきより穏やかな声、それに温度すこしだけ。
いつもと違いはじめた声に笑いかけた。
「湯原よく知ってるんだな、奥多摩で見たのか?」
このまま話続けてほしい、君に。
願い笑いかけて、けれど黒目がちの瞳ゆっくり瞬いた。
「…わからない、」
静かな声、けれど瞳かすかに揺らぐ。
―とまどってる湯原?
静かだけれど揺れる、そんな声に視線に不思議になる。
本当に「わからない」のだろう、でも、なぜ「自分のことが解らない」?
「上、行く、」
ぽつん、短い言葉が階段のぼりだす。
ダークブラウン艶めく木目かすかに軋む、その背中スーツ端正なのに儚い。
―抱きしめたい、よな…俺?
ステンドグラス降る光、華奢な横顔が昇ってゆく。
あの背中を抱きとめてしまいたい、ぜんぶ自分の腕に包みこんで受けとめたい。
受けとめたい、なんて想ったことなかったのに?
「宮田?」
呼ばれて視界の真中ふりむいてくれる。
見つめてくれる、けれど瞳は前髪の波に隠れされて見えない。
「ごめん、考えごとしてた、」
笑いかけた階段、ダークブラウン一段踏む。
古材かすかに軋んで時間がふる、この音を聴いて君は育ったのだろう。
―階段の音にまで俺、知りたくなってる?
足の底かすめる音、こんな小さな音にも君を知りたい。
そんな一段ごと昇った二階、磨きぬかれた廊下に陽ざし艶めいた。
―きれいだな、この家は、
古い家、その時間が温度やわらかに清々しい。
薫るような端正どこも美しくて、住んでいる人柄が偲ばれる。
―やさしい穏やかな人なんだろうな、湯原のお母さん…母さんとは違って、
うつくしい優しい家、それが差を思い知らす。
自分が抱きしめたい横顔は自分にとって異世界の人、そんな現実の扉が開いた。
「ここが俺の部屋、」
扉ひらいてくれる手はすこし小さい。
けれど自分より温もり知っている横顔に微笑んだ。
「あ、はい、」
あれ、こんな返事を自分がするんだ?
我ながら固いぎこちない台詞おかしくなる、それでも小さな緊張と部屋に入った。
―あかるいな、
甘い香かすかな陽光、アイボリーの壁あかるく部屋を満たす。
ちいさな手がカーテンひいて、窓やわらかなガラスに木洩陽きらめいた。
「明るい部屋だな、」
感想とカバン置いた床、木目なごやかに艶めく。
磨かれた床のべられた小さな絨毯、木枠おだやかなベッド、磨かれたライティングデスクと椅子。
簡素だけれど丁寧な造りの家具たち美しい、けれど意外なほど小さな書棚に問いかけた。
「湯原の本、これだけなのか?」
意外だ、これしか君の本がないなんて?
予想外たたずんだ部屋、かすかな甘い香が答えた。
「そうだけど、」
「意外だな、」
本音そのまま声になった唇、香かすかに甘い。
さわやかな甘さ鼓動そっと傷んで、それでも微笑んだ。
「原書で読むくらいだから湯原、もっと原書の本を持っていると思ってさ。意外だなって、」
本の虫、そう思っている。
それなのに小さすぎる書棚の部屋、ジャケット脱ぎながら静かな声が言った。
「それ俺の本じゃないから、」
答えてくれる横顔、ジャケット丁寧にハンガー吊るす。
手慣れた仕草に英二もジャケットを脱いだ。
「じゃあ湯原、図書館で借りてた?」
「違う、」
ネクタイ外しながら答えてくれる、短いけれど。
もっと話してくれたらいいのに?いつもの願いにハンガー手渡してくれた。
「つかって、」
「ありがと、」
短い応答に吊るしたジャケット、小さな手が受け取ってくれる。
その指先なにげなく襟ふれて、整えられた皺に鼓動はずんだ。
―なんか新婚さんみたいだよな、こういうの?
脱いだジャケットを整えてもらう。
それがただ嬉しくなる、こんな単純に我ながら呆れてしまう。
―男同士で新婚もなにもないだろ俺?
結婚できない、だから認めたくない逃げている。
―警察官で同性愛とかまずいだろ、俺はよくても…湯原は、
立場、地位、そんなすべて自分はどうでもいい。
どうでもいいから警察官になった、すべて「捨てたい」から選んだ。
捨てるためにはむしろ「まずい」都合いいかもしれない?けれど君はそうじゃない。
―警察官になる理由があるんだ湯原は、この家も…じゃましたくない、
君には理由がある、この美しい家もある。
どれも捨てたいなんて思わないだろう、だから自分の感情を認められない。
―ぜんぶダメなんだ、さわりたくても抱きしめたくても…湯原だけは、
君だけは触れられない。
触れたい抱きしめたい、その想いの分だけ触れられない。
こんなふう何度いくつ噛みしめたら、傷んだら、この想い消えるのだろう?
ほろ苦い自覚たたずんだ前、おだやかな声すこし笑った。
「来いよ、」
そっけない短い言葉、でもすこし笑ってくれる。
こんな「すこし」に鼓動また揺らされて、華奢なワイシャツの背を追いかけた。
「ここ、」
短い言葉かちり、隣室の扉が開かれる。
あわい闇しずかに視界ふさぐ、かすかな冷気ほろ渋く甘く頬ふれる。
重厚ただよう香よく知っている、記憶の匂い踏みこんだ薄闇にカーテンひらいた。
「あ、」
晩夏の光、整然と背表紙つらなる。
埋めつくされた書棚の壁に声こぼれた。
「すっげえ…」
個人の蔵書でこんなのは初めてだ?
―どれも読んである、飾りじゃない本棚だ、
ただ「飾り」で本ならべる人種もいる。
そんな人間たちよく知ってる、けれどここは違う。
その背表紙わずかな癖に微笑んだ。
「どの本もよく読まれてるな、湯原すごいな?」
そのすこし小さな手が読んだ、それが一面の書棚を輝かせる。
どれも読んでみたくなるな?想いに穏やかな声が微笑んだ。
「父さんの本なんだ、」
ブラウン深いカーテンの部屋、落ち着いた穏やかな空気が眠る。
木目なめらかな書斎机、彫刻こまやかな書棚、ダークブラウン艶やかな安楽椅子。
やわらかな天鵞絨はつい昨日も座っていたようで、その横顔なぞられて微笑んだ。
「いい部屋だな、俺もこういう部屋にしたくなるよ?」
おちついた穏やかな空気まどろむ、その底に端正たたずむ。
そんな貌になれたなら時間は輝くだろうか?
想い見つめる窓際、横顔すこし笑った。
「ん、」
黒目がちの瞳は前髪ゆれて、でも口もと微笑んでいる。
その少し小さな手が書斎机ふれて、写真立そっと携えた。
「湯原の父さん?」
ダークブラウン深い額縁、誠実な笑顔がある。
その口元よく似た唇がうなずいた。
「ん…」
ことん、写真立しずかに書斎机すわる。
かたわら白い花ゆれて、庭にホールに咲いていた色に面影を見つめた。
―これが湯原の、
すこし厚めな唇が似ている、物言いたげな優しい口もと。
くせっ毛やわらかな黒髪も似ている、意志の強そうな眉もどこか似かよう。
けれど瞳は切長で似ていない、その視線しずかに落着いて勁くて、そのくせ微笑やわらかに優しい。
―なんか憧れたくなる雰囲気だな、困ったな?
ちょっと憧れてしまう雰囲気の人、だから困る。
困る後ろめたい、こんなの自分の浅ましさ思い知らされる。
―立派な人だこの人は、その息子を欲しがってる俺なんだ、
君を抱きしめたい、ぜんぶ。
ぜんぶ求めて求められてみたい、体ごと心ふれて重ねたい。
こんな願いこの人が知ったらどう思うだろう、どんな貌される?
考えるだけ浅ましさ傷んで、けれど君に惹かれてしまう理由がわかったかもしれない。
「かっこいい人だな、」
「…そう?」
ほら君が笑う、君の父親に。
ぎこちない僅かな笑顔、でも温もり優しい。
それだけ幸せな記憶あるのだろう、それだけ君は愛された。
そんな笑顔に写真の面影のぞいて、眩しいぶんだけ傷む。
※校正中
secret talk77 安穏act.14← →secret talk79
にほんブログ村
blogramランキング参加中!
著作権法より無断利用転載ほか禁じます