萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

secret talk78 安穏act.15 ―dead of night

2018-04-05 11:05:00 | dead of night 陽はまた昇る
静謐ふれて、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk78 安穏act.15 ―dead of night

真鍮製おだやかな鍵、かちり、開かれる。

「あがって、」

そっけない、でも冷たくない声かけられる。
その横顔かすかに耳もと赤くて、つい英二は微笑んだ。

―照れてるのかな、湯原?

実家に誰かを招く、そういうことは「気恥ずかしい」のかもしれない?
そんな薄紅色も自分とは違う横顔と玄関くぐった。

「おじゃまします、」

踏みこんだ頬、おだやかな香ふれる。
革靴そろえた三和土の石色が深い、経年やわらかな玄関ホールに英二は立った。

―いい家だな、

ダークブラウン深い床木目、窓ふる樹影が艶やめく。
やわらかな色調シンプルな壁、窓枠に扉にめぐらす幾何学おだやかな彫刻。
派手ではない、けれど丁寧な造りだと自分でも解る。

―時間が積もってるって、こういうのかな、

ふるい時が積もる、そんな空間のかたすみ花が白い。
純白やわらかな花にライトグリーンの葉みずみずしい、きれいで隣に微笑んだ。

「さっき庭で咲いていた花だよな、なんて名前?」
「夏椿、」

いつもの短い答え、でも温もり灯る。
こういう会話が好きなのだろうか?もうすこし続けたくて笑いかけた。

「なつつばき、夏に咲く椿ってことか?」
「花が似てるだけ、」

また短い答え、でも少し長くなった。
この話題が好きなのかもしれない、そんな横顔に微笑んだ。

「山で咲いてそうだよな、」

山で、なんか去年の自分なら思わない。
けれど今夏に知ってしまった場所、その光彩が一輪に映る。

ほろ苦い甘い風、頬ふれる水の気配、足もと光る樹影、ゆれる草の色。
ときおり輝く極彩色、かすかな馥郁は花の気配、それから頭上はるかな梢と雲。

―ああいうところで生きたいな俺、ずっと、

ほら、もう願っている。
こういう望みは去年まで知らない、でもこの夏に知ってしまった。
だから望みを叶える手段たどっている、そんな想いに静かな声が言った。

「…奥多摩でも咲いてるから、」

さっきより穏やかな声、それに温度すこしだけ。
いつもと違いはじめた声に笑いかけた。

「湯原よく知ってるんだな、奥多摩で見たのか?」

このまま話続けてほしい、君に。
願い笑いかけて、けれど黒目がちの瞳ゆっくり瞬いた。

「…わからない、」

静かな声、けれど瞳かすかに揺らぐ。

―とまどってる湯原?

静かだけれど揺れる、そんな声に視線に不思議になる。
本当に「わからない」のだろう、でも、なぜ「自分のことが解らない」?

「上、行く、」

ぽつん、短い言葉が階段のぼりだす。
ダークブラウン艶めく木目かすかに軋む、その背中スーツ端正なのに儚い。

―抱きしめたい、よな…俺?

ステンドグラス降る光、華奢な横顔が昇ってゆく。
あの背中を抱きとめてしまいたい、ぜんぶ自分の腕に包みこんで受けとめたい。

受けとめたい、なんて想ったことなかったのに?

「宮田?」

呼ばれて視界の真中ふりむいてくれる。
見つめてくれる、けれど瞳は前髪の波に隠れされて見えない。

「ごめん、考えごとしてた、」

笑いかけた階段、ダークブラウン一段踏む。
古材かすかに軋んで時間がふる、この音を聴いて君は育ったのだろう。

―階段の音にまで俺、知りたくなってる?

足の底かすめる音、こんな小さな音にも君を知りたい。
そんな一段ごと昇った二階、磨きぬかれた廊下に陽ざし艶めいた。

―きれいだな、この家は、

古い家、その時間が温度やわらかに清々しい。
薫るような端正どこも美しくて、住んでいる人柄が偲ばれる。

―やさしい穏やかな人なんだろうな、湯原のお母さん…母さんとは違って、

うつくしい優しい家、それが差を思い知らす。
自分が抱きしめたい横顔は自分にとって異世界の人、そんな現実の扉が開いた。

「ここが俺の部屋、」

扉ひらいてくれる手はすこし小さい。
けれど自分より温もり知っている横顔に微笑んだ。

「あ、はい、」

あれ、こんな返事を自分がするんだ?
我ながら固いぎこちない台詞おかしくなる、それでも小さな緊張と部屋に入った。

―あかるいな、

甘い香かすかな陽光、アイボリーの壁あかるく部屋を満たす。
ちいさな手がカーテンひいて、窓やわらかなガラスに木洩陽きらめいた。

「明るい部屋だな、」

感想とカバン置いた床、木目なごやかに艶めく。
磨かれた床のべられた小さな絨毯、木枠おだやかなベッド、磨かれたライティングデスクと椅子。
簡素だけれど丁寧な造りの家具たち美しい、けれど意外なほど小さな書棚に問いかけた。

「湯原の本、これだけなのか?」

意外だ、これしか君の本がないなんて?
予想外たたずんだ部屋、かすかな甘い香が答えた。

「そうだけど、」
「意外だな、」

本音そのまま声になった唇、香かすかに甘い。
さわやかな甘さ鼓動そっと傷んで、それでも微笑んだ。

「原書で読むくらいだから湯原、もっと原書の本を持っていると思ってさ。意外だなって、」

本の虫、そう思っている。
それなのに小さすぎる書棚の部屋、ジャケット脱ぎながら静かな声が言った。

「それ俺の本じゃないから、」

答えてくれる横顔、ジャケット丁寧にハンガー吊るす。
手慣れた仕草に英二もジャケットを脱いだ。

「じゃあ湯原、図書館で借りてた?」
「違う、」

ネクタイ外しながら答えてくれる、短いけれど。
もっと話してくれたらいいのに?いつもの願いにハンガー手渡してくれた。

「つかって、」
「ありがと、」

短い応答に吊るしたジャケット、小さな手が受け取ってくれる。
その指先なにげなく襟ふれて、整えられた皺に鼓動はずんだ。

―なんか新婚さんみたいだよな、こういうの?

脱いだジャケットを整えてもらう。
それがただ嬉しくなる、こんな単純に我ながら呆れてしまう。

―男同士で新婚もなにもないだろ俺?

結婚できない、だから認めたくない逃げている。

―警察官で同性愛とかまずいだろ、俺はよくても…湯原は、

立場、地位、そんなすべて自分はどうでもいい。
どうでもいいから警察官になった、すべて「捨てたい」から選んだ。
捨てるためにはむしろ「まずい」都合いいかもしれない?けれど君はそうじゃない。

―警察官になる理由があるんだ湯原は、この家も…じゃましたくない、

君には理由がある、この美しい家もある。
どれも捨てたいなんて思わないだろう、だから自分の感情を認められない。

―ぜんぶダメなんだ、さわりたくても抱きしめたくても…湯原だけは、

君だけは触れられない。

触れたい抱きしめたい、その想いの分だけ触れられない。
こんなふう何度いくつ噛みしめたら、傷んだら、この想い消えるのだろう?
ほろ苦い自覚たたずんだ前、おだやかな声すこし笑った。

「来いよ、」

そっけない短い言葉、でもすこし笑ってくれる。
こんな「すこし」に鼓動また揺らされて、華奢なワイシャツの背を追いかけた。

「ここ、」

短い言葉かちり、隣室の扉が開かれる。
あわい闇しずかに視界ふさぐ、かすかな冷気ほろ渋く甘く頬ふれる。
重厚ただよう香よく知っている、記憶の匂い踏みこんだ薄闇にカーテンひらいた。

「あ、」

晩夏の光、整然と背表紙つらなる。
埋めつくされた書棚の壁に声こぼれた。

「すっげえ…」

個人の蔵書でこんなのは初めてだ?

―どれも読んである、飾りじゃない本棚だ、

ただ「飾り」で本ならべる人種もいる。
そんな人間たちよく知ってる、けれどここは違う。
その背表紙わずかな癖に微笑んだ。

「どの本もよく読まれてるな、湯原すごいな?」

そのすこし小さな手が読んだ、それが一面の書棚を輝かせる。
どれも読んでみたくなるな?想いに穏やかな声が微笑んだ。

「父さんの本なんだ、」

ブラウン深いカーテンの部屋、落ち着いた穏やかな空気が眠る。
木目なめらかな書斎机、彫刻こまやかな書棚、ダークブラウン艶やかな安楽椅子。
やわらかな天鵞絨はつい昨日も座っていたようで、その横顔なぞられて微笑んだ。

「いい部屋だな、俺もこういう部屋にしたくなるよ?」

おちついた穏やかな空気まどろむ、その底に端正たたずむ。
そんな貌になれたなら時間は輝くだろうか?
想い見つめる窓際、横顔すこし笑った。

「ん、」

黒目がちの瞳は前髪ゆれて、でも口もと微笑んでいる。
その少し小さな手が書斎机ふれて、写真立そっと携えた。

「湯原の父さん?」

ダークブラウン深い額縁、誠実な笑顔がある。
その口元よく似た唇がうなずいた。

「ん…」

ことん、写真立しずかに書斎机すわる。
かたわら白い花ゆれて、庭にホールに咲いていた色に面影を見つめた。

―これが湯原の、

すこし厚めな唇が似ている、物言いたげな優しい口もと。
くせっ毛やわらかな黒髪も似ている、意志の強そうな眉もどこか似かよう。
けれど瞳は切長で似ていない、その視線しずかに落着いて勁くて、そのくせ微笑やわらかに優しい。

―なんか憧れたくなる雰囲気だな、困ったな?

ちょっと憧れてしまう雰囲気の人、だから困る。
困る後ろめたい、こんなの自分の浅ましさ思い知らされる。

―立派な人だこの人は、その息子を欲しがってる俺なんだ、

君を抱きしめたい、ぜんぶ。

ぜんぶ求めて求められてみたい、体ごと心ふれて重ねたい。
こんな願いこの人が知ったらどう思うだろう、どんな貌される?
考えるだけ浅ましさ傷んで、けれど君に惹かれてしまう理由がわかったかもしれない。

「かっこいい人だな、」
「…そう?」

ほら君が笑う、君の父親に。
ぎこちない僅かな笑顔、でも温もり優しい。
それだけ幸せな記憶あるのだろう、それだけ君は愛された。

そんな笑顔に写真の面影のぞいて、眩しいぶんだけ傷む。

※校正中
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secret talk77 安穏act.14 ―dead of night

2018-04-03 22:40:00 | dead of night 陽はまた昇る
樹影の夏を、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk77 安穏act.14 ―dead of night

白い花さざめく梢、風やわらかい。

ゆれる木洩日に草花ひらく、涼やかな香が頬ふれる。
そんな玄関への道さそう静謐、そっと英二は息ついた。

「…、」

呼吸そっと薫る、ほろ苦い馥郁やわらかに涼む。
緑あふれる静寂が沁みる、きらめく花しずかに午後を揺らめく。
ひそやかな香ふかく息つける、ただ穏やかな空気に頭上を仰いだ。

「すごい木だな、湯原が生まれた時からあった?」

はるかな頭上、おおらかな天蓋が青い。
のびやかな大樹のもと静かな声が言った。

「…古い家だから、」

ぼそり、短い返事。
けれど冷たくはない声に笑いかけた。

「こういう木がある家っていいな、」

すなおな感想の唇そっと青葉が匂う。
残暑の午後、けれど涼やかな静謐が英二を見あげた。

「…宮田のい…」

黒目がちの瞳が問いかけて、その唇が止まる。
何を訊いてくれるのだろう?見つめて、けれど長い睫そっと逸れた。

「…あしもと気を付けて、飛び石がゆるんでる、」

逸らされた視線しずかに歩きだす、その横顔に木洩日が青い。
言いかけ置き去りのままで、訊きたくて飛石を踏んだ。

「なあ湯原?俺のい、ってなに?」

飛石ゆるんでいない、それなら言葉の続きは?
知りたくて並んだ隣、小柄なスーツ姿は言った。

「なにって…いちばん好きな木はなにかなって」
「俺の好きな木?」

訊き返して隣、クセっ毛やさしい黒髪ゆれる。
穏やかに艶めく髪の波、つむじに光の輪やわらかい。

―髪さわりたくなるな、って俺ほんと…どうしよ、

君の髪ふれたい、今。

こんなこと想ったことなかった、けれど今それだけ廻る。
だから不安になる、今夜ここで、君の家で、君との夜どうなるのだろう?

※校正中
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secret talk77 安穏act.14 ―dead of night

2018-03-28 23:58:17 | dead of night 陽はまた昇る
樹影あわく、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk77 安穏act.14 ―dead of night

玄関への道、草花が揺れている。

「…」

呼吸そっと薫る、ほろ苦い馥郁やわらかに涼む。
緑あふれる視界やさしい光、きらめく木漏日が清々しい。
肺ふかく静かに息つける、そんな庭ゆく頭上に天蓋が青い。

「すごい木だな、湯原?」

すなおな感想の唇そっと風なぞる。
残暑の午後、けれど涼やかな静謐が英二に微笑んだ。

「昔からあるんだ…古い家だから、」

※加筆校正中
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secret talk76 安穏act.13 ―dead of night

2018-03-13 14:30:22 | dead of night 陽はまた昇る
よりそう安息に、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk76 安穏act.13 ―dead of night

緑こぼれる樹影、薄紅やわらかに惹かれてしまう。
視線あわせてなんかくれない瞳、ただ声が言った。

「あの宮田…ちょっと読ませて」

うつむいた横顔かちり、鞄を開く。
ハードカバー蒼く光って、繰られたページまぶしい。

「湯原それ、このあいだの続き?」
「ん…」

うなずいた横顔ふわり黒髪こぼす。
クセっ毛やわらかな艶のふち、ワイシャツの襟もと薄紅色が惹く。

―きれいだな、

うなじ微かな淡い色、衿元わずかな肌に透ける紅。
ただそれだけに惹きこまれて鼓動なぞる。

―あんまり見てると変に想われるよな?

見つめて理性ひき戻されて、ふわり樹木が匂う。
やわらかな木洩陽ふるベンチ、土と草の香に眼を細めた。

かさり…かさ、

ページ捲る音に風まじる、梢ざわめく緑きらめいて零れる。
紙すれる音、風わたる音、かすかでも聴こえる森閑が包みだす。

―都心どまんなか、って感じしないよな、

静まる木々の底、ベンチ凭れこんで風かすめる。
頬やわらかに草木が匂う、涼やかな香なびいて息つける。
夏の都心から遠い森閑おだやかな午後、そんな隣に君がいる。

―そっか…山岳訓練の時みたいだ?

警察学校の実地訓練、そんな緊張にも安らいだ君との時間。
あのときも草木が薫っていた、そのまま森が薫る隣はページ繰る。

かさり、かさ…ざあっ、

ページ繰る音、ざわめく梢。
緑ゆらめいて香こぼれる、ほろ苦い甘い静謐そっと吹く。
風ほそめた視界すこし傾けて隣、青い翳かざす横顔が透けて明るむ。

―きれいだな、湯原…ここの貌がいちばん、

ことん、想い素直に肚おちる。
この貌ずっと見ていたい、警察学校を出た後も。

―いつも居心地いいんだよな、湯原の隣は…でもここの貌がいちばんだ、

森しずかなベンチの横顔、この姿が君は似合う。
そんな想い揺らめく木洩陽の貌、長い睫毛おとす翳が頬に蒼い。

―まつげ長いよな、湯原…あ、瞳が動いてる。

睫ふかく透かして瞳が動く、ページの文字を追いかける。
こんなふう見られていることも気づかない君、ひとつ空けて座る距離は見つめるのに調度いい。

―なにも気づいていないよな湯原は…俺がなに想ってるなんて、何ひとつ、

気づかれない、寂しい?

―そっか、寂しいんだ俺…でも、

寂しい、でも、気づかれたら怖い。
もし気づかれたら避けられるかもしれない、そうして君は遠ざかる。
そんな予想ごく簡単だ、それ以上に「背負わせる」ことが一番なにより怖い。

―男同士で恋愛とかないよ、な?

男同士で恋愛する、そんな話いくらでも聴いたことがある。
けれど「幸せになった」話どれだけあったろうか?

―家族が壊れるよなきっと、湯原は、

男同士で結婚はできない、遺伝学的にも子供は恵まれない。
何も生みださない恋愛の結末は「幸せになった」と言えるだろうか?
まして警察学校では恋愛禁止の規則がある、なにもかも公私とも「邪魔者」にしかならない。

―湯原は警察官になりたいんだ真剣に…俺とは違う、

君の選んだ道、その邪魔者になりたくない。
きっと自分は手遅れだろう、だからこそ君の邪魔をしたくない。

―警察学校で男同士とか俺、バカだよな?

愚かだ、自分は。

こんな愚かな感情この自分が選んだ、馬鹿だと自嘲いつも哂う。
なにも生めない痛み、リスクしかない感情、それを選んでしまった自分が可笑しい。
こんなに自分が馬鹿だと知らなかった、けれどほら?こんなに今この場所を幸せに想っている。

―バカだよな俺、でも…きれいなんだ湯原が、

本を読む横顔、その隣にいる今がいい。
ただ見つめるだけの時間、そんな今が。

―きれいだ、

きれいだ君が、その隣にいる感情が蝕む。
こんなに見惚れて惹かれて、傍にいて、でも抱きしめられない。
届かない手が悶えて傷んで、鼓動しずかに侵して骨髄ふかく穿たれる。

―きれいだ湯原、だから、

だから君に背負わせたくない、こんな感情。
警察学校で男同士で禁忌の重奏、普通じゃない、家族を壊すかもしれない。
そんなリスク負う痛みを君は知らなくていい、けれど自分は今もう骨髄まで融けこんで愛しい。

―俺は幸せだ、今までよりずっと…でも湯原は不幸になる、

自分と君は違う、たぶん別世界で生きる。
そんな自覚が苦しくなる、苦しい分だけ今は君を見ていたい。
この眼どうか面影いくつも留めてほしい、ひとつも多く君の記憶きざんで生きたい。

ほら、君が気づいた。

「…?」

視線の先そっと長い睫あがる、黒目がちの瞳が自分を見る。
澄んだ眼ざし自分を映して、すこし途惑って、それでも小さく微笑んだ。

―笑ってくれた湯原?

読書のあいま何気ない視線、それだけで鼓動が響く。
風わたる梢ざわめく香の底、そっと長い睫ふせられてページに戻った。

「…、」

ため息ひそやかに零れて、ほら鼓動が響く。
ただ見つめる静謐の隣、うつむけた頬そっと緑の翳ゆれる。
クセっ毛かすかに黒い艶ゆらせて、穏やかな光ただ鼓動ゆるく心ほぐれだす。

この隣が好きだ、どうしても。

―好きなんだ俺…もう後戻りできないな?

無言な君、けれど隣に座っているだけで心凪ぐ。
静かで穏やかな隣の空気、こんな悶々わだかまる今すら安らいでいる。
安らいで見つめたくて離れられない、たぶん今、自分は幸せな瞬間に座っている。

―好きなんだ、だから俺を見てほしくて…何でもしたいんだ俺、

君に何でもしてあげたい、自分を憶えてほしくて。

いつか離れてしまう君、だからこそ記憶のかたすみ与えてほしい。
だから君が望むこと何でもしたい、君のために何かできることは?

―俺に何ができるかな、湯原のためになること、

君の役に立つこと見つけられるだろうか?
想い森の奥ながめる隣、穏やかな声が言った。

「あの…宮田のお姉さん、宮田と似てる、」

姉の話なんだ、こんなタイミングで?

―またいつものやつかな、これ?

おまえの姉を紹介してくれ。

その願いごと幾度されたろう、そのたび虚ろな感覚。
それを君にされたら心どうなるだろう?そんな想い隠して笑った。

「よく言われる、湯原も想ったんだ?」
「ん…そう?」

相槌おだやかに君が微笑む、その貌こぼれる木洩陽に繊細うつる。
蒼い翳やわらかな笑顔きれいで、ただ見つめるまま君が微笑んだ。

「きょうだいって、いいな…」

いつもの落着いた声、でも温度かすかに違う。
その差ゆれる蒼い樹影、すこし厚い唇そっと言った。

「お姉さんと話す宮田を見て、そう思った…俺はひとりっこだから、」

黒目がちの瞳やわらかに笑ってくれる。
いつもどおり静かに微笑んで、静かなぶんだけ寂しい。
こんな貌させてしまったのは自分?自責しずかに浸しながら仮定が浮かぶ。

もし君にきょうだいがいたら、今より笑ってくれたろうか?
その代わりに自分はなれないだろうか?

それとも、自分なら?

※校正中
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secret talk75 安穏act.12 ―dead of night

2018-03-12 21:30:08 | dead of night 陽はまた昇る
孤独ふたり、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk75 安穏act.12 ―dead of night

掌のなかチケットひとかけ、青く木洩陽そめる。

仰いだ梢から緑ひらめく、光のかけら碧く蒼い。
都心のまんなか森の底、レザーソールに土と草が香る。
この感覚は少し似ている、ただ一度で惹きこまれた場所だ。

「湯原、」

呼びかけて唇が薫る、ほろ苦い甘い深い匂い。
この香を知ってしまった記憶と黒目がちの瞳が見あげた。

「なに…宮田?」

ゆるやかに瞳を透かす前髪、クセっ毛ゆるく木洩陽きらめく。
こんなふう見あげられた瞬間に英二は訊いた。

「足はもう大丈夫?」
「なんともない、」

かすかに肯いた額、クセっ毛やわらかに艶ゆれる。
あわい風さざなみ蒼い光、公園のかたすみ君が言った。

「あのとき…ありがとう、」

くぐもるような小さな声、でも聴こえる。
この話し方すら嬉しくて笑いかけた。

「山岳訓練のあれは俺こそ感謝するとこだろ、湯原こそ入園料ありがとな?」

新宿の森ふかい公苑、緑の門くぐる毎週の習慣。
そのチケット買って渡してくれる人は瞳そっと逸らした。

「ラーメンのお礼だ…今日は2杯もらったし、」
「俺も食いたかったからいいよ、でも湯原があんなに食うの珍しいな?」

言いながら小柄なスーツ姿を見つめてしまう。
肩幅も広くはない、なにより腰かなり細いほうだ?

―元が華奢なんだろうな湯原は、筋肉カッコいい体してるけど、

警察学校の日々、寮の風呂で毎日いつも見慣れた体。
でも正直に厳密に言えば「見慣れた」は嘘かもしれない?

―だって「慣れて」なんかいないよな俺、本当はもっと…見たいとか?

もっと見たい、君のこと。

こんなこと想ったことなかった、誰にも。
つきあった彼女たち誰にも感じなかった、でも今こんなに願っている。
君のこと見ていたい、もっと知りたい触れたい、だからこそ全部きれいに隠して歩く。

―俺が何考えてるか知ったら湯原、もう一緒に歩いてくれないかもな?

週末、ふたり並んで歩く。
そんな外泊日いつも幸せで、そんな本音に自分で途惑う。
けれど毎週末そうしたくて毎回ラーメンをおごって、そのたび君がこのチケット買ってくれる。

―こういう習慣を暗黙の了解っていうのかな…約束みたいな、

約束、君と。

そうだったらいい、そんなこと願っている。
ふたり君と約束いくつ結べるだろう?そんなこと願ってしまう道、いつものベンチに微笑んだ。

「座るか、」
「ん、」

クセっ毛ゆれて蒼いろ艶めく。
黒髪やわらかな横顔むこう見て、その視線に英二は笑った。

「今日は俺に買わせて?泊めてもらう礼には少ないけど、」

だから座って待っててよ?
笑いかけて軽く駆けて、すぐ自販機に硬貨いれる。
ごとん、ごとり、重たい金属音ふたつ聴いて取りだして、冷たい感触とふりむいた。

―きれいだな、

あわい緑の光きらめく樹影、黒髪やさしい繊細おだやかに浮かぶ。
えりもとネクタイ硬いスーツ姿で、それなのに優しい静謐おだやかに燈る。
都心のまんなか緑の底、今、すこし遠い横顔まぶしい。

―こんなに綺麗に見えるって、俺…恋、なのかな、

唯ひとり、ただ見つめてしまう。
こんなこと知らない。

「は…」

ため息ひとつ笑って缶ふたつ、右手ひとつに掴み歩きだす。
冷感じわり指から沁みる、この指に君の手つかめたらどんなだろう?

「湯原、どっちがいい?」

たどり着いたベンチ、君にさしだす。
掌のなか冷たい一つ、すこし小さな手が受けとめた。

「ありがと…」

そっと語尾かすれて長い睫ふせる。
うつむけた黒髪うなじ生えぎわ、薄紅あわく映えた。

※校正中
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secret talk74 安穏act.11 ―dead of night

2018-03-10 16:36:11 | dead of night 陽はまた昇る
笑ってくれるなら、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk74 安穏act.11 ―dead of night

君が他の誰かに笑った、今、どんな心だろう?
それが自分の姉だった自分は今、どんな貌に?

「湯原くん趣味が良いわ、そのブックカバーなら本もっと読みたくなりそうよ?ねえ、お母さんの好きな色は?」
「ん…あわい色が好きです、新芽みたいな緑とか、」

姉が笑って君が応える。
その唇やわらかい、見慣れているよりずっと。

「それならミントグリーンのほうがいいかしら、どうかな湯原くん?」
「はい、母が好きそうです…ありがとうございます、」

ほら声もやわらかい、聞き慣れているよりずっと。
すこし小さな手にブックカバーたずさえて、あわい色彩に微笑む君の視線。
姉の隣で横顔おだやかに澄んで、黒目がちの瞳に映るのは今、自分じゃない。

―なんで姉ちゃんに…なんでだよ湯原?

問いただしたい聲ただ鼓動めぐる、でも声にならない。
だって資格がないくらい解っている。

―俺が文句言える義理なんて何もないんだ、湯原が誰に笑ってもさ?

君がそんな貌をする、その視線の真中にいたかった。
けれど違う相手がいて、それが自分の姉で、それでも自分はたぶん笑っている。
いつもどおり「きれい」に笑って姉と君を見守る貌で、花柄上品な店先も「似合う」自分なのだろう。

ほら?いつもどおり声が行き交う。

「ほら…すごいカッコいいあのひと、」
「…プレゼント買いに来たのかな、私がもらいたい、」

見知らぬ声、知らない視線、だけど自分に向けられる。
こんなこと今まで通り変わらない、いつも慣れていること。

けれど、今、ほら?鼓動ゆるやかに疼いて痛い。

「あの、選んでくれてありがとうございました、」

ほら君の瞳やわらかに笑う、でも自分を見ているからじゃない。

「私はアドバイスしただけ。湯原くんが選んだから、お母さんも嬉しいのよ?」

君の視線の真中ほら、ラッピング美しい包みに姉が笑う。
小柄なスーツ姿とならんだ華奢うつくしい姉の背中、横顔ふたり何か似合う。

―似合うな、俺とよりずっと…男と女だし、

姉と弟、または年若い叔母と甥。
そんなふう優しい空気ふたりくるんで、自分だけ取り残される。

―俺、なんか妬いてるみたいだな?

君と姉が似あう、その嫉妬どちらだろう?
タメ息ひとつ扉ひらいて外、切長い美しい眼が英二を一瞥した。

「ちょっと英二、デパ地下へ行くわよ?」

ほら行くわよ、そんな掌に背中ぽんと敲かれる。
華奢しなやかな温もり前と同じで、けれど自分の唇とがった。

「なんで一緒に行くんだよ?」

早く二人になりたい、君と。

そんな本音が喉ひきつらせて唇とがる。
こんな言い方この姉にしたことない、けれど切長い瞳ほがらかに笑った。

「つべこべ言わないの英二、さっさと行くわよ?湯原くんも来てね、」

白い手やわらかに自分の腕をつかむ、引っ張られる。
こんな仕草いつもどおりで、いつもの華やぐ香にタメ息吐いた。

―姉ちゃんには歯向かいにくいよな、俺も?

たった一歳違い、容貌も似ているとよく言われる。
けれど性格は違う、だから逆らい難いのかもしれない?
あらためての諦観と隣に笑いかけた。

「ごめん湯原、ちょっと姉の言うとおりにしてくれる?」

こんな貌している自分を、君はどう思う?
その本音ものぞきたい隣、黒目がちの瞳かすかに微笑んだ。

「ん…仲いいんだな?」

ほら君が笑う、姉がいるからだろうか?
疑問符ちいさく呑みこんだままデパートの地下、瀟洒な和菓子屋のテナント前に着いた。

「すみません、ご進物をお願いできますか?季節のもので、」

華やかな澄んだトーン姉が微笑む。
いつもどおり店員と話しだす背ながめて、英二は隣ふりむいた。

「湯原、姉につきあわせてごめんな?」
「ん、あやまらなくていい…」

黒目がちの瞳が見あげて、穏やかな声こたえてくれる。
その唇どこか優しくて鼓動そっと刺さった。

―もしかして湯原、姉みたいのが好みとか?

黒髪クセっ毛やわらかな横顔、穏やかな瞳が姉を見る。
こんなふう君が誰かを見るなんて知らない、しかも「姉」だ?

“おまえの姉さん紹介しろよ、絶対美人だろ?”

この自分の顔から姉を見て橋渡しを頼まれる、もう何度あったか忘れてしまった。
いつもよくある台詞、あれを君に聞かされたらどんな心だろう?

―なんて考える自体が俺、終わってるよな…なんなんだよ?

湯原も「いつもの」だったら嫌だな?
そんな考えに自己嫌悪こみあげる、吐きたくなる。

“こんなこと全て「顔」の責任だ”

ほら?いつもの想い迫り上げる、喉を突く。
こんな想いしているなんて姉が知ったら、どう想うのだろう?

「お待たせ、」

ほら姉がもどってくる、華やいだ笑顔やわらかに品がいい。
誰が見ても美しい女だろう、自慢の姉と言えるだろう、でも君には見て欲しくない。

―俺って、こんなに独占欲が強かったんだ?

誰かが誰かを見つめる、そんなこと興味ない。
けれど君にはそんなこと言えない、ほら調子が狂ってゆく。
いつものように笑えなくなりそう?つい俯いた視線、美しい紙袋つきつけられた。

「持って行きなさい、英二、」

押しつけられ受けとめて、上品な風呂敷包ひとつ入っている。
どういうことだろう?怪訝に顔をあげると姉が笑った。

「今日はお世話になるんでしょう?湯原君のお母さまへさしあげて、」

切長い瞳きれいに朗らかに笑ってくれる。
そんな姉に小柄なスーツ姿が頭さげた。

「すみません、お気遣いさせて…」
「こちらこそよ?英二、ご迷惑かけないようにね?」

澄んだ声やわらかに見あげてくれる。
この姉には敵わないな?

―俺のために買い物してくれたのか、姉ちゃん?

たった一歳違い、でも姉は姉だ。
そんな姉の心づくしに溜息そっと微笑んだ。

「ありがとう。姉ちゃんも社員旅行だろ、気をつけて、」
「うん、ありがとう英二、」

きれいな瞳が微笑んで肯く。
いつもの笑顔、けれど違和感かすかに唇うごいた。

「姉ちゃん、その旅行あまり行きたくないとか?」

旅行は嫌いじゃない姉、でも今日は何だろう?
くすんだ感覚と見つめる真中、姉は華奢な腕に時計を見た。

「そろそろ行くわね。湯原くん、不詳の弟だけどよろしくね?」

腕時計から微笑んで、しなやかな脚が踵かえす。
華やいだ笑顔は長い睫に瞳は見えなくて、けれど姉の手が肩を掴んだ。

「英二、良い友だちに会えたのね、」

華奢な指の温もりスーツ透かす、耳打ちの声そっと笑ってくれる。
掴まれた肩すこし下げた耳もと、姉の声さらっと言った。

「今までの子たちより抜群に、趣味いいわ、」

とん、

肩から温もり離れて姉が遠ざかる。
華奢しなやかな長身ひるがえすシャツ、香かすかな香あまく華やかに透る。
いつもの香水いつもの声、けれど小さな違和感と見送るまま鼓動しずかに疼きだす。

もし姉が、弟の本音を知ったら?

「気をつけて行けよ、」

声かけて見送って、遠く白い手ふってくれる。
かろやかで華やかな姉の仕草、いつもどおりで、いつも通りだからこそ自問が疼く。

“もし姉が、俺の本音を知ったら?”

怒るだろうか、泣くだろうか?罵られるだろうか?
こんな「普通じゃない」想い抱いた弟を、姉はどう想うだろうか?

『だいじょうぶ英二、ほら?』

たぶん自分の家は「普通」の家、それが矛盾だと知ったのはいつだろう?
そんな「家」でも姉がいてくれた、だから自分はまだ踏み止まれている。

―姉ちゃんいなかったら俺、どうにもならなかったもんな…母さんがあんなだし?

たった一つ違い、それでも姉は姉だった。
幼いころから親しんだ相手、喧嘩しても仲の良い姉弟、何があっても傍にいた相手。

それも壊れるのだろうか?

「じゃあ湯原、俺たちも行こっか?」
「ん、」

笑いかけて隣、黒目がちの瞳が見あげてくれる。
この視線を受けとめていたい、そう願ってしまった本音が姉に疼く。

「これからどうしたい、湯原?まだ買物あればつきあうけど、」

隣に笑いかける、こんなに鼓動が軋むのに。
それでもほら?君が見あげれば温もり燈る。

「ん…本屋かな?」
「いつもの書店?」
「そう…」
「ここからなら近いよ、」
「ん、」

なにげない会話、なにげない君の声。
言葉数なんて多くない、けれど穏やかな声に黒目がちの瞳に鼓動が息づく。

―本気で好きなんだろな、俺、

この隣にいたい、それだけ。

それだけしか考えられなくなる、いつの間にこうなった?
自分でも解らないくらい変心は密やかで、でも姉は言った。

『良い友だちに会えたのね、今までの子たちより抜群に趣味いいわ、』

たぶん一目で見抜かれた、だから姉は声かけてきたのだろう?
たぶん「今までの子」だったら姉は声をかけなかった、きっと。

だからなおさら後ろめたい、この本心が。

―俺がなりたいのは友だちじゃないんだよ、姉ちゃん?

ほら心裡で告白する、聴こえるわけもないのに。
この隣にも聴こえない、けれど言ってしまいたい本音うごめく。
それでも「言ってしまったら」を知っている、そんな無駄な知識と外に出た。

「暑いな、」

喧騒の街、真昼の太陽が反射する。
埃っぽい空気まだ夏が匂う、熱暑アスファルト照りかえす。
コンクリート乱反射する熱の底、けれど穏やかな声しずかに言った。

「来月には涼しくなる…奥多摩は、」

声そっと薫る、穏やかな爽やかな甘い香。
柑橘と似たいつもの香に横顔しずかで、ほっと英二は息ついた。

「俺が青梅署に行けるって湯原、信じてくれるんだ?」
「宮田はがんばってるから…」

穏やかな声しずかに答えて、小柄なスーツ姿が歩きだす。
ビルの谷間くすぶる熱い風、黒髪クセっ毛やわらかに靡かせる。
その衿元ネクタイ端整に生真面目で、変わらない穏やかな寡黙に英二は微笑んだ。

「湯原ほどじゃないよ、俺は、」

笑いかけて歩くレザーソール熱が浸みる、アスファルト起きる風が熱い。
この空気から自分は遠ざかろうとする、その進路に隣が言った。

「宮田、腹減った、」
「だよな?」

言われて即答、笑ってしまう。
もう昼食はとった、それでも空腹おかしくて笑った。

「姉ちゃんの乱入で体力とられたよ俺も、湯原だって慣れない店だし腹も減るよな?」

君だって色々めぐらせていたろうか、あの姉の隣で?
そんなこと想うと可笑しくて笑いながら訊いた。

「姉ちゃん乱入の詫びにおごるよ、何食いたい?」

きっと回答また笑いたくなる?
問いかけた隣、黒目がちの瞳ゆっくり瞬いて言った。

「ラーメン、」

ほら、やっぱり君は君だ?

なんだか何だろう?ほっと安堵する。
いつもと変わらない空気が嬉しい、ただ君に。

「マイペースなんだよな、湯原ってさ?」

ほら黒目がちの瞳が自分を見つめる、ほら「?」が幼げで可愛い。
なぜ「マイペース」なのか、なぜ笑うのか、何も解らない君だから嬉しくなる。

―いつも静かで穏やかでマイペースなんだ、素の湯原は…それが好きなんだ俺は、

君の隣には穏やかな静謐、それが息つかせてくれる。
何か言うわけじゃない、けれど空気ごと寛がされて離れられなくなる。
こんなこと誰に想えたことはない、唯ひとつ初めての感覚ふくらんで、それが皮肉だ。

警察官なんて一番そういうの、遠い世界なのに?

※校正中
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secret talk73 安穏act.10 ―dead of night

2018-03-06 21:32:25 | dead of night 陽はまた昇る
言葉つくまで、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk73 安穏act.10 ―dead of night

君が他の誰かに笑ったら、どんな心だろう?

こんなこと考えるなんて自分だろうか?
そんな疑念いだくほど見惚れる隣、君。

「…こういう店は慣れていないから」

ぼそり、告げた横顔うつむく。
上品だけど花柄の多いブランドショップ、たしかにスーツ姿の男は珍しい。
そんなことより言われた事実が鼓動はずませる、慣れていない向こうの事実に。

―そっか?女にプレゼント選ぶとかしたことないんだ湯原、

こういう店に慣れていない。

ようするに「女のもの」選んだことがない、それが嬉しい。
ようするに君が「慣れていない」その過去と想いさらして喜ばせる。

―だったら初恋もまだかもな、23歳にしては奥手だけど湯原なら?

まだ踏みこまれていない心、その無垢が欲しい。
そんなこと想うほど求めている、そんな本音どうしてと自分で解らない。
こんなに誰か求めるだなんて?唯ただ鼓動ふくらんで弾んでゆく背後、肩いきなり叩かれた。

「英二?あんた何やってるのよ」

奥ゆかしい甘い芳香、この香よく知っている。
ふりむいたら現実ひき戻される、そんな諦め微笑んだ。

「なんだ、姉ちゃんかよ、」

こんなとき、いちばん見たくない現実が来たな?
そんな本音のまんなか切長い瞳あざやかに笑った。

「私で悪かった感じね、こんなとこで何してるの英二?」
「そっちこそ、社員旅行どうしたんだよ?」

笑いかけながら呆れたくなる。
自分は似ていて違う姉、そんな現実の唇きれいに笑った。

「集合時間までのんびりしてるのよ、こんにちは?」

色白の貌きれいに笑ってくれる。
その瞳あいかわらず澄んで、けれど視線そっと逸らし言った。

「お友達?紹介しなさいよ、英二?」

背中そっと小突きねだってくれる、そんな笑顔きれいに明るい。
でも小さな違和感くすぶる?

―社員旅行のせいかな、なんだろ?

会社の貌、なんか知らない。

ずっと幼いころから傍にいた貌、けれど「会社員」である姉は知らない。
これから社員旅行に向かう「会社員」それが違和感の原因だろうか?

「同期の湯原だよ、寮で隣なんだ、」

答えながら姉の貌を見てしまう。
いつも快活だった姉、その翳り拭いたくて口が動いた。

「湯原、これ姉だから、」

こんな言い方したら、たぶん怒るだろう?
そうして怒って素顔に戻ってほしい、願いごと華奢な指に小突かれた。

「これとか言わない。そうか、あなたが湯原くんね?いつも弟がお世話になっています、」

切長い瞳あざやかに笑ってお辞儀する、その背中しなやかに綺麗だ。
それは知っている笑顔で、すこしの安堵すぐルージュの唇ひらいた。

「英二がね、いつも『湯原が』て話すのよ。どんな子なのかな、って思っていたの、」

ほら、余計なこと話しだした?

―姉ちゃん喋りすぎなんだよな、顔だけは俺と似ているクセにさ?

自分と似ている姉の顔、けれど快活で話しやすい。
そんな姉が好きだ、けれど好きな分だけ澱む感情がある。

“姉みたいに笑えたら?”

ほらもう考えだす、これがいつも嫌いだ。
それより今は「余計なこと言われないように」だ?そんな思案の前で明るい笑顔きれいに眩い。

「きちんとしてて真面目そうで、今まで連れていたコたちと全く違うわ。それに湯原くんの目すごくきれい、」

それ、いつも俺が思っていることだけど?

まるで見透かされているみたいだ?
いつもながら困りだした隣、ちいさな横顔かすかに傾いだ。

「…はあ、」

こういうの慣れていない。
そんな心の声が貌に出ている、明らかに困惑させてしまった。
でも、こんな貌も見られて良かったかな?つい笑いたくなった端、思いつき微笑んだ。

「姉ちゃん、ちょっと一緒に店、入ってくれない?」
「ここ?別にいいけどなに?」

白く澄んだ笑顔が尋ねてくれる。
こういうの透明感って言うんだろう?自分と違う表情に笑いかけた。

「湯原の母さんにプレゼント選びたいんだ、アドバイスしてよ?」

姉なら良いものを選んでくれるだろう?
信頼と笑いかけた先、美しい瞳きれいに明るんだ。

「いいわよ?じゃあ湯原くん、お母さんのご趣味は何かしら?絵を描くとか読書とか、」

きれいな声やわらかに隣へ向けられる。
こういうのも慣れていないだろうな?予想と見た隣、黒目がちの瞳ふわり笑った。

「あの…母は読書が好きです、」

君が笑った今、誰に?

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secret talk72 安穏act.9 ―dead of night

2018-02-28 20:25:00 | dead of night 陽はまた昇る
隣の存在は、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk72 安穏act.9 ―dead of night

箸がきれいだ、そう想った。

―初めて一緒したとき思ったんだよな、俺、

盛夏、初めて君を誘った。
外泊日は限られた自由、その全部を君と過ごしたい。
そう願った自分がいて今、今日も君がラーメン啜っている。

「…、」

黙々、静かな横顔が麺すする。
伏せられた睫毛が長い、蒼やわらかな陰影に視線うつむく。
黒目がちの瞳きっと丼の水面だけ映して、ちょっと悔しい?

―たまには湯原、俺のこと見てよ?

ほら心、勝手な独り言つぶやきだす。
こんなこと想う自分だったろうか?

“自分のこと見てよ?”

そんな願い自分にあったとしたら、いつのことだろう?
もう忘れた時間の涯、ただ今の願い微笑んだ。

「湯原のラーメンがうらやましいよ、俺、」

本音が声になる、こんなに自分は素直だろうか?
不思議で、けれど温かな想いに黒目がちの瞳が見上げた。

「…そっちおいしくなかったのか?」

醤油やわらかな湯気ごし問いかけてくれる。
そう解釈するんだな?可笑しくて嬉しくて笑かけた。

「こっちも旨いよ、でも湯原に食べられたら幸せかもなってさ、」

香ばしい醤油あまい、そんなテーブルに声が笑う。
こんな声だったろうか自分は、こんな言葉を?
自分でも解らなくなる、でも君の瞳ほら?

「…みやたぐあいわるいのか?」

黒目がちの瞳が自分を映す、いつもより大きな眼。
驚いて途惑って、それからたぶん期待したい感情。

「俺のこと心配してくれるんだ、湯原?」

ほら期待が声こぼれる、これが自分の声?
わからなくなるけれど、でも君が見あげてくれる。

「そんなわけじゃない…たぶん」
「たぶん?」

ほら訊き返してしまう自分の声、期待して。
どう答えてくれるだろう?

「よくわからないおれ」

くぐもるような静かな声、そっぽむく黒目がちの瞳。
だけど「たぶん」自分を見てくれている?

「解らないなら心配してるんだよ、たぶん?」

なにげなく笑いかけて見つめる真中、丼かかえた横顔が惹く。
長い睫すこし伏せた目もと赤い、ワイシャツの首すじ薄紅いろ昇る。

「…さっさとたべろよみやたのびるだろ」

つっけんどんな声、でも唇かすかに微笑んだ?
こんなふう誰かに期待するなんて、本当に自分だろうか?

「さっさと食べるよ、湯原の買物あるもんな?」

笑いかけて予定がはずむ、だって「君の」に付き合える。
こんなことすら鼓動はずんで自覚がにじむ、惹きこまれる。

ほら?やっぱり君の箸きれいだ。

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secret talk71 安穏act.8 ―dead of night

2018-02-26 14:50:06 | dead of night 陽はまた昇る
見つけたい時間に、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk71 安穏act.8 ―dead of night

誕生日に何もらったら女の人は喜ぶかな。

そんな質問この君がするなんて、どうして?
こんなとき「普通」考えられる仮定は、何?

“好きなひとがいるんだろうか”

それが普通だ、でもなんだ?

「…っ」

喉せりあげる、吐きそうだ?

“君に好きな人がいるんだろうか?”

思った途端に吐き気せりあげる、声もでない。
ほら脳まで鈍く重くなる、色褪せだす、そんな腕そっと引っ張られた。

「母の誕生日なんだけど…何が良いと思う?」

街角、君の声しずかに響く。
ああなんだ?

「あ、お母さんか」

間の抜けた声が唇こぼれる、吐き気すっと治まり楽になる。

「今日、ちょうど母の誕生日なんだ」

それで今回は実家へ帰りたかったんだ。
そんな声が黒目がちの瞳やわらかに微笑む、ほら君はきれいだ。
つい見惚れてしまう視界かたすみ、ちいさく疑問が疼いた。

そんなこと自分は考えたことあったろうか?

“喜ぶかな?”

誰かを喜ばせたい、なんて、考えたことあったろうか?
ずっと昔あったかもしれない?けれど消えた時間と微笑んだ。

「せっかくの誕生日なのに湯原、俺が泊めてもらっていいのか?」
「いつも二人きりだから、母も喜んでるよ、」

黒目がちの瞳そっと笑っている、その眼差しに現実が映る。
本当に2人きりの家族なんだ、君は?

『殉職したんだ、』

君が叫んだ君の現実、それが何気ない会話に映る。
父親を失ってから、ずっと二人で生きてきた君と母親の空気は優しい。

―こういうの母子の絆って言うんだろうな、壊したくないな?

あれ、今、自分が願った?

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secret talk70 安穏act.7 ―dead of night

2018-02-25 00:04:00 | dead of night 陽はまた昇る
ただ君の隣に、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk70 安穏act.7 ―dead of night

そんなつもりないから。

だなんて君は言うけれど、何について「ない」と言う?
君が言う「ない」は、この自分と同じだろうか?

―男同士でとか…ない、よな?

ほら自問自答する、自分こそ「ない」から。
正直に言えば「ない」と思いたい、でも想いはどこへ?

「…宮田は、嫌だった?」

ほら君が訊く、何が「嫌」なのだろう?

「嫌って、何が?湯原?」

訊き返しながら心臓が響く、轟く。
穿たれて疼いて鼓動ひっぱたく、これは何だろう?

ああそうか、ひとつの回答が怖い?

“ 男同士とか嫌だ ”

そんな回答ひとつ怖い、君の声なら。
そんな拒絶ひとつ鼓動ふるえる、なぜ、どうして?

―俺、やっぱり湯原が好きなのか?

ほら自問自答する、こんなこと知らない。
こんなふう心臓に谺する問い、こんな想い知らなくて、だから笑った。

「どうして湯原、俺に嫌だったとか訊いてくれるわけ?」

なにげない問いかけ、冗談みたいな自分の声。
だって本気でなんか言えないことだ、男同士だなんて「嫌」だろう君は?
嫌がられる、嫌われる、そんなこと解っている、そうして震える心臓まんなか君が言った。

「らーめん…」

ぼそり、君の唇つぶやいてオレンジこぼれる。
あまい香しずかに穏やかに黒目がちの瞳が見あげた。

「…またかよって言うからだろ宮田が、だから嫌だったか訊いただけ」

それ以外なにがある?
そんな視線が自分を映す、黒目がちの瞳いぶかしげに見あげてくれる。
それ以外なにもない、それのになぜ訊くのだろう?そんな貌の君で、ああ、なんだそのことか?

「ラーメンが嫌かってこと?」
「ん、」

問いかけて君が肯く、ああなんだそのことか?
なにげない言葉の答えに呼吸ほっと胸くつろげた。

「ラーメンが嫌だったら俺、最初も誘わないだろ?」

くつろいだ鼓動ほどかれる、唇ほころぶ。
こんな「嫌」だったなら可笑しい、笑った隣に君が見あげた。

「それなら昼、ラーメン」

見あげる小さな顔の前髪ゆれて瞳が透ける。
黒目がちの瞳が見てくれる、その視線ただ幸せに笑った。

「いいよ、新しい店いっしょに開拓しよっか?」

君と一緒に新しいことをする、そういうの悪くない。

新宿で昼を食べて、公園に行って、それから帰路につく。
それが君との決まったコースになった、いつのまにか。

―このコース、湯原以外とはもう歩かないだろな俺?

あと何回、このコースを辿れるのだろう?

警察学校も卒業まであと2ヶ月ほど、もうじき遠くなる。
この隣から遠くなる、離れてゆく、そうして思い出す全てから目を背けたい、きっと、

きっともう、この駅に降りることも辛いかもしれない。

―新宿がそんなふうになるんだ、俺?

雑踏ゆく風、埃っぽい人並み、それから時おり視線。
いくどか出遭う視線の相手、でも通りすがり残らない。
ただそれだけの街だった、それなのに君のため君の街になる。

あと2ヵ月でたぶん、この道も怖くなる君のために。

「宮田、」

ほら君が呼ぶ、ほら自分が立ち止まる、時このまま止められたら?
そんな背中のまんなか温もりふれる、気配ぶつかりかける温もり。

「急に止まるなよ宮田?」

すこし笑ってくれる声、君の声だ。
この声そのまま抱きしめられたらいいのに?

「ごめん湯原、でも呼んだの湯原だろ?」

君が呼んだから立ち止まった、それだけ。
それだけ止めたい時間のまんなか、君が訊いた。

「誕生日に何もらったら、女の人は喜ぶかな」

呼吸、一瞬で止まる、どうして君そんなこと訊くのだろう?
secret talk69 安穏act.6← →secret talk71

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