萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

萬紅、初暁act.3―another,side story「陽はまた昇る」

2011-11-20 20:25:07 | 陽はまた昇るanother,side story
※後半1/2R18(露骨な表現はありませんが念の為)

声にできなくても、想いは、





萬紅、初暁act.3―another,side story「陽はまた昇る」

ビジネスホテルに、宮田がチェックインしてくれる。
明日朝一の電車で、奥多摩交番での打合せに向かう。そんな理由で一緒に泊ることにしてくれた。
けれど本当は、宮田は泊る必要は無い。青梅警察署独身寮は駅から近かった。
それでもいつも、こうして一緒の時間を作ってくれる。

「だってさ、周太と一緒に俺、居たいよ?」
「…ん、ありがとう」

そんなふうに話しながら部屋に入った。
さっき一人で部屋に着いたときと、こうして一緒では違う。
一緒っていいな。そんなふうに周太は微笑んで、宮田に訊いた。

「あのさ、夕飯、すぐ食べるよね?」
「うん、俺、腹減ってるんだ」

宮田は最近よく食べる。
調理器具が無くて、用意できたのは軽い食事ばかり。
あれで満足してもらえるだろうか?すこし不安にもなる。
でも今の自分で出来る、精一杯を示せたらいい。

「そう、」

呟くと、周太は冷蔵庫から皿を取出した。
ラップをかけたまま、サイドテーブルに置く。
それから見上げた隣は、うれしそうに微笑んでくれた。

「これ、周太が用意してくれたんだ?」
「ん、そう…でも台所じゃないし、本当に切って並べただけ」

そう、本当に切って並べただけ。
料理だなんて呼べない、それが本当は不本意で仕方ない。
だってやっぱり、きちんとしたものを作ってあげたかった。
けれど隣は、嬉しそうに笑いかけてくれた。

「でもすごく、きれいに作ってある」
「…ごめん、包丁も無くて、トラベルナイフで作ったんだ」

包丁すら無かった。
それなのに、こんなに嬉しそうにしてくれる。
申し訳ない気持ち、けれど嬉しそうな顔が、うれしい。

「充分だよ周太。こういうの俺、すげえ嬉しいんだけど」
「…そう?」
「そうだよ、」

きれいに笑って、宮田は言ってくれた。

「周太が作ったものがさ、俺、いちばん好きだから。だから嬉しい、ほんとだよ」

あ、この言葉を自分は、聴きたかったんだな。
いちばん、好き、うれしい。その言葉が全部うれしい。
嬉しくて周太は、きれいに笑った。

「よかった、」

うれしくて見上げて、気持ちを告げた唇に、そっと唇を重ねられた。
すぐに静かに離れた、けれど、熱かった。
なんだか恥ずかしい、甘やかで気恥ずかしい。それでも幸せで周太は微笑んだ。
隣から覗きこんで、宮田が笑いかけ言ってくれる。

「俺ね、今、すごい幸せだ」

うれしそうな隣の笑顔が、うれしい。
うれしい気持ちを伝えたくて、周太は気恥ずかしさを押して、唇を開いた。

「ん、俺もね、うれしくて幸せ、だな」

言って微笑んだ視線の先で、きれいな切長い目が不思議な雰囲気になった。
どうしたのだろう、そう思ったらもう、いつものように微笑んでくれた。

「周太、今日は遠くから疲れただろ?風呂すませてさ、楽になってよ」
「あ、でも、腹減ったんだろ?」
「それくらい待てるから」

そう笑ってくれて、浴室へと送り出してくれた。

シャワーの湯が温かい。
頭から浴びると、今日の色んなことが思い出される。
昼間の深堀との会話、さっきの国村との会話、それから吉村との時間。
どの時も困ったり、うれしかったり、色んなことを思った。
そして、どの時も自分は、ずっと一人のひとを考えていた。

…英二、

心の中でだけ、そっと名前を呟いてしまう。
もう昨日からそう。きのう実家の庭で、想いを心に確かめてしまってから。
こんなふうに、名前で呼べたら良いな。本当はそう思っている。

あの隣はいつも、自分を名前で呼んでくれる。
家族以外に名前で呼ばれることは、13年間ずっと周太には無かった。
そしてあんなふうに、特別な存在から、特別な意味で、名前を呼ばれること。
周太には初めてのこと、そして、とても幸せなことだった。

そして誰かを名前で呼んだことも、周太は無い。
だからどうやったら、名前で呼ぶことが出来るのか。それすら解らないままでいる。

「…あ、」

髪をかきあげた右腕の、赤い花のような痕が視界に映った。
シャワーの湯気を透かしても、あざやかな赤が目に映る。
4日前に刻まれた、あの隣の唇がつくった想いの痕。その前にもう何度も、会うたびに刻まれている。
きっともう消えない、そんな痣になってきている。

今夜もこの後きっと、またそうして刻まれる。
そう思った周太を、夕方に訳したばかりの歌詞がそっと心を掠めた。

―星や惑星が姿現して、盗まれたキスは、盗まれ止められても手遅れ、それほどに想いが深い

ほんとうに、もう手遅れ。
自分にはもう、こんなふうに、深く消えない痣になって、キスが刻まれている。
だって自分はもう、こんなふうにずっと、想ってしまっている。
そんな想いは、切なくて甘やかで、黒目がちの瞳から、ひと滴の想いが零れて落ちた。


浴室の扉を出て部屋を見ると、ソファに座っていた宮田が振り向いてくれた。
気付いてくれたことが、うれしくて周太は微笑んだ。

「お先に、ごめん」

声を掛けながら見た、長い指の手元には登山地図と鉛筆があった。
きっと明日の巡視ルートの、確認をしていたのだろう。そんな姿は本当に、仕事に誇りを持つ大人の男だった。
本当に仕事熱心なのだなと、昼間に深堀に夕方に吉村医師にも言われた。その通りだなと思う。
地図と鉛筆をしまいながら、宮田は微笑んでくれる。

「大丈夫だよ。俺、着替えた時に風呂はさ、済ませてあるんだ」
「あ、それなら、よかった」

きっと宮田は、仕事の後で疲れているはず。
それなのに自分が先に、浴室を使わせてもらった。申し訳なくて、周太はちょっと気が引けていた。
ほっとして見たサイドテーブルに、クロワッサンが盛られた皿が置かれている。
きれいな切れ込みが、どれにも入れられている。すこし驚いて周太は訊いた。

「これ、宮田が切ったのか?」
「そうだけど?」

きれいな低い声は、何でも無い事のように答えてくれる。
訊いて、周太は微笑んだ。

「きれいに出来てる、料理も、やれば出来るんじゃないか」

宮田は器用だから、きっと上手に出来るのだろう。
そう思っている隣で、きれいに笑って宮田は素直に言った。

「周太と暮らし始めたら、やってみる」

一緒に暮らす。
いつかそんな日が来たらいい、本当はそう思っている。
毎日の始りと終わりを、この隣で過ごせたら、きれいな笑顔を見つめられたら。
きっと幸せだろう、そう思うと切なくなる。
そしてすこし気恥ずかしくなる、周太はすこし睫を伏せた。

「…うれしいけどそういうの恥ずかしいから…」

用意しておいた食事を、きれいに宮田は平らげてくれた。
そのあと皿まで洗うと言って、さっさと洗面台へと向かってくれる。
申し訳なくて自分がやると言ったら、わがまま訊いてよと宮田は微笑んだ。

「周太の心づくしだからね、俺が最後までちゃんと受取りたい。だから譲れない」

そんなふうに笑ってくれた。
なんだかこういうのは、気恥ずかしいけれど嬉しい。
そんなふうに想いながら見たカーテンを、透かすように光が見える。
窓辺に寄ってカーテンを開けると、半分に近い月が明るく空にかかっていた。

「…きれいだ、」

静かに窓をすこし開けてみると、夜の森の香がそっと頬を撫でる。
周太は軽く瞳をとじて、夜の空気をすってみた。冷たく澄明な香、水と樹木の燻り。しずかな夜が聞こえてくる。
ゆっくりひらいた瞳の向こうに、紺青の透明な空が広がっていた。
月と星がきらめく濃密な夜空は、どこか青紫に艶めいてみえる。ふっとさっきの歌詞が唇に昇った。

「…暗夜が抱く深い菫色の闇は、激しい想いの呪文…その魔法には2つだけ、伝えられることがある…」

“Ultraviolet” なら「紫外線」と訳す。
けれどあの歌詞はスペース空けて“Ultra violet” だから「深き闇の菫色」
いま空にかかる青紫色、こんな感じだろうか。
それにしてもあの歌は謎が多い、ほんとうにワーズワースの詩みたいだ。
頬撫でる夜気に、そっと周太は呟いた。

「…想いの呪文、その魔法には2つだけ?…」

その2つは何だろう?
考えている横顔に視線を感じて振向くと、隣が見つめていた。
片付けが終わって来てくれた、うれしくて周太は微笑んだ。

「月がね、すごくきれいなんだ」
「卒業式の時は、いざよいだったな」

きれいに微笑んで訊いてくれる。
話したことを覚えてくれている、うれしいと思いながら周太は答えた。

「ん、そう。不知夜月はね、一晩中月が出ている」
「いざよいは、ためらう、って意味だったな」
「ん、」

でも、さっきの「卒業式の時」は、ちょっと恥ずかしいなと思う。
だってあのときが“初めて”のときだった。そして今日また国村に言われて恥ずかしかった。
―あの時も顔、違うのかな?…白妙橋で話した“初めて”-
ああいうこといってからかわないでくれたらと思ってしまう。

けれどこの間も、国村の言葉には気付かされた。
そして今も本当は、ちょっと気が付いている。

いつもどこか自分は、恥ずかしさばかりに埋もれて、この隣へ想いを示せない。
起きている時も、ふたりで横たわる「あの時」も、いつもそのまんま、示せない。
だからさっき、気付かされてしまった。せめて「あの時」だけでも、想いを示せたらいいのに。
だってほんとうは、もう、こんなに想いは深いのに。

「周太、」

きれいな低い声が、そっと名前を呼んでくれる。
自分も名前で呼び返せたらいい、そう思って周太は見上げた。

「ん?…」

やっぱり、声になっては出てくれない。
ほんとうは昨日から、ずっと心では呼んでしまうのに。
ほんとうは名前で呼んで、もっと特別になりたい。
見上げたまま竦んでしまう唇、もっと自由に動いて、想いを告げさせて。

竦んだままの唇に、そっと唇が重ねられた。

…英二、

心の中で名前を呼んで、よせられた唇に瞳を閉じた。

よせられた唇、かすかな吐息。
熱くて、甘やかで、すこし怖い。

肩を抱きよせられて、腰を抱かれて抱き上げられる。
この隣はもう、自分を軽々と抱き上げてしまう。
逃げ出す隙なんて、ほんの少しも見せない強い腕と肩。

「…あ、」

そっとベッドに横たえられて、静かに重みが全身にかけられる。
ゆるやかに抱き込めてくる強い腕、もう1ヶ月半前とは違う、大人の男の腕。
真直ぐに瞳を見つめる、きれいな切長い目は、不思議な表情で佇んでいる。
きれいな微笑みが、じっと自分だけを見つめていた。

「好きだよ、周太」

きれいな低い声で名前を呼んで、想いを告げてくれる。
想いが、名前が、うれしい。うれしくて周太は唇を開いた。

「…ん、うれしい…俺も、好きだ」

想いだけでも告げられた。
けれど、どうして、名前は呼べないのだろう。
呼べない名前が、のどに心に詰まって痛い。
そんな想いで見上げている、きれいな切長い目が、不思議なまま微笑んで、想いを率直に言った。

「大好きだよ、周太。だから今も、抱かせて繋がらせて?」

そんなふうに求めてくれる。
恥ずかしくて困る、けれど求められて嬉しい。
こんなにも、きれいな笑顔で求めてくれる。断れるわけがない。

それに本当は、自分だって求めたい。この右腕の痣を、また深くして。
自分にだって、名前を呼ばせて、求めさせて。

「…っ」

名前、声になって出てくれない。
こんなにももう、心では名前を呼びたくているのに。
首筋にも頬にも、想いの熱が昇っていく。それでも心に呼ぶ、この名前だけは、唇へ昇らない。

「きれいだ、」

きれいな低い声が、ささやいて唇をよせてくれる。
名前を呼びたい、呼んで想いに応えたい。
そんな想いに喘ぐ唇を、穏やかに熱が重なって溶かしてしまう。

…英二、

呼べない名前、心のなかだけでも、呼んでしまう。
唇の熱にうかされて、白いシャツを絡めとられて、肌が晒されていく。
いつものように一瞬は怖くなる、けれど見つめられる瞳がうれしくて、力が抜かれてしまう。
そうして気づいた時には、ゆるやかに肢体が添っていく。

白いシャツの袖ぬかれて、右腕の痣が露わにされる。
赤い痕へそっと、いつものように、赤い唇がよせられて口づけられた。
強く刻まれて熱くて、すこし立てられる歯が痛くて、想いの強さが心を奪っていく。

…え、いじ、

名前、呼びたいのに吐息だけ、そっと零れて髪ゆらす。名前も呼べない唇に、隣のきれいな髪がふれる。
その髪がさらりと動いて、ゆっくりと顔があげられた。唇から離された腕には、赤い唇を写した赤い花が咲いている。
赤い花にそっと長い指がふれて、きれいな笑顔が見おろした。

「きれいだね、周太」

見おろされる唇、呼びたい名前は出てこない。
見おろされる体には、呼びたい名前への想いが、熱になって肌をそめていく。
見つめられる瞳には、ただ想いを受け入れたい、そんな想いがきっと透けている。

きれいな笑顔で、きれいな低い声が笑いかける。

「周太、好きにして、いい?」

呼びたい名前、唇から出てくれない。
伝えたい想いすら、もう唇を出てくれない。
どうしていつもこんなにも、自分の想いは伝えられないのだろう。
それでも心の中でだけでも、名前を呼びたい、想いを告げたい。

…英二、して

心の声が聞こえたように、周太を見おろす体が動く。
きれいな長い指が、首に掛けた鍵を外してベッドサイドへと置く。
きれいな大きな掌が、白いシャツを静かにほどいて、その白い肌を顕していく。

さらりと床へ白く、シャツが落ちる。
それを見遣って体傾けて、静かに背中がこちらへ向けられた。
ルームライトの照らす背中は、広やかに大人の艶を燻らせ、美しくて。
惹かれ見つめるまま、ただ心ごと焦がされる。

「…周太、」

かすかな灯りに佇んだ、細身しなやかに逞しい背中が、ゆっくりと振り返る。
美しく勁い肢体は艶めいて、熱い眼差しのままで、周太を見おろした。
きれいで眩しくて、すこし怖くて、どうしていいのか解らなくなる。

「明日が辛くないように、しすぎないから、許してよ…」

きれいな笑顔で、きれいな低い声が、そんな約束をねだる。
つまりそうな呼吸の中で、心に呟いてしまう ― あなたの約束を、どうして、自分は拒めるというの?
そんな想いのままに、シャープな白皙の頬に頬寄せられていく。
艶めく白い肌が素肌に重ねられて、静かに強く抱きしめられた。

怖い、そんな震えが体を固める。
けれど腕にこめられた力の、穏やかな安らぎが温かい。
すぐに力は抜かれてしまって、想いのままに体は添ってしまう。
きれいな低い声が、そっと想いを告げてくれた。

「大好きだ、」

いま自分も、想いを告げられたらいい。
それなのに、言葉がかけらも出てこない。
呼びたい名前、告げたい想い、せめて心の中でだけでも、告げさせて。

…英二、ほんとうは、愛している…

肌と肌ふれあう、温もりが熱い。
よせられる唇が熱い、見つめられる瞳が熱い。
瞳にかかる前髪を、長い指がかきあげてくれる。
額の生え際の、ちいさく残る傷跡に、そっと熱い唇がふれる。
そのまま髪に、端正な顔が埋められる。髪を透してかかる吐息、穏やかに熱い。

失うことが怖くなる。
こんなふうに熱い、その想いも温もりも、こうして自分を求めてくれる。
こうして求められて、熱を与えられて、自分は変えられ生き直している。

自分が「きれいになった」その理由。
この隣に求められ、熱と想いを与えられて、笑顔も想いも生まれていくから。
こんなふうに熱い時、感覚、想い、それら全てが自分を浚って「きれい」に磨きださせていく。
だからもう解っている。この隣を失っては、自分はもう生きられない。

「俺だけの隣でいて、周太、」

きれいな低い声、熱い吐息。
唇、首筋、肩、胸、腕、腰、脚、そうして全て。
ふれられる唇が熱くて、痛くて、甘やかで。体ごと心も絡めとられていく。
肌の全て一面に、想いの熱の、赤い花が刻まれていく。

刻まれた想いが熱い、自分の想いも一緒になって、心にあふれて充ちていく。
それでも、声は出てくれない。

…隣でいさせて、英二、愛している

名前、呼べない。
言葉が出ない、想いを告げられない、だから心だけでも、呟かせて。
もうこんなに想っている、それでも出ない言葉。
どうして自分は、こんなに、弱いのだろう。かけらだけでも、伝えたいのに。

どうしても、かけらだけでも、想いを伝えたい。
そう見上げた想いの真中で、きれいな顔が見つめてくれた。

きれいな切長い目から、つっ、と涙がひとすじ、頬を伝って零れて砕けた。

…英二、

心でだけ呼んだ名前。
心でだけ呼ばれた、この隣。その端正な唇が静かに開かれて、きれいな低い声が告げてくれた。

「お願い、周太…俺だけの隣で、いてよ…」

周太の心に、かたんと響いた。

なんて切ない声だろう?
なんて美しい、きれいな声だろう?
そうしてどうしてこんなにも、想いを真直ぐに届けてくれるのだろう。

こんなに想いを届けてくれる、この隣。
こんなに自分はもう愛しい、それなのに。
自分は13年間の孤独と報復に引き摺られかけた、そして置去りにしようとした。
それがどんなに残酷だったのか、今もまた、この美しい涙に思い知らされる。

周太の心が、吐息をついた。
見つめる想いの中心で、きれいな切長い目に、きれいな涙が漲っている。
ああ、この涙だって、ずっと自分が拭っていたい。だって出会ってからずっと、自分が拭っていたのだから。

そう、もう、ずっと、そんなふうに、愛している

言えない想い。出ない声。それでもこれだけは、どうしても伝えたい。
黒目がちの瞳が微笑んで、唇がほころんだ。

「…ん、隣で、いさせて…」

声が、出た。
ほんとうに、かけらだけの想い。それでも伝えたい。
見つめる想いの真中で、きれいな切長い目が、見おろし見つめてくれる。
切長い目から、ひとつぶ、また零れて砕けていく。

「約束してよ、周太。もう、離れていかないで…俺の隣から出ていかないで、俺を、置いていかないで」

見つめる想いのまんなかで、きれいな想いが告げられる。
あの日この隣を、13年間の報復の為に置き去りにした、そんな自分の罪の重さを知らされる。
そして自分こそ離れられないと、あの日に思い知らされた。だって置去りにした瞬間、自分は壊れて立てなかった。
ほんとうにそう、自分だって、離れたくはない、隣にいたい、もう絶対に置いていきたくない。

「俺にはね、周太、帰る場所はもう、ここしかない…だから周太、いなくならないでよ…俺の隣にいて」

ここだけでいいの?
ずっと隣にいていいの?

見つめる瞳をつたわって、想いがそっと注がれる。
見つめる瞳の視界へと、やさしい水の帳がおりてくる。

この想いにどうしても、今、応えさせて。

動いてと願った、右腕が静かに上げられた。きれいな首元へ、そっと右腕がのべられる。
どうか出てと祈った、声が唇から零れだした。

「…俺の隣で、いいの?」

のべられた右腕の、周太の右掌が白い頬にふれる。
ふれた白い頬に、きれいな眦から熱が零れておちかかる。その熱が周太の掌にふりかかる。
きれいな切長い目からまた、ひとつぶ透明に、こぼれて砕けた。その煌めきが、愛おしい。
きれいな低い声が、微笑むように告げてくれる。

「周太の隣がいい、周太の隣だけに、いたい」

濡れた頬をそっと、周太の右掌が拭う。
どうか動いてと願った、左腕ものべられた。そうして左掌が、もう片頬にふれる。
両掌で包んだ白い頬の温もりが、そっと周太の心にふれて温かい。

「大好きなんだ、周太。息をするたびごとにね、周太のこと好きになってる」

きれいな低い声が告げてくれる。
きれいな笑顔が、自分だけを見つめて、言った。

「もうずっと周太だけ、ずっと想い続けていく」

ことば、お願い、今は出て。
そう祈った通りに、そっと周太の唇から言葉が零れた。

「…うれしい、」

ほんとうにかけらだけ、それでも想いを告げられた。
そうして想いを今、この隣から告げてくれた。
どちらも本当に嬉しくて、きれいに笑って周太は微笑んだ。
両掌に包んでいる白皙の頬、きれいな切長い目は、こうして見つめてくれている。

お願い、もっと近くへ来てほしい。
お願い、この想いは今、唇から零れでて。そっと周太は、唇を開いた。

「こっちに、きて…」

頬をくるんだままの掌を、そっと自分の方へと惹きよせる。
両掌で包んだ端正な顔、その端正な唇が、そっと周太の唇に重ねられた。

…英二、

呼べない名前。けれど想いのかけらなら、それだけなら告げられる。
気恥ずかしい、けれど迷わない。
そんな想いをこめた声が、そっと唇を拓いて出た。

「くれる初めての、全部が、うれしい…だからお願い、ずっと…隣にいて」
「ああ、ずっと隣にいる」

両掌にくるんだ、愛する隣の顔。
きれいに笑って見つめて、想いを言葉にして告げてくれる。

「ああ、ずっと隣にいる、繋げて離さない」

動いて、腕。
そんな願いの通りに、ぎこちなく目の前の頭を、そっと抱き寄せる。
ふれる温かな吐息、ぬくもりは穏やかで、幸せが静かに心を充ちていく。

…英二、愛している

本当に告げたい、名前と、想い。
けれど今はまだ、声になって出てくれない。けれど想いのかけらだけでも、伝えたい。
周太は、きれいな涙と微笑んだ。

「もうずっと本当はね、…好き、」

…もうずっと本当は― 英二、愛している。

いつかこんなふうに、言葉にして伝えたい。それでも少しでも、伝えられたことが、心から嬉しい。
抱きしめた隣の端正な顔が微笑んで、きれいに笑いかけて言ってくれた。

「これからもっと、好きにさせるから」

嬉しい、そして幸せだ。
きれいな笑顔が、見つめ合って、ふたつ咲いた。もう離さない、離れない。
うれしくて幸せで、周太は言葉をこぼした。

「…もっと、好きにさせて…そして、好きになって」

隣は笑って、きれいな笑顔で告げてくれる。

「そうだよ周太、お互いもっと大切になって、そうして一緒にいて」
「…ん、大切に」

本当はもう、とっくにそう。だって本当は、もう、愛している。
今まだ言えないけれど、想いのかけらだけは、今、告げたい。
微笑んで、周太は唇を開いた。

「…お願い、ずっと、隣で想いを告げて?」

Carry on, keep romancing,
止めないでいて、愛をささやき続けること

そうしたらきっと、自分だって言えるようになる。
だからお願い、ささやき続けて。そうしていつか、自分にも、この想いをすべて告げさせて。
そう見つめる想いの真中で、きれいな笑顔で笑ってくれた。

「ずっと、周太の隣にいる。そしてずっと想いを告げさせて。いつだって俺は周太だけを想うから」

いつかきっと、自分も、この想いを告げるから。
そんな想いに微笑んで、ゆるやかに熱い腕の中へと沈みこんだ。
熱い唇が唇に、深く重なって想いの吐息がおくられた。
そのまま体と心の全てに口づけされて、想いが深く刻み込まれていく。

…英二、

呼びたい名前、心に響く。
菫色の闇深く、甘やかに穏やかな、幸せな眠りにしずみこんだ。


ふっと唇に熱を感じて、ひとつ吐息が零れた。
なんだか幸せな熱さ、そんな想いを確かめたい。
周太は瞳をゆっくり披いた、その想いの真中に、きれいな笑顔が見つめてくれた。

「おはよう、周太」

きれいな笑顔がうれしい。隣の笑顔を見つめて周太は、やわらかく微笑んだ。
微笑んだ唇を、周太は静かに開いた。

「ん、おはよう…笑顔、うれしい」
「俺こそね、すごく嬉しいから」

きれいに笑って、隣は、そっと抱きしめてくれる。
こんな朝を毎日、ずっと迎えられたらいいのに。そんなふうに思ってしまう。
それでも明日も明後日も、こんな朝を一緒に迎えられる。
今朝の後もすぐ2回、一緒の朝が待っている。そんな幸せが嬉しくて、そっと周太は微笑んだ。

そして想ってしまう。
今日こそ勇気が生まれて、名前、呼べたらいいのに。




【歌詞引用:savage garden「carry on dancing」】


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