萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第83話 辞世 act.26-another,side story「陽はまた昇る」

2015-11-04 22:54:02 | 陽はまた昇るanother,side story
雪夜の麓で
周太24歳3月



第83話 辞世 act.26-another,side story「陽はまた昇る」

ペットボトル口つけて、こくり甘い香さわやかに優しい。
ほっと息ついたベッドは部屋に一つだけ、ソファは簡易ベッドかもしれない。
そのむこう窓辺の制服姿はカーテン開いて、誰もいないベランダに沈毅な瞳が微笑んだ。

「雪が降りだしたな、湯原は雪が好きか?」

薄墨色のガラスを白が舞う。
音のない夕暮は静かで、鼓動すら聞きながら周太は口開いた。

「伊達さん、雪よりも…こほっ、宮田のこと教えてください、伊達さんのこっごほっ」

咳さえぎられて言葉とぎれる。
それでも確かめたい願いに白い制服姿ふりむいた。

「湯原、宮田とはどういう関係だ?」

いきなりそんなこと訊いてくれちゃうの?

「…っごほっ、こんこほっ」

口開いて噎せてしまう。
こんなタイミング咳きこむなんて勘ぐられそうで、困りながら声押しだした。

「こほんっ…ぅ、同期って言いましたよね、さっきも、」

それだけの関係だと今は思っていてほしい。
それとも調べられたのだろうか?解からないまま低い声が言った。

「えいじ、って寝言で呼んでたぞ。宮田だろ?」

ああこんなのほんと迂闊すぎる。
こんなことなんて言えばいいのだろう?

―寝言で呼んじゃうとかいいわけどうしたらいいの…単に気になってたとかなんとか、あ、

こういうこと慣れていない、それでも思いつき返事した。

「宮田の名前は英二ですけど、それがなにか?」

とりあえず言った口調に自分で困る。
こんな言い方は失礼だ、解かっているのに引っ込みつかないまま先輩が笑った。

「ははっ、湯原どうした?ムキになってるだろ、」

どうした、ってこっちが訊きたいのに?
こんな状況ほんとうに困りながらも頭下げた。

「どうにもしません、あの…失礼な口のききかたしてすみません、」
「別にいいよ、今は職務中じゃないしな、」

シャープな二重瞼すこし笑ってくれる。
カーテン開いたまま制服姿は踵返しベッドサイドに腰おろした。

「作戦前も話したけど、同期の男が湯原と組んだことは偶然じゃないだろ?二人の関係を知らないと俺も判断できない、だから訊いてる、」

似ているけど断定はまだできない、あいつと話したこともないからな?相手を知らないで判断は難しいだろ。

そんなふう伊達が言ってから時間どれくらい経ったのだろう?
知りたくて見た左手首、あるはずが無かった。

「…っあ、」

腕時計が無い、あのクライマーウォッチが。

「伊達さん、僕の時計はどこですか?」

あの時計はどこ、確かに嵌めてあったのに?

「僕の腕時計、クライマーウォッチです、紺色のバンドの…っごほっどこですっこんっごほん」

訊きながら咳が言葉さえぎる、見まわす視界ぶれて揺らぐ。
あの時計に代わりなんか無い、世界で唯ひとつしかない、それなのに無いのはなぜ?

「だてさんぼくっごほっ、時計してましたよね、っこんっごほっ…なだれに落してないはずっごほんっ、」

たしかに腕時計ここにあった、だって最後に見た記憶がある。
すがる想い見あげた先、沈毅な瞳ゆっくり瞬き笑ってくれた。

「よかった、だから生きて帰れたんだな?」

どういう意味?
言われて解からない前、大きな掌ふわり開いてくれた。

「処置室に入るとき預かっておいた、」

大きな右掌の上、武骨なクライマーウォッチひとつ載っている。
紺色のバンドすこし黒ずんで赤い、その色に手を伸ばし抱きしめた。

「よかった…ごほっ、ぅこほんっ」

抱きしめた時計に咳がしみる。
噎せあげて、それでも握りしめた時の鼓動に聲は響く。

『4カ月になるかな、この時計は俺と一緒にがんばってくれたんだ。だから大事にしたいけど、』

あのひとの4カ月が時計に脈うつ、あの笑顔も涙もこの時計だけが知っている。
英二が山を志した初めに買ったクライマーウォッチ、それから4カ月この時計が山の喜びも哀しみも刻んだ。
あのひとの山の最初を刻んだ唯ひとつ、だから欲しくて新しいクライマーウォッチを贈って、そして宝物になった冬が映りだす。

『英二の腕時計を俺にください、そして英二は俺の贈った時計をずっと嵌めていて?そうして英二のこれからの時間も、全部を俺にください、』

ほら願いごと蘇える、あの言葉そのまま今日も英二は傍にいた。
あのクリスマスに自分が願ってしまったから雪崩にも遭わせて、そして今こんなことになっている。

―無事なの英二?どうして伊達さんなかなか教えてくれないの…英二、えいじ、

抱きしめた時計に頬ぬれてゆく。
もう泣きだす自分が悔しい、それでも止まらない涙に声おしだした。

「伊達さん、なんで宮田の容態を教えてくれないんですか…っごほんっ、ぶじか、同期ならきになるのあたりまえっこんごほっ…」

訊きながら瞳ふかく熱こぼれだす、咳も止んでくれない。
こんな涙は見られたくなくて顔うつむけて、そんなベッドに低い声が降った。

「湯原、ほら、」

違う声が呼ぶ、でも優しい。
その手がティッシュ箱ふとんの膝に置いて、低い声おだやかに笑った。

「宮田にもらった時計なんだろ?クライマーウォッチだ、」

とっくに解かってるよ?
そんな声に顔あげ見つめた真中、生真面目な貌やわらかに笑ってくれた。

「言っとくけどな、俺も湯原を信じて体張ったんだぞ?そのクライマーウォッチだって話してくれるの待ってたんだ、でもムリか?」

信じてくれた、それくらい解かっている。
どんなに危険か知っているぶんだけ解かる、その記憶と微笑んだ。

「伊達さんこそ無茶です、狙撃者が跳びこむなんて…単独で、ごほっ、」

スコープのむこう尾根の小屋、標的の窓にこの人を見た。
あんな場所あんな行動するなんて普通じゃない、それでも遂げた男は笑ってくれた。

「湯原の援護射撃があったろ?」
「援護って、谷の風でどうなるか…わからなっ、こほっ、伊達さんなら解かるでしょう?だって、ごほっ」

言い返し見つめる真中、二重瞼あざやかな眼は笑っている。
いつもどおり穏やかな空気に訊きたかったことを口開いた。

「伊達さんも撃ちましたね?あのとき、ごほっ…ぼくが狙撃した瞬間に窓の破れ目から、犯人の脚、」

あのとき、自分が撃った弾丸は窓を破り犯人の右手から刃物はじいた。
そして弾道もうひとつ光った、その答に狙撃手は微笑んだ。

「容疑者の動きを止めるには必要だ、誰も死なせないって約束したの湯原だろ?」

約束、だから動いてくれた。
そんな言葉と貌に鼓動そっと掴まれる、だって嘘がない。

「だからってあんなっごほっ…あんなタイミングちょっとずれたら撃たれたの伊達さんですよ?ぼくの弾丸が、ぅそれたらっこほっ」

手元すこし照準がずれて、その200メートル先は誤差どれくらい?
こんな計算できないはずがない男は鋭利な瞳ふわり笑った。

「湯原の技量は俺がいちばん知ってる、指導担当でパートナーだからな?」
「だからってごほんっ、無謀すぎます、」

呆れながら答えて、だけど二重きれいな眼は笑っている。
沈毅なクセに穏やかで温かい、いつもより明るい目に続けた。

「それにあんな至近距離…いきなり抱きつくなんて危険すぎます、犯人確保がっごほんっ、にんむだとしても、」

狙撃、そして窓いきなり伊達は跳びこんだ。
割れた窓ガラス、鈍く光る狙撃銃と小柄なくせ広い肩、倒れこむ登山ウェア抱えた腕。
それからどうなったのか?気づいて制服白い腕をつかんだ。

「伊達さん、あのとき刺されたんじゃないんですか?あのひとっごほんっ、ナイフを、」

あのとき抱えられた男は腕から血を流して、けれど手元きらり光った。
あれは「左手」だったろう?その記憶ごと大きな手そっと額ふれた。

「湯原こそすこし寝ろ、熱あるぞ?俺が見張ってるから安心して眠れ、」
「ごほんっ、伊達さんが教えてくれたら寝ます、」

言い返して掴んだ腕に力こめる。
今すべて聴いておきたい、その願いに生真面目な貌はため息吐いた。

「刺されかけたけど躱した。すぐ抱きついたのは止血を急いだせいだ、手遅れとかダメだろ?人質の二人は無傷で無事だ、」

誰も死なせない、そのため危険を冒してくれた。
こんな人を疑うなんて自分に出来るだろうか?ゆらぎだした本音に伊達は微笑んだ。

「七機の宮田も無事だ、全身ヤラれてるけど安静1週間で済むらしい。ターミネーターみたいなヤツだな?」

その喩えすごく似合うかも?
言われて可笑しくて、それ以上に傷だらけだった記憶に泣きたくて安堵せりあげ笑ってしまった。

「ふふっ、ターミネーターって、ごほんったしかに、っこんっごほっ」
「ほら、笑うのいいけど気をつけろよ?発作のスイッチ入っちまってるんだからな、水分もっと摂れ、」

背中さすりながらペットボトル渡してくれる。
素直に口つけて、ほっと息つくと教えてくれた。

「今回のこと湯原のお母さんには連絡がいってる、あと1時間くらいで着かれるだろう、」

とくん、

鼓動ふかく響いて知らされる。
母が呼ばれた、それが意味することに口開いた。

「伊達さん、僕の除隊が決まったんですね?…母が呼ばれると言うことは、」

警視庁特殊急襲部隊 Special Assault Team 

SATに所属することは家族にも言えない、その極秘が任務に関わるリスクから守る。
家族に知らされるときは二つだけ、死か負傷による除隊の時しかない、その現実にパートナーは微笑んだ。

「マスコミに顔を映されたからな、SATの人間だってことは装備でバレるだろ?」

ああ、これで良かったのかもしれない。

―お父さん、もういいかな…もうこれで終りにしても、

父の軌跡を追いかけた、その涯がSATだった。
そこで見つけた父の欠片たちは哀しみも喜びも交わされる、その全て自分は見たのだろうか?
そんな想いめぐらせながら向きあう先、二重瞼あざやかな眼は穏やかに微笑んだ。

「湯原、もう自分を赦してやれ。もう湯原警部補を自由にしてさしあげろ、」

ゆるす、自由にする。

そんな言葉に十四年が解けてゆく、父が消えた歳月がほぐれだす。
ずっと追い続けてきた感情、意志と遺志、そうして辿りついた涯で唇そっとほどけた。

「僕…これで辞めます、」


(to be continued)

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