誇り、虚実と感情

第83話 辞世 act.31-another,side story「陽はまた昇る」
一緒に死ねたらって想ったよ。
そんな言葉を言うのは死神だろうか?
「だから周太の気持ち嬉しいよ、もっと聴かせて?」
本当は英二と一緒ならここで死んでいいって想った。
そう告げてしまった自分の本音を喜んでくれる、こんなの本当だろうか?
―あなたを死なせるって言ったのに、どうして英二?
言葉はさんで見あげる真中、ベッドに腰かけた笑顔は白皙まばゆい。
蛍光灯そっけない光にもダークブラウンの髪はきらめく、あの黄金の森と変わらない。
額にも包帯あてられ腕も白く巻かれて、それでも笑顔はきれいで変わらなくて、もうさっきから他なにも見えない。
「僕ね…人を撃ったの今日が初めてじゃないんだ、」
ほら告白こぼれだす、決して口外してはいけないのに?
「もうふたりめ…殺してはいないけど傷つけて、なのに死ぬかもって想ったとき英二の隣がいいって、」
言葉ごと涙こぼれだす、また泣いてしまう自分が悔しい。
こんなふう言ってしまう自分もどうかしている、こんな公私混同本当は許されない。
―任務のこと絶対に言ったらいけないのに、お父さんだって守ってたのに…それなのに僕は、
父も遵守し規則「守秘義務」を自分は今、感情のため壊してゆく。
唯このひとに見つめられていたい、それだけの理由あふれて零れた。
「僕はわがままだね…じぶんばかり、っ…こほっ」
わがままだ、自分ばかり。
自分ばかり正直に告げて赦されようとする、こんなの自分勝手だ。
ずっと父は独り秘密を抱えて苦しんで、それでも笑顔はきれいで、そんな父を追いかけた涯に今ここにいる。
こうして父を知りたかった、父が言えなかった想いも願いも全て見つけて拾い集めたかった、それなのに結局は泣く自分はずるい。
ずるい、みっともない自分。それでも一つ守れた願いに声が訊いた。
「どうして周太、いつも射殺命令に背いたんだ?」
それだけは精一杯に胸はれる、ただ信じた想い告げた。
「生きることが償いだって僕は想う、佐山さんみたいに、」
父が最期まで願ったことは、あのひとの今だ。
この一年半むきあって見つめた想い声にした。
「佐山さん…お父さんの殺害犯にされたラーメン屋のおじさん、あの人の生き方が僕に教えてくれたんだ、後悔して生きることだけが償いになる、」
後悔して生きることは苦しい、でもそれだけじゃない。
その姿に知った時間にやまない涙と微笑んだ。
「後悔して生きることだけ、償いのチャンスはそれだけって僕は想う…だからお父さんは最後に安本さんに言ったんだ、佐山さんを殺さないでって、生きて罪を償ってほしいって…だから僕も殺さないって決めたんだ、」
生きて犯した罪、それなら生きて償えばいい。
だからこそ選んだ自分の選択を言葉にした。
「僕も殺さないって決めて狙撃手になったんだよ、英二が佐山さんと会わせてくれたから解かったんだ、お父さんが佐山さんを救けた意味…っ、こほんっ」
話して咳きこんで、すこし苦しい胸に時間がもどる。
あのラーメン屋に初めて座った、そのとき隣にいた人を見つめた。
「僕ね、入隊テストの時から命令違反したんだ…テスト訓練で倒れた人を助けて、初めての現場でも犯人の利き腕を撃って…すごく怒られたよ、命令に背くなって怒られて…でも僕は言ったんだ、生きて後悔することで償わせたい、そうしないと本当には事件は終わらないって、」
最初から決めて、だから貫いた。
ただそこに父の足跡あると信じて刃向って、その涯たどりついた病室に微笑んだ。
「除隊されてもいいって想いながら撃って、僕は誰も殺さないって言ったんだ、いつも…それがお父さんの最後の願いだから、だから僕は誰も殺さない、」」
誰も殺さない、この先もずっと。
それだけが父の想い辿れる道、そう信じたから変えない。
だから今日も殺さなかった、護りたかった、その涯に巻きこんでしまった人は微笑んだ。
「周太らしくて好きだよ、ぜんぶ、」
きれいな笑顔ほころんで白皙の手が頬ふれる。
涙そっと涙ぬぐってくれる指が長い、その温もり懐かしくて昔の自分が首をふる。
“こんなきれいな笑顔に僕はふさわしくない”
ほら隠していた本音が首ふる、こんな自分は無理だと拒む。
ただ臆病にひっこみたくなる昔の自分、それよりも「ふさわしくない」理由に身を引いた。
「ありがとう英二、でも…もう僕は英二にふれてもらう資格なんかない、」
告げて長い指から離れて、唇なんとか笑ってみる。
今きっと変な貌だ、それでも笑った真中で切長い瞳は微笑んだ。
「なぜ?」
「僕は人を傷つけたんだ、」
事実そのまま告げた先、切長い瞳に自分が映る。
この眼いくど見つめたろう?もう数えられない相手へ続けた。
「たとえ犯罪者でも、どんな理由があっても人を傷つけたんだ…僕はもう汚れてるから、それに僕は英二を危険に巻きこんだよ?」
汚れている、
こんなふう自分を言えば両親は哀しむだろう。
けれど自責を認めないことはもっと哀しませる、偽りなど両親は望まない。
そんな父と母だから大切で誇らしくて、だから選んだ告白そっと吐きだした。
「しかも一緒に死ねるならいいと想ったんだ…僕は英二にふさわしくない、もう英二に傷をつけたくないから、」
だからもう傍には居られない、だってやっぱり相応しくない。
こんな時まで泣いてしまう弱虫の自分、こんな方法しか選べなかった自分。
みっともなくて無様で無力で、鼓動きしんで滲む視界は遠くて、けれど唇ふれた。
「…っ、」
涙ごし唇ふれる、温かい。
「…こほっ、」
咳きこんで離れて、だけど頬に温もりの輪郭が残る。
消えない温度は懐かしくて、そのまま抱きとめられた。
「約束したよな周太?なにがあっても俺の隣から逃げないで、辛くてもここにいてよ?」
そんな約束をした、もう遠いのに。
「周太の匂いっていいな、ほっとする…深くって優しい、オレンジみたいな香、」
そんな言葉は前にも聴いた、くすぐったくて恥ずかしくて、そして嬉しかった。
「俺さ、初めて周太と眠った夜からずっと好きなんだ、周太の匂い…泣きながら一緒にいてもらった夜、憶えてる?」
憶えている、だって忘れられない。
―僕だって好きだったんだ、英二の香…森みたいで、お父さんとちょっと似てるって、
父と似ていた、このひとは最初から。
だから忘れられなくて気になって、でもこんなこと恥ずかしくて言えない。
ここまで「ふぁざこん」だなんて気づかれたら悔しくて堪らない、そのぶんだけ懐かしい温度に頷いた。
「おぼえてるよ…泣いてたね、英二、」
「うん、泣いてたよ俺?みっともないよなあ、あれは、」
きれいな低い声が笑ってくれる、その深い香が森を映しこむ。
こんな気配だから視線つい追いかけた、そんな記憶ごと温もりが微笑んだ。
「俺あのころも言ったよな、周太の父さんを尊敬するって。今もっと馨さんのこと尊敬してるよ、知った分だけもっと、」
俺は湯原の父さんを尊敬する。
そう言ってくれた、それがただ嬉しかった。
同情も憐憫もない純粋な敬意、そんなふうに父をまっすぐ見てくれる瞳を好きだと想った。
そうして今も抱きしめられて嬉しくて、もう離れないといけないのに腕が抱きしめたいと涙になる。
「周太、落着いたら話したいこと沢山あるんだ、聴いてくれる?」
ほら優しい言葉、穏やかな声、その想いすべて聴けたらいいのに?
そんな願いごとだけ今は見つめたくて微笑んだ。
「…ありがとう、僕…ごめんね英二、」
微笑んで、それでも謝ってしまう。
だって今なにを約束できるのだろう?解からない涙にやさしい唇ふれた。
「謝らなくていいよ周太、だって周太は犯人に罪を犯させなかったろ?犯人の手を撃つことで罪を肩替りしたんだ、きっと馨さんも同じだよ、」
ほら、解かってくれている。
こんな人だから自分は追いかけてしまった、叶わない願いなのに?
「周太は強いよ、強くて優しくて、きれいだ、」
ほら、その言葉も懐かしい。
こんなふう初めて言ってくれたのは夜、その記憶は幸せなだけ気恥ずかしい。
もう首すじ熱のぼせてしまう、それでも見つめた真中で切長い瞳が笑ってくれた。
「周太のそういう強い優しさは綺麗だよ、そういう周太に俺はふれてたい…好きだよ周太、」
きれいな声ささやいて肩そっと大きな手にくるまれる。
抱きよせられて頬よせられて、耳もとすぐ声が微笑む。
「好きだよ周太、周太が笑ってくれるなら俺はそれでいい、」
好きだよ、笑って?
こんなふう言ってくれるたび嬉しかった。
いつも何度も嬉しくて幸せだった、そんな笑顔が自分を見つめる。
「元気に笑ってほしいからさ、周太?今夜はゆっくり眠って早く治せよ、明日また会いにくるから、」
きれいな笑顔が見つめてくれる。
この笑顔もっと見ていたかった、そんな唯ひとつの願いに約束が笑った。
「明日の先には周太、北岳草を見に行こう?今度の夏こそ絶対だ、」
約束、憶えてくれていた。
“北岳草を見に行こう”
この約束だけは叶ったらいい、他はもう無理だとしても。
「ん、見に連れて行って…僕ちゃんと時間つくるから、」
北岳草は見に行こう、だって約束だ。
この約束は自分だけのものじゃない、だって夢にも見た。
このベッドでも見たばかりの夢、そのままに懐かしい瞳が笑ってくれた。
「連れてくよ、じゃあまた明日な?」
「ん、また明日…、」
素直に笑って頷いて、また瞳ふかく熱せりあげる。
もう泣いてしまいそうで、それでも見つめた視界に白ゆれた。
「えいじ?包帯ほどけそうだよ、」
見あげる長身、その長い左腕から包帯ほどける。
きっと困るだろう、結び直してあげたくて、けれど綺麗な笑顔は言った。
「部屋に戻ったら巻き直すよ、おやすみ周太?」
「ん、おやすみなさい…、」
微笑んで見送って、扉が開いて閉じる。
かたん、かすかな音に静寂ひとり鎮まって、そして涙あふれた。
「…おとうさん、僕…もういいのかな、」
言葉あふれて涙こぼれる、独りの空間に息つける。
今なら誰にも見られない、気づかれない、だから本音ことんと落ちた。
「あしたが…ほしいな、」
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Books XI [Spots of Time]」抜粋自訳】
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周太24歳3月

第83話 辞世 act.31-another,side story「陽はまた昇る」
一緒に死ねたらって想ったよ。
そんな言葉を言うのは死神だろうか?
「だから周太の気持ち嬉しいよ、もっと聴かせて?」
本当は英二と一緒ならここで死んでいいって想った。
そう告げてしまった自分の本音を喜んでくれる、こんなの本当だろうか?
―あなたを死なせるって言ったのに、どうして英二?
言葉はさんで見あげる真中、ベッドに腰かけた笑顔は白皙まばゆい。
蛍光灯そっけない光にもダークブラウンの髪はきらめく、あの黄金の森と変わらない。
額にも包帯あてられ腕も白く巻かれて、それでも笑顔はきれいで変わらなくて、もうさっきから他なにも見えない。
「僕ね…人を撃ったの今日が初めてじゃないんだ、」
ほら告白こぼれだす、決して口外してはいけないのに?
「もうふたりめ…殺してはいないけど傷つけて、なのに死ぬかもって想ったとき英二の隣がいいって、」
言葉ごと涙こぼれだす、また泣いてしまう自分が悔しい。
こんなふう言ってしまう自分もどうかしている、こんな公私混同本当は許されない。
―任務のこと絶対に言ったらいけないのに、お父さんだって守ってたのに…それなのに僕は、
父も遵守し規則「守秘義務」を自分は今、感情のため壊してゆく。
唯このひとに見つめられていたい、それだけの理由あふれて零れた。
「僕はわがままだね…じぶんばかり、っ…こほっ」
わがままだ、自分ばかり。
自分ばかり正直に告げて赦されようとする、こんなの自分勝手だ。
ずっと父は独り秘密を抱えて苦しんで、それでも笑顔はきれいで、そんな父を追いかけた涯に今ここにいる。
こうして父を知りたかった、父が言えなかった想いも願いも全て見つけて拾い集めたかった、それなのに結局は泣く自分はずるい。
ずるい、みっともない自分。それでも一つ守れた願いに声が訊いた。
「どうして周太、いつも射殺命令に背いたんだ?」
それだけは精一杯に胸はれる、ただ信じた想い告げた。
「生きることが償いだって僕は想う、佐山さんみたいに、」
父が最期まで願ったことは、あのひとの今だ。
この一年半むきあって見つめた想い声にした。
「佐山さん…お父さんの殺害犯にされたラーメン屋のおじさん、あの人の生き方が僕に教えてくれたんだ、後悔して生きることだけが償いになる、」
後悔して生きることは苦しい、でもそれだけじゃない。
その姿に知った時間にやまない涙と微笑んだ。
「後悔して生きることだけ、償いのチャンスはそれだけって僕は想う…だからお父さんは最後に安本さんに言ったんだ、佐山さんを殺さないでって、生きて罪を償ってほしいって…だから僕も殺さないって決めたんだ、」
生きて犯した罪、それなら生きて償えばいい。
だからこそ選んだ自分の選択を言葉にした。
「僕も殺さないって決めて狙撃手になったんだよ、英二が佐山さんと会わせてくれたから解かったんだ、お父さんが佐山さんを救けた意味…っ、こほんっ」
話して咳きこんで、すこし苦しい胸に時間がもどる。
あのラーメン屋に初めて座った、そのとき隣にいた人を見つめた。
「僕ね、入隊テストの時から命令違反したんだ…テスト訓練で倒れた人を助けて、初めての現場でも犯人の利き腕を撃って…すごく怒られたよ、命令に背くなって怒られて…でも僕は言ったんだ、生きて後悔することで償わせたい、そうしないと本当には事件は終わらないって、」
最初から決めて、だから貫いた。
ただそこに父の足跡あると信じて刃向って、その涯たどりついた病室に微笑んだ。
「除隊されてもいいって想いながら撃って、僕は誰も殺さないって言ったんだ、いつも…それがお父さんの最後の願いだから、だから僕は誰も殺さない、」」
誰も殺さない、この先もずっと。
それだけが父の想い辿れる道、そう信じたから変えない。
だから今日も殺さなかった、護りたかった、その涯に巻きこんでしまった人は微笑んだ。
「周太らしくて好きだよ、ぜんぶ、」
きれいな笑顔ほころんで白皙の手が頬ふれる。
涙そっと涙ぬぐってくれる指が長い、その温もり懐かしくて昔の自分が首をふる。
“こんなきれいな笑顔に僕はふさわしくない”
ほら隠していた本音が首ふる、こんな自分は無理だと拒む。
ただ臆病にひっこみたくなる昔の自分、それよりも「ふさわしくない」理由に身を引いた。
「ありがとう英二、でも…もう僕は英二にふれてもらう資格なんかない、」
告げて長い指から離れて、唇なんとか笑ってみる。
今きっと変な貌だ、それでも笑った真中で切長い瞳は微笑んだ。
「なぜ?」
「僕は人を傷つけたんだ、」
事実そのまま告げた先、切長い瞳に自分が映る。
この眼いくど見つめたろう?もう数えられない相手へ続けた。
「たとえ犯罪者でも、どんな理由があっても人を傷つけたんだ…僕はもう汚れてるから、それに僕は英二を危険に巻きこんだよ?」
汚れている、
こんなふう自分を言えば両親は哀しむだろう。
けれど自責を認めないことはもっと哀しませる、偽りなど両親は望まない。
そんな父と母だから大切で誇らしくて、だから選んだ告白そっと吐きだした。
「しかも一緒に死ねるならいいと想ったんだ…僕は英二にふさわしくない、もう英二に傷をつけたくないから、」
だからもう傍には居られない、だってやっぱり相応しくない。
こんな時まで泣いてしまう弱虫の自分、こんな方法しか選べなかった自分。
みっともなくて無様で無力で、鼓動きしんで滲む視界は遠くて、けれど唇ふれた。
「…っ、」
涙ごし唇ふれる、温かい。
「…こほっ、」
咳きこんで離れて、だけど頬に温もりの輪郭が残る。
消えない温度は懐かしくて、そのまま抱きとめられた。
「約束したよな周太?なにがあっても俺の隣から逃げないで、辛くてもここにいてよ?」
そんな約束をした、もう遠いのに。
「周太の匂いっていいな、ほっとする…深くって優しい、オレンジみたいな香、」
そんな言葉は前にも聴いた、くすぐったくて恥ずかしくて、そして嬉しかった。
「俺さ、初めて周太と眠った夜からずっと好きなんだ、周太の匂い…泣きながら一緒にいてもらった夜、憶えてる?」
憶えている、だって忘れられない。
―僕だって好きだったんだ、英二の香…森みたいで、お父さんとちょっと似てるって、
父と似ていた、このひとは最初から。
だから忘れられなくて気になって、でもこんなこと恥ずかしくて言えない。
ここまで「ふぁざこん」だなんて気づかれたら悔しくて堪らない、そのぶんだけ懐かしい温度に頷いた。
「おぼえてるよ…泣いてたね、英二、」
「うん、泣いてたよ俺?みっともないよなあ、あれは、」
きれいな低い声が笑ってくれる、その深い香が森を映しこむ。
こんな気配だから視線つい追いかけた、そんな記憶ごと温もりが微笑んだ。
「俺あのころも言ったよな、周太の父さんを尊敬するって。今もっと馨さんのこと尊敬してるよ、知った分だけもっと、」
俺は湯原の父さんを尊敬する。
そう言ってくれた、それがただ嬉しかった。
同情も憐憫もない純粋な敬意、そんなふうに父をまっすぐ見てくれる瞳を好きだと想った。
そうして今も抱きしめられて嬉しくて、もう離れないといけないのに腕が抱きしめたいと涙になる。
「周太、落着いたら話したいこと沢山あるんだ、聴いてくれる?」
ほら優しい言葉、穏やかな声、その想いすべて聴けたらいいのに?
そんな願いごとだけ今は見つめたくて微笑んだ。
「…ありがとう、僕…ごめんね英二、」
微笑んで、それでも謝ってしまう。
だって今なにを約束できるのだろう?解からない涙にやさしい唇ふれた。
「謝らなくていいよ周太、だって周太は犯人に罪を犯させなかったろ?犯人の手を撃つことで罪を肩替りしたんだ、きっと馨さんも同じだよ、」
ほら、解かってくれている。
こんな人だから自分は追いかけてしまった、叶わない願いなのに?
「周太は強いよ、強くて優しくて、きれいだ、」
ほら、その言葉も懐かしい。
こんなふう初めて言ってくれたのは夜、その記憶は幸せなだけ気恥ずかしい。
もう首すじ熱のぼせてしまう、それでも見つめた真中で切長い瞳が笑ってくれた。
「周太のそういう強い優しさは綺麗だよ、そういう周太に俺はふれてたい…好きだよ周太、」
きれいな声ささやいて肩そっと大きな手にくるまれる。
抱きよせられて頬よせられて、耳もとすぐ声が微笑む。
「好きだよ周太、周太が笑ってくれるなら俺はそれでいい、」
好きだよ、笑って?
こんなふう言ってくれるたび嬉しかった。
いつも何度も嬉しくて幸せだった、そんな笑顔が自分を見つめる。
「元気に笑ってほしいからさ、周太?今夜はゆっくり眠って早く治せよ、明日また会いにくるから、」
きれいな笑顔が見つめてくれる。
この笑顔もっと見ていたかった、そんな唯ひとつの願いに約束が笑った。
「明日の先には周太、北岳草を見に行こう?今度の夏こそ絶対だ、」
約束、憶えてくれていた。
“北岳草を見に行こう”
この約束だけは叶ったらいい、他はもう無理だとしても。
「ん、見に連れて行って…僕ちゃんと時間つくるから、」
北岳草は見に行こう、だって約束だ。
この約束は自分だけのものじゃない、だって夢にも見た。
このベッドでも見たばかりの夢、そのままに懐かしい瞳が笑ってくれた。
「連れてくよ、じゃあまた明日な?」
「ん、また明日…、」
素直に笑って頷いて、また瞳ふかく熱せりあげる。
もう泣いてしまいそうで、それでも見つめた視界に白ゆれた。
「えいじ?包帯ほどけそうだよ、」
見あげる長身、その長い左腕から包帯ほどける。
きっと困るだろう、結び直してあげたくて、けれど綺麗な笑顔は言った。
「部屋に戻ったら巻き直すよ、おやすみ周太?」
「ん、おやすみなさい…、」
微笑んで見送って、扉が開いて閉じる。
かたん、かすかな音に静寂ひとり鎮まって、そして涙あふれた。
「…おとうさん、僕…もういいのかな、」
言葉あふれて涙こぼれる、独りの空間に息つける。
今なら誰にも見られない、気づかれない、だから本音ことんと落ちた。
「あしたが…ほしいな、」
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Books XI [Spots of Time]」抜粋自訳】

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