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萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

山岳点景:黄昏風光

2017-07-12 23:00:44 | 写真:山岳点景
黄金が呼ぶ夜の帳、その一瞬前きらめく空。
こんな時限は大気も紅色金色に輝いて、街も山も黄昏一色。


朝日夕日空81ブログトーナメント
撮影地:相模川流域@神奈川県

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第85話 暮春 act.28-side story「陽はまた昇る」

2017-07-12 15:51:05 | 陽はまた昇るside story
Of coming ills. To piir me is allow’d
英二24歳3月下旬


第85話 暮春 act.28-side story「陽はまた昇る」

真白な涯ひとひら、白く舞う。

ひとひら、ひとひら、白い空こぼれて雪になる。
春三月の真昼に雪がふる、その結晶やわらかにどこか温かい。
雪だから冷たいに決まっている、それなのに優しくて英二は微笑んだ。

「羽みたいだな、ほんとに、」

微笑んだ唇そっと雪ふれる。
零度ほどけて唇に沁みてゆく、冷たさ一瞬の口づける。
ゆく森ただ白銀まばゆくて、登山ウェアの深紅さえ白まばらに染める。

染めてやまない純白のかけら、そして声も止まない。

“あなたが帰る場所は、あるの?”

あの問いが止まない、ずっと。
ただの花屋の主が言ったこと、それなのに刺さって響く。

どうしてだろう?

―似てるんだ、誰かと…どうしようもなく答えたくなる、誰だ?

誰からの問い?

もう解らない、それでも答えるなら唯ひとつ。
常に変わらない場所、いつでも眠らせてくれる場所。
この自分を受けとめ安らがせ変わらない、不変と呼べる唯一の場所へ。

「…、」

無音の吐息ただ白い、くゆらす温度そっと消えてゆく。
アイゼン踏みしめて雪ざくり軋む、その音も響かない。
この呼吸も足音もとける静謐、音も色も静かな森の時。

もう頭脳すら真白、ただ雪が匂う。

「は…っ」

大気を吸う、零度が肺に沁みる。
浸す香ひそやかに冷たくて、どこか甘くて懐かしむ。
かすかな渋みは樹肌の匂い、白銀の視界ふかく息吹く樹の香。
すべてが凍える雪の森、それでも三月の春は生まれているのだろう。

「…芽吹いてるかな、」

ひとりごと零れた唇、雪と樹が匂う。
ほろ甘い渋い湿度の香、かすかな風と氷の匂い。
いるはずの野性獣もまだ眠る森、ただ自分だけ見る雪を仰いだ。

「よし、合ってるな、」

梢を仰いで額、やわらかな雪ふれる。
湿度やさしい風が匂う、あまい渋い香また濃やかになる。
もうじきあの場所につく、踏みだして深む雪にゲイター埋もれる。

あそこだ、あの木を超えたら着く。

「は…、」

息を吐く、その靄に空が開く。
踏みこんだアイゼンきしり鳴る、白銀の森ぽっかり懐ひらく。
樹々めぐらす森の底、ささやかな雪原に英二は巨樹を仰いだ。

「ひさしぶりだな、ブナの主?」

銀色ひろやかな梢、白い空を抱く。
冷厳にも聳える生命ただ静かで、懐かしく慕う。

「あいかわらずだな、静かで…ほんと久しぶりだ、」

時こぼれる声、森の底ぽっかり白銀ひろがる。
このあいだは緑の草地だった、黄金きらめく日もあった、そして今は銀色まばゆい。
緑、黄金、白銀、すべての時間たたずむ古木の根元へ雪を透かし微笑んだ。

「馨さんも、おひさしぶりです、」

この大樹の根元、血の灰が眠っている。

“scandentis”

綴られたブルーブラックの筆跡、記されたラテン語の意味。
手帳のページ幾つも綴られる言葉、その記憶ごと染めあげた血痕の色。
どす黒く変色してしまった命の痕跡、だから棄てられなかった脱脂綿の灰。

「あれから半年ですね、ここの秋はきれいだったでしょう?馨さんも気に入ってくれましたか?」

託された馨の手帳、血痕が痛ましかった。
どうしようもなく黒い深い赤、撃ちぬかれた銃痕あざやかな焦げ跡。
すべてのページが血に凝り銃に焼かれていた、染みぬきの脱脂綿いくつも赤黒く積まれて、その弔った灰を大樹に埋めた。

『あいつ、手帳ごと胸を撃たれてな…』

安本の声がよみがえる、馨の同期だった男の涙。

『惨くて渡せなかったんだ、あいつの気持ちも伝えられなかった。あいつの帰りたい気持ちが銃弾に壊されたみたいで、悔しくて哀しくて、』

熱に耐える瞳、泣いていた声。
あんなふうに泣いてもらえる男は幸せだ、その想いに手帳から血を染み抜きした。

「馨さん、あの手帳は今も俺が預かってます…美幸さんから預かったままです、」

言った名前そっと鼓動を疼く、今、彼女は何を想っているだろう?
ここに彼女の髪も埋めた、夫の灰によりそいたいと彼女が願ったから。
それなら今この広やかな梢は空はるか抱いて、そこから馨は眺めるのだろうか?

「あれから馨さんは見ていましたか?ここから、」

語りかけ雪の底、小さな塚は冷厳に眠る。
かすかな風ほろ苦い甘い、雪やさしい大樹に微笑んだ。

「日記もまだ俺が持っています、周太に返すべき時はいつだと思いますか?真実を周太が知るのは、いつがいいですか?」

問いかける大樹の懐、白銀の幹は鎮まる。
銀色かそけき静謐に口開いた。

「馨さん、周太は初めて恋したみたいですよ?まともな恋愛を、」

まともな恋愛、

そんな言葉に唇が冷たい、雪ふれて優しいほど。
この白銀より凍える言葉に独り、そっと笑った。

「俺だって最初から解ってるんです、男同士の恋愛は周太に似合わないですよ?ふつうに幸せなのが似合っています、」

ふつうに幸せになってほしい。

そう願っているだろう、ここに眠る人なら。
そんなこと最初から解っていた、それでも願いたかった本音に笑った。

「もし周太が女だったら俺、俺の子どもを妊娠させました。ずっと傍にいてくれるように、」

こんな願いは純粋じゃない。
それでも望みたかった。

「優しい周太だから子ども授かれば、もう危険は止めるでしょう?子どものために子どもの父親とも生きようとしてくれます、だから騙しても子どもつくって、ずっと掴まえてたかった、」

もし、君が女性だったら?

そんな仮定どうにもならない、願ったところで現実なにも変わらない。
それでも願いたかった、ただ君の笑う瞳を見たいから、ずっと君が離れないために子どもを、命を利用したかった。

「親を亡くす哀しみを知ってる周太は、きっと子どもを独りにしません。だから子どもがいれば、ずっと生きて傍にいてくれるでしょう?」

恋人を掴まえるため子どもを、命を利用する。
そんなこと赦されるだろうか?

「周太と離れたくありません、どうしても周太と生きたいんです、ずっと、」

君と離れたくない、生きていたい、だから子どもが欲しい。
だから君が女性だったなら、子供が出来るまで何度でも抱いて強姦すらしただろう。
命を利用して無理にも自分に縛りつけようとする、こんな自分は残酷で最低だ、それでいい離さないで済むのなら。

でも、

「でも周太は男です、周太と俺の子どもは望めません…バカな考えだって笑いますか?」

可能性0%、その現実を白銀が染める。
夏の緑も秋の金色も消えた森、籠められる無彩まばゆい。
すべてが白く消えてゆく、そんな大気に微笑んだ。

「それでも周太の子どもは望めます、そうでしょう?」

微笑んだ吐息、白く消える。
このまま自分も消えたら、どんなに楽だろう?

「そうでしょう?…俺じゃない相手となら、周太は、」

そんな可能性、ほんとはずっと考えている。
最初からずっと。

「馨さん、周太は幸せになるべきです…そうでしょう?」

微笑んだ唇そっと雪ふれる。
冷たい口づけ、凍えそうで、けれど優しくほどける。

「ここはいいですね、このままずっといたくなります…馨さん、ゆるしてくれますか?」

ずっとこのままここにいたい、そんな想いに大樹まばゆく白い。
見つめるブナの雪の根ふかく、白く冷たく温かで離れがたくなる。

このまま、ここで眠れたら幸せだろうか?

「…英二?」

呼ばれた、自分のことだ。
この古木が呼んだのだろうか、それとも彼が応えたのだろうか?

「馨さん、俺を呼んでくれますか?」

微笑んで仰ぐ梢、銀色まばゆく白くふる。
見つめる想い白銀が沁みる、ただ白い視界また呼ぶ。

「英二っ…、」

呼ばれる声、この声は?

「えいじっ、」

呼んでくれる声、それから雪の音。
さく、さくさくっ、雪踏んで駆けてくる。幻聴だろうか?

「英二!」

確かだ、確かに聞こえる。
でもいるはずがない、来られるわけがない。

「…、」

似ている声、でも来られるはずがない雪の山。
この道なき森たどり着くはずがない、あの声には不可能だ。

でも背中のむこう、雪、駆けてくる。

「英二、えいじっ!」

聞こえる声、雪の足音、凍える雪面くずれて踏む。
雪あわい水の匂いに香ふれる、穏やかで爽やかな甘い香。
たしかに聞こえる、香る、けれど幻だと背中むけたまま振りむけない。

だって来るはずがない、こんなのきっと、

「英二!」

ことん、

温もり腰を抱きつく。
幻じゃない体温の腕が、後ろから自分を。

(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】


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