Impute me righteous,
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第85話 暮春 act.32-side story「陽はまた昇る」
温かい、君の唇。
体温くちづけられる、唇ひとつ血が通う。
ふれて温かい、熱い、冷厳しずまる白銀の森、けれど温もり沁みてくる。
どうしようもない、だって温かい君が。
「英二、」
呼んでほしかった声が呼ぶ。
ただ願っていた鼓動が波うつ、熱こみあげて迸る。
このまま抱きとめていいのなら、ゆるされるなら、自分は?
「…周太、」
呼びかけて黒目がちの瞳が見あげる、逢いたかった視線。
その願い叶ってしまった、もう諦めていたのにどうして?
どうしたらいい?
「英二…帰ろう?」
穏やかな深い声が笑ってくれる、笑いかけてくれる深い瞳。
抱きついてくれる登山ウェアの肩ふる白銀、あわく染める雪に水色が沁みる。
「このウェアまだ着てくれるんだ、周太…俺と色違いなのに、」
笑いかけて頬かすかに引き攣る、すこし凍えたろうか?
過ぎてしまった雪の時間、黒目がちの瞳はにかんだ。
「きてるよ…べつにいいでしょ?」
そっと揺れる瞳、それでも逸らさないでくれる。
恥ずかしがって突っぱねて、そんな眼ざし懐かしくて笑った。
「あいかわらずだな、周太は、」
変わっていない、君は。
そんなことがただ嬉しい、その手に手を重ねた。
「寒かったろ周太、立てるか?」
掴んだ手、グローブ透かして小さい。
けれど確かな体温そっと握りかえしてくれた。
「ん、」
くせっ毛ゆるやかな黒髪うなずいて、ホリゾンブルーのウェア立ちあがる。
つながれた掌ひかれ膝をあげ、大樹のもと並び立った。
「…大きいね、このブナは本当に、」
穏やかな深い声が仰ぐ、その横顔あわく白銀に透ける。
雪ふる輪郭ひそやかで息が止まる、あの瞬間のままで。
「…きれいだ、」
声こぼれる、あのベンチの瞬間のまま。
あのとき初めて自覚した感情、あの愛切が目覚めてしまう。
―また恋に墜ちるんだ俺は、もう傍にいられないのに?
墜ちてしまう、諦めるはずだった感情に。
もう去年とは違う自分、それなのに鼓動まだ変わらない。
なんども見つめて悶えて決めて、それなのに君の輪郭が微笑む。
「ん、きれいだね…ブナはいいね、雪のなかでも水を抱いて、生きて、」
穏やかな深い、無垢の声。
この声ずっと好きだった、そして今も変わらない。
もうたくさんを見すぎてしまったはず、それでも変わらない無垢が眩しい。
「…風雪に耐えて大きくなったんだよ、このブナも…だからきれいなんだ、」
無垢やわらかな声が白銀とける。
まばゆくて綺麗で、ふれがたくて、また掌そっと握った。
「それって周太、ファントムの話のつづき?」
「ん…そうなってるね?」
白い輪郭やわらかに微笑む、ゆるやかな黒髪に白銀が舞う。
白くとけてゆく横顔まぶしくて、握りしめる手なおさら小さい。
男としては華奢な手、それでも強靭だと知っている、だから惹かれて離せない。
「行こう?英二、」
小さな手そっと手をひいてくれる、さくり、踏みしめる雪すこし硬い。
踏みだされた一歩しずかに止めて、繋がれる瞳に笑いかけた。
「一分だけ待って、周太?」
あと一分、ここにいたい。
願い笑いかけて腕もう片方、伸ばして古木の幹そっと掌ふれた。
―馨さん、
声なく呼びかけて、ふれる大樹どこか温かい。
この根元ふかく埋めた灰、その主に微笑んだ。
―見ていますか?周太が俺を迎えに来ました、迷います俺は、
もう決めたはず、けれど温もり迷う。
いま繋がれる手が温かすぎる、この体温どうしたら離せられる?
―あきらめるって決めたのに俺は、迷います…周太が来てくれたから、
君が来てくれた、こんなところまで。
こんなこと信じられない、でも現実。
こんな現実どうしたらいい?君に今。
「英二、…訊いていい?」
君が呼ぶ、問いかける。
呼び戻される声に笑いかけた。
「どうした、周太?」
「ん…教えてほしいんだ、」
黒目がちの瞳が見あげる、まっすぐ自分を映す。
この眼ずっと映されていたい、ただ願う想い問われた。
「どうして英二、今…このブナのところにいたの?」
ここにいた理由、どうして?
どうしてそんなこと訊くのだろう、今。
「周太、俺がここにいた理由って?」
どんなつもりで君は訊く?
何か気づかれたのだろうか、それともただ?
「ん…このブナをなぜ選んだのか聴きたいんだ、何をしたくていたのか…このブナになにがあるのか、聴かせて?」
穏やかな声に白銀ゆるく舞う。
まだ止まない雪ふところ、白い吐息が問いかける。
「どうして英二、このブナに今、いたの?」
白い問いかけ、登山ウェアの水色とける。
銀色しんしん積もる森、ふかくなる静謐に瞳そっと閉じた。
―今なんだろうか、話すのは…馨さんどうなんですか?
声なく問いかけ掌、ふれる木肌の雪が凍みる。
けれど冷厳の底どこか温かい、もう春が息づくのだろう。
凍れる樹肌ふかく水の温もり、その源に眠れる灰は今、息子を見ているだろうか?
見ているのなら今、語りたいだろうか?隠され隔される五十年の鎖を。
「周太、」
呼びかけて瞼ひらいて、君が見あげる。
冷厳の銀いろ透かして自分を映す、この黒目がちの瞳ずっと逢いたかった。
「こたえて…英二?」
逢いたかった唇が呼んでくれる、こうして呼ばれるたび鼓動がはずむ。
けれど今は凍りそうになる、それでも現実に唇ひらいた。
「周太、馨さんの手帳を憶えてるか?」
忘れるはずなんてない、あの血染めの手帳。
そのままに君の瞳ゆっくり瞬いて、肯いた。
「忘れられないよ、お父さんの…血をすってた、もの、」
ふるえそうな声に雪がふる。
ふるえても静かな声は見ているのだろうか、少し前の記憶、父親の血が染めた手帳。
―辛いんだ今も周太には…昔は記憶、消したくらいだもんな、
父親の死、そして記憶まだらに眠らせた。
そんな君に語っていいのだろうか?迷う真中に訊かれた。
「あの手帳、お母さんに渡したけど…英二が?」
どうして、あなたが?
そんな視線まっすぐ自分を刺す、ああ、怒らせた?
こんな眼で見られること何度めだろう、あわい溜息と微笑んだ。
「手帳の血を染み抜きしたんだ、そのとき使ったガーゼとかご供養した灰をさ、ここに埋めたんだ、」
白い息、君の視線ゆるく霞む。
音もない白銀の森、大樹のもと膝をついた。
「馨さんは山が好きだったろ?だからここに埋めたんだ、奥多摩の森なら喜んでくれると思ってさ、」
これが真実、まっさらな自分の。
―馨さん、ここで幸せですか?
ただ願いたかった安らかな眠り、そこに自分も安らげる。
そう想える大樹しずまる森の底、ひそやかな時流れだす。
「…お父さんを、ここに?」
靄くゆらす瞳、そっと透る。
眼ざしゆるやかに動く、右脚かすかに遅れて踏む。
それでも踏みこんで大樹のふところ、さくり、小柄な登山ウェアが膝ついた。
「そう…お父さんここにいるんだね?」
横顔しずかに澄んでゆく。
長い睫ゆっくり瞬いて、光一滴こぼれた。
「よかった…」
透明な雫こぼれる、白銀の輪郭しずかに煌めく。
光ためる睫おだやかに瞬いて、やさしい唇そっと笑った。
「よかった…ありがとう英二、」
ありがとう、そう言ってくれる?
「ありがとう…」
君が肯定してくれる、それは赦されるのだろうか?
ずっと隠し抱えこんだ時間が雪にふる、銀色やわらかな光に涙まばゆい。
(to be continued)
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英二24歳3月下旬
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第85話 暮春 act.32-side story「陽はまた昇る」
温かい、君の唇。
体温くちづけられる、唇ひとつ血が通う。
ふれて温かい、熱い、冷厳しずまる白銀の森、けれど温もり沁みてくる。
どうしようもない、だって温かい君が。
「英二、」
呼んでほしかった声が呼ぶ。
ただ願っていた鼓動が波うつ、熱こみあげて迸る。
このまま抱きとめていいのなら、ゆるされるなら、自分は?
「…周太、」
呼びかけて黒目がちの瞳が見あげる、逢いたかった視線。
その願い叶ってしまった、もう諦めていたのにどうして?
どうしたらいい?
「英二…帰ろう?」
穏やかな深い声が笑ってくれる、笑いかけてくれる深い瞳。
抱きついてくれる登山ウェアの肩ふる白銀、あわく染める雪に水色が沁みる。
「このウェアまだ着てくれるんだ、周太…俺と色違いなのに、」
笑いかけて頬かすかに引き攣る、すこし凍えたろうか?
過ぎてしまった雪の時間、黒目がちの瞳はにかんだ。
「きてるよ…べつにいいでしょ?」
そっと揺れる瞳、それでも逸らさないでくれる。
恥ずかしがって突っぱねて、そんな眼ざし懐かしくて笑った。
「あいかわらずだな、周太は、」
変わっていない、君は。
そんなことがただ嬉しい、その手に手を重ねた。
「寒かったろ周太、立てるか?」
掴んだ手、グローブ透かして小さい。
けれど確かな体温そっと握りかえしてくれた。
「ん、」
くせっ毛ゆるやかな黒髪うなずいて、ホリゾンブルーのウェア立ちあがる。
つながれた掌ひかれ膝をあげ、大樹のもと並び立った。
「…大きいね、このブナは本当に、」
穏やかな深い声が仰ぐ、その横顔あわく白銀に透ける。
雪ふる輪郭ひそやかで息が止まる、あの瞬間のままで。
「…きれいだ、」
声こぼれる、あのベンチの瞬間のまま。
あのとき初めて自覚した感情、あの愛切が目覚めてしまう。
―また恋に墜ちるんだ俺は、もう傍にいられないのに?
墜ちてしまう、諦めるはずだった感情に。
もう去年とは違う自分、それなのに鼓動まだ変わらない。
なんども見つめて悶えて決めて、それなのに君の輪郭が微笑む。
「ん、きれいだね…ブナはいいね、雪のなかでも水を抱いて、生きて、」
穏やかな深い、無垢の声。
この声ずっと好きだった、そして今も変わらない。
もうたくさんを見すぎてしまったはず、それでも変わらない無垢が眩しい。
「…風雪に耐えて大きくなったんだよ、このブナも…だからきれいなんだ、」
無垢やわらかな声が白銀とける。
まばゆくて綺麗で、ふれがたくて、また掌そっと握った。
「それって周太、ファントムの話のつづき?」
「ん…そうなってるね?」
白い輪郭やわらかに微笑む、ゆるやかな黒髪に白銀が舞う。
白くとけてゆく横顔まぶしくて、握りしめる手なおさら小さい。
男としては華奢な手、それでも強靭だと知っている、だから惹かれて離せない。
「行こう?英二、」
小さな手そっと手をひいてくれる、さくり、踏みしめる雪すこし硬い。
踏みだされた一歩しずかに止めて、繋がれる瞳に笑いかけた。
「一分だけ待って、周太?」
あと一分、ここにいたい。
願い笑いかけて腕もう片方、伸ばして古木の幹そっと掌ふれた。
―馨さん、
声なく呼びかけて、ふれる大樹どこか温かい。
この根元ふかく埋めた灰、その主に微笑んだ。
―見ていますか?周太が俺を迎えに来ました、迷います俺は、
もう決めたはず、けれど温もり迷う。
いま繋がれる手が温かすぎる、この体温どうしたら離せられる?
―あきらめるって決めたのに俺は、迷います…周太が来てくれたから、
君が来てくれた、こんなところまで。
こんなこと信じられない、でも現実。
こんな現実どうしたらいい?君に今。
「英二、…訊いていい?」
君が呼ぶ、問いかける。
呼び戻される声に笑いかけた。
「どうした、周太?」
「ん…教えてほしいんだ、」
黒目がちの瞳が見あげる、まっすぐ自分を映す。
この眼ずっと映されていたい、ただ願う想い問われた。
「どうして英二、今…このブナのところにいたの?」
ここにいた理由、どうして?
どうしてそんなこと訊くのだろう、今。
「周太、俺がここにいた理由って?」
どんなつもりで君は訊く?
何か気づかれたのだろうか、それともただ?
「ん…このブナをなぜ選んだのか聴きたいんだ、何をしたくていたのか…このブナになにがあるのか、聴かせて?」
穏やかな声に白銀ゆるく舞う。
まだ止まない雪ふところ、白い吐息が問いかける。
「どうして英二、このブナに今、いたの?」
白い問いかけ、登山ウェアの水色とける。
銀色しんしん積もる森、ふかくなる静謐に瞳そっと閉じた。
―今なんだろうか、話すのは…馨さんどうなんですか?
声なく問いかけ掌、ふれる木肌の雪が凍みる。
けれど冷厳の底どこか温かい、もう春が息づくのだろう。
凍れる樹肌ふかく水の温もり、その源に眠れる灰は今、息子を見ているだろうか?
見ているのなら今、語りたいだろうか?隠され隔される五十年の鎖を。
「周太、」
呼びかけて瞼ひらいて、君が見あげる。
冷厳の銀いろ透かして自分を映す、この黒目がちの瞳ずっと逢いたかった。
「こたえて…英二?」
逢いたかった唇が呼んでくれる、こうして呼ばれるたび鼓動がはずむ。
けれど今は凍りそうになる、それでも現実に唇ひらいた。
「周太、馨さんの手帳を憶えてるか?」
忘れるはずなんてない、あの血染めの手帳。
そのままに君の瞳ゆっくり瞬いて、肯いた。
「忘れられないよ、お父さんの…血をすってた、もの、」
ふるえそうな声に雪がふる。
ふるえても静かな声は見ているのだろうか、少し前の記憶、父親の血が染めた手帳。
―辛いんだ今も周太には…昔は記憶、消したくらいだもんな、
父親の死、そして記憶まだらに眠らせた。
そんな君に語っていいのだろうか?迷う真中に訊かれた。
「あの手帳、お母さんに渡したけど…英二が?」
どうして、あなたが?
そんな視線まっすぐ自分を刺す、ああ、怒らせた?
こんな眼で見られること何度めだろう、あわい溜息と微笑んだ。
「手帳の血を染み抜きしたんだ、そのとき使ったガーゼとかご供養した灰をさ、ここに埋めたんだ、」
白い息、君の視線ゆるく霞む。
音もない白銀の森、大樹のもと膝をついた。
「馨さんは山が好きだったろ?だからここに埋めたんだ、奥多摩の森なら喜んでくれると思ってさ、」
これが真実、まっさらな自分の。
―馨さん、ここで幸せですか?
ただ願いたかった安らかな眠り、そこに自分も安らげる。
そう想える大樹しずまる森の底、ひそやかな時流れだす。
「…お父さんを、ここに?」
靄くゆらす瞳、そっと透る。
眼ざしゆるやかに動く、右脚かすかに遅れて踏む。
それでも踏みこんで大樹のふところ、さくり、小柄な登山ウェアが膝ついた。
「そう…お父さんここにいるんだね?」
横顔しずかに澄んでゆく。
長い睫ゆっくり瞬いて、光一滴こぼれた。
「よかった…」
透明な雫こぼれる、白銀の輪郭しずかに煌めく。
光ためる睫おだやかに瞬いて、やさしい唇そっと笑った。
「よかった…ありがとう英二、」
ありがとう、そう言ってくれる?
「ありがとう…」
君が肯定してくれる、それは赦されるのだろうか?
ずっと隠し抱えこんだ時間が雪にふる、銀色やわらかな光に涙まばゆい。
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【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】
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