My world’s both parts, and,
第85話 暮春 act.34-side story「陽はまた昇る」
雪の森が果てた、君が呼ばれる。
名前で呼んだ、この女が君を?
「なんで周太、小嶌さんが名前で呼ぶんだ?」
どうして君、あの女に名前で呼ばせてる?
訊きたくて見つめた肩越し、背負われる瞳がはにかんだ。
「あの…英二、おろして?」
このままは恥ずかしいよ?
そんな頬ゆるやかに赤くなる貌、オレンジ甘く香る。
この香こんな時でも甘い、それでも今はもどかしさ口開いた。
「教えないと降ろさない、なんで名前で呼ばせてんだよ周太?」
あの女にまで、なぜ?
離れている時間なにがあったのだろう、知りたい。
わからない靄に掻きむしられる、それなのに黒目がちの瞳はゆっくり瞬いた。
「なんでって…光一にも名前で呼ばれるでしょ?」
「光一は幼馴染だからだろ、俺よりつきあい先なんだからあたりまえだ、」
反論すぐ口ひらく、掻きむしられる。
渇いた唇の肩越し、澄んだ視線が見つめ返した。
「僕…今の大学の友だちも名前で呼んでる、よ?」
そんなこと聴いていない。
「どんなやつ?」
つい訊き返した喉が熱い。
渇くような感覚に黒目がちの瞳が言った。
「僕の研究パートナーだよ?僕、これから研究に生きるんだ、」
おだやかな声が自分を見つめる、真直ぐ逸らさない。
その意志もう解って、吐息ごと微笑んだ。
「そっか…よかったな?」
よかった、君は君の道を見つめている。
それがただ嬉しくて、けれど喉が熱い。
「またちゃんと話すね、大学のことも…聴いてくれる?」
「うん、聴かせてよ、」
相槌とりあえず唇を嗄れる。
こんな感覚は知らない、こういう感情なんて言うのだろう?
わからなくて、解らないまま背中の温もりが笑った。
「それでね英二、おろして?光一と美代さん待ってくれてたんだから、」
とん、
肩そっと君の手が敲く、敲かれて腕ほどかれる。
オレンジの香あまく頬ふれて、温もり離れてしまう。
「ありがとう英二、」
さくり、
雪かろやかに登山靴が降りる。
ただ見つめる真中、黒髪くせっ毛の笑顔くるり踵かえした。
「光一ありがとう…だいぶ待たせちゃって、ごめんなさい、」
「ホント待ったけどね、英二ほどはクタビレてないんじゃない?」
からりテノール笑ってこちら見る。
底抜けに明るい瞳いつもと変わらない、けれど喉が熱い。
さっきから自分はどうしたのだろう?わからないまま君の声が聞こえる。
「美代さんも待たせてごめんね、寒かったでしょ?」
そういえば君、あの女も名前で呼んでいるんだった。
「へいき、私の地元だもん、」
「あ、そうだったね?」
「そうだよ周太、美代は奥多摩ならヤマンバだからね、」
「やまんば?」
雪の森の涯、三人とも笑っている。
三月の冬に愉しげで、溜息ひとつ英二は車の鍵だした。
―顔合わせたくなかったな、やっぱり、
これはたぶん、疎外感だ?
どこか自分だけ違ってしまった、そんな想い運転扉のキー回す。
このまま車に籠ろうか、このまま帰るのもいいかもしれない?
それに、あの「呼出」そろそろ構ってやるほうが良いだろう。
『例の嘱託OBが長野の件を聴きたいらしい、』
新宿駅で呼び出されたコール、あの電話相手にも迷惑かかる。
想い左手首ながめた文字盤は短針2、もう下山時刻だ。
もう満足していい、だって君に逢えた。
『どんな貌でも逃げないことが愛することなんだよ英二!だから僕はここにいるんだっ、』
さっき君は言ってくれた、あれだけで幸せだ。
幸せなまま今を帰ったほうがいい、そう想う、けれど。
つい思いあぐねるドアノブの手、さくさく軽やかな雪音かたわら停まった。
「拗ねてんのかね、俺のアンザイレンパートナーはさ?」
そういうの今、ちょっと聞きたくないんだけどな?
けれど抛りだすのも違うだろう、ため息ひとつ呑みこんで笑った。
「ごめんな光一、俺もう帰らないと、」
「ふうん?今日はおまえ、週休なハズだけどなんで?」
白い息テノール笑って訊いてくれる。
元部下の予定ちゃんと把握しているらしい?そんな元上司にすこし笑った。
「上からの呼出を無視して来たんだ俺、山で自主トレしてるから戻れないってさ。遅くなると黒木さんに迷惑かかるだろ?」
これだけ言えば、この男は解る。
そんな信頼に元上司は唇のかたはし上げた。
「へえ?今朝のニュースが寝たジジイを起こしちまったかね?」
ほら解ってくれる。
白い息くゆらす林道の端、ちいさな安堵と微笑んだ。
「今は老人を寝つかせたいんだ、だから帰るな?」
「ふうん、?」
雪白の笑顔ちょっと首かしげて見せる。
その聡い瞳じっと自分を見て瞬間、額ばちり弾かれた。
「いてっ、」
じくり、眉間まんなか痛覚にじみだす。
痛みしかめた白銀の視界、底抜けに明るい瞳が笑った。
「あははっ、おまえでもソンナ貌するんだね?こりゃ眼福だ、」
青い登山ウェアっからり笑ってくれる。
あいかわらず陽気なザイルパートナーにため息吐いた。
「ごめん光一、今ちょっと揶揄われるのキツイから…わかってやってるだろ?」
「ちっともワカランけど?」
即答からり、聡い視線が笑ってくる。
その眼まっすぐ自分を映して山っ子は言った。
「今はおまえ、美代と話しな?ほら、」
青い登山ウェアが後ろ指す、そのむこう翡翠色が雪を来る。
白銀ふる森の涯、緑一点に山っ子は笑った。
「オマエが想ってるより美代は気難しヤだね、安心しな?」
ぽん、
背中かろやかに一発、敲いて青い背中くるり踵かえす。
白い息くゆらせ雪の林道、薔薇色の頬が目の前に立った。
「宮田くん、」
澄んだソプラノひとつ、真直ぐ自分を見あげる。
こんなふう見つめられたことがある、けれど前とは違う視線に微笑んだ。
「ひさしぶり、小嶌さん?」
何を話せと言うんだ、この女と?
―気難し屋だと安心って、なんだよ光一?
心裡つい尖りだす。
なんだか理不尽だ、そんな本音に紙コップ差しだされた。
「あのね、味噌汁の味見してください、」
塩からい芳香ふわり、湯気くゆる。
その言葉が予想外で、ひと呼吸に納得と笑った。
「農協の試作品?」
「そうです、感想を聞かせてください、」
ちいさな手ひとつ、紙コップの湯気くゆらす。
けれど出しかねる手に澄んだ瞳は言った。
「奥多摩交番にも届けてきたとこなの、アンケートも。宮田くんは自主トレで奥多摩に来たんでしょう?」
奥多摩交番、自主トレで奥多摩。
連ねられた言葉に意図わかって、つい笑ってしまった。
「それって小嶌さん、アリバイ証拠だって言ってる?」
この女にそんな提案されるんだ?
意外で笑った前、薔薇色の頬にっこり笑った。
「相互扶助は山のルールでしょ?アリバイ協力するからアンケートお願いします、冷めないうちに、」
言葉と芳しい湯気さしだされる。
受けとらざるを得ない、そんな香る紙コップつかんで温かい。
(to be continued)
英二24歳3月下旬
第85話 暮春 act.34-side story「陽はまた昇る」
雪の森が果てた、君が呼ばれる。
名前で呼んだ、この女が君を?
「なんで周太、小嶌さんが名前で呼ぶんだ?」
どうして君、あの女に名前で呼ばせてる?
訊きたくて見つめた肩越し、背負われる瞳がはにかんだ。
「あの…英二、おろして?」
このままは恥ずかしいよ?
そんな頬ゆるやかに赤くなる貌、オレンジ甘く香る。
この香こんな時でも甘い、それでも今はもどかしさ口開いた。
「教えないと降ろさない、なんで名前で呼ばせてんだよ周太?」
あの女にまで、なぜ?
離れている時間なにがあったのだろう、知りたい。
わからない靄に掻きむしられる、それなのに黒目がちの瞳はゆっくり瞬いた。
「なんでって…光一にも名前で呼ばれるでしょ?」
「光一は幼馴染だからだろ、俺よりつきあい先なんだからあたりまえだ、」
反論すぐ口ひらく、掻きむしられる。
渇いた唇の肩越し、澄んだ視線が見つめ返した。
「僕…今の大学の友だちも名前で呼んでる、よ?」
そんなこと聴いていない。
「どんなやつ?」
つい訊き返した喉が熱い。
渇くような感覚に黒目がちの瞳が言った。
「僕の研究パートナーだよ?僕、これから研究に生きるんだ、」
おだやかな声が自分を見つめる、真直ぐ逸らさない。
その意志もう解って、吐息ごと微笑んだ。
「そっか…よかったな?」
よかった、君は君の道を見つめている。
それがただ嬉しくて、けれど喉が熱い。
「またちゃんと話すね、大学のことも…聴いてくれる?」
「うん、聴かせてよ、」
相槌とりあえず唇を嗄れる。
こんな感覚は知らない、こういう感情なんて言うのだろう?
わからなくて、解らないまま背中の温もりが笑った。
「それでね英二、おろして?光一と美代さん待ってくれてたんだから、」
とん、
肩そっと君の手が敲く、敲かれて腕ほどかれる。
オレンジの香あまく頬ふれて、温もり離れてしまう。
「ありがとう英二、」
さくり、
雪かろやかに登山靴が降りる。
ただ見つめる真中、黒髪くせっ毛の笑顔くるり踵かえした。
「光一ありがとう…だいぶ待たせちゃって、ごめんなさい、」
「ホント待ったけどね、英二ほどはクタビレてないんじゃない?」
からりテノール笑ってこちら見る。
底抜けに明るい瞳いつもと変わらない、けれど喉が熱い。
さっきから自分はどうしたのだろう?わからないまま君の声が聞こえる。
「美代さんも待たせてごめんね、寒かったでしょ?」
そういえば君、あの女も名前で呼んでいるんだった。
「へいき、私の地元だもん、」
「あ、そうだったね?」
「そうだよ周太、美代は奥多摩ならヤマンバだからね、」
「やまんば?」
雪の森の涯、三人とも笑っている。
三月の冬に愉しげで、溜息ひとつ英二は車の鍵だした。
―顔合わせたくなかったな、やっぱり、
これはたぶん、疎外感だ?
どこか自分だけ違ってしまった、そんな想い運転扉のキー回す。
このまま車に籠ろうか、このまま帰るのもいいかもしれない?
それに、あの「呼出」そろそろ構ってやるほうが良いだろう。
『例の嘱託OBが長野の件を聴きたいらしい、』
新宿駅で呼び出されたコール、あの電話相手にも迷惑かかる。
想い左手首ながめた文字盤は短針2、もう下山時刻だ。
もう満足していい、だって君に逢えた。
『どんな貌でも逃げないことが愛することなんだよ英二!だから僕はここにいるんだっ、』
さっき君は言ってくれた、あれだけで幸せだ。
幸せなまま今を帰ったほうがいい、そう想う、けれど。
つい思いあぐねるドアノブの手、さくさく軽やかな雪音かたわら停まった。
「拗ねてんのかね、俺のアンザイレンパートナーはさ?」
そういうの今、ちょっと聞きたくないんだけどな?
けれど抛りだすのも違うだろう、ため息ひとつ呑みこんで笑った。
「ごめんな光一、俺もう帰らないと、」
「ふうん?今日はおまえ、週休なハズだけどなんで?」
白い息テノール笑って訊いてくれる。
元部下の予定ちゃんと把握しているらしい?そんな元上司にすこし笑った。
「上からの呼出を無視して来たんだ俺、山で自主トレしてるから戻れないってさ。遅くなると黒木さんに迷惑かかるだろ?」
これだけ言えば、この男は解る。
そんな信頼に元上司は唇のかたはし上げた。
「へえ?今朝のニュースが寝たジジイを起こしちまったかね?」
ほら解ってくれる。
白い息くゆらす林道の端、ちいさな安堵と微笑んだ。
「今は老人を寝つかせたいんだ、だから帰るな?」
「ふうん、?」
雪白の笑顔ちょっと首かしげて見せる。
その聡い瞳じっと自分を見て瞬間、額ばちり弾かれた。
「いてっ、」
じくり、眉間まんなか痛覚にじみだす。
痛みしかめた白銀の視界、底抜けに明るい瞳が笑った。
「あははっ、おまえでもソンナ貌するんだね?こりゃ眼福だ、」
青い登山ウェアっからり笑ってくれる。
あいかわらず陽気なザイルパートナーにため息吐いた。
「ごめん光一、今ちょっと揶揄われるのキツイから…わかってやってるだろ?」
「ちっともワカランけど?」
即答からり、聡い視線が笑ってくる。
その眼まっすぐ自分を映して山っ子は言った。
「今はおまえ、美代と話しな?ほら、」
青い登山ウェアが後ろ指す、そのむこう翡翠色が雪を来る。
白銀ふる森の涯、緑一点に山っ子は笑った。
「オマエが想ってるより美代は気難しヤだね、安心しな?」
ぽん、
背中かろやかに一発、敲いて青い背中くるり踵かえす。
白い息くゆらせ雪の林道、薔薇色の頬が目の前に立った。
「宮田くん、」
澄んだソプラノひとつ、真直ぐ自分を見あげる。
こんなふう見つめられたことがある、けれど前とは違う視線に微笑んだ。
「ひさしぶり、小嶌さん?」
何を話せと言うんだ、この女と?
―気難し屋だと安心って、なんだよ光一?
心裡つい尖りだす。
なんだか理不尽だ、そんな本音に紙コップ差しだされた。
「あのね、味噌汁の味見してください、」
塩からい芳香ふわり、湯気くゆる。
その言葉が予想外で、ひと呼吸に納得と笑った。
「農協の試作品?」
「そうです、感想を聞かせてください、」
ちいさな手ひとつ、紙コップの湯気くゆらす。
けれど出しかねる手に澄んだ瞳は言った。
「奥多摩交番にも届けてきたとこなの、アンケートも。宮田くんは自主トレで奥多摩に来たんでしょう?」
奥多摩交番、自主トレで奥多摩。
連ねられた言葉に意図わかって、つい笑ってしまった。
「それって小嶌さん、アリバイ証拠だって言ってる?」
この女にそんな提案されるんだ?
意外で笑った前、薔薇色の頬にっこり笑った。
「相互扶助は山のルールでしょ?アリバイ協力するからアンケートお願いします、冷めないうちに、」
言葉と芳しい湯気さしだされる。
受けとらざるを得ない、そんな香る紙コップつかんで温かい。
(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】
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