Of moral evil and of good,

第86話 建巳 act.23 another,side story「陽はまた昇る」
呼吸が止まる。
「あいかわらず惚れ惚れする食いっぷりでねえ、ひさしぶりに嬉しかったですよ?」
ほら?雪の森もう見てしまう。
まばゆい白銀みたされる、あなたの場所だ。
「あの、えい…僕が最初に来たとき、一緒だったひとのことですか?」
声を押しだした唇、胡麻油やわらかな湯気くゆらせる。
温かな食卓の席、けれど記憶の雪が匂いたつ。
「ええ、あの凄まじくイケメンの兄さんですよう。チャーシュー麺と五目丼の大盛ぺろりの、」
店主の声ほがらかに温かい、その言葉に鼓動そっと軋みだす。
だって間違いない、あなたのことだ。
「今日、来たんですか?」
「ええ、昼前に来てくれてねえ。めずらしくスーツ姿だったからシッカリ覚えてるんだよ、」
気さくな笑顔ほころばせて、うれしかったと店主が笑う。
温かな笑顔、温かな湯気の席、それなのに雪の森が映りこむ。
『背負わせてよ周太、今だけでもさ?』
雪音さくり響く、かすかに渋い甘い風が匂う。
頬なぶる風さやかに澄んで冷たくて、けれど温かかった広い背中。
「そっか、周太の知りあいが今日ここに来たんだ?」
「ん…そうみたい、」
微笑んで応えて、温かな丼に箸つける。
今ここは新宿のテーブル、大好きな友だちと囲む食事。
湯気あたたかい馴染みの店、それなのに心はるか雪の森にさらわれる。
―英二が来たんだここに、この新宿に今日…どうして?
熱い麺すすって温まる、それなのに雪の面影たどりだす。
たった2日前あざやかな、この五感すべて奪う。
『このウェアまだ着てくれるんだ、周太…俺と色違いなのに、』
あなたが買ってくれた登山ウェアを着ていた、喜んでくれた笑顔。
白皙なめらかな輪郭、凛と端整あざやかな眉、きれいな綺麗なあの切長い瞳。
「周太、これも食べてみなよ?うまいから、」
ほがらかなバリトン笑って、小皿ひとつ置いてくれる。
ほら目の前、眼鏡の瞳は闊達あかるくて、ほっと息ひとつ微笑んだ。
「ありがとう、賢弥、」
「おう。水、足しとくよ?」
日焼あざやかな頬にっこり、明るい笑顔ほころばす。
水差しとる指は武骨に節くれ頼もしい、その空気どこまでも記憶の貌と逆にいる。
―くったくない笑顔って賢弥のことなんだろうな…英二の笑顔はきれいだけど、でも、
ほら鼓動たどりだす、白皙の貌に軋まれる。
きれいな綺麗なあなたの笑顔、あなたの瞳、あの眼ざしに、僕はふたたび逢えるのだろうか?
『あの兄さんとは最近一緒じゃないんだねえ、ついさっき来てくれたんだよ?』
今日、あなたはここにいて、今ここに自分がいる。
同じ場所、同じような時間、けれど時間すこしに隔てられ逢えない。
僕は、あなたに逢いたい?
「周太?しゅーうた、」
「え、」
呼ばれて顔を上げて、眼鏡の瞳が困ったよう笑う。
困ったなあ?そんな眼ざしも闊達な友だちは、やわらかな湯気に笑った。
「あのな周太、食うときは食いなよ?」
どういう意味だろう?
見つめる真ん中、闊達な瞳が笑ってくれた。
「ただウマいなあって食うと俺はスッキリするんだ、なーんも考えないでさ?周太もやってみなよ、」
話しながら唐揚げひとつ、また皿に乗せてくれる。
葱の芳香さわやかに香ばしい、唇くすぐる湯気に微笑んだ。
「ありがとう賢弥…気を遣わせてるよね、僕、」
受けとりながら申し訳ない、こんなふう気を遣わせて。
申し訳なくて、けれど温かな一皿に友だちは微笑んだ。
「そーやって謝るなよ?疲れるだろ、」
「え…」
言われて見つめて、闊達な眼が笑ってくれる。
ことん、丼ひとつテーブルに置いてバリトンが笑った。
「モチツモタレツでいいじゃん、長いツキアイするならイチイチ気にしてらんないよ?ありがとうだけで充分だろ、」
笑って、丼かかえて箸また動きだす。
健啖すこやかな音と湯気、やわらかな明るい空気に微笑んだ。
「ん…ありがとう、賢弥、」
「うん、」
うなずいて笑って、眼鏡ごし闊達ほころぶ。
自分より三才下、そのくせ達観あざやかな明るさに笑いかけた。
「賢弥、また聴いてくれる?もうすこし落ちついたら、」
この友人には知ってほしい、理解されて、そして理解したい。
こんな願いごとの先、闊達な瞳が笑ってくれた。
「いつでもいいよ、周太のタイミングでな?」
「ん、ありがとう、」
感謝すなおに声になる、鼓動やわらかな温もり響く。
ゆるやかに力ほどかれてゆく、この食卓は温かい。
それでも、眼ざしひとつ離れなくて。
※校正中
(to be continued)
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kenshi―周太24歳4月

第86話 建巳 act.23 another,side story「陽はまた昇る」
呼吸が止まる。
「あいかわらず惚れ惚れする食いっぷりでねえ、ひさしぶりに嬉しかったですよ?」
ほら?雪の森もう見てしまう。
まばゆい白銀みたされる、あなたの場所だ。
「あの、えい…僕が最初に来たとき、一緒だったひとのことですか?」
声を押しだした唇、胡麻油やわらかな湯気くゆらせる。
温かな食卓の席、けれど記憶の雪が匂いたつ。
「ええ、あの凄まじくイケメンの兄さんですよう。チャーシュー麺と五目丼の大盛ぺろりの、」
店主の声ほがらかに温かい、その言葉に鼓動そっと軋みだす。
だって間違いない、あなたのことだ。
「今日、来たんですか?」
「ええ、昼前に来てくれてねえ。めずらしくスーツ姿だったからシッカリ覚えてるんだよ、」
気さくな笑顔ほころばせて、うれしかったと店主が笑う。
温かな笑顔、温かな湯気の席、それなのに雪の森が映りこむ。
『背負わせてよ周太、今だけでもさ?』
雪音さくり響く、かすかに渋い甘い風が匂う。
頬なぶる風さやかに澄んで冷たくて、けれど温かかった広い背中。
「そっか、周太の知りあいが今日ここに来たんだ?」
「ん…そうみたい、」
微笑んで応えて、温かな丼に箸つける。
今ここは新宿のテーブル、大好きな友だちと囲む食事。
湯気あたたかい馴染みの店、それなのに心はるか雪の森にさらわれる。
―英二が来たんだここに、この新宿に今日…どうして?
熱い麺すすって温まる、それなのに雪の面影たどりだす。
たった2日前あざやかな、この五感すべて奪う。
『このウェアまだ着てくれるんだ、周太…俺と色違いなのに、』
あなたが買ってくれた登山ウェアを着ていた、喜んでくれた笑顔。
白皙なめらかな輪郭、凛と端整あざやかな眉、きれいな綺麗なあの切長い瞳。
「周太、これも食べてみなよ?うまいから、」
ほがらかなバリトン笑って、小皿ひとつ置いてくれる。
ほら目の前、眼鏡の瞳は闊達あかるくて、ほっと息ひとつ微笑んだ。
「ありがとう、賢弥、」
「おう。水、足しとくよ?」
日焼あざやかな頬にっこり、明るい笑顔ほころばす。
水差しとる指は武骨に節くれ頼もしい、その空気どこまでも記憶の貌と逆にいる。
―くったくない笑顔って賢弥のことなんだろうな…英二の笑顔はきれいだけど、でも、
ほら鼓動たどりだす、白皙の貌に軋まれる。
きれいな綺麗なあなたの笑顔、あなたの瞳、あの眼ざしに、僕はふたたび逢えるのだろうか?
『あの兄さんとは最近一緒じゃないんだねえ、ついさっき来てくれたんだよ?』
今日、あなたはここにいて、今ここに自分がいる。
同じ場所、同じような時間、けれど時間すこしに隔てられ逢えない。
僕は、あなたに逢いたい?
「周太?しゅーうた、」
「え、」
呼ばれて顔を上げて、眼鏡の瞳が困ったよう笑う。
困ったなあ?そんな眼ざしも闊達な友だちは、やわらかな湯気に笑った。
「あのな周太、食うときは食いなよ?」
どういう意味だろう?
見つめる真ん中、闊達な瞳が笑ってくれた。
「ただウマいなあって食うと俺はスッキリするんだ、なーんも考えないでさ?周太もやってみなよ、」
話しながら唐揚げひとつ、また皿に乗せてくれる。
葱の芳香さわやかに香ばしい、唇くすぐる湯気に微笑んだ。
「ありがとう賢弥…気を遣わせてるよね、僕、」
受けとりながら申し訳ない、こんなふう気を遣わせて。
申し訳なくて、けれど温かな一皿に友だちは微笑んだ。
「そーやって謝るなよ?疲れるだろ、」
「え…」
言われて見つめて、闊達な眼が笑ってくれる。
ことん、丼ひとつテーブルに置いてバリトンが笑った。
「モチツモタレツでいいじゃん、長いツキアイするならイチイチ気にしてらんないよ?ありがとうだけで充分だろ、」
笑って、丼かかえて箸また動きだす。
健啖すこやかな音と湯気、やわらかな明るい空気に微笑んだ。
「ん…ありがとう、賢弥、」
「うん、」
うなずいて笑って、眼鏡ごし闊達ほころぶ。
自分より三才下、そのくせ達観あざやかな明るさに笑いかけた。
「賢弥、また聴いてくれる?もうすこし落ちついたら、」
この友人には知ってほしい、理解されて、そして理解したい。
こんな願いごとの先、闊達な瞳が笑ってくれた。
「いつでもいいよ、周太のタイミングでな?」
「ん、ありがとう、」
感謝すなおに声になる、鼓動やわらかな温もり響く。
ゆるやかに力ほどかれてゆく、この食卓は温かい。
それでも、眼ざしひとつ離れなくて。
※校正中
(to be continued)
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