離れない衝動、
第86話 花残 act.18 side story「陽はまた昇る」
人の記憶は、どのくらい保存が効くのだろう?
すこし冷たい花の風、傾く陽ざしビルに朱い。
まだ日は長くなくて、それでも一昨日の雪山が遠くなる。
―まだ奥多摩は雪あるだろうな、おとといの雪はまだ
ほら、もう雪山が恋しい。
今はコンクリート連なる視界、だからこそ思いだす。
銀嶺ながれる雪の世界、足もと埋める冷厳、それから一昨日の声。
『英二って叫んだんだよ周太くん、私じゃない、』
真直ぐな明るい瞳どこまでも澄んでいた、彼女の声そのままに。
だからこそ嫉妬する、あんなふう自分も君を見つめられたなら?
「どうして俺を…周太?」
ほら呼んでしまう、君のこと。
だから探している新宿の街角、懐かしい香そっと頬ふれる。
かすかな馥郁あまく深い、この香たどられるままレザーソール響く。
『私が手を握ってるのに、英二って叫んだんだよ周太くん…そういうのずっと見てるの私、つらいよ?』
レザーソールに記憶が響く、雪の記憶に声が透る。
桃色あざやかだった彼女の頬、ゆれる真白な吐息にソプラノ微笑んだ。
『だって叫ぶ気持ち私もわかるの、私も周太くんの背中に叫んだから…あの事件のとき新宿で…追いかけたかった私、』
あの事件、長野山中の雪に起きたこと。
あの日この新宿で君と彼女は共にいて、それでも君は駆け出した。
そんな君の背中どんなふうだったろう?君の背中に叫んだ想いは、どんなだろう?
『一緒にいたのに走って行っちゃったの、うんときれいな笑顔で…追いかけたかったの私、だから周太くんが叫んだのなんでか解る、』
おととい話してくれた声は真直ぐ澄んでいた。
肚なにもない実直な声、そのままに瞳まっすぐ明るく眩しかった。
だから気になってしまう。
―なぜ、あの女の進学に周太が条件だされるんだ?
なぜ?が多すぎる、こんなこと。
でも本当はずっと気づいていた、それが「普通」だから。
そして祝福されることだ、だから光一も知っていた、大学のこと彼女と周太のことも。
『御岳じゃチョットした騒動だよ?テレビ映っちまったなんて美代もドジだね、』
あのニュースは自分も見た、合格発表の掲示板に笑う二人。
笑って泣いて、取材に戸惑って、そして二人走りだした初々しい背中。
そんな映像に寄せる言葉は祝福だけだった。
『都会とは違うからねえ、美代も俺らと同じで二十四だろ?ここいらじゃイイカゲン嫁いけって齢なワケ、ソンナ齢からガッコ入ったらってコト、』
あの底抜けに明るい瞳は笑っていた、あのザイルパートナーらしい明朗な声。
その言葉たちは自分が知らない世界だった。
『名前で呼ぶ話だけさせて?私、この春から大学に行くの。そうしたら父が周太くんに条件だして』
彼女は言おうとしてくれた、けれど話しかけて途切れた言葉。
それは「事情」なのだろう、そんな推定にザイルパートナーは笑った。
『ソコラヘン本人から聴きなね?』
あの男も昨日、24歳の受験生になった。
そんな男の遠縁だという彼女と、君との間に何があるのだろう?
―もし結婚相手がいるなら事情は変わるから呼ばせてる?周太、
声なく問いかけて、歩くアスファルトに面影たどってしまう。
この街は君の記憶ばかり見える、だから今朝も叫んでしまった。
―スーツ姿で新宿になぜいたんだ周太?
それとも似ている誰かだろうか?けれど叫んでしまった。
きっと君だと鼓動が叫んだ、逢いたい。
『またちゃんと話すね、大学のことも…聴いてくれる?』
全て君は話してくれるだろうか、こんな自分にも。
ただ信じたくて逢いたくて歩いてしまう、約束もないのに。
本当は約束なんてなにも出来ない自分、それでも唯一つ理由に君に逢いたい。
―北岳草のこと憶えてる?周太
世界で唯一つの場所、わずかな期間だけ咲く花。
それを君に見せたいのは多分、似ているからだ。
『僕もう自分で歩けるよ、』
おととい君が言ったこと、それが事実だ。
雪の森から下りる道、怪我まだ治りきらない君を背負った。
あの温もりまだ背を滲む、憶えている肌の記憶がこの足を止めさせない。
それでも本当は解っている、君はもう自分で歩ける。
「だから見せたいんだよ…周太、」
唇こぼれて風が香る、もう近い。
横断歩道も青いまま歩いて、樹々ざわめく門に立った。
ほら桜かすめる頬、君を探して。
※校正中
(to be continued)
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英二24歳4月
第86話 花残 act.18 side story「陽はまた昇る」
人の記憶は、どのくらい保存が効くのだろう?
すこし冷たい花の風、傾く陽ざしビルに朱い。
まだ日は長くなくて、それでも一昨日の雪山が遠くなる。
―まだ奥多摩は雪あるだろうな、おとといの雪はまだ
ほら、もう雪山が恋しい。
今はコンクリート連なる視界、だからこそ思いだす。
銀嶺ながれる雪の世界、足もと埋める冷厳、それから一昨日の声。
『英二って叫んだんだよ周太くん、私じゃない、』
真直ぐな明るい瞳どこまでも澄んでいた、彼女の声そのままに。
だからこそ嫉妬する、あんなふう自分も君を見つめられたなら?
「どうして俺を…周太?」
ほら呼んでしまう、君のこと。
だから探している新宿の街角、懐かしい香そっと頬ふれる。
かすかな馥郁あまく深い、この香たどられるままレザーソール響く。
『私が手を握ってるのに、英二って叫んだんだよ周太くん…そういうのずっと見てるの私、つらいよ?』
レザーソールに記憶が響く、雪の記憶に声が透る。
桃色あざやかだった彼女の頬、ゆれる真白な吐息にソプラノ微笑んだ。
『だって叫ぶ気持ち私もわかるの、私も周太くんの背中に叫んだから…あの事件のとき新宿で…追いかけたかった私、』
あの事件、長野山中の雪に起きたこと。
あの日この新宿で君と彼女は共にいて、それでも君は駆け出した。
そんな君の背中どんなふうだったろう?君の背中に叫んだ想いは、どんなだろう?
『一緒にいたのに走って行っちゃったの、うんときれいな笑顔で…追いかけたかったの私、だから周太くんが叫んだのなんでか解る、』
おととい話してくれた声は真直ぐ澄んでいた。
肚なにもない実直な声、そのままに瞳まっすぐ明るく眩しかった。
だから気になってしまう。
―なぜ、あの女の進学に周太が条件だされるんだ?
なぜ?が多すぎる、こんなこと。
でも本当はずっと気づいていた、それが「普通」だから。
そして祝福されることだ、だから光一も知っていた、大学のこと彼女と周太のことも。
『御岳じゃチョットした騒動だよ?テレビ映っちまったなんて美代もドジだね、』
あのニュースは自分も見た、合格発表の掲示板に笑う二人。
笑って泣いて、取材に戸惑って、そして二人走りだした初々しい背中。
そんな映像に寄せる言葉は祝福だけだった。
『都会とは違うからねえ、美代も俺らと同じで二十四だろ?ここいらじゃイイカゲン嫁いけって齢なワケ、ソンナ齢からガッコ入ったらってコト、』
あの底抜けに明るい瞳は笑っていた、あのザイルパートナーらしい明朗な声。
その言葉たちは自分が知らない世界だった。
『名前で呼ぶ話だけさせて?私、この春から大学に行くの。そうしたら父が周太くんに条件だして』
彼女は言おうとしてくれた、けれど話しかけて途切れた言葉。
それは「事情」なのだろう、そんな推定にザイルパートナーは笑った。
『ソコラヘン本人から聴きなね?』
あの男も昨日、24歳の受験生になった。
そんな男の遠縁だという彼女と、君との間に何があるのだろう?
―もし結婚相手がいるなら事情は変わるから呼ばせてる?周太、
声なく問いかけて、歩くアスファルトに面影たどってしまう。
この街は君の記憶ばかり見える、だから今朝も叫んでしまった。
―スーツ姿で新宿になぜいたんだ周太?
それとも似ている誰かだろうか?けれど叫んでしまった。
きっと君だと鼓動が叫んだ、逢いたい。
『またちゃんと話すね、大学のことも…聴いてくれる?』
全て君は話してくれるだろうか、こんな自分にも。
ただ信じたくて逢いたくて歩いてしまう、約束もないのに。
本当は約束なんてなにも出来ない自分、それでも唯一つ理由に君に逢いたい。
―北岳草のこと憶えてる?周太
世界で唯一つの場所、わずかな期間だけ咲く花。
それを君に見せたいのは多分、似ているからだ。
『僕もう自分で歩けるよ、』
おととい君が言ったこと、それが事実だ。
雪の森から下りる道、怪我まだ治りきらない君を背負った。
あの温もりまだ背を滲む、憶えている肌の記憶がこの足を止めさせない。
それでも本当は解っている、君はもう自分で歩ける。
「だから見せたいんだよ…周太、」
唇こぼれて風が香る、もう近い。
横断歩道も青いまま歩いて、樹々ざわめく門に立った。
ほら桜かすめる頬、君を探して。
※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊
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