異郷より、想いを

secret talk11 建申月act.1―dead of night
T o :湯原周太
subject :四千メートルから
添付ファイル:ブライトンホルンからのマッターホルン東壁
本 文 :おはよう、周太。
いま午前10時、無事に下山しました。標高4,165mの世界を見てきたよ。
全てが青と白の世界だった、日本で見るより高い場所は空気も光もまぶしい。
富士山よりも300メートル高い場所だよ、あの瞬間は日本にいる誰より高い所に俺は居たんだ。
標高四千の境界線を越えたとき周太のことを想ってた、山頂でも想ったよ。
四千メートルの世界からも俺は、君を愛している。
明るい陽光ふるなか、書き上げたメールを読み直す。
いま日本は18時、きっと周太は勤務時間の終わりで慌ただしい。
往来の多い新宿署では勤務が伸びる可能性も充分ある、いま夏の陽の長さに繁華な市街地は忙しいだろう。
だから電話は控えた方が良い、そんな冷静な考えの片隅、やはり本音が呟いた。
―声、聴きたいな
そっと溜息を吐きかけて、けれど微笑んで送信ボタンを押す。
遥か遠い国、このマイナス8時間の時差に声は届けられない、けれどメールは出来る。
声は無理でも想いだけは文字に託せる、この幸せに微笑んで携帯電話をしまい、顔を上げた。
そして映りこんだ光景に、素直な賞賛が声になった。
「きれいだ、」
白銀まばゆい山嶺に抱かれ、風ゆれる緑は漣を渡す。
草の波きらめく太陽は輝度が強い、その光の狭間に揺れる花々の彼方、氷食鋭鋒は黒く佇む。
屹立する黒い壁、その頂点に登るため自分は今、ここにいる。
―あの場所に登れたら、自由に近づける
あの山に登ること、それは山ヤの警察官としての訓練であり任務。
この任務を的確に成功させることが、大切な人の自由を掴む瞬間に繋がっていく。
そして自身の「山」に生きる自由にも繋がる、その夢を辿らすパートナーも今、隣にいる。
そんな想い見つめる先に黒く岩壁はある、あの壁を超える権利に自分を導いたパートナー。
その青いウェアの背中へと、英二は綺麗に微笑んだ。
―光一、また集中してるな?
ひろやかな蒼穹の下、黒いパンツの脚は片膝つき、白い手に一眼レフを構える。
そのレンズは岩場に蒼い草地を向いて、白い指先は静かな呼吸に瞬間を待つ。
見つめる視線の先、ゆっくり流れる雲から陽光きらめいて白い指は動いた。
かしゃん、
微かな機械音が空に鳴り、青いウェアの腕が下げられる。
カメラのファインダーから雪白の貌が振向いて、底抜けに明るい目が微笑んだ。
「メール終ったんだ?待たせたね、」
「いや、良い写真撮れた?」
綺麗に笑いかけて草地を進む、その足元に小さな花がゆれる。
踏まないよう気を付けてしまう自分の足取りに、メールの送り先を想った。
―周太、こんな花畑を見たら喜ぶんだろうな
いま、陽光ふる草地には可憐な花たちが揺れている。
赤い花、薄紅、黄色、あわい紫、オレンジのぼかし、白に青。
色彩も形も豊かな花たち、その姿に花を愛する人への想いが募らされる。
そして、まだ叶えられない約束への想いが迫り上げて、遥か遠い故郷の山に心が還る。
標高3,193m、北岳。
日本第二峰を謳われる「哲人」という名の山。
あの氷食鋭鋒にも花畑があった、あの場所に連れて行くと自分は約束をした。
あの約束は本当は今夏、叶えてあげたかった。けれど現実はそれが出来ない、約束は延期になる。
この叶わない約束に心が軋む、それでも「いつか」に希望を見つめて今、新たな願いは生まれだす。
―この場所にもいつか、連れてきてあげたい、
スイス、花を愛する人々が暮らす街。
街中にも花はあふれ、昨日チェックインしたホテルも窓辺に花咲き乱れる。
そうした花を見るたびに懐かしい庭を想い、あの美しい庭の主へ心が募っていく。
ここに連れて来たら喜んでくれる?そんな幸せな夢を東の空に見上げてしまう、その頬を小突かれた。
「今、周太を連れてきたいなとか思ってるね?」
透明なテノールが微笑んで、素直なままに訊いてくれる。
その質問に偽る術も解からなくて、正直に英二は微笑んだ。
「当たり、花が好きだから喜ぶだろうなって想うよ?」
ブライトンホルンからツェルマットへと続く花の道。
この場所をいつか、花を愛する人と共に、ふたり寄添い歩けたなら。

(to be continued)
blogramランキング参加中!

にほんブログ村

secret talk11 建申月act.1―dead of night
T o :湯原周太
subject :四千メートルから
添付ファイル:ブライトンホルンからのマッターホルン東壁
本 文 :おはよう、周太。
いま午前10時、無事に下山しました。標高4,165mの世界を見てきたよ。
全てが青と白の世界だった、日本で見るより高い場所は空気も光もまぶしい。
富士山よりも300メートル高い場所だよ、あの瞬間は日本にいる誰より高い所に俺は居たんだ。
標高四千の境界線を越えたとき周太のことを想ってた、山頂でも想ったよ。
四千メートルの世界からも俺は、君を愛している。
明るい陽光ふるなか、書き上げたメールを読み直す。
いま日本は18時、きっと周太は勤務時間の終わりで慌ただしい。
往来の多い新宿署では勤務が伸びる可能性も充分ある、いま夏の陽の長さに繁華な市街地は忙しいだろう。
だから電話は控えた方が良い、そんな冷静な考えの片隅、やはり本音が呟いた。
―声、聴きたいな
そっと溜息を吐きかけて、けれど微笑んで送信ボタンを押す。
遥か遠い国、このマイナス8時間の時差に声は届けられない、けれどメールは出来る。
声は無理でも想いだけは文字に託せる、この幸せに微笑んで携帯電話をしまい、顔を上げた。
そして映りこんだ光景に、素直な賞賛が声になった。
「きれいだ、」
白銀まばゆい山嶺に抱かれ、風ゆれる緑は漣を渡す。
草の波きらめく太陽は輝度が強い、その光の狭間に揺れる花々の彼方、氷食鋭鋒は黒く佇む。
屹立する黒い壁、その頂点に登るため自分は今、ここにいる。
―あの場所に登れたら、自由に近づける
あの山に登ること、それは山ヤの警察官としての訓練であり任務。
この任務を的確に成功させることが、大切な人の自由を掴む瞬間に繋がっていく。
そして自身の「山」に生きる自由にも繋がる、その夢を辿らすパートナーも今、隣にいる。
そんな想い見つめる先に黒く岩壁はある、あの壁を超える権利に自分を導いたパートナー。
その青いウェアの背中へと、英二は綺麗に微笑んだ。
―光一、また集中してるな?
ひろやかな蒼穹の下、黒いパンツの脚は片膝つき、白い手に一眼レフを構える。
そのレンズは岩場に蒼い草地を向いて、白い指先は静かな呼吸に瞬間を待つ。
見つめる視線の先、ゆっくり流れる雲から陽光きらめいて白い指は動いた。
かしゃん、
微かな機械音が空に鳴り、青いウェアの腕が下げられる。
カメラのファインダーから雪白の貌が振向いて、底抜けに明るい目が微笑んだ。
「メール終ったんだ?待たせたね、」
「いや、良い写真撮れた?」
綺麗に笑いかけて草地を進む、その足元に小さな花がゆれる。
踏まないよう気を付けてしまう自分の足取りに、メールの送り先を想った。
―周太、こんな花畑を見たら喜ぶんだろうな
いま、陽光ふる草地には可憐な花たちが揺れている。
赤い花、薄紅、黄色、あわい紫、オレンジのぼかし、白に青。
色彩も形も豊かな花たち、その姿に花を愛する人への想いが募らされる。
そして、まだ叶えられない約束への想いが迫り上げて、遥か遠い故郷の山に心が還る。
標高3,193m、北岳。
日本第二峰を謳われる「哲人」という名の山。
あの氷食鋭鋒にも花畑があった、あの場所に連れて行くと自分は約束をした。
あの約束は本当は今夏、叶えてあげたかった。けれど現実はそれが出来ない、約束は延期になる。
この叶わない約束に心が軋む、それでも「いつか」に希望を見つめて今、新たな願いは生まれだす。
―この場所にもいつか、連れてきてあげたい、
スイス、花を愛する人々が暮らす街。
街中にも花はあふれ、昨日チェックインしたホテルも窓辺に花咲き乱れる。
そうした花を見るたびに懐かしい庭を想い、あの美しい庭の主へ心が募っていく。
ここに連れて来たら喜んでくれる?そんな幸せな夢を東の空に見上げてしまう、その頬を小突かれた。
「今、周太を連れてきたいなとか思ってるね?」
透明なテノールが微笑んで、素直なままに訊いてくれる。
その質問に偽る術も解からなくて、正直に英二は微笑んだ。
「当たり、花が好きだから喜ぶだろうなって想うよ?」
ブライトンホルンからツェルマットへと続く花の道。
この場所をいつか、花を愛する人と共に、ふたり寄添い歩けたなら。

(to be continued)
blogramランキング参加中!


トーナメント記事の削除は出来ないんです、申し訳ないのですが。
でも「文学」の意味ではOKだと思いますし、つばささんの記事から夏目漱石に入られる方があったら素敵ですよ?
自分も小説は書出し1年ちょいなので、もっと精進していきます。
ご返信、ありがとうございました!
実は私も参加した後、場違いなトーナメントにエントリーしてしまった、と気づきました。しかしトーナメント取り消しの方法がわからないので、そのままにしてあります。トーナメント作成者様の方で取り消せるのなら取り消しておいてもらえないでしょうか?
それからいろいろご意見ありがとうございました。今後の参考にさせていただきます.。まだまだ未熟者ですので、これからも精進していきます。