聲、慕わしくて
皐月六日、菖蒲―tone
紫あざやかに夜が明ける、この瞬間が好きだ。
「来た、」
あかるい光昇る、目覚めの朱鷺色。
ほら風よせる、ほろ甘い暁の匂い。
額ふれて髪ひるがえす、旦が香る。
「うん…いい天気をありがとうございます」
微笑んで掌ふたつ、合掌して空を仰ぐ。
見あげた紫おおらかな蒼穹えがく、涯はるか稜線に黄金が昇る。
光おしあげる雲きらめいて、朝陽なめらかな汀を畔まで輝いた。
『起きろぉ、田植えの朝だ、』
ほら記憶の声が笑ってくれる、幼い朝が懐かしい。
もう祖父はいない、それでも守られる田園に自分が立てる。
そんな足もと地下足袋の爪さき朱色きらめいて、田植える暁に呼ばれた。
「かっちゃーん、朝からごめんくださいよお、」
こんな早くに何だろう?
振りむいた庭先、門からかっぽう着姿がのぞきこんだ。
「ああ、やっぱり起きてたねえ。こんな早くからごめんねえ?」
「いえ、おはようございます、」
あいさつ頭下げて、持っていた手ぬぐい頭に括る。
この小母さんも畑仕事の朝だろう、それでも訪れた手が葉書ひとつ差しだした。
「コレね、ウチに間違えて届いちゃってたのよ。急いだほうが良さそうだから持って来たわ、」
葉書だから見えちゃったのよ?
やわらかなアルト告げて困ったように、そのくせ楽しげに笑いかけてくる。
なにが書かれていたのだろう?葉書くるり文面ながめて、軽トラックの扉つかんだ。
「おばさんゴメンっ、ありがと!」
ペインターパンツのポケットがさり、キーケース取り出し鍵穴に挿す。
がちり開錠して運転席、エンジンキー回してアクセル踏んだ。
「…今日いきなりかよ」
ひとりごと車窓が流れだす、タイヤ噛む砂利からアスファルト奔る。
エンジン軋む視界はるか明るむ空、畦道あざやかに碧ひるがえす。
「電話すりゃいいのに、」
つぶやいた口もと、きっと笑っている。
きっと声、もう直ぐ。
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5月6日誕生花アヤメ菖蒲
皐月六日、菖蒲―tone
紫あざやかに夜が明ける、この瞬間が好きだ。
「来た、」
あかるい光昇る、目覚めの朱鷺色。
ほら風よせる、ほろ甘い暁の匂い。
額ふれて髪ひるがえす、旦が香る。
「うん…いい天気をありがとうございます」
微笑んで掌ふたつ、合掌して空を仰ぐ。
見あげた紫おおらかな蒼穹えがく、涯はるか稜線に黄金が昇る。
光おしあげる雲きらめいて、朝陽なめらかな汀を畔まで輝いた。
『起きろぉ、田植えの朝だ、』
ほら記憶の声が笑ってくれる、幼い朝が懐かしい。
もう祖父はいない、それでも守られる田園に自分が立てる。
そんな足もと地下足袋の爪さき朱色きらめいて、田植える暁に呼ばれた。
「かっちゃーん、朝からごめんくださいよお、」
こんな早くに何だろう?
振りむいた庭先、門からかっぽう着姿がのぞきこんだ。
「ああ、やっぱり起きてたねえ。こんな早くからごめんねえ?」
「いえ、おはようございます、」
あいさつ頭下げて、持っていた手ぬぐい頭に括る。
この小母さんも畑仕事の朝だろう、それでも訪れた手が葉書ひとつ差しだした。
「コレね、ウチに間違えて届いちゃってたのよ。急いだほうが良さそうだから持って来たわ、」
葉書だから見えちゃったのよ?
やわらかなアルト告げて困ったように、そのくせ楽しげに笑いかけてくる。
なにが書かれていたのだろう?葉書くるり文面ながめて、軽トラックの扉つかんだ。
「おばさんゴメンっ、ありがと!」
ペインターパンツのポケットがさり、キーケース取り出し鍵穴に挿す。
がちり開錠して運転席、エンジンキー回してアクセル踏んだ。
「…今日いきなりかよ」
ひとりごと車窓が流れだす、タイヤ噛む砂利からアスファルト奔る。
エンジン軋む視界はるか明るむ空、畦道あざやかに碧ひるがえす。
「電話すりゃいいのに、」
つぶやいた口もと、きっと笑っている。
きっと声、もう直ぐ。
菖蒲:アヤメ、綾目・文女・文目
花言葉「消息、嬉しい知らせ・よい便り、使者、神秘的な人、優雅な心、信じるものの幸福」
花言葉「消息、嬉しい知らせ・よい便り、使者、神秘的な人、優雅な心、信じるものの幸福」
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