rime ice 氷結の時
第77話 決表act.7-another,side story「陽はまた昇る」
観碕さんとデュラン博士を訊くのか?二人の事を俺に訊きに来た男がいるんだ、馨さんと似ている男だよ、
この問いかけに何を答えたら良いのだろう?
父と似ている男なんて一人しか知らない、でも解らない。
だってこんな所まで追いかけて来るなんて納得出来なくて、けれど父の旧友は尋ねた。
「やっぱり周太くんは彼を知ってるのか?あれは他人の空似とは違う、馨さんと表情が似すぎているんだ、英語の発音までそっくりで、」
ほら、真直ぐに核心を見つめてくる。
もう五十歳を過ぎるはず、それなのに鳶色の瞳は少年のまま澄んで揺るがない。
この眼差しが見つめていた父は幸せだったろう、そんな想い静かな雪窓で問いかけた。
「田嶋先生、その人はいつここに来たんですか?…年齢や身長は?」
「9月半ばだ、俺の公開講座の時だよ、」
答えてくれる日付に鼓動そっと穿たれる。
いま12月の雪の午後、もう3ヶ月前になる別離の朝の日だ?
―英二あのとき泣きそうで、だけどあの後ここに、
5時半に起こして?そう告げて5時半に第七機動隊舎を出た。
それでも英二は追いかけてくれた、あの門で別れて、そして切長い瞳は泣いた。
『逢いたかったから走って来た、…周太、』
告げてくれる綺麗な低い声も震えていた、あの泣顔は嘘じゃない。
けれど涙の底では田嶋を尋ねると決めていた、その裏腹な貌を辿るまま言葉は続く。
「180cmはあったな、色白で細いが肩と胸が厚くて鋼みたいな印象だ、あれはアルパインクライマーの体だよ?二十後半くらいに見えたが、」
告げられる特徴どれも懐かしい俤を象ってゆく。
あの人がここに来た、そして尋ねた質問たちに解らなくなる。
―どうして英二ここにも来たの?お父さんの友達だって僕が言ったから?でも、なぜ、
なぜ英二は「観碕さんとデュラン博士」を訊いたのだろう?
どうやって英二は二人の存在を知ったのだろう、それが解らないまま父の友人が言った。
「大伯母が湯原先生の教え子だと彼は言ったよ、祖母が大伯母を懐かしがるから俺の講座に来たと言ってな。周太くん、心当たりあるかい?」
ほら、英二はこんなヒント遺して?
―嘘吐いていないって言いたいんだ、英二は…いつか田嶋先生が僕に訊くことを見越して僕にゆだねてる、
英二の祖母、顕子の従姉は自分の祖母である斗貴子。
だから正確には従姉大伯母にあたる、その血縁を英二は正直に告げていった。
きっと英二なりの誠実だ、そう解かるけれど今は答えるべきか途惑うまま周太は首振った。
「二十代後半ですよね?解らないです…親戚のことは何も訊いていなくて、」
嘘は吐いていない、だって「二十後半」の男は知らない。
そんな言い訳は詭弁だと自分でも解かっている、それでも言うべき時ではないだろう?
―言って良いなら英二が自分で言ってる、でも言わなかったんだ…巻きこむかもしれないから、
この学者を巻き込みたくない、そう英二も想ってくれたのだろう。
その判断は自分も同じで、けれど父のアイザイレンパートナーは微笑んだ。
「じゃあ俺の幻かもしれんな?馨さんに逢いたいって願望が現実化したんだろ、誰なのか何も言ってくれんかったし、」
逢いたい、
その気持は自分こそ同じだ、自分だって父に逢いたい。
逢いたくて今も父を追いかけ祖父を探してここに居る、その願い同じ人に笑いかけた。
「そんなに父と似ていたんですか?」
「ああ、本人かって思うほど似てたぞ?笑った感じが特にな、」
笑って教えてくれる瞳がすこし寂しげでいる。
この人も父の名残を探してきた?そんな想いに熱い紅茶すすりこんだ前、鳶色の瞳が微笑んだ。
「あの日は公開講座でな、もう誰もいなくなったと思って大教室の電気を消したら足音が聞えたんだ。それで振り向いたら彼が立ってたよ、
講義ありがとうございましたって馨さんそっくりの目と声で笑ったんだ、暑い日だったのにワイシャツの袖捲ってないとこも馨さんと同じでな?」
温かな湯気くゆらす向かい、低く透る声が話してくれる。
英二と父の声は違う、それなのに田嶋は「そっくりの目と声」だと教えてくれる。
それが気になって続き知りたくなる、本当は別のことを訊きに来たけれど聴きたいまま父の友人は笑った。
「俺は本気で馨さんが還ってきたと思ったぞ?俺の講義を聴きに来てくれたって泣きそうになっちまった、嬉しくて待ってくれって呼びとめてな、
振りむいた顔はやっぱりよく似てたよ、でも目線の高さが違うから別人って気づいて年齢も違うぞって思いだしてさ?だけど英語の発音も同じだった、」
父と英二は身長が5cmは違うだろう、だから「目線の高さ」が違うのは当然だ。
そんな納得と「そっくりの声」と英語の発音に意図が解かるようで鼓動また軋みだす。
―英二、お父さんと似ていることを利用したんだね?田嶋先生に話させるためにお父さんを真似て、
父の貌で現れる男は、ここだけじゃない。
少なくとも新宿署で2度は現れた、そう知っているから解らなくなる。
どうして英二は父の貌を見せに行くのだろう?その結末を探すまま低く透る声が続けてくれる。
「馨さんと同じアクセントでSonnet18を詠みあげたんだ、この研究室で今みたいに茶を出して、そしたら馨さんの本を迷わず手にとって開いたんだぞ?
その貌も声もあんまり似てるから血縁者だと思ったんだ、顔や話し方だけじゃなくて空気が似てた、特に目だ、どっか寂しくて深い、穏やかに見透かす目、」
やっぱり、英二がここに来た。
それは憶測じゃ無くてもう事実だろう、それくらい解かる。
その目的は自分と同じだったろう、けれど出遅れてしまった自分との差が解らない。
どうして英二はいつも自分より先回りできるのだろう?この疑問くゆらす紅茶の湯気ごし問いかけた。
「田嶋先生、その人とどんな話をしたんですか?」
「さっき言った通りだよ、観碕さんとデュラン博士の事を訊かれたんだ。俺からも馨さんの理由を訊いたぞ?」
鳶色の瞳やわらかに細める言葉へ鼓動が傷む。
この人も父の理由を知りたがっている、その願い佇む研究室の窓は雪すこし強くなった。
さらさら白い影はガラス掠めて積もりだす、それでも確かめたいまま低く透る声が続けてくれた。
「湯原先生が、君のお祖父さんが二人とどんな関係だったか細かく訊かれてな、馨さんそっくりの笑顔には嘘吐いてもバレるんだろって感じたぞ?
だから正直にぜんぶ喋ったさ、その代わり俺にも馨さんが黙って消えた理由を教えろって泣きついたんだ、そしたら俺を信じてるからだって言われたよ、
約束は終わらないと信じて消えたって言われた、俺と馨さんの全部を知ってる貌でな?馨さんから話を聴いたのか、日記を読んだのか、全て解ってる貌だ、」
いま、なんて田嶋は言ったのだろう?
「あの…日記って、父の日記ですか?」
そんなものあったなんて知らない、でも存在する?
事実なのか知りたくて問いかけた真中で父の友人は笑った。
「ああ、馨さんの日記だ、ラテン語で書いてるヤツあるだろ?大学の入学式からずっと続けてるんだよな、」
どうして?
どうして英二はいつも自分の先回りするのか、ずっと不思議だった。
その理由が今告げられて解かってしまう、この事実そっと呑みこんで笑いかけた。
「そうみたいですね…なぜラテン語で書いてるのかなって想っていました、」
本当は今そう想っただけ、でも根拠の記憶はちゃんとある。
だって自分の植物採集帳に父はラテン語で学術名を書いてくれた、その原点は「日記」にある?
「あれは湯原先生に勧められたんだ、俺も同じこと馨さんに言われたぞ?」
闊達なトーン笑って教えてくれる顔は懐旧に温かい。
この温もりに今は甘えたくなる、そんな想いごと尋ねた。
「ん…父は田嶋先生になんて言ったんですか?」
「ラテン語で日記を書くことが西洋文学の本当の理解になるって言ってくれたよ、最初の穂高でな?」
懐かしい、そして愛おしいと低く澄んだ声は笑ってくれる。
こんなふう真直ぐに父と祖父を偲ぶ人がいる、その感謝と幸せだけ今は見つめて紅茶ひとくち啜りこんだ。
ほら、あまい湯気は温かい、父が淹れてくれたように。
(to be continued)
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第77話 決表act.7-another,side story「陽はまた昇る」
観碕さんとデュラン博士を訊くのか?二人の事を俺に訊きに来た男がいるんだ、馨さんと似ている男だよ、
この問いかけに何を答えたら良いのだろう?
父と似ている男なんて一人しか知らない、でも解らない。
だってこんな所まで追いかけて来るなんて納得出来なくて、けれど父の旧友は尋ねた。
「やっぱり周太くんは彼を知ってるのか?あれは他人の空似とは違う、馨さんと表情が似すぎているんだ、英語の発音までそっくりで、」
ほら、真直ぐに核心を見つめてくる。
もう五十歳を過ぎるはず、それなのに鳶色の瞳は少年のまま澄んで揺るがない。
この眼差しが見つめていた父は幸せだったろう、そんな想い静かな雪窓で問いかけた。
「田嶋先生、その人はいつここに来たんですか?…年齢や身長は?」
「9月半ばだ、俺の公開講座の時だよ、」
答えてくれる日付に鼓動そっと穿たれる。
いま12月の雪の午後、もう3ヶ月前になる別離の朝の日だ?
―英二あのとき泣きそうで、だけどあの後ここに、
5時半に起こして?そう告げて5時半に第七機動隊舎を出た。
それでも英二は追いかけてくれた、あの門で別れて、そして切長い瞳は泣いた。
『逢いたかったから走って来た、…周太、』
告げてくれる綺麗な低い声も震えていた、あの泣顔は嘘じゃない。
けれど涙の底では田嶋を尋ねると決めていた、その裏腹な貌を辿るまま言葉は続く。
「180cmはあったな、色白で細いが肩と胸が厚くて鋼みたいな印象だ、あれはアルパインクライマーの体だよ?二十後半くらいに見えたが、」
告げられる特徴どれも懐かしい俤を象ってゆく。
あの人がここに来た、そして尋ねた質問たちに解らなくなる。
―どうして英二ここにも来たの?お父さんの友達だって僕が言ったから?でも、なぜ、
なぜ英二は「観碕さんとデュラン博士」を訊いたのだろう?
どうやって英二は二人の存在を知ったのだろう、それが解らないまま父の友人が言った。
「大伯母が湯原先生の教え子だと彼は言ったよ、祖母が大伯母を懐かしがるから俺の講座に来たと言ってな。周太くん、心当たりあるかい?」
ほら、英二はこんなヒント遺して?
―嘘吐いていないって言いたいんだ、英二は…いつか田嶋先生が僕に訊くことを見越して僕にゆだねてる、
英二の祖母、顕子の従姉は自分の祖母である斗貴子。
だから正確には従姉大伯母にあたる、その血縁を英二は正直に告げていった。
きっと英二なりの誠実だ、そう解かるけれど今は答えるべきか途惑うまま周太は首振った。
「二十代後半ですよね?解らないです…親戚のことは何も訊いていなくて、」
嘘は吐いていない、だって「二十後半」の男は知らない。
そんな言い訳は詭弁だと自分でも解かっている、それでも言うべき時ではないだろう?
―言って良いなら英二が自分で言ってる、でも言わなかったんだ…巻きこむかもしれないから、
この学者を巻き込みたくない、そう英二も想ってくれたのだろう。
その判断は自分も同じで、けれど父のアイザイレンパートナーは微笑んだ。
「じゃあ俺の幻かもしれんな?馨さんに逢いたいって願望が現実化したんだろ、誰なのか何も言ってくれんかったし、」
逢いたい、
その気持は自分こそ同じだ、自分だって父に逢いたい。
逢いたくて今も父を追いかけ祖父を探してここに居る、その願い同じ人に笑いかけた。
「そんなに父と似ていたんですか?」
「ああ、本人かって思うほど似てたぞ?笑った感じが特にな、」
笑って教えてくれる瞳がすこし寂しげでいる。
この人も父の名残を探してきた?そんな想いに熱い紅茶すすりこんだ前、鳶色の瞳が微笑んだ。
「あの日は公開講座でな、もう誰もいなくなったと思って大教室の電気を消したら足音が聞えたんだ。それで振り向いたら彼が立ってたよ、
講義ありがとうございましたって馨さんそっくりの目と声で笑ったんだ、暑い日だったのにワイシャツの袖捲ってないとこも馨さんと同じでな?」
温かな湯気くゆらす向かい、低く透る声が話してくれる。
英二と父の声は違う、それなのに田嶋は「そっくりの目と声」だと教えてくれる。
それが気になって続き知りたくなる、本当は別のことを訊きに来たけれど聴きたいまま父の友人は笑った。
「俺は本気で馨さんが還ってきたと思ったぞ?俺の講義を聴きに来てくれたって泣きそうになっちまった、嬉しくて待ってくれって呼びとめてな、
振りむいた顔はやっぱりよく似てたよ、でも目線の高さが違うから別人って気づいて年齢も違うぞって思いだしてさ?だけど英語の発音も同じだった、」
父と英二は身長が5cmは違うだろう、だから「目線の高さ」が違うのは当然だ。
そんな納得と「そっくりの声」と英語の発音に意図が解かるようで鼓動また軋みだす。
―英二、お父さんと似ていることを利用したんだね?田嶋先生に話させるためにお父さんを真似て、
父の貌で現れる男は、ここだけじゃない。
少なくとも新宿署で2度は現れた、そう知っているから解らなくなる。
どうして英二は父の貌を見せに行くのだろう?その結末を探すまま低く透る声が続けてくれる。
「馨さんと同じアクセントでSonnet18を詠みあげたんだ、この研究室で今みたいに茶を出して、そしたら馨さんの本を迷わず手にとって開いたんだぞ?
その貌も声もあんまり似てるから血縁者だと思ったんだ、顔や話し方だけじゃなくて空気が似てた、特に目だ、どっか寂しくて深い、穏やかに見透かす目、」
やっぱり、英二がここに来た。
それは憶測じゃ無くてもう事実だろう、それくらい解かる。
その目的は自分と同じだったろう、けれど出遅れてしまった自分との差が解らない。
どうして英二はいつも自分より先回りできるのだろう?この疑問くゆらす紅茶の湯気ごし問いかけた。
「田嶋先生、その人とどんな話をしたんですか?」
「さっき言った通りだよ、観碕さんとデュラン博士の事を訊かれたんだ。俺からも馨さんの理由を訊いたぞ?」
鳶色の瞳やわらかに細める言葉へ鼓動が傷む。
この人も父の理由を知りたがっている、その願い佇む研究室の窓は雪すこし強くなった。
さらさら白い影はガラス掠めて積もりだす、それでも確かめたいまま低く透る声が続けてくれた。
「湯原先生が、君のお祖父さんが二人とどんな関係だったか細かく訊かれてな、馨さんそっくりの笑顔には嘘吐いてもバレるんだろって感じたぞ?
だから正直にぜんぶ喋ったさ、その代わり俺にも馨さんが黙って消えた理由を教えろって泣きついたんだ、そしたら俺を信じてるからだって言われたよ、
約束は終わらないと信じて消えたって言われた、俺と馨さんの全部を知ってる貌でな?馨さんから話を聴いたのか、日記を読んだのか、全て解ってる貌だ、」
いま、なんて田嶋は言ったのだろう?
「あの…日記って、父の日記ですか?」
そんなものあったなんて知らない、でも存在する?
事実なのか知りたくて問いかけた真中で父の友人は笑った。
「ああ、馨さんの日記だ、ラテン語で書いてるヤツあるだろ?大学の入学式からずっと続けてるんだよな、」
どうして?
どうして英二はいつも自分の先回りするのか、ずっと不思議だった。
その理由が今告げられて解かってしまう、この事実そっと呑みこんで笑いかけた。
「そうみたいですね…なぜラテン語で書いてるのかなって想っていました、」
本当は今そう想っただけ、でも根拠の記憶はちゃんとある。
だって自分の植物採集帳に父はラテン語で学術名を書いてくれた、その原点は「日記」にある?
「あれは湯原先生に勧められたんだ、俺も同じこと馨さんに言われたぞ?」
闊達なトーン笑って教えてくれる顔は懐旧に温かい。
この温もりに今は甘えたくなる、そんな想いごと尋ねた。
「ん…父は田嶋先生になんて言ったんですか?」
「ラテン語で日記を書くことが西洋文学の本当の理解になるって言ってくれたよ、最初の穂高でな?」
懐かしい、そして愛おしいと低く澄んだ声は笑ってくれる。
こんなふう真直ぐに父と祖父を偲ぶ人がいる、その感謝と幸せだけ今は見つめて紅茶ひとくち啜りこんだ。
ほら、あまい湯気は温かい、父が淹れてくれたように。
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