萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

霜月晦日、枯草―incoming of spring

2021-12-01 22:45:00 | 創作短篇:日花物語
目覚めの辰に、
11月30日誕生花カレクサ枯草


霜月晦日、枯草―incoming of spring

枯色、けれど黄金の時。

「つめたっ」

頬きる風、こぼれた声つい弾む。
なぶられる髪あおられて乱れて、毛先あわく冷たく青い。

「ははっ、夜明け前がいちばん寒いからな?」

ほら、君の声も弾んでいる。
笑っている瞳やっぱり明るくて、藍色さざめく原に笑った。

「ほんと寒いんだねっ、いつも山の朝はこんな?」
「うん、11月にはこんなだな、」

話す声さくりさくり、登山靴の底かろやかに響く。
すこし滑るようで、つい見た足もと君が笑った。

「霜柱たってるな、滑るなよ?」

低く透る君の声、足もと銀色あわい。
まだ11月、けれど冷厳そめだす山路に瞬いた。

「雪がなくても凍るのね?」
「凍るよ、山の11月は冬だから、」

応えてくれる横顔そっとネックゲイター上げる。
口もと隠れて、それでも朗らかな眼が自分を見た。

「寒いだけ空気が冴えてるからさ、すげえキレイに見えるよ?」

それ、どういう意味?

幼馴染の言葉つい立ち止まる、だって期待しそう。
訊き返したい、けれどたぶん、そんな君じゃないことも知っている。

「うん、すごい星きれい、」

応えて微笑んで、唇そっと香が冷たい。
かすかに冷たい甘い風、昔なじみの瞳が笑った。

「だろ?星だけじゃないけどさ、」

またそんなこというんだ?

―そういうとこだよもうほんと?

ほら心裡つい責めたくなる、だって何年だろう?
年齢分だけ隣にいる相手、その声に瞳に軋みだしたのは何歳のとき?
だからこそ解っている知っている、だって「年齢分だけ」唯ひとり見ているから。

「…きれいだね、」

声そっと想いこぼれる、こっちこそ「星だけじゃない」から。
ほら隣の横顔まっすぐな眼、星あかり瞳に燈る。

―男のコにきれいって、きっと怒るんだけど、ね?

ひとり鼓動そっと呟く、声にならない聲が笑う。
笑うというより泣き笑いかもしれない、抱えこんだ歳月と稜線を見た。

「あ、太陽?」

はるかな涯、朱色やわらかに紺青そめる。
連なる稜線えがく藍色きらめく、あわく薄紅そめて金色の雲ゆらす。

「うん、日の出だ、」

低いくせ透る声、この声ずっと幼かった響きが懐かしい。
もう遠くなった時間つい眩しくて、それより目映い光が今を染める。
ほら?もうじき陽が昇る。

「…きれい、」

声こぼれて唇あわく冷たい甘い、さざめく草原が光を響く。
一日はじめる光そめて枯草あらわれる、吐息ながれて銀色なびく。
草原うめつくす枯色、時経て枯れて、けれど波うつ響きが耳をうつ。

「だろ?見せたかったんだ、」

君が笑う、低いクセ透る声が響く。
声のまま視界あふれる暁の風、草原まばゆく黄金そめた。

「…きれいだ、」

君の声、ありのまま響いて目映い。
まばゆくて瞳あふれて、草ふる霜こそ黄金の時。
枯草:カレクサ、花言葉「新春を待つ、ロマンチック、憂鬱」


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