萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 春鎮 act.6-another,side story「陽はまた昇る」

2016-11-18 07:28:02 | 陽はまた昇るanother,side story
名前と真実
harushizume―周太24歳3下旬


第85話 春鎮 act.6-another,side story「陽はまた昇る」

宮田は鷲田に、なぜ?いま自分はどんな貌しているだろう?

『いわゆる権力者だ、その後継者として宮田は鷲田になった、』

言われたばかりの言葉がひっぱたく。
権力者、後継者、宮田は鷲田になった、その意味は?
ならべられた言葉に告げられる、そして示される現実が君の声とそっぽむく。

『分籍したんだ、』

分籍は元の戸籍から出てゆくこと、ようするに君は独立した。
宮田という名前を捨てた、そう笑った君はなんて言っていた?

『だから周太がきてくれないと戸籍でも俺、ひとりぼっちだよ?』

自分のために名前を捨てたと笑って、君はそれからなんて言った?

『この体も心もすべて、君にあげるよ周太、』

自分のために君は戸籍すら変えた、だから想いなおさら募った、でも、

“鷲田になった”

そのために分籍もしたのだろうか?

そんな考えよぎってしまう、信じたくない。
こんなふう嘘になってしまうの?あの言葉たちすべてが?

「あの…宮田は養子になったということですか?そういうことですか伊達さん?」

問いかけて呼吸がつまる、だってどうして?
自分のために分籍した、そう言っていたのになぜ?
あんなに何度も約束してくれた君、それなのに低く透る声は言った。

「そういうことだ、宮田は母方の祖父の養子になった、」

母方、母親の家に?

「…ははかた?」

あんなに母親を避けていた君が、なぜ?
それだけ母親との縁が深められたのだろうか、それなら幸せかもしれない、でも、

―仲良くなれたってことなのかな、でも養子になるなんて事情があるんだろうけど…なにも僕に教えてくれてない、

血の繋がる母親、その実家と親しむのは悪いことじゃない。
けれど言ってくれた話と違いすぎる、なぜ本人から何も話してくれない?
呆然と握りしめるマグカップはもう冷めて、それでも香かすかに甘く言われた。

「鷲田克憲って元官僚が宮田の祖父だ、官庁の裏事情から官僚個人まで全てを知ってる。それだけ情報網を張れる人脈と才能がある男だよ、」

ああ、似ているんだ君と?

「…誰からも信用されるひと、ってことですね?そんなに情報が集まるって、つい話したくなるような…」

つぶやいて、言葉にして納得する。
だからそうか、似ているから反発していたんだ。

「ああ、人を動かすのが上手い、」

うなずく沈毅な瞳が自分を見る。
まっすぐ澄んだ瞳が自分を映して、そして言った。

「だから湯原、宮田には気をつけた方がいいかもしれない、」

いつもより低い声。
落ちついているぶんだけ厳しいトーン、そのまま告げられた。

「男の愛人は邪魔な立場になったんだ宮田は、本人の意志とは関係なくそういうことだ、」

ああ、そういうことだ?

「ごめんな湯原、そういう関係なんだろ宮田と、」

ああ気づかれてしまったんだ、それはそうだろう?
この人はそれだけ有能で、そして優しいぶんだけ人の心もわかる。

「…すみません、」
「謝ることないだろ湯原、こっちこそ勝手にごめん、」

ほら謝ってくれる優しい声、見つめる瞳ただ温かい。
この声が瞳が嘘なんて吐かないこと知っている、だからこそなぜ?

“男の愛人は邪魔な立場になったんだ宮田は”

でも、だったらなぜ君は何も言ってくれなかったのだろう。
ほら、また何も知らない、君の現実も立場も、その想いも。

―いつも知らない、僕ばかりが…どうして、

どうして英二、君は秘密ばかり?

どうして僕ばかり知らない、君だけが知りすぎて秘密ばかり。
そうして秘密いつのまにか距離が開いて、そうして連絡先すら今は知らない。

『俺と家族になってよ、周太?』

ほら黄金の初雪に君が笑う、幸せだった秋の森。
あの森で初めて名前を呼んでキスをして、そうして信じる覚悟した。
君を信じて未来を信じて、全てを懸けて愛そうと決めて、でも今どうしたらいい?

“権力者だ、その後継者として宮田は鷲田になった”

知らない名前、そこには知らない現実がある、どうして英二いつも君は?

「湯原?」

ほら呼んでくれる、でもあの声じゃない。
低い綺麗なあの声じゃない、あの雪崩に聴いた声どうか今すぐ聴きたい。

「…すみません伊達さん、ぼく…、」

瞳の底が軋む、熱い、あふれだす。
眦こぼれて熱こぼれる、熱ひとつ頬なぞって落ちる。

こんなの恥ずかしい、こんなことで泣いて僕は、どうして?

「…すみま、せ…っ、ぅ」

声つまる喉せりあげる、熱こぼれて顔あげられない。
こんな齢になっても泣いてしまう、こんな自分が情けなくて悔しくて、でも温もりふれた。

「いいよ湯原、」

低い深い声ふれる、やわらかな体温に包まれる。
エアコンかすかな電子音、やわらかな鼓動に声が優しい。

「ごめんな湯原、勝手に調べて悪かった。ごめん、」

謝ってくれる低い深い声、ああ、違うのに謝ってくれる。
このひとは何も悪くない、それなのに優しい温もり包む。

「俺が悪かった湯原、ごめんな…ごめん湯原、」

低い深い声が優しい、抱きとめて背中そっと撫でてくれる。
大きな手やわらかに温かい、その温度なにも無条件で縋りたくなる。
細身でも分厚い胸は硝煙かすかな匂い、そこに刻まれた傷ごと優しい温度に顔あげた。

「僕こそすみません…ちょっとおどろいて、」

驚いただけ、なら良かったのに?
想い深く呼吸して、すこし凪いだ腕ほどいた。

「すみませんでした、伊達さん…」

微笑んで、だけど本当は堪えている。
ふるえそうな声を抑えて飲みこんで、だって今もう解からない。

-英二、僕のこと本当に必要ならどうして…なにもいつも、

どうして英二、いつも何も話してくれない?
いつも自分は何も分けてもらえない、なぜ?

それほどまで僕は君の支えになれないのだろうか?


(to be continued)

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