萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第83話 辞世 act.32-another,side story「陽はまた昇る」

2015-11-22 22:36:23 | 陽はまた昇るanother,side story
薄氷
周太24歳3月



第83話 辞世 act.32-another,side story「陽はまた昇る」

黄金の木洩陽、ブナの森だ。

When,in a blessed season
With those two dear ones-to my heart so dear-
When in the blessd time of early love,
Long afterward I roamed about In daily presence of this very scene,
Upon the naked pool and dreary crags,
And on the melancholy beacon, fell
The spirit of pleasure and youth‘s golden gleam-

祝福された季節に、
僕の心愛しい人と、ふたり連れだって
初恋の時は祝福の季、
はるか歳月を超えて 同じ季を日々に歩めるなら、
枯れてしまった池に 荒んでしまった岩山に、
そして切なき山頂の道しるべ、
あふれる喜びの心と若い黄金やわらかな光

『周太、北岳草を見に行こう?』

ほら、あなたの声が笑う。
白皙の横顔ふりかえる、ダークブラウンの髪が黄金を透かす。
深紅のウェア広やかな肩に白が舞う、苔ふかい緑あわく雪そめる。

“Long afterward I roamed about In daily presence of this very scene”

ああ、僕はかえって来られたんだ。

「しゅう…周太、起きて?」

あれ、お母さんの声?

「…おかあさん?」

呼びかけて瞳ゆるやかに開かれる。
視界にじんで蛍光灯が白い、その真中で母が微笑んだ。

「起きて周太、すぐ出るわよ、」

華奢なコート姿で腕のばしてくれる。
凛々しい束ね髪そっと頬かすめて肩から温もりくるむ、カーディガン袖通し瞳瞬いた。

「…出るってお母さん、どこいくの?こほっ…、」

尋ねながら現実が映る、ここは病室だ。

―さっきまで英二と話してたんだ僕、見送ったまま寝ちゃって…だからあんな夢、

あれから時間どれだけ経ったのだろう?

「ズボンは履き替えましょう、外は寒いわ、」

着がえ渡してくれる笑顔すこし硬い、なにがあったのだろう?
知らず眠った間に変化が起きたらしい、すぐ着替えながら訊いてみた。

「おかあさん、今って何時なの?…どこにいくの?」
「今は8時すぎよ、お腹空いたかな周?」

答えながらダッフルコートのフード被せてくれる。
フードごとマフラーくるり結わえられ、分厚い靴下に登山靴を履くと手を引かれた。

「腕時計は嵌めているわね、携帯ちゃんと持ってるし、他に私物ある?」

訊かれて見た右手、携帯電話ひとつ握りしめている。
眺めたまま眠ってしまったらしい、気恥ずかしくマフラー埋まりながら口開いた。

「伊達さんの車に鞄と着がえた服があると思う…合格発表の帰り道そのまま来たから、」
「なら大丈夫ね、行きましょう、」

凛々しい束ね髪の笑顔はいつものまま優しい。
けれど黒目がちの瞳すこし硬くて、もう解かる状況に言った。

「待ってお母さん、僕ここを勝手に出たらダメなんだ…違反になるから、」

今、任務中の事故で自分は入院している。
そこには守秘義務と報告義務を負うはずだ、けれど母は手を繋いだ。

「もういいのよ周、退院手続きも済ませたから良いの、いきましょう、」

きゅっ、

小さな手が握りしめてくれる、その力は華奢なくせ堅い。
温かな手に引かれベッド降りて、音もなく開かれた扉に制服姿が立った。

「4分はあります、行きましょう、」

低い澄んだ声が告げて、その瞳すこし笑ってくれる。
浅黒い精悍な貌あいかわらず冷静で、そんな先輩に尋ねた。

「伊達さん?どういう意味ですか、」
「湯原は黙ってついてこい、湯原さん2分で行きますよ?」

シャープな眼ざし微笑んで母を見る。
応えて小さな白い横顔はうなずいた。

「はい、かけっこなら私も周太も得意です、」
「よかった。湯原、行くぞ、」

いつもの声が呼んで鋭利な瞳こちら見る。
まっすぐな視線に状況すぐ解かって、口開きかけて言われた。

「2分だ、話す暇はない行くぞ、」

制帽のつば少し直して踵かえす。
紺色の背中すぐ歩きだして母の手がひいた。

「周っ、」

踏みだして速足に引かれて歩きだす。
その歩調どんどん速くなって階段に着き、伊達がふり向いた。

「…走るのは2階の踊り場までだ、その先は夜間出口まで監視カメラがある、歩くほうが怪しまれません、」

低めた声に白い横顔うなずいて、繋いだ手また引かれる。
掌のなか華奢な震えは温かい、そっと握りかえし階段を駆けだした。

たん、たんたんっ、

三人分の足音、けれど思ったより大きくない。
気がついて見た隣、スーツの足元は運動靴だった。

―スーツに運動靴なんて、お母さん元からそのつもりで?

だけど来てくれた最初からこの靴だったろうか?
不思議で、けれど今は訊く暇ないまま3フロア駆けおりた。

「…っ、こんっ、」

軽く咳きこんで呼吸ゆっくり整える。
せりあげる感覚やわらいで、ほっと吐いた息に制服姿がふりむいた。

「警備人には俺が話をします、会釈だけしてください、」
「はい、行きましょう、」

母がうなずいて繋いだ手また握りしめられる。
まとめ髪の横顔は凛々しくて白く小さい、こんなに華奢な女性に自分は何させているのだろう?

―お母さんと伊達さんで僕を逃がそうとしてるんだ、班長から…おとうさんを殺した人から、

ふたりは「誰」が「何」をしたのか解って、だから今こんな無茶をしている。
その結果は幸運ばかりと限らない、願いたくない可能性にマフラーの影そっと微笑んだ。

―もし見つかったら僕が盾になろう、あのひとの…観碕さんのターゲットは僕だもの、

あのひと、観碕征治。

ここを指揮するのは岩田班長、その背後にいるのは観碕なのだろう。
観碕が狙いたいのは自分のはず、それなら自分だけ捕まれば気が済むはずだ。

―あとは伊達さんが何とかしてくれるよね、きっと…目算もなくこんなことしない人だもの、

考え肚底めぐらせながら階段を降り、最後のステップ静かに踏む。
20時すぎたロビーは人がいなくて、向こう小さな扉をコート姿いくつか出てゆく。

「いいですね…あの人たちに紛れてください、」

低い声そっと囁く、その言葉に母がうなずく。
華奢な横顔は蒼いほど白い、それでも落着いたアルトが微笑んだ。

「行きましょう、車が待ってるわ、」

ショルダーバッグ肩かけ直し微笑んでくれる。
繋いだ手かすかに汗ばんで硬い、その温もりと歩く前を制服姿が行った。

かつ、かつ、かつ、

澱まない靴音、紺色の背中は端正まっすぐ歩いてゆく。
すこし離れた後ろ母と歩いて、小さな窓口に伊達は立ちどまった。

「おつかれさまです、状況はいかがですか?」

低い響く声は落着いている。
蛍光灯のした横顔は制帽の影しずむ、その前で警備員らしき男が答える。

「ご指示通りマスコミは敷地の外です、面会人に紛れた者が1名いましたが帰らせました、」
「その録画チェックさせて下さい。面会時間も終わりですよね、ここも閉鎖してもらえますか?出られる方は通して構いません、」
「わかりました、こちらへどうぞ、」

聞える会話にマフラーの影から視界そっとなぞる。
通用口の外は暗い、それでも退出したばかりの面会人たちと解かる。
戸外も敷地内は照明それなり明るいらしい、状況を確認しながら歩いて、そして母の手が扉ひらいた。

「…は、」

白い息ひとつ隣くゆらす、ふり向いた真中ちいさな横顔が白い。
ルージュ優しい唇かすかに微笑んで、だけど硬い眼ざしが言った。

「あの門を出るのよ?」

言葉のむこう道の先、門を車いくつか出てゆく。
帰ってゆく面会人たちなのだろう、がらんとした駐車場を母が手を引いた。

「むこうの山茶花の下の車よ、黒い松本ナンバー、」

さくり、さくりさくり、ぱきっ、

踏みしめる雪がやわらかい、まだ新しい雪だ。
それでも合間ときおり音割れる、もう凍りだした道に母を見た。

「…凍ってるから気をつけて?」
「ありがとう、滑りにくい靴だから大丈夫よ、」

アルトやわらかに応えてくれる、その声もかすかに硬い。
緊張をしている、そんな横顔に瞳ふかく熱せりあげて声こぼれた。

「…ごめんねお母さん、こんな、」

ほんとうにごめんなさい、こんなふう巻き込んで?

そう告げて謝りたい、他にも謝らないといけない、謝ること沢山ありすぎる。
それほど自分が選んだ道は母を苦しめた、そうして今も冒させている危険の背から呼ばれた。

「湯原、どこに行くつもりだ?」

ぱきっ、

靴底に氷が割れる、その音に鼓動ゆっくり軋みだす。
この声が誰かなんて解かる、これが探し追いかけた涯だろうか?

あの春、桜の夜に父は消えて、そして辿った十四年の涯は。


(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Books XI [Spots of Time]」抜粋自訳】

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山岳点景:霧昏の畔

2015-11-22 21:01:15 | 写真:山岳点景
残照×霧



山岳点景:霧昏の畔

日没直後、霧の合間@山中湖です。

用事のあと直行したらもう日没+霧が降りて富士山は見えませんでした。
遊覧船やボートのゲートも閉じられて今日は終わり、それでも夜景の燈とかすかな残照がきれいでした。


第168回 1年以上前に書いたブログブログトーナメント

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山岳点景:霜月-364日

2015-11-21 21:58:11 | 写真:山岳点景
昨秋の明日



山岳点景:霜月-364日

今日は富士山4合目+αを撮ってきて、帰宅してパソコンに画像データ落としたはずが消えました。
衝撃でしたけど(笑)そんなワケで去年の11月22・24日に撮影&未掲載の写真UPです、上は古墳@山梨県にて。

で、下↓はドコのナニか解かりますか?



これは山中湖の波が反射する光です、こんなカンジに撮りかた次第で星っぽく写ります。



去年の明日は積雪かなり下まできていました。
今日は積雪八合五勺くらいでしたけどファインダー越し雪崩が見えました。



下2枚は奥多摩にて、今日は丹沢と河口湖で紅葉がきれいでした。



梢染める紅葉は惹かれます、その足元ゆれる草紅葉も好きです、笑

今年一番楽しかった思い出ブログトーナメント



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深夜猫写:ねむい@お気に入り

2015-11-21 01:55:00 | 雑談
好きな場所



深夜猫写:ねむい@お気に入り

夜、悪戯坊主はソファで寝るのが日課。
きもちよく寝そべってくれるので自分は座れないわけで、とはいえ見て可愛い目の保養です(個人的意見)

で、撮ってみたらチラ見されました、笑

ウチの猫さんです!_18ブログトーナメント



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花木点景:Savage Garden, 菊の森

2015-11-20 08:30:26 | 写真:花木点景
廃園の秋



花木点景:Savage Garden, 菊の森

住んでる近所に、菊の咲く森があります。



住宅街に残されている森なんですけど、その片すみ秋くるごと菊が咲きます。
どれも自生種ではなく園芸種の菊、どう見ても人の手が植えた花です。



誰か作りあげた菊花園、けれど蜘蛛の巣がはり柵も古びて壊れかけ。
もしかしたら昔は家が建っていたのかもしれない?そんな気配を遺しながら庭園は朽ちて森に還ります。



荒廃って言葉がにあってしまう空気、それでも花は森の底あざやかです。



撮ったのは雨あがり秋の午後、弱めの斜陽×森の底=うす暗い薄明は廃れた花園をわびしくも映します。



こういう↑曇天の撮影はあまり得意じゃありません、が、雨あがりの雫×廃園の空気はいいなあと撮ってみました。
で、個人的な好みですけど・朽ちかけの柵と花のコントラストは絵になるなーと、笑
自然の花を撮るほうが好みなんですけど、こういうのも惹かれます。



住宅街どまんなかの森×菊園、けれど人の気配は遠く閑寂にしずみます。
ソンナトコでひとり撮っていたら「菊慈童」の伝説を久しぶりに思い出しました。
中国・周の時代に山へ流罪に処された慈童という少年が、経文を書きつけた菊の露を飲み八百歳まで少年の姿のまま生きた、って物語です。
ようするに菊が不老不死の仙薬となる伝説で、菊の薬効で長寿を願う年中行事「重陽の節句」の原典でもあります。

この伝説は能楽の題材にもされてるんですけど、謡曲「菊慈童」では寿命七百歳となっています。
通過儀礼の七五三や歌の七五調などあるように日本で7は特別な心性がある数字です、8も八=末広がりで好むんですけどね、笑
月行事でも元旦・桃の節句・端午の節句・七夕・重陽の節句=奇数月で月と同数の日=奇数重なる日は節句とされています。
そこらへんツッコむとおもしろい話あれこれあるんですけど、長くなるのでまた気が向いたときに、笑



忘れられてしまった廃園の秋、それでも雨の一滴に花は輝きます。
ぬれてほす山ぢの菊の露のまにいつか千とせを我は経にけむ 素性法師




余談ですが・Savage Garden=廃園、野生花園、原野庭園、なんて意味ですけど自分が好きなバンドの名前でもあります、笑
オーストラリア出身の二人組なんですけど女声みたいな独特のボーカル、曲も歌詞も英国詩みたいな明度×哀調があって好みです。
もう解散していて1990年代に人気すごかったんだとか、自分も知ったのは解散後なんですけどね。笑

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第83話 辞世 act.31-another,side story「陽はまた昇る」

2015-11-19 22:50:36 | 陽はまた昇るanother,side story
誇り、虚実と感情
周太24歳3月



第83話 辞世 act.31-another,side story「陽はまた昇る」

一緒に死ねたらって想ったよ。

そんな言葉を言うのは死神だろうか?

「だから周太の気持ち嬉しいよ、もっと聴かせて?」

本当は英二と一緒ならここで死んでいいって想った。
そう告げてしまった自分の本音を喜んでくれる、こんなの本当だろうか?

―あなたを死なせるって言ったのに、どうして英二?

言葉はさんで見あげる真中、ベッドに腰かけた笑顔は白皙まばゆい。
蛍光灯そっけない光にもダークブラウンの髪はきらめく、あの黄金の森と変わらない。
額にも包帯あてられ腕も白く巻かれて、それでも笑顔はきれいで変わらなくて、もうさっきから他なにも見えない。

「僕ね…人を撃ったの今日が初めてじゃないんだ、」

ほら告白こぼれだす、決して口外してはいけないのに?

「もうふたりめ…殺してはいないけど傷つけて、なのに死ぬかもって想ったとき英二の隣がいいって、」

言葉ごと涙こぼれだす、また泣いてしまう自分が悔しい。
こんなふう言ってしまう自分もどうかしている、こんな公私混同本当は許されない。

―任務のこと絶対に言ったらいけないのに、お父さんだって守ってたのに…それなのに僕は、

父も遵守し規則「守秘義務」を自分は今、感情のため壊してゆく。
唯このひとに見つめられていたい、それだけの理由あふれて零れた。

「僕はわがままだね…じぶんばかり、っ…こほっ」

わがままだ、自分ばかり。

自分ばかり正直に告げて赦されようとする、こんなの自分勝手だ。
ずっと父は独り秘密を抱えて苦しんで、それでも笑顔はきれいで、そんな父を追いかけた涯に今ここにいる。
こうして父を知りたかった、父が言えなかった想いも願いも全て見つけて拾い集めたかった、それなのに結局は泣く自分はずるい。

ずるい、みっともない自分。それでも一つ守れた願いに声が訊いた。

「どうして周太、いつも射殺命令に背いたんだ?」

それだけは精一杯に胸はれる、ただ信じた想い告げた。

「生きることが償いだって僕は想う、佐山さんみたいに、」

父が最期まで願ったことは、あのひとの今だ。
この一年半むきあって見つめた想い声にした。

「佐山さん…お父さんの殺害犯にされたラーメン屋のおじさん、あの人の生き方が僕に教えてくれたんだ、後悔して生きることだけが償いになる、」

後悔して生きることは苦しい、でもそれだけじゃない。
その姿に知った時間にやまない涙と微笑んだ。

「後悔して生きることだけ、償いのチャンスはそれだけって僕は想う…だからお父さんは最後に安本さんに言ったんだ、佐山さんを殺さないでって、生きて罪を償ってほしいって…だから僕も殺さないって決めたんだ、」

生きて犯した罪、それなら生きて償えばいい。
だからこそ選んだ自分の選択を言葉にした。

「僕も殺さないって決めて狙撃手になったんだよ、英二が佐山さんと会わせてくれたから解かったんだ、お父さんが佐山さんを救けた意味…っ、こほんっ」

話して咳きこんで、すこし苦しい胸に時間がもどる。
あのラーメン屋に初めて座った、そのとき隣にいた人を見つめた。

「僕ね、入隊テストの時から命令違反したんだ…テスト訓練で倒れた人を助けて、初めての現場でも犯人の利き腕を撃って…すごく怒られたよ、命令に背くなって怒られて…でも僕は言ったんだ、生きて後悔することで償わせたい、そうしないと本当には事件は終わらないって、」

最初から決めて、だから貫いた。
ただそこに父の足跡あると信じて刃向って、その涯たどりついた病室に微笑んだ。

「除隊されてもいいって想いながら撃って、僕は誰も殺さないって言ったんだ、いつも…それがお父さんの最後の願いだから、だから僕は誰も殺さない、」」

誰も殺さない、この先もずっと。

それだけが父の想い辿れる道、そう信じたから変えない。
だから今日も殺さなかった、護りたかった、その涯に巻きこんでしまった人は微笑んだ。

「周太らしくて好きだよ、ぜんぶ、」

きれいな笑顔ほころんで白皙の手が頬ふれる。
涙そっと涙ぬぐってくれる指が長い、その温もり懐かしくて昔の自分が首をふる。

“こんなきれいな笑顔に僕はふさわしくない”

ほら隠していた本音が首ふる、こんな自分は無理だと拒む。
ただ臆病にひっこみたくなる昔の自分、それよりも「ふさわしくない」理由に身を引いた。

「ありがとう英二、でも…もう僕は英二にふれてもらう資格なんかない、」

告げて長い指から離れて、唇なんとか笑ってみる。
今きっと変な貌だ、それでも笑った真中で切長い瞳は微笑んだ。

「なぜ?」
「僕は人を傷つけたんだ、」

事実そのまま告げた先、切長い瞳に自分が映る。
この眼いくど見つめたろう?もう数えられない相手へ続けた。

「たとえ犯罪者でも、どんな理由があっても人を傷つけたんだ…僕はもう汚れてるから、それに僕は英二を危険に巻きこんだよ?」

汚れている、

こんなふう自分を言えば両親は哀しむだろう。
けれど自責を認めないことはもっと哀しませる、偽りなど両親は望まない。
そんな父と母だから大切で誇らしくて、だから選んだ告白そっと吐きだした。

「しかも一緒に死ねるならいいと想ったんだ…僕は英二にふさわしくない、もう英二に傷をつけたくないから、」

だからもう傍には居られない、だってやっぱり相応しくない。

こんな時まで泣いてしまう弱虫の自分、こんな方法しか選べなかった自分。
みっともなくて無様で無力で、鼓動きしんで滲む視界は遠くて、けれど唇ふれた。

「…っ、」

涙ごし唇ふれる、温かい。

「…こほっ、」

咳きこんで離れて、だけど頬に温もりの輪郭が残る。
消えない温度は懐かしくて、そのまま抱きとめられた。

「約束したよな周太?なにがあっても俺の隣から逃げないで、辛くてもここにいてよ?」

そんな約束をした、もう遠いのに。

「周太の匂いっていいな、ほっとする…深くって優しい、オレンジみたいな香、」

そんな言葉は前にも聴いた、くすぐったくて恥ずかしくて、そして嬉しかった。

「俺さ、初めて周太と眠った夜からずっと好きなんだ、周太の匂い…泣きながら一緒にいてもらった夜、憶えてる?」

憶えている、だって忘れられない。

―僕だって好きだったんだ、英二の香…森みたいで、お父さんとちょっと似てるって、

父と似ていた、このひとは最初から。

だから忘れられなくて気になって、でもこんなこと恥ずかしくて言えない。
ここまで「ふぁざこん」だなんて気づかれたら悔しくて堪らない、そのぶんだけ懐かしい温度に頷いた。

「おぼえてるよ…泣いてたね、英二、」
「うん、泣いてたよ俺?みっともないよなあ、あれは、」

きれいな低い声が笑ってくれる、その深い香が森を映しこむ。
こんな気配だから視線つい追いかけた、そんな記憶ごと温もりが微笑んだ。

「俺あのころも言ったよな、周太の父さんを尊敬するって。今もっと馨さんのこと尊敬してるよ、知った分だけもっと、」

俺は湯原の父さんを尊敬する。

そう言ってくれた、それがただ嬉しかった。
同情も憐憫もない純粋な敬意、そんなふうに父をまっすぐ見てくれる瞳を好きだと想った。
そうして今も抱きしめられて嬉しくて、もう離れないといけないのに腕が抱きしめたいと涙になる。

「周太、落着いたら話したいこと沢山あるんだ、聴いてくれる?」

ほら優しい言葉、穏やかな声、その想いすべて聴けたらいいのに?
そんな願いごとだけ今は見つめたくて微笑んだ。

「…ありがとう、僕…ごめんね英二、」

微笑んで、それでも謝ってしまう。
だって今なにを約束できるのだろう?解からない涙にやさしい唇ふれた。

「謝らなくていいよ周太、だって周太は犯人に罪を犯させなかったろ?犯人の手を撃つことで罪を肩替りしたんだ、きっと馨さんも同じだよ、」

ほら、解かってくれている。
こんな人だから自分は追いかけてしまった、叶わない願いなのに?

「周太は強いよ、強くて優しくて、きれいだ、」

ほら、その言葉も懐かしい。
こんなふう初めて言ってくれたのは夜、その記憶は幸せなだけ気恥ずかしい。
もう首すじ熱のぼせてしまう、それでも見つめた真中で切長い瞳が笑ってくれた。

「周太のそういう強い優しさは綺麗だよ、そういう周太に俺はふれてたい…好きだよ周太、」

きれいな声ささやいて肩そっと大きな手にくるまれる。
抱きよせられて頬よせられて、耳もとすぐ声が微笑む。

「好きだよ周太、周太が笑ってくれるなら俺はそれでいい、」

好きだよ、笑って?

こんなふう言ってくれるたび嬉しかった。
いつも何度も嬉しくて幸せだった、そんな笑顔が自分を見つめる。

「元気に笑ってほしいからさ、周太?今夜はゆっくり眠って早く治せよ、明日また会いにくるから、」

きれいな笑顔が見つめてくれる。
この笑顔もっと見ていたかった、そんな唯ひとつの願いに約束が笑った。

「明日の先には周太、北岳草を見に行こう?今度の夏こそ絶対だ、」

約束、憶えてくれていた。

“北岳草を見に行こう”

この約束だけは叶ったらいい、他はもう無理だとしても。

「ん、見に連れて行って…僕ちゃんと時間つくるから、」

北岳草は見に行こう、だって約束だ。
この約束は自分だけのものじゃない、だって夢にも見た。
このベッドでも見たばかりの夢、そのままに懐かしい瞳が笑ってくれた。

「連れてくよ、じゃあまた明日な?」
「ん、また明日…、」

素直に笑って頷いて、また瞳ふかく熱せりあげる。
もう泣いてしまいそうで、それでも見つめた視界に白ゆれた。

「えいじ?包帯ほどけそうだよ、」

見あげる長身、その長い左腕から包帯ほどける。
きっと困るだろう、結び直してあげたくて、けれど綺麗な笑顔は言った。

「部屋に戻ったら巻き直すよ、おやすみ周太?」
「ん、おやすみなさい…、」

微笑んで見送って、扉が開いて閉じる。
かたん、かすかな音に静寂ひとり鎮まって、そして涙あふれた。

「…おとうさん、僕…もういいのかな、」

言葉あふれて涙こぼれる、独りの空間に息つける。
今なら誰にも見られない、気づかれない、だから本音ことんと落ちた。

「あしたが…ほしいな、」


(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Books XI [Spots of Time]」抜粋自訳】

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深夜雑談:夜食×晩酌

2015-11-19 00:34:07 | 雑談
惣菜と酒の婚姻



深夜雑談:夜食×晩酌

秋は食も酒もおいしい季節×夜も長い、
なんていう掛け算に晩食→夜食が楽しい×美味しいなんてことになるけれど、
あんまり夜食べすぎると胃腸に負担かかっちゃう=健康によくないんですよね、
とはいえ・食べる時もあるんですけど、笑

野菜=繊維質でアルコール吸収を抑える+カリウムが塩分ほか余計なもん排出
豆類=アルコール分解した糖類をタンパク質が消費+繊維質

じゃあイチバン合理的な肴は?っていうと枝豆なんですよね。
枝豆、ちょっと前にも海外で人気だとかナントカ話題になっていましたけど、

枝豆=大豆の未熟=(ビタミン類+カリウムなど野菜成分豊富)+(タンパク質+繊維質いっぱいな豆成分)

野菜と豆のイイとこどりっていう栄養学的にも合理的なんだとか。
ソウイウコト抜きにしたって自分は元から好物です、枝豆は好きなモノランキング10位以内にいます、笑
そんなわけで毎年いつも夏、ばあちゃんが枝豆を作ってくれました。

ばあちゃんの「作る」=畑に種をまく→収穫+来年の種確保→調理

ってカンジに全行程まるっと含めて「作る」でした、笑
これは枝豆に限らずで、お汁粉でもつくろうかねーなんてときは畑の収穫からスタートでした。
米や梅干はモチロン味噌も醤油も蒟蒻もソンナカンジで作ってくれて、どれも昔ながらの作り方なためかソラモウおいしかったです。
ずっと昔は自家用の酒も造っていたとも聞いています、販売目的ではない自家消費+敷地内で飲む、なら問題なかったんだとか。
神事に用いる酒を儀式として醸す場合も同様、儀式を行うエリア内で飲むならって条件付きです。

なんて書いていたら枝豆リアルに食べたくなってきました、明日きっと買ってしまいます、笑

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第83話 辞世 act.30-another,side story「陽はまた昇る」

2015-11-17 23:00:00 | 陽はまた昇るanother,side story
信実の行方
周太24歳3月



第83話 辞世 act.30-another,side story「陽はまた昇る」

この夜ずっと見ていたい、あなたとふたり永遠に。

そんな願いめぐってしまう、約束いくつも壊れたくせに諦めきれない。
このひとは嘘をついた、馬鹿なひとだ、もう諦めたほうが幸せかもしれない。
そう想っても追いかけてしまう視線の真中、窓辺の長身は端正な笑顔ふりむいた。

「周太、もう眠った方がいいよ?まだ熱あるんだから、」

窓の風そっとダークブラウンの髪ひるがえす。
白皙まばゆい笑顔はきれいで、懐かしいまま周太は微笑んだ。

「でもまだ6時前なんでしょ?…夕食の時間まで、」

笑いかける真中で白皙の笑顔ほころぶ。
端正な顔だち見惚れたくなる、そんな視界の端うつるベランダに吐息そっと零れた。

―足跡がある、ね…かすかだけど、

暗い窓のむこうベランダは狭い、けれど雪の陰翳かすかに見える。
あれは足跡だ、そんな窓辺の長身に呼吸ひとつ見あげた。

「あの、英二…どうやってここに来たの?僕の病室って…見張りがいるんでしょ?」

この質問どう答えてくれるだろう?
降りつもる雪のベランダに低いきれいな声が笑った。

「熱あっても鋭いな、周太は、」

端正な白皙は美しい、声も低く透って響く。
見つめてくれる瞳も深く澄んで、だけど底は何を想うのだろう?

英二、あなたは誰?

「周太は俺に逢いたかったんだろ?だから来たよ、」

きれいな笑顔ほころばせ長い指が包帯ほどく。
白皙なめらかな左手すぐ現れて、赤い凍傷の痕が痛む。

―大事な手まで怪我して…ザイルつかめなくなったらどうするの?

見つめる手のむこう雪が降る。
つもる雪に足跡ベランダから消えてゆく、こんなふうに隠してしまう、いつも。
いつも本心きれいに隠して、もう見失いそうなのに綺麗な笑顔にため息吐いた。

「…そういうのうれしいけど、でも…英二、」
「周太、俺もう行かないといけないんだ、」

きれいな声が応える、その言葉が痛い。
またそうやって隠されてしまう?そんな笑顔はベッド腰かけ言った。

「また明日でもいい?」

また明日、なんてあるのだろうか?

『警察官はいつ死ぬか解らない、だから今を精一杯に生きていたい。お父さんが言った言葉よ?』

記憶から母の声が微笑む、ほら、あのベンチが映る。

『警察官の自分は一秒後すら生きているのか分らない、今を生きる事しかできません。だからこそ愛するあなたの隣で一瞬を大切にしたいと願います、』

父が贈ったプロポーズの言葉だと母は教えてくれた。
あのままに自分もこの人の隣で生きた時間がある、その選んだ涯こぼれた。

「…僕、トリガーをひけなかった、」

掠れそうな囁くような声、でも言葉になった。
もう明日は解からない、だから伝えたい唯ひとりは微笑んだ。

「うん、」

ただ肯いてくれる、その眼ざしベッドの上に優しい。
ベッドランプ照らす白皙まぶしくて、けれど陰翳あざやかな貌に告げた。

「でも、隣にいるって英二が言ってくれて、僕はトリガーをひいたんだ、」

隣にいる、

あの言葉ひとつ嬉しかった。
そんな自分が悔しくなる、また一人相撲みたいで哀しい。
だからこそ今どうしても確かめたくて、大好きな瞳まっすぐ見つめ告げた。

「僕はあのとき英二を巻きこむの嫌で、だけど、だけど本当は英二と一緒ならここで死んでいいって想ったんだ、」

はたり、涙一滴ベッドに落ちる。
言ってしまった、もう戻れない、ただ正直に声がつむいだ。

「だから指は…僕の指は冷静にトリガーひいたんだ、えいじと…いっしょならって、ぼく…っ、こほんっ」

涙こぼれて声かすれてしまう。
こんなふう泣くのは悔しい、だって今、罪を告白しているのに?

“一緒に死んでいい”

そんなこと想って引き金を弾くなんて、殺人と同じだ。

―ごめんなさい英二、僕はなんてことを、

こんなこと謝っても赦されない、それなのに涙こぼれる。
赦されないことに泣くなんて卑怯だ、ただ悔しくて唇かみしめて、けれど涙に長い指ふれた。

「周太、俺も同じこと想ってたよ?」

涙ふれる指が温かい。
この温もりずっと懐かしかった、逢いたかった。
でもこんな再会は望んでいなくて、それでも優しい温度が微笑んだ。

「俺もね、周太と一緒に死ねたらって想ったよ、だから志願も迷わなかったんだ、」



(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Books XI [Spots of Time]」抜粋自訳】

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花木点景:霜月、紅葉二彩

2015-11-17 22:44:00 | 写真:花木点景
白霜の赤



花木点景:霜月、紅葉二彩

霜紅葉 冬の声よぶ紅の 透かす白紗に 名残ゆく秋
自詠歌



春も好きですが、秋の紅葉×凛と冷たい空気のコントラストに惹かれます。笑

赤・・ブログトーナメント


撮影地:河口湖畔/三峯神社@秩父 


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花木点景:秋の光陰―天竺牡丹

2015-11-16 12:25:00 | 写真:花木点景
皇帝の雫



花木点景:秋の光陰―天竺牡丹

雨あがった森の片隅、皇帝ダリアが咲いていました。
雫きらめく陰翳が花びら透かして、なんだか秋寂なんて言葉を想わされます。

ダリアは学名「Dahlia」和名は天竺牡丹、エキゾチックで好きな名前なんですけど、
皇帝ダリアは牡丹というより菊に近い姿ではありますが「天竺」の語感ふくむ異国風は似合うなと。



昼の休憩合間、ちょっと気分転換にUPしてみました、笑

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