風ありのまま、無邪気にも真摯に
一陣の涼風、または香る風。
それから木洩陽ふらす黄金、温もり、髪ひるがえる。
額ふれる冴えた香あまい渋い、肺ふかく満ちて、そして頭上きらめく黄金の木々。
「…い、かーおーるっ」
呼ばれて開いた視界、目の前すぐ鳶色の瞳が笑う。
至近距離つい瞬いて身を引いて、机ごつり顎を打った。
「いたっ…」
「大丈夫か、馨?すげー打っただろ今、」
応えてくれる声、低いクセ朗らかに響く。
打ちつけた顎そっと撫でて、ゆっくり体を起こした。
「ん、大丈夫…ぼく、今、寝てた?」
「なかなか起きんかったぞ、」
鳶色の瞳からり笑ってくれる。
どこまでも闊達な学友に、ほっと息吐けて笑った。
「起こしてくれてありがと、…ふぁ」
笑いながら欠伸こぼれる。
首かるく回して、ほろ甘い渋い香に書架を見あげた。
「もう日が傾いてる?」
見あげる背表紙たち光るオレンジ色、日暮れを呼んいる。
そんなに寝てしまった?慣れない居眠りに友人が笑った。
「まだ3時だよ、日が短くなったよな、」
「そっか…」
肯きながら振りむいた窓、キャンパスの木立ふる陽が染まる。
オレンジ色あわく陰翳ゆらす道、まだ学生さざめく空気に微笑んだ。
「この時間の大学ってホッとしてるみたい、すこし…」
ほっとして、すこし寂しい。
そんなふうに感じるのは、家族がすくない為だろうか。
それとも、ここに遺る懐かしい気配のせいかもしれない。
「すこし寂しいよな、なんかさ?」
低い声からり、響いて隣を振り返る。
鳶色の瞳こちら自分を映して、からり笑ってくれた。
「ナンカものがなしいっていうかなあ、一日が終わるのモッタイナイ感じするんだよ。山ではモットな?」
山ではもっと、そうだ?
言われて寸刻前ふれて、馨は口ひらいた。
「あのね紀之、フェアリーリングって聞いたことある?」
こんな話、笑われるだろうか?
子どもっぽい質問すこし悔やんで、けれど親友は肯いた。
「ケルトの伝承だろ、妖精の踊り場または妖精界の入り口とかだよな、」
鳶色の瞳まっすぐ笑って、低い声ほがらかに答えてくれる。
この友人にして意外なようで、納得でもあって、嬉しくて笑いかけた。
「そうだよ、童話みたいな話だから紀之は知らないと思った、」
「ヨーロッパの文学やってんなら知ってねえとだろが、」
即答すぐ見返してくれる。
いつものよう明るくて、そのくせ真摯な眼差しが続けた。
「伝承は文学のはじまりみたいなモンだ、ソレを知らんで文学ヤルなんざ基礎がなっちゃねえよ。だろ?」
当たりまえだろ?そんな眼差しが自分を映す。
こんなふう真直ぐ見つめているから、友達になりたいと想った。
「紀之のそういうとこ…いいね、」
ほら本音つい声になる。
でも、ちょっと恥ずかしいかもしれない?もう耳もと熱くて立ちあがった。
「お茶淹れるね、父にスコン焼いてきたんだ、」
がたん、椅子と床が古い木音を響かせる。
ほのかな渋い甘い空気よぎって、電気ポット蓋開けた。
「いいねえ、馨の菓子ホント美味いんだよな。いつもありがとな、」
低い声ほがらかに弾んでくれる、その言葉に唇ほっと寛ぐ。
こんなふうに受けて入れてくれること、自分には奇跡だから。
「…僕こそありがとうだよ、」
ほら想い零れだす、嬉しくて。
だってたぶんきっと、男が菓子を焼いてくるなんて今の日本では「普通」じゃない。
それでも楽しみにしてくれる学友はからり笑った。
「俺こそだろが、教授のおこぼれ毎日もらっちゃってんだ。この分また雪山の運転がんばるからな、」
雪山、そう笑った日焼けの頬あわく陽が光る。
もう山は雪が訪なう、そんな季節の窓にザイルパートナーが尋ねた。
「そんで馨、なんでフェアリーリングの話したんだ?」
戻された会話にティースプーンの手が止まる。
かつん、スプーン鳴って茶葉さらりポットへ微笑んだ。
「あのね、それっぽいとこ山で見たことあるから…また行けるかなと想って、」
言いながら耳もと熱い、きっともう赤くなっている。
子どもじみているみたい気恥ずかしい、それでも鳶色の瞳ぱっと明るんだ。
「おっ、いいじゃんソレ。俺も一緒させてくれるんだろ、どこの山だよ?」
「ん…紀之もよく知ってるとこだよ、」
答えながらティーポット湯を注ぐ。
ふわり温もり薫らせる、かすかな湯気に冬の訪ない兆す。
あのあたり今は山毛欅に水楢の黄葉そまるだろう、慕わしさに友達が言った。
「もしかして馨、さっき居眠りでソコの夢見たんか?」
ああ、なんでこんな勘がいいんだろう?
「っ…、…のーこめんと、」
声詰まってしまう、ほら耳たぶ熱い。
きっともう真っ赤になっている、それでも手もとティーポットそっと傾ける。
マグカップ満る琥珀色、やわらかな湯気あまい香、温かで爽やかで、この時間こそ芳しい。
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一陣の涼風、または香る風。
それから木洩陽ふらす黄金、温もり、髪ひるがえる。
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「…い、かーおーるっ」
呼ばれて開いた視界、目の前すぐ鳶色の瞳が笑う。
至近距離つい瞬いて身を引いて、机ごつり顎を打った。
「いたっ…」
「大丈夫か、馨?すげー打っただろ今、」
応えてくれる声、低いクセ朗らかに響く。
打ちつけた顎そっと撫でて、ゆっくり体を起こした。
「ん、大丈夫…ぼく、今、寝てた?」
「なかなか起きんかったぞ、」
鳶色の瞳からり笑ってくれる。
どこまでも闊達な学友に、ほっと息吐けて笑った。
「起こしてくれてありがと、…ふぁ」
笑いながら欠伸こぼれる。
首かるく回して、ほろ甘い渋い香に書架を見あげた。
「もう日が傾いてる?」
見あげる背表紙たち光るオレンジ色、日暮れを呼んいる。
そんなに寝てしまった?慣れない居眠りに友人が笑った。
「まだ3時だよ、日が短くなったよな、」
「そっか…」
肯きながら振りむいた窓、キャンパスの木立ふる陽が染まる。
オレンジ色あわく陰翳ゆらす道、まだ学生さざめく空気に微笑んだ。
「この時間の大学ってホッとしてるみたい、すこし…」
ほっとして、すこし寂しい。
そんなふうに感じるのは、家族がすくない為だろうか。
それとも、ここに遺る懐かしい気配のせいかもしれない。
「すこし寂しいよな、なんかさ?」
低い声からり、響いて隣を振り返る。
鳶色の瞳こちら自分を映して、からり笑ってくれた。
「ナンカものがなしいっていうかなあ、一日が終わるのモッタイナイ感じするんだよ。山ではモットな?」
山ではもっと、そうだ?
言われて寸刻前ふれて、馨は口ひらいた。
「あのね紀之、フェアリーリングって聞いたことある?」
こんな話、笑われるだろうか?
子どもっぽい質問すこし悔やんで、けれど親友は肯いた。
「ケルトの伝承だろ、妖精の踊り場または妖精界の入り口とかだよな、」
鳶色の瞳まっすぐ笑って、低い声ほがらかに答えてくれる。
この友人にして意外なようで、納得でもあって、嬉しくて笑いかけた。
「そうだよ、童話みたいな話だから紀之は知らないと思った、」
「ヨーロッパの文学やってんなら知ってねえとだろが、」
即答すぐ見返してくれる。
いつものよう明るくて、そのくせ真摯な眼差しが続けた。
「伝承は文学のはじまりみたいなモンだ、ソレを知らんで文学ヤルなんざ基礎がなっちゃねえよ。だろ?」
当たりまえだろ?そんな眼差しが自分を映す。
こんなふう真直ぐ見つめているから、友達になりたいと想った。
「紀之のそういうとこ…いいね、」
ほら本音つい声になる。
でも、ちょっと恥ずかしいかもしれない?もう耳もと熱くて立ちあがった。
「お茶淹れるね、父にスコン焼いてきたんだ、」
がたん、椅子と床が古い木音を響かせる。
ほのかな渋い甘い空気よぎって、電気ポット蓋開けた。
「いいねえ、馨の菓子ホント美味いんだよな。いつもありがとな、」
低い声ほがらかに弾んでくれる、その言葉に唇ほっと寛ぐ。
こんなふうに受けて入れてくれること、自分には奇跡だから。
「…僕こそありがとうだよ、」
ほら想い零れだす、嬉しくて。
だってたぶんきっと、男が菓子を焼いてくるなんて今の日本では「普通」じゃない。
それでも楽しみにしてくれる学友はからり笑った。
「俺こそだろが、教授のおこぼれ毎日もらっちゃってんだ。この分また雪山の運転がんばるからな、」
雪山、そう笑った日焼けの頬あわく陽が光る。
もう山は雪が訪なう、そんな季節の窓にザイルパートナーが尋ねた。
「そんで馨、なんでフェアリーリングの話したんだ?」
戻された会話にティースプーンの手が止まる。
かつん、スプーン鳴って茶葉さらりポットへ微笑んだ。
「あのね、それっぽいとこ山で見たことあるから…また行けるかなと想って、」
言いながら耳もと熱い、きっともう赤くなっている。
子どもじみているみたい気恥ずかしい、それでも鳶色の瞳ぱっと明るんだ。
「おっ、いいじゃんソレ。俺も一緒させてくれるんだろ、どこの山だよ?」
「ん…紀之もよく知ってるとこだよ、」
答えながらティーポット湯を注ぐ。
ふわり温もり薫らせる、かすかな湯気に冬の訪ない兆す。
あのあたり今は山毛欅に水楢の黄葉そまるだろう、慕わしさに友達が言った。
「もしかして馨、さっき居眠りでソコの夢見たんか?」
ああ、なんでこんな勘がいいんだろう?
「っ…、…のーこめんと、」
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