こんにちは。
今日もドピーカンであっつい一日です。
こんな日が続くのなら、いっそあたしは亀太郎と観音様巡りに出かけるのですが、明日からまた梅雨前線というバイクツーリストにはあまり有難くない輩?が活発になるそうです。
「君よ!朝の来ない夜はない。」
といったのは、ダレだったでしょうか?
梅雨が明けるのを心待ちにしながら、今を忍ぶことを楽しみたいと思います。
さて、いろいろな意味で忍び続ける豊坂屋の本日コレまで(午後5時)の売り上げは、4500円。(推定純利益、500円)
500円あれば、二日は暮らせますね。(お米だけはあるのだよ)
・・・
有難いなぁ・・・(本当に、しみじみそう思ふ)
そんな事を思っていたら、むかしむかしの学生時代、ひと月3万円の風呂なし共同便所の下宿時代を思い出した。
およそ30年前・・・
仕送りが唯一の生活の糧だったあたしは(お父さんお母さん、ありがとふ)、18歳にして家計というものを考えざるを得なかったのだね。
あの頃・・・あたしの通っていた大学は、たいそうキレイな男と女がおりましたの。
田舎のポッと出の18歳には、まぶしすぎる環境でした。
「ダンスパーティーをやるから、一人30枚、パー券ノルマね」
(こんな話は、今どきの人は理解できるのでしょうか?)
当時所属していたクラブが二つ。
一つは体育会少林寺拳法部、そして、フルートを吹いていたので「KOギターアンサンブル」という同好会に入っておりました。
(今思うと、体育会に入りながら、別個に同好会に入っているというのが信じられないですね)
ダンパ(当時、ダンスパーティーのことをダンパと呼んでいたのだね・・・死語?)の話は、ギターアンサンブルのお話ですよ。
(そこには、和田金の息子もいたのでした・・・学生ながら、クラウンに乗っていたのを覚えています・・・あんたは何者でつか?と、田舎からやってきたあたしは素直にそう思いました。)
きらびやかな先輩同僚は、いとも簡単に「ハ~イ」とおっしゃるのですが、誰も知り合いがいないあたしは、パー券30枚(もう忘れましたが、たぶん1枚1000円くらい、30枚で3万円のノルマだったのだと思います)をさばく術は・・・ニャイ!
いまだに覚えていますが、山手線の電車の中で、
「ネェネェ・・・今度こんなダンパがあるんだけど・・・どう?」
(ダンパがどういうものであるかもわからずに、売り込みをかける18歳のP・・・今思うと・・・あたしは涙がこぼれてしまふ・・・)
と、女子学生とおぼしき女性に声をかけたのを覚えております。(・・・売れるわけがない!)
結局あたしは、3万円のノルマを、自腹で凌いだのでした。
・・・
でもね・・・
そういう強烈な経験というのは、どういう作用があるかはわからないけれど、今のあたしの底辺に確実に残っているのだね。
あたしは何者であるか?ということは、こんないろいろの堆積で出来上がっているのでありました。
・・・
息子へ(見ているかどうか知りませんが・・・)
目の前に湧き起こるいろいろは、たぶんすべてお前の糧となることでしょう。
良くも悪くも、全力で解決に向かってください。
それでもどうにもならぬときは、心配はいりません。
お前の回りには、お前の思っている以上に、強力な助っ人がたくさんいます。
それを忘れないように。
あぁ・・・
タイトルを忘れておりました。
今朝ね、ももちゃんが散歩の折、側溝をクンクンしたから覗いてみたら、大きなカメがいたのでつ。
また、助けてやりましょう・・・と、散歩を終えてから車であらためてその場所に行ってみたら、カメの姿はなかったの。
一直線の側溝を前と後ろに眺めてみたけれど、カメが見当たりません。
・・・
あのカメは、自らの意思で道を切り開いたのだ思い、行方をくらましたカメに勝手にエールを送ったPでした。
(ボーダーなカメ)
ウサギとカメの話ではないけれど、・・・カメって案外歩くのが速いです。
今日もドピーカンであっつい一日です。
こんな日が続くのなら、いっそあたしは亀太郎と観音様巡りに出かけるのですが、明日からまた梅雨前線というバイクツーリストにはあまり有難くない輩?が活発になるそうです。
「君よ!朝の来ない夜はない。」
といったのは、ダレだったでしょうか?
梅雨が明けるのを心待ちにしながら、今を忍ぶことを楽しみたいと思います。
さて、いろいろな意味で忍び続ける豊坂屋の本日コレまで(午後5時)の売り上げは、4500円。(推定純利益、500円)
500円あれば、二日は暮らせますね。(お米だけはあるのだよ)
・・・
有難いなぁ・・・(本当に、しみじみそう思ふ)
そんな事を思っていたら、むかしむかしの学生時代、ひと月3万円の風呂なし共同便所の下宿時代を思い出した。
およそ30年前・・・
仕送りが唯一の生活の糧だったあたしは(お父さんお母さん、ありがとふ)、18歳にして家計というものを考えざるを得なかったのだね。
あの頃・・・あたしの通っていた大学は、たいそうキレイな男と女がおりましたの。
田舎のポッと出の18歳には、まぶしすぎる環境でした。
「ダンスパーティーをやるから、一人30枚、パー券ノルマね」
(こんな話は、今どきの人は理解できるのでしょうか?)
当時所属していたクラブが二つ。
一つは体育会少林寺拳法部、そして、フルートを吹いていたので「KOギターアンサンブル」という同好会に入っておりました。
(今思うと、体育会に入りながら、別個に同好会に入っているというのが信じられないですね)
ダンパ(当時、ダンスパーティーのことをダンパと呼んでいたのだね・・・死語?)の話は、ギターアンサンブルのお話ですよ。
(そこには、和田金の息子もいたのでした・・・学生ながら、クラウンに乗っていたのを覚えています・・・あんたは何者でつか?と、田舎からやってきたあたしは素直にそう思いました。)
きらびやかな先輩同僚は、いとも簡単に「ハ~イ」とおっしゃるのですが、誰も知り合いがいないあたしは、パー券30枚(もう忘れましたが、たぶん1枚1000円くらい、30枚で3万円のノルマだったのだと思います)をさばく術は・・・ニャイ!
いまだに覚えていますが、山手線の電車の中で、
「ネェネェ・・・今度こんなダンパがあるんだけど・・・どう?」
(ダンパがどういうものであるかもわからずに、売り込みをかける18歳のP・・・今思うと・・・あたしは涙がこぼれてしまふ・・・)
と、女子学生とおぼしき女性に声をかけたのを覚えております。(・・・売れるわけがない!)
結局あたしは、3万円のノルマを、自腹で凌いだのでした。
・・・
でもね・・・
そういう強烈な経験というのは、どういう作用があるかはわからないけれど、今のあたしの底辺に確実に残っているのだね。
あたしは何者であるか?ということは、こんないろいろの堆積で出来上がっているのでありました。
・・・
息子へ(見ているかどうか知りませんが・・・)
目の前に湧き起こるいろいろは、たぶんすべてお前の糧となることでしょう。
良くも悪くも、全力で解決に向かってください。
それでもどうにもならぬときは、心配はいりません。
お前の回りには、お前の思っている以上に、強力な助っ人がたくさんいます。
それを忘れないように。
あぁ・・・
タイトルを忘れておりました。
今朝ね、ももちゃんが散歩の折、側溝をクンクンしたから覗いてみたら、大きなカメがいたのでつ。
また、助けてやりましょう・・・と、散歩を終えてから車であらためてその場所に行ってみたら、カメの姿はなかったの。
一直線の側溝を前と後ろに眺めてみたけれど、カメが見当たりません。
・・・
あのカメは、自らの意思で道を切り開いたのだ思い、行方をくらましたカメに勝手にエールを送ったPでした。
(ボーダーなカメ)
ウサギとカメの話ではないけれど、・・・カメって案外歩くのが速いです。