ぴかの独り言 GooBLOG vol.1

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at last その1(陽ちゃん おじいちゃんやでぇ~)

2017-03-04 11:51:00 | ノンジャンル
こんにちは。

しばらくぶりでございます。

この3月1日と2日にかけて、に会いに行っておりました。

1月6日に生まれた孫です。

初孫です。

それが、長男のお嫁ちゃんの実家がたまたま長崎で、あたしはまた、成人式やら商売の書き入れ時と重なって、どうにも行けなかった。

そしてようやく、次男の都合も良くて、ここぞと二人で行ってまいりました。


3月1日

7:40 セントレア発 長崎空港へ。

9:10 長崎空港、無事到着。



おぉ!ついに来たぜ!

空港を出て、早速に空港近くのオリックスレンタカーで車を借りた。

ヴィッツ、これで明日まで旅をします。

せっかく遠く長崎まで来ましたので(人生2度目)、このチャンスは生かしたいと思います。

まずは、長崎平和公園に参りました。



還暦のあたしです。

戦中派の両親に育てられたあたしです。

昨年が97で逝きましたが、小さいころ(小学校の低学年くらいだと思う)は、夕食時に父が酒でも飲んで調子が良くなりますと、乃木大将の話を聞かせてくれたり、下手をすると「ここはお国の何百里~♪」と歌を披露したのを覚えています。
(良い機会だからと思いますが、当時、まだ古い家で、食事は親子5人がそろって正座をして食卓に座り、食事のたびに出し入れしていた長細い折り畳みのテーブルでは、長い方の一辺にが座り、その右の辺にが御ひつを横に置いて座り、左回りに姉二人が並んで、あたしは父の左側の小さい辺に座っていた。

必ず、あれはなんというのだろう?たんぽ?・・・アルミでできたお酒の一合ほどを入れた容器でヤカンにそれで母が燗を付けて、猪口で父は一合だけ晩酌をしていた。
父は酒が弱かったのだが、毎夜のその晩酌の光景だけはよく覚えている。)

とは言え、こんな事も言っていた。

「負けたのがアメリカで良かった。ソ連でなくてよかった。」

・・・

子供心に理解はできませんでしたが、戦後のいろいろから、父は父なりに総括をしていたのかもしれない。


あぁ、今日は長いな・・・

そんなあたしだからかもしれませんが、戦争という言葉には、いささかの興味があります。

そのキーワードに、この国の有り様も見える気がしています。

同時に、そんな世代の方々のお陰で、今があると思えるものだから、鎮魂の祈りは捧げたいと思っています。

ということで、平和公園

そして、広島同様、資料館も次男と拝観しました。

・・・

ファットボブの模型、見ました。

お前の存在意義は、なんやねん?

(レゾンデートルという言葉が突然浮かびました。まだあたしのニューロンとシナプスは健在でした)

館内の当時の写真を見るにつけても、胸が締め付けられる思いでした。

同時に、あの日あの時ここにいたあなたと、今ここにいるあたしの差は、いったいなんですか?と考えていました。

それは、偶然。

それは、ご縁。

比べようもないことと承知をしながら、熱線を浴びてただれた骸の写真の人に、あたしは問うていました。

・・・合掌。


その後、こちらも是非お参りしたいと思っていた浦上天主堂へ。

平和公園からは、歩いて行きます。(15分くらいかな?)

下知識なしできましたので、観光地然としているかもと思いましたが、ここは現役の教会でした。

それがかえって、あたしは嬉しかった。

宗教というくくりにすると、左右、上下が見えてしまいますが、祈りの本質は変わらない。

だから、好き嫌いはあるにせよ、あたしはそれで人間が幸せになれたら良いと思っています。

浦上天主堂のキリストさま、遠い仕切りからでしたが、あまねく穏やかでありますようにと、祓詞と般若心経、言上させていただきました。

厳かな、良い空間でした。


さて、そこを出て、お昼時となりましたのでご飯です。

あらかじめ、食べログで検索しています。

長崎らしく、チャンポンをいただこうと思いました。

リンガーハットが5点満点ですが、それは地元でも食える。

ということで、何となく効いた鼻の感触で、江上楼というところに参ります。

レンタカーのナビちゃんに誘導されて、無事到着。

お昼直前でちょうど良いころに席に座って、お勧めの「王さんの特性チャンポン」は次男が、あたしは「王さんの特別皿うどん」をいただきます。(各1500円)



・・・うまい!

これは大当たりでした。

1500円だからと言えないこともないですが、これはココでないと食えないな。

次男ともども大満足の長崎最初の食事でした。


さて、次。

この後に、いよいよお嫁ちゃんの実家があります、雲仙へと向かいます。

1時間くらいかな?

こちらもまたナビ子ちゃんが頼りです。

ただ、住所を入力しても当該番地がヒットせず、とりあえず行けば何とかなるだろうと近くまで行くことにしました。

前もって「近くに目印はないですか?」とお嫁ちゃんに聞いてみたけど、それが無いらしい。

どんなところでしょう?

JRの大正駅というところが近そうでしたので、まずはそこへと向かってみました。

その近くのセブンイレブンでいったん休憩。

コーヒーを飲みながら、改めて電話番号で検索。

お父さんの名前を入力しても見当たらず、さて困ったな?と思っていたところ、苗字だけで検索してみたら、ヒットした。

おぉ!やったぜ!

そこからほどないところまで、畑の脇道みたいなところを指示されてまいりましたら・・・

あったぁぁぁぁ!

家の横を通る時には、向こうの窓からお嫁ちゃんやご両親がこちらを確認されたのが見えました。

あぁ・・・無事に、来たぜ。

広いお庭に車を止めて、玄関でごあいさつです。

お父さんとお母さんとお嫁ちゃん、そしてお嫁ちゃんの腕に孫の陽ちゃんが抱えられて、出迎えてくれました。

ドン!



生まれて2か月の陽ちゃん。

ようやく4kgになったとお嫁ちゃんから聞いています。

ちっさいです。

それでもこの腕に抱けば、うっすらと開けた目で、あたしをじっと見つめます。

初めまして。

あたしがあなたのおじいちゃんです。

陽ちゃんは、むずがる風をしています。

坊主頭の髭を生やしたあたしの印象は、いつも観ている優しいお母さんたちとはかなり違うんだろうな。

あなたはやはり、全く新しい命として、あたしと会っていただきました。

ただ、すでに他人ではないご縁というこの感情は、何と表現したらよいのだろう?

自分の子供たちとは違う感覚を、あたしは面白がっていました。


ご実家には立派な仏壇がありますので、次男とお参りさせていただきました。

実は、じいちゃんの位牌も忍ばせてまいった今回です。

じいちゃんには、あちらでご挨拶していただければと存じます。



アチラの皆様、どうぞ、陽ちゃんを見守っていただきますように。


その後、初めて伺うご両親に遅ればせの改めてのご挨拶をしながら、しばし歓談。

お嫁ちゃんの瑠美ちゃんも元気そうで何よりと思いました。

次男もこわごわ陽ちゃんを抱きます。



こうやくん、オジサンになりました。

おめでとうございます。



あたしの願いが一つありまして、ご先祖のお墓参りがしたかった。

聞けば、それはすぐそばにあるらしい。

お父さんにお願いをして、次男ともどもお参りをさせていただきました。

海の見える高台に、立派なお墓がありました。

場所柄なのか、墓石に彫られた文字が、金色に彩色されていました。

そこで、額ずいて拝礼。

ご先祖様へ。

良いご縁をいただきまして、心からお礼を申します。

ありがとうございます。



その後戻りまして、おいとまをいたしました。

お土産までいただき、ご歓待、ありがとうございました。

間もなく息子が迎えに来まして、今度は広島で親子の暮らしとなります。

それまで、ご両親には本当にお世話になりました。

言葉も足りぬくらいですが、改めて感謝申します。

ありがとうございます。


お見送りを受けながら、さて次。

3時ころだったかな?これから今日の宿を目指します。

また、ナビ子ちゃんで雲仙の福田屋という旅館を目指します。

ここは、長男がお嫁ちゃんと来たところと聞いて、調べてみたらなかなか良さげなところでしたので、予約を入れました。

山道をグネグネと走りまして、雲仙普賢岳の削られた山肌も見えました。

運転をしながら、心の中で合掌。

穏やかでありますように。

4:00 やがて、到着。

初めての雲仙温泉です。

かつて父からも、「雲仙は良い」と聞いていますので、期待は大きい。

そしてその福田屋さん。

中に入って、期待どおりでした。

息子がお嫁ちゃんを連れてここへ来たというのは、なかなかセンスがいいんぢゃね?

お父さんは、ちょっと嬉しかったです。

部屋で次男と一服してから、近くの地獄めぐりと参りました。

宿から歩いて10分ほどの、温泉の蒸気が噴出しています地獄めぐり。

案内を見て、グルリと巡ってみよう。



次男ともども第一声・・・クサイ!

よく卵が腐ったようなという表現をしますが、その通り。

後にその様子をFBにのせたところ、

「オナラをしてもわかりませんね」

と、師匠の瑞ちゃんが返信をしてくれた。

さすが、何でも知っている師匠でした。


30分ほどで一周をして、再び宿へ。

食事までまだ間がありますから、お風呂。

・・・雲仙温泉。

が褒めただけのことはあるさすがの温泉です。

(ちなみに父は旅が好きで、日本中を知っていた。ただ、これも供養と思って思い出したんだが、「そこに行くなら宿はここがいい」と言うのはいいのだが、今のあたしと同じで、新しい情報に疎い傾向があって、父の当時の基準がデフォルトになっていた。
だから、新しい宿ができて、世間がイイという評判になっていたとしても「そんなところ、ケッ!」みたいな言い方を良くしていた。大正生まれの保守派は、なかなかに難しかったです。)

で、やがて、食事。



旅の楽しみは、温泉と食事。

これは外せない。

案内された個室で供されました晩ご飯ですが、これも当たりでしたね。

次男ともども、美味しくいただきました。

あたしも次男も、アルコールもしっかりと頂きまして、場の雰囲気ともども大変満足。

部屋に戻ると、布団が敷かれていて、9時前に次男はバタンキュウ。



こういうところは、次男らしくてとても可愛い。

あたしはというと、今日一日がとてもうれしく有難く、このまま寝るのはもったいない気がしまして、眠る次男の横で、ビールを飲みながら回想しておりました。


両親のもとあたしが生まれて、やがて結婚して子を3人も授かり、それぞれに無事に育ってくれて、またあたしは両親の巡ったところの場所に来て今日孫の顔を見た。

命の循環と言えばそれまでだが、それぞれにそれぞれのドラマがある。

それぞれの場面で、あたしながらの気づきがあるとするならば、それはそれであたしは人生を楽しんでいると思う。

そう思える今のあたしが、ありがたいのでした。


穏やかな寝顔の次男を眺めながら、命の不思議、ご縁の不思議、そして、ありがたさを感じていました。

さて、明日も動きます。

ありがとうございます。

(あぁ、長い・・・2部は明日。)