今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「今年は戦後五十年だそうで、よく似た回顧録がいっぱい出ている。なかに新聞のミスリードぶりをあばいた本も出ている。A新聞ははじめ社会主義国べったりだった、社会主義国は善で資本主義国は悪にきまっていた。ソ連と中国が一枚岩だったうちはいいが、たちまち不仲(ふなか)になったから、新聞社内もニ派に別れて、ソ連派はソ連のハンガリーやチェコの侵略まで支持した。中国派は『中越戦争』と言いだす始末である。
昨日までベトナムと言っていたのを越南に改めたのである。ベトナムが越南だなんて当時の読者は知りはしない。ようやく南北統一成った社会主義ベトナムに、中国が攻め込むなんてありっこないことがあったので、窮して中越戦争といってごまかしたのである。
そのほか毛沢東の後継者林彪の失脚に次ぐ亡命、その途中航空機が撃墜されての死を承知しながら、中国がかくしているからA新聞は共にかくした。そのほか山ほどあるミスリードを枚挙してどうだ恐れいったかと言っても恐れいらない。
別の大戦の時も新聞はわが国をあらぬところへつれ去ったが、次回もつれ去るだろうと言っても蛙のつらに水である。新聞の命はインキの匂いのするまでの二時間である。あとは書き手も読み手も忘れる。読み手が忘れることをあてにして新聞は書いているのである。いつまでも覚えている人は悪い人なのである。
[Ⅷ『おぼえているのは悪い人』平7・8・17/24]」
(山本夏彦著「ひとことで言う-山本夏彦箴言集-」新潮社刊 所収)
「今年は戦後五十年だそうで、よく似た回顧録がいっぱい出ている。なかに新聞のミスリードぶりをあばいた本も出ている。A新聞ははじめ社会主義国べったりだった、社会主義国は善で資本主義国は悪にきまっていた。ソ連と中国が一枚岩だったうちはいいが、たちまち不仲(ふなか)になったから、新聞社内もニ派に別れて、ソ連派はソ連のハンガリーやチェコの侵略まで支持した。中国派は『中越戦争』と言いだす始末である。
昨日までベトナムと言っていたのを越南に改めたのである。ベトナムが越南だなんて当時の読者は知りはしない。ようやく南北統一成った社会主義ベトナムに、中国が攻め込むなんてありっこないことがあったので、窮して中越戦争といってごまかしたのである。
そのほか毛沢東の後継者林彪の失脚に次ぐ亡命、その途中航空機が撃墜されての死を承知しながら、中国がかくしているからA新聞は共にかくした。そのほか山ほどあるミスリードを枚挙してどうだ恐れいったかと言っても恐れいらない。
別の大戦の時も新聞はわが国をあらぬところへつれ去ったが、次回もつれ去るだろうと言っても蛙のつらに水である。新聞の命はインキの匂いのするまでの二時間である。あとは書き手も読み手も忘れる。読み手が忘れることをあてにして新聞は書いているのである。いつまでも覚えている人は悪い人なのである。
[Ⅷ『おぼえているのは悪い人』平7・8・17/24]」
(山本夏彦著「ひとことで言う-山本夏彦箴言集-」新潮社刊 所収)