「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

再び健康というものはイヤなものである 2013・12・24

2013-12-24 11:15:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から、昨日の続き。

「もし中国人に対してすまないなら、台湾人に対してもすまないはずである。朝鮮人に対してもすまないはずである。中国人だけにすまないと言うのは怪しい。まして八月十五日は何の日かと問われて、一方で知らないと答える若者が、一方ですまないと答えたからといって、おおよしよしと頭をなでてやるのはなお笑止である。それは若者の迎合か、偽善である。
 政治と道徳は混同してはならないものだと思うがどうか。中国にすまないと言いさえすれば、良心的になれるならラクである。だから一同すまながって、気分を出しているのである。
 その気分を出すものが、かくも多いのは、それがタダだからである。真にすまないと思うものは、一万円、千円、せめて百円喜捨(きしゃ)せよと命じたら、その人数は半減し、さらに半減し、ついになくなるだろう。再びこれが健康というもので、健康というものはイヤなものである
 タダほど高いものはないというが、はたしてこれは高くつく。公明党はまさか第五列ではあるまいに、政治と道徳を一緒くたにして、外交交渉にまず贖罪(しょくざい)の気持ちを披歴(ひれき)しなければならないと称して、ひたすら披歴した。
 けれども、広島や長崎に原爆を投じたことを詫びて、外交交渉にはいったアメリカ使節団があったろうか。そのとき席上で詫びなければ許さぬと迫ったわが使節団があっただろうか。
 中国は日本人をよく知って、みちびいて、贖罪させるのに成功した。善男善女の、あの良心的というものに、私は深い意味はないとみている。センチメンタルにすぎないと思っている。けれども、それは世界に類のないものである。利用されると国益を損ずるものである。中国ばかりでなく各国に、それは利用される恐れがあるものだから、ご用心と言いたい

                                         (『小説新潮』昭和46年11月号)」

(山本夏彦著「とかくこの世はダメとムダ」講談社刊 所収)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする