今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
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「事件が突発した当初は新聞は検察側に立ちすぎる。たとえば爆弾事件で通行人が殺傷されると、記者は犯人を八つざきにしたいなどと書く。書けば読者は同じく八つざきにしたいなどと思う。そしてまだ容疑者にすぎないのにその家族に電話して『人殺し』『死ね』などと言う。
それから五年たち十年たって判決がくだるころになると、新聞は手のうら返して無実だと言いだす。こんどは弁護側に立ちすぎる。自白だけが証拠だからでっちあげだと言いだすと、読者も同じく言いだして、もし無実ではないとでも言おうものなら連日電話で脅迫される。
新聞が八つざきと言えば同じく言い、冤罪だと言えば同じく言うのは別人ではない。全く同一の人物で最低の者どもだが、この世は最低の者どもの天下である。それを七百万も八百万も擁して一人も手放すまいとすれば、彼らに気にいることしか新聞は書けない。
[Ⅲ『それなら署名捺印せよ』昭58・8・4]」
(山本夏彦著「ひとことで言う-山本夏彦箴言集-」新潮社刊 所収)
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「事件が突発した当初は新聞は検察側に立ちすぎる。たとえば爆弾事件で通行人が殺傷されると、記者は犯人を八つざきにしたいなどと書く。書けば読者は同じく八つざきにしたいなどと思う。そしてまだ容疑者にすぎないのにその家族に電話して『人殺し』『死ね』などと言う。
それから五年たち十年たって判決がくだるころになると、新聞は手のうら返して無実だと言いだす。こんどは弁護側に立ちすぎる。自白だけが証拠だからでっちあげだと言いだすと、読者も同じく言いだして、もし無実ではないとでも言おうものなら連日電話で脅迫される。
新聞が八つざきと言えば同じく言い、冤罪だと言えば同じく言うのは別人ではない。全く同一の人物で最低の者どもだが、この世は最低の者どもの天下である。それを七百万も八百万も擁して一人も手放すまいとすれば、彼らに気にいることしか新聞は書けない。
[Ⅲ『それなら署名捺印せよ』昭58・8・4]」
(山本夏彦著「ひとことで言う-山本夏彦箴言集-」新潮社刊 所収)
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