徒然写真帳

郡上でX人で始めたブログです。管理人の転居により、下呂、美濃、岐阜、恵那、下呂を経て一宮発のブログに!

クルマバツクバネソウ

2012-06-25 21:50:34 | Weblog
 先日天生を森仲間で歩いていた時クルマバツクバネソウが話題となります。
 地味だけど良い花だねなんて内容で盛り上がります。
 皆が口々に色々なことを言うので詳細についてはすっかり忘れてしまいました(年かな?)が私も質素で落ち着いた花が最近気に入っています。
 どうしても派手で目立つ花に目がいきますがクルマバツクバネソウにような花が長く見ていて飽きないし良い花だなと思います。(管理人)



                               




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斐太後風土記の中の地震の記述

2012-06-25 21:18:30 | Weblog
 23日の土曜日に天生での鳥勉強会の時のこと、参加者の中に地質のスペシャリストがいました。
 その時に天生湿原が跡津川断層の端にあたることを聞きました。
 以前にも説明を受けたな~と漠然と思い出します。
 跡津川断層についてはリンクをしておきますのでそちらへ→跡津川断層
 説明後に「最も最近跡津川断層がずれたのはいつですか?」と聞いたら150年ほど前と教えてもらいました。
 その時まてよ?確か斐太後風土記に地震の記述があったな確か宮川にあった滝が地震で無くなったというのが...
 そして今日、斐太後風土記を確認したら飛彈國吉城郡小鷹狩郷杉原村(今の飛騨市宮川町杉原)の中の一ノ瀬仰天網を紹介するところに。
 内容は宮川に滝があり、そこに4~5月にかけてマスがのぼり採っていたとかアユの遡上なんかも書かれています。
 その滝が安政5年の地震により崩落があり滝壺が埋まり滝が無くなったと記述があります。
 安政5年は今から154年前ですので最も最近跡津川断層がずれた地震によるものと思われます。
 昨年の東日本大震災による津波の被害に関連し各地で古書に残された災害の記録が注目されています。
 津波ではありませんが斐太後風土記の中にも地震の記述があります。
 各地に残る古書には後生に役立つ記述が残されていることをマスコミ報道以外でも知ることができ一人満足します。
 それと少しゾッとするは安政2年に安政地震が起こり今心配されている東海地震や東南海地震であったとされています。
 僅か3年しか経ていない安政5年に起こった飛越安政地震は連動だったの?なんて思えてきます。
 跡津川断層は数千年周期で動くとされ心配はないですが他の断層が東海地震や東南海地震が起きると連動し数年間は岐阜県内で大規模な内陸直下型地震がおきるということなんてことが頭に浮かび背筋が冷たくなる感覚が襲ってきます。
 あと、地震で無くなってしまった滝は今の宮川の水量を考えると凄い迫力の滝だったろうと思います。
 詳しい場所は斐太後風土記から読み取れませんが恐らく現在の杉原の梁があるあたりかな?と思います。(管理人)





                        




                        
 







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