24日、
京都文化博物館別館築100周年記念イベントの一つ、「近代建築探検ツアー」に参加してきました。
三条通りと烏丸通り界隈にある近代建築を探訪しながら、講師の先生が建物のデザインの変遷や保存方法の違いなどについて詳しく解説してくださいました。
いつも自己流感覚的にしか見ていなかったのが、解説を聞いてちょっぴり学問的に見ることができるようになりました。
先ずは、三条高倉通り北西の

文化博物館別館(旧・日本銀行京都支店)の建物。
1906(明治39)年、辰野金吾設計のレンガ造り。

19世紀イギリスで流行ってきていたスタイルにゴシック様式やインド風アーチ等、いろいろなスタイルがうまく取り入れられ、しかも独自のものも加味してこなしています。レンガの赤と白い石の模様が絶妙だし、直線だけでなく、曲線の模様もあちこちにちりばめられていて、「うまい!」

です。

ここで驚いたことに、いつもは入れない(いや、滅多に入れない)屋根裏に登らせていただけたのです。いやー、驚きました、感激しました。レンガ造りの建物の屋根の骨組みは木でできていたのです。下から見える飾り窓から明りが入ってきています。
これだけで、今回参加した甲斐がありました。ありがとうございまっす!文化博物館様、京都府建築士会様、笠原・石田両先生。


東に歩いて三条柳馬場通り北西、

日本生命京都三条ビル。
1914(大正3)年、辰野・片岡建築事務所設計の鉄骨レンガ造り。
少し時代が下って、正円形の装飾が入るなど、抽象的なデザインに変化してきています。
元はもっと大きな建物だったのに、昭和58年に東側の一部分だけを残して西側は新しいビルを建て、そのデザインが味気ないものになっていることは何とも惜しいっです。

更に東に歩いて、三条富小路通り北西の

SACRAビル(旧・不動銀行京都支店)。
1916(大正5)年、日本建築株式会社設計、鉄筋コンクリート造り。
正円や四角形の装飾がさらに多くなって直線的になり、当時のヨーロッパの最先端セセッションのデザインを取り入れています。

三条御幸町通り南東の

1928ビル(旧・毎日新聞京都支局)。
1928(昭和3)年、武田五一設計、鉄筋コンクリート造り。
幾何学的でモダンなデザインながら最上部のアーチや飾りにロマネスクで古い要素も混ざっています。毎日新聞の社章の星形装飾があちこちにちりばめられています。壊される前に建築家個人が買い取って、今では飲食店や貸しホール、FM放送局に使われています。

今回初めて3階まで上がってホールを見下ろしました。コンクリートの屋根裏にアーチをつけ、デザインとして見せる新しいスタイルが見られました。
音楽関係のイベントが行われるらしくリハーサルが行われていました。

こんなタイルの床もありました。

西に戻って、三条麩屋町通り西入ル南側の

旧・家辺徳(やべとく)時計店、ダマシン・カンパニーとも言われた。
1890(明治23)年、設計者は不明、木の骨組でレンガ造り。
京都における洋風民間商業建築としては最古のもので、明治4年創業の時は和風の店構えの上に時計台が作られ、明治23年に改築された時も、この2階の上にさらに2層の時計台が作られていたそうです。今は時計台がなくなっていて残念です。

次回に続く。