2015年12月13日~14日に行った青春18冬の旅の目次です。
今回の青春18の旅、帰りの路線はJR浜坂駅から。
朝11:30湯村温泉発の路線バスで11:58に浜坂駅に着きました。
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12:07浜坂駅発→13:16豊岡駅着、13:19発→和田山駅に13:50着。ここから播但線に入ります。14:13和田山駅発の普通列車で、次の駅は竹田。天空の城、竹田城が駅のすぐ横の山の上にありました。
しかし、和田山駅で買った駅弁を食べるのに忙しくて、竹田城の写真はありません。
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但馬の里和牛弁当。肉が柔らかくって、甘辛でおいしかったー!ですw。
播但線は急勾配の坂を登りきった寺前駅で乗換えて、下り坂を瀬戸内海側に下りて行きます。
竹田駅と寺前駅の間に生野駅があります。近くに生野銀山の跡があるらしいので、またいつか行ってみたいものです。
15:14寺前駅着、15:17発→姫路駅15:57着。
姫路駅16:11発、17:44京都駅着の新快速で帰って来ました。
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瀬戸大橋の夕陽。
まだ山陰地方でも雪の降り始める前の時期でしたが、瀬戸内海側に帰ってくると、なぜだか空が明るく感じてしまいました。
あっ、姫路からは山陽本線→東海道本線です。
2015年青春18冬の旅はこれで終わります。
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湯村温泉の温泉街を散歩していると、おばあカフェがありました。
寄ってみたかったけれど、パスして、
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その近くの「夢千代館」に行きました。
湯村温泉と言うとすぐ思い出されるのは、「夢千代日記」。
1981年にNHKテレビで放映された早坂暁作、吉永小百合主演の連続ドラマで、「続 夢千代日記」「新 夢千代日記」と続き、映画、舞台でも何度も上演されました。
広島での胎内被爆という宿命を背負いながらも、ひたむきに生きている夢千代が毎日綴る日記で、心優しい人々との交流を、山陰の冬景色とともに描いています。
私がまともに見たのは最近になってNHKで再放送された「続 夢千代日記」で、若き日の石坂浩二が印象に残っています。
「湯村温泉博覧館 夢千代館」はこの夢千代日記と、舞台になった昭和20年~30年代の湯村温泉をテーマに、2004年11月に開館した資料館で、建物は旧みなと銀行湯村支店です。
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館内に昭和初期の湯の里銀座や煙草屋旅館内部などが再現されています。
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芸者の置き屋・はる家の再現。
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湯村温泉荒湯の辺りで洗濯をする昔の様子。
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吉永さんは原爆詩の朗読など平和のための行動もたくさん行っておられるので、この館でも平和に関する展示があり、核兵器廃絶の願いを込めて鶴を折るコーナーもありました。
鶴はまとめて広島に送られるそうです。
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ヒロシマの展示室には原爆ドームの模型もありました。
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荒湯近くにあった夢千代の像です。
2015年青春18冬の旅(5)に続く。
山陰海岸ジオパーク館からJR浜坂駅までは近かったので、歩いて移動。JR浜坂駅で16:30再び「たじまわる5号」に乗り、湯村温泉に着いたのは16:50でした。
冬の夕方なので、辺りはすでに暗くてよく見えませんでしたが、
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湯けむりがもうもうとたちのぼり、
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有名人の手形が並んでいる通りもありました。
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泊まった宿は水産会社直営の料理宿だったので、夕食は新鮮な日本海の魚とカニ。
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そして、但馬牛のしゃぶしゃぶを堪能しました。
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宿の内湯ももちろん温泉でしたが、翌朝近くの共同浴場、湯村温泉観光交流センター「薬師湯」に入りに行きました。新しく建て替えられ、露天風呂やサウナもある清潔な施設で、入浴料は400円ですが、新温泉町の住民は150円、「湯」地区の住民は無料になっています。
湯村温泉の総源泉数は60、総湧出量は毎分2,300Lと豊富なため、旅館だけでなく「湯」地区の各家庭にも配湯され、さらに余ったお湯は川に流れこんで行っています。
泉質はナトリウム-炭酸水素塩・塩化物・硫酸塩泉。神経痛、筋肉痛、冷え症、五十肩などに効果があり、848(嘉祥元)年に慈覚大師によって発見されたと伝えられている古い温泉です。
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湯村温泉がある兵庫県新温泉町は、2005年10月に浜坂町と温泉町が合併して発足した町です。
薬師湯がある地は、元は旧温泉町の役場があった跡です。
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春来川の両側に旅館が集まっています。二つの川の合流点あたりの河原が源泉の一つになっていて、「荒湯」という所です。荒湯は源泉温度が98℃で日本一の高温です。
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横の祠に慈覚大師円仁の像が祀られています。
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その像の下深くの洞穴から高温のお湯を汲み上げて飲むことができます。フーフーさまして飲みましたが、味はあまり感じられませんでした。
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慈覚大師像の前に卵や野菜などを茹でることができる湯つぼがありました。
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近くのお店で卵(3個150円)を買って、この中に吊り下げます。
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10分程してあげて食べると、ほかほかであいしかったです。
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川岸に74人が同時に入れるとされる公衆足湯「湯村大根物語ふれ愛の湯」もありましたが、ちょうど清掃の時で、足をつけることができませんでした。
湯村温泉は、山あいの静かで鄙びた温泉街で、ほっこりと心癒される場所でした。
2015年青春18冬の旅(4)に続く。
「たじまわる5号」で「道の駅あまるべ」を14:30に出て、14:55に「山陰海岸ジオパーク館」に着きました。
その二つのバス停の間は時間は短いですが、餘部と久谷(くたに)の間に桃観(とうかん)峠があります。九十九曲がりの難所で、この険しい峠の地中にJR山陰線の桃観トンネルがあります。このトンネルは山陰線の中で一番長い1991mの長さで、約4年間の年月を費やし、当時の金額で61万円という巨費を投じて1911(明治44)年に竣工しました。
余部鉄橋や桃観トンネルの工事には朝鮮人労働者が集中的に投入されたようで、約200名の労働者がいたと書かれた文章もありました。難工事であるため殉職者や病死した人もおり、その人々の名は桃観トンネル西口近くにある久谷八幡神社の中に『鉄道工事中/職斃病没者/招魂碑』と刻まれた石碑に刻まれ、20名の日本人名と7名の朝鮮人名も見られます。
余部鉄橋のある所は兵庫県香美町、桃観峠を越えて久谷駅と次の浜坂駅は兵庫県新温泉町です。
新温泉町は2005年10月1日に浜坂町と温泉町が合併して発足しました。
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山陰海岸ジオパーク館です。
ジオパークとは、科学的に見て特別に重要で貴重な、あるいは美しい地質遺産を含む一種の自然公園で、山陰海岸ジオパークは山陰海岸国立公園を中心とする、京都府京丹後市の東端から鳥取県鳥取市の西端までが、対象エリアとなっています。
この館では、ジオラマやパネル、岩石標本などで、日本海形成から現在に至る多様な地質や地形をわかりやすく展示しています。
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館のすぐ前には海が広がっていました。
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近くの水産品お土産屋さんには、獲れたてのカニがいっぱいでした。
2015年青春18冬の旅(3)に続く。
既に去年の話になっていて、恐縮です。
2015年最後の青春18の旅で、12月に1泊で但馬地方に行ってきました。
朝「8時ちょうどの~♪」(どうしても、このフレーズを口ずさんでしまう世代です)山陰線で京都を発ち→福知山に10:09着、10:11発→城崎温泉駅に11:33着、11:56発→12:30香住駅に着きました。
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香住駅前から12:35発の観光周遊バス「たじまわる」に乗りました。4月~12月の土日祝日に全但バスが運行しているバスで、500円で一日乗り降り自由のバスです。コースは7種類ありますが、季節によってコースが違っていて、12月はたじまわる5号だけが走っていました。そのコースは、JR香住駅-道の駅あまるべ-山陰海岸ジオパーク館-JR浜坂駅-湯村温泉-但馬牧場公園-湯村温泉 の間を一日に上下各5本ずつ走っています。
バスガイドさんが沿線の説明をしてくれて、途中観光しながら何回もバスを乗り降りして、結構長い距離も乗れて、しかも、チケットを見せるとおみやげや施設での割引も受けることができて、お得で便利な周遊バスでした。
先ず、香住駅の次の「道の駅あまるべ」まで行きました。12:50着。
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「道の駅あまるべ」はあのJR山陰線の余部鉄橋の下にあります。
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今はコンクリートの鉄道橋になっていますが、その前の鉄橋から列車が強風で飛ばされて落ちた事件は忘れることができない大事件でした。
1986(昭和61)年12月28日午後1時25分頃、鉄橋を通過中の香住発浜坂行き回送列車が日本海からの突風にあおられ、機関車と客車の台車の一部を残して7両が転落、真下にあった水産加工場や民家を直撃し、車掌1名と加工場の従業員5名の計6名が死亡、6名が重症を負いました。
橋の下の工場があった場所に観音像が祀られ、慰霊の場となっていました。
事故当日は日本海から最大風速25mを越す強風が吹きつけていました。事故の後、国鉄は風速20mを超すと列車を止めることにし、度々列車が通過できない事態になっていたため、ついに2010(平成22)年から新しくアクリル製の暴風壁を備えたコンクリート製の橋梁に付け替えられました。
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それまでの鉄製の橋脚は11本のうち3本だけが残され、展望施設「空の駅」として活用されています。
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取り外された橋の一部が道の駅の近くに展示されていました。
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道の駅のある橋の下から急な坂道を登って「空の駅」に向かっていくと、民家の向こうに日本海と断崖の見事な風景が広がって見えてきました。
この日は晴れた穏やかなお天気でしたが、冬には荒れた風雪の毎日が続くことでしょう。
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ここが元の鉄橋の上に当たる「空の駅」です。横が現在使われているJRの線路で、ちょうど通過する列車が橋を渡ってきました。
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橋のすぐ西側に餘部駅があります。
「道の駅あまるべ」には、余部橋梁の昔から今までの歴史や構造などの解説が展示され、鉄橋関係のお土産も売られていました。
元の橋は1912(明治45)年に完成し、日本海からの潮風が吹きつける中も橋梁守の人々の努力で保守されてきました。橋の長さは310.59m、高さは41.45mでした。
始めは餘部には駅がなく、隣の鎧駅まで鉄橋の上を歩いて、トンネルを抜けて行かねばなりませんでしたが、1959(昭和34)年に住民の長いがかなってやっと餘部駅が誕生したそうです。
橋の上を列車で通ったことはあったけれど、元の橋を外からじっくり見たことがありませんでした。架け替えられる前の雄姿を見ておくべきだったなあ。
「道の駅あまるべ」でお昼を食べ、14:30に再び「たじまわる5号」に乗って次に進みました。
2015年青春18冬の旅(2)に続く。