香港で昼食を摂った後、高速船フェリーで海を渡ってマカオに行きました。マカオと香港は「国」ではなく中国の「特別行政区」のため、移動する時は出境カードとパスポートを用意して香港出境審査を受けます。
1時45分に乗船して、マカオに着いたのは2時50分でした。
乗った船。
これも同じような高速船。
マカオ半島にあるフェリーターミナルに着き、バスに乗って少し走り、世界遺産建築が集中している所に着き、歩いてみてまわりました。
マカオは、1513年にポルトガル人が初めて上陸して以来、ポルトガル領となり、1999年になって中国に返還されました。ポルトガルと中国が融合した独特の文化が培われ、「マカオ歴史地区」として世界遺産が30ヶ所、22の歴史的建造物と8つの広場で構成されています。
最初に現れたのは、聖ポール天主堂跡。1582年に現在の場所に移築され、1637年に完成した時は、東アジア最大のカトリック教会でした。1835年の火災で正面の壁と階段だけが残されています。建築の際には日本から渡って来た信者が工事に携わり、日本風の意匠も見ることができます。
正面壁の裏にまわって見たところ。
聖ポール大天主堂の左脇の小道の先にはナーチャ廟という小さな寺院と、1569年ポルトガル人の居留が始まった頃につくられた旧城壁があるらしいのですが、工事中で見ることができませんでした。
聖ポール天主堂跡の周辺は観光客がぎっしりでゆっくり立ち止まって鑑賞したり、写真を撮ることもできませんでした。
その間にツアーガイドさんがマカオ名物のスウィート、エッグタルトを買ってきてくれて雑踏の中で立ち食いしました。
そこら一帯観光客だらけで、スリも多いというので、バッグをしっかり抱えてガイドさんを見失わないように歩くので精一杯でした。でも、道の両側に立ち並ぶお土産屋さんから薦められるビーフ・ジャーキーの味見はしっかりさせてもらいました。
次に現れたのが、聖ドミニコ教会。メキシコのアカプルコからやって来た3人のスペイン領ドミニカの司祭によって1587年に設立されました。オレンジ色の壁に白い漆喰で模様が描かれています。
仁慈堂(Santa Casa da Misericórdia)。初代マカオ司教が慈善福祉施設として1569年に設立したものです。現在は薬局として使用されており、中にはカトリックに関する博物館もあります。
民政総署(Leal Senado Building)。1784年に建てられ、現在政府の機関として使われています。建築様式は新古典様式。
その近くにあった建物。
仁慈堂、民政総署等に囲まれて広場があり、
これがセナド広場という公共広場で、石畳が波の模様に敷き詰められ、中央に小さな噴水があります。3,700平方メートルでマカオ最大の広場です。
これは世界遺産ではありませんが、銀行風の建物です。
香港と同じような高層マンションが密集している所もありました。
マカオに行った最大の目的だった世界遺産の建物群をゆっくり見ることができなかったのは、なんとも残念でした。