ビバさんのさんぽ道

みやこの建物、お庭、お花、あれもこれも見てみたいと欲張りビバさんがでかけます

牧野公園に夏の花らんまん

2023-08-07 23:25:30 | 土佐の国

「らんまん」の牧野富太郎のふるさと、高知県佐川町。

小高い山の中腹に富太郎のお墓(分骨)と維新の志士、田中光顕のお墓が並んでいます。
 
 
お墓のすぐ近くにはスエコザサが植えられています。
 
この山には富太郎が桜の木を寄贈したあと、次々と桜が植えられて桜の名所になり、牧野公園となっています。
山に登る道の脇には富太郎ゆかりの植物や山野草がたくさん植えられていて、ボランティアの人たちがお世話をしています。それぞれの植物には名札がつけられ、まるでちょっとした植物園みたいでした。今は百合やカワラナデシコ、ヒオウギがさかりでした。

 

キツネノカミソリ。

ヒガンバナ科ですが、花は7月~8月に咲きます。毒があるのはヒガンバナと同じ。

 

 

ヒナシャジン。牧野博士命名種。

 

 

イワシャジン。

 

 

ムカデラン。牧野博士命名種。木や岩に着生しています。

7月に花が咲くそうですが、ここでは咲いていませんでした。

 

 

お墓の奥の薄暗い木立の中に苔の中にバイカオウレンがびっしりと広がっていました。

 

 

すぐ側の暗がりの中にキレンゲショウマもたくさん育っていました。

 

 

キレンゲショウマはアジサイ科の多年草。四国徳島県の剣山にある群生は有名で宮尾登美子の「天涯の花」に描かれています。

 

 

こちらは京都府立植物園の植物生態園で咲いているレンゲショウマ。名前が似ているけれど、こちらはキンポウゲ科。花の形が全然違います。

 

 

ジョウロウホトトギス。別名トサジョウロウホトトギス。ユリ科ホトトギス属ジョウロウホトトギス種。花は秋に咲きます。

他に紀伊半島に生えるキイジョウロウホトトギス、サガミジョウロウホトトギス、スルガジョウロウホトトギスがあります。

 

 

タキユリ。

 

 

フクリンササユリ。牧野博士命名種。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

らんまんの里、高知県佐川町

2023-08-03 02:52:04 | 土佐の国

2023年7月30日~31日、朝ドラらんまんで有名になった牧野富太郎の生地、高知県佐川町に行ってきました。

京都からは、新幹線で岡山まで、岡山から高知まで特急南風、高知から佐川までは特急で25分、普通列車で55分、全部で5時間程で行けます。

 

JR佐川駅。

 

 

駅の郵便ポストの上にはバイカオウレンの巨大すぎるレプリカが。

 

 

待合室のベンチには富太郎のドウランと帽子が。このベンチは牧野公園にもありました。後ろのコインロッカー扉も植物の絵になっていました。

 

 

小高い山の上の牧野公園から佐川町を見下ろすことができます。

奥中央に見える高い山が横倉山です。

 

 

佐川町には江戸時代からの酒屋が9軒もあったそうですが、つぎつぎ廃業して今は「司牡丹」1軒のみとなっています。町は司牡丹の城下町のようになっていて、そこら中に蔵や工場が並んでいました。
 
 
酒蔵の道。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

試飲できるお店もありましたが、残念ながら昼休みの時間で立ち寄ることはできませんでした。

 

 

重要文化財 竹村家住宅(上の図 右側の建物。江戸時代からの酒造業で幕府巡検使宿となり上客を迎えるための武家住宅に準ずる格式の高い座敷を備えている。公開日は毎月第2日曜日のみ)と、その隣のマル久のれんは旧竹村呉服店(今は雑貨兼喫茶店キリン館)。

 

 

 

牧野富太郎の生家、岸屋の建物は元あった場所に母屋だけ復元されていましたが、元は模型にあるように母屋、お店、工場が何棟も並ぶ豪商でした。朝ドラでは破産の原因を蔵の酒が腐造菌にやられたことになっていますが、現地の説明文では富太郎への仕送りが嵩んで破産したというように書かれていました。

復元された岸屋は「牧野富太郎ふるさと館」として関係資料が展示されていました。月曜日が休館日だと書かれていましたが、らんまん人気で今年いっぱいは毎日開館しているそうです。佐川町の他の施設もすべて毎日開館でした。

 

 

 

 

幼少時の部屋が再現されていました。

 

 

佐川町の酒蔵の一つ、旧浜口家住宅も国登録有形文化財です。幕末期からの酒屋で、近代になると大阪市会議員、海運業で豪商となりました。平成22年に町が購入して改修し、公開しています。

 

 

喫茶とお土産の販売をしているので、お座敷で休憩しました。

 

 

酒蔵の町、佐川町はまた文教の町でした。
土佐藩の家老、深尾氏の城下町で、郷校「名教館(めいこうかん)」が建てられました。牧野富太郎も町人ながら入学を許され学んだところですが、残っている玄関部分が保存復元されています。玄関の天井は格天井です。

 

 

白い洋館は旧佐川文庫の建物。この建物は元は須崎警察署佐川分署として明治19(1886)年に建てられたものでしたが、昭和5年からは青山文庫に払い下げられ、正面玄関、特別閲覧室、会堂として使われていました。昭和53年、平成21年に移築され、佐川文庫庫舎として、佐川町が公開しています。
建物の左前方にあるのは広井勇(ひろいいさみ)の像。佐川の武士の出身で、名教館に学び、札幌農学校や米国で学び、小樽港築港など港湾橋梁工学における日本の最高権威となった、と言えば、朝ドラファンには富太郎と一緒に学んだあの子かと思い当たるのでは。
 
 
二階の貴賓室が復元されていました。
 
 
青山文庫は、元は明治43(1910)年に佐川郵便局長の川田豊太郎が設立した私設図書館「川田文庫」でしたが、大正14(1925)年に佐川町出身の維新の志士田中光顕(号・青山)が基金と蔵書を寄贈して青山文庫となったものです。その後高知県立からまた佐川町立となっています。深尾家関係資料、維新関係資料、牧野富太郎関係資料などを所蔵しています。
 
 
青山文庫は現在は元深尾家家臣の住宅があった場所にあるので、その当時の庭園が残っています。
ここもらんまん効果で今年いっぱい無休です。

 

 

伊藤蘭林の寺子屋跡。牧野富太郎も学んだ学者で、佐川の偉人で学ばなかった者はいないという程の人でした。名教館が廃止になった後、自宅で私塾を営んでいた頃の家です。

 

この坂は見覚えのある方も多いのでは。青源寺へ向かう石段はらんまんで万太郎が名教館に通うシーンが撮影された場所。
 
 
 
こちらは生家の裏の金峰神社に登る石段。ものすごく急でとても登れませんでした。
いずれも富太郎のお墓のある牧野公園や青山文庫に行く途中にありました。

 サカワカイシン

佐川町のマンホールは色とりどりの植物づくしでした。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高知県立牧野植物園

2023-05-09 23:54:35 | 土佐の国

2023年5月8日に高知県立牧野植物園に行ってきました。

高知市東部の五台山(標高130m)の山頂付近18ヘクタールに山のあちこちを切り開いてできています。(京都府立植物園は24ヘクタール)
昭和33年(1958年)開園なので、65年目になります。ゴールデンウイーク中は入口が長蛇の列だったそうですが、ずらして行ったので大丈夫でした。




入口付近の牧野富太郎記念館本館と展示館では牧野富太郎の生涯と功績を紹介し、富太郎の所蔵していた45000冊の本が牧野文庫として保存されています。




これらの建物は1999年に園地拡張して建てられ、楕円形の建物の中央に木のデッキと中庭に樹木が植えられており、村野藤吾建築賞等多くの賞をもらったユニークな建物です。



樹木は土佐の植物や、富太郎との関りがあるものが中心で、本館から展示館の間にある回廊の側でまじかに見ることができます。



バイカオウレンの群落。



ガンゼキラン。



スエコザサ。



その後の園地拡張で、植物をちぎってにおいをかぐことができるふむふむ広場やこんこん山広場、少年広場など、植物に親しみ、学習できるような見せ場もできています。植物の種類は3000種で、京都府立植物園は12000種です。



2010年にリニューアルした温室は京都府立植物園のより少し小さいようですが、高さがありジャングル・滝などで雰囲気があり、エレベーターで上部に上がって上からジャングルを見下ろすこともできます。


 


 


オオオニバスの葉を裏側(池の下)から見れる場所もありました。




温室の中では1人の職員が地面に葉っぱが落ちるたびに1枚ずつ拾って歩いているのが印象的でした。



新しく植物研究交流センターという大きな建物が建てられ、5月20日からオープンするということでした。薬学との研究協力、ミャンマーとの植物研究交流など、研究植物園としての機能拡大に力を入れているようでした。


 京都府立植物園有識者会議でしきりに主張された「おしゃれなレストラン」も実食してこようと思ったのですが、カフェとレストランの位置を入れ替える準備中ということで、休業中で残念でした。しかし、現在のレストランはあまり「おしゃれな」ふうにはみえず、何よりもそのメニューがポークランチ・ハンバーグランチが1400円、鶏ひき肉と野菜のカレーが1100円、コーヒーが450円という価格設定は度々訪れて家族で楽しむには「おしゃれ」すぎるものでした。五台山の山一帯には他に食事をできる所がないという地理的条件のなせるものでしょう。

 

入園料が大人730円(高校生以下は無料)なのも痛いです。


それぞれの植物園はそれぞれの特徴を持って確立していければいいと思いますが、やはり植物園は植物園、ここも植物と自然に親しみ、学び、憩いの場となることを目指していて、賑わいの場とすることは違っていることがわかりました。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2019年8月高知と姫路への旅

2019-08-06 02:20:01 | 土佐の国
2019年8月2日~4日、高知に行って来ました。
行きはバスで、9時50分京都駅烏丸口→高知市はりまや橋15時26分。

夜の大橋通り商店街では、8月10日から12日まで高知市内一円で開かれるよさこい祭を前にして、子供たちが早くも踊りの練習をしていました。



近くの「ひろめ市場」ではカツオの藁焼きタタキが作られ、大勢の人が食べたり飲んだり楽しんでいました。



アンパンマン柄の路面電車。



電車の終点にJR高知駅があります。



高知駅から南に伸びる大通り。通りの中央に電車の複線線路があります。



駅前広場に立つ、左から、武市半平太、坂本龍馬、中岡慎太郎の像。重たい材質ではないので、台風が近づいた時などには安全な場所に片付けられます。



帰りは9時13分高知駅発、11時40分岡山駅着のJR特急南風で。四国山脈を横断する時、土讃線から大歩危(おおぼけ)峡の絶景を見ることができました。

岡山から姫路までは、普通列車を乗り継いで青春 18の旅。
12時13分岡山発、13時18分相生着。13時21分相生発、13時40分姫路着。
姫路駅から神姫バス乗車約8分で、「姫山公園南・医療センター・美術館前」停留所で下車すぐです。

姫路城の東の麓に、




姫路市立美術館があります。
建物は、1905(明治38)年に陸軍省技官の宮本平治・井田熊吉の設計により、姫路陸軍兵器支廠(後、第10師団兵器部)の西倉庫として建てられ、1916(大正5)年被服倉庫が増築されたものです。戦後は、姫路市役所として利用され、1980(昭和55)年、市庁舎の移転に伴い美術館に転用され、1983(昭和58)年博物館としてリニューアル開館しました。2003(平成15)年には国の登録有形文化財に登録されました。

入館料:常設展210円、企画展 1,200円。休館日:月曜。

「奇跡の芸術都市、バルセロナ展~カタルーニャ近代美術の精華」(2019年6月29日~9月1日)を観て来ました。

バルセロナはスペイン、カタルーニャ自治州の州都であり、地中海に面した港湾都市であり、古代に遡る豊かな歴史と、19世紀に産業革命を経験し、経済・文化面で飛躍を見せた先進性とをあわせ持つ世界有数の国際都市です。
バルセロナの近代化を促進させた都市計画の誕生(1859年)からスペイン内戦(1936-39年)に至るまでの、約80年間に生み出された芸術文化、世界遺産サグラグ・ファミリアの設計者アントニ・ガウディをはじめとした建築家たちの仕事、ピカソ、ミロ、ダリなどの絵画を中心に、彫刻・家具・宝飾品・図面などが展示されていました。
カタルーニャの歴史と独特の文化を知ると、現在もカタルーニャ自治州にスペインからの独立志向が強いことも肯けます。


姫路から京都までは新快速で帰って来ました。
17時41分姫路発、19時14分京都着。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2018年10月馬路村への旅 もくじ

2018-10-25 02:18:41 | 土佐の国
2018年10月21日から高知県馬路村に1泊の旅に出かけました。





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

馬路村への旅(4)ゆずの森加工場

2018-10-25 00:45:20 | 土佐の国
馬路村農協本所、農産物直販所、ゆずの花パン屋さんなどがある一帯は、元は営林署の貯木場だった土地で、柚子の他にどんぐりの木や落葉樹がたくさん植えられ、「ゆずの森」と言われる公園のような場所になっています。

その森の中に「ゆずの森加工場」の建物があり、無料で館内の見学をさせてもらうことができます。
二階建てで、村内の木材をふんだんに使った自然にやさしい建物です。



隣にあるゆず搾汁工場で村内のゆずが搾られた後、こちらに送られてきて「ごっくん馬路村」などに加工されます。
ゆずの収穫は毎年11月に集中し、村中の柚子がトラックで運ばれてきて、きれいに洗い、搾られ、ゆず酢ができます。これに水とハチミツをうまく混ぜて「ごっくん」ができます。



熱で殺菌し、ビンに詰めた後、また殺菌、ベルトコンベアーに乗って運ばれていき、シャワーでゆっくり冷やします。ラベルを貼って箱に詰めるのもほとんどの工程が機械化されていて、ここでは働いている人の姿はほとんどみられませんが、品質管理は人間がきびしく行っています。



出来上がった製品を注文に応じて箱詰めする荷造り場。ここでは多くの人が丁寧に箱に詰めていきます。簡易段ボール箱に、緩衝材も馬路村製のタオルを使って、エコに心がけています。
製造から荷造りまで、すべての過程を二階の廊下からガラス越しに見学することができます。


研究室。柚子を使った飲み物・食べ物から化粧品、搾り滓の肥料利用など、様々な使い道を研究しています。



受注センターにもたくさんの人が働いていました。電話やネットで送られてくる注文を受け付けているので、若い人もたくさん働けるようになっています。



受注センターの前のロビー。すべて木の造りになっていて、居心地のいいスペースになっていました。窓からは安田川の流れも見下ろせます。



見学が終わると、「ごっくん馬路村」を一本ご馳走になりました。

柚子の栽培は昔から馬路村で行われてきましたが、搾り汁を販売するくらいだったのを、徐々に加工品の商品開発に取り組み、機械化や衛生管理に取り組み、販路を拡大してきました。馬路村と農協が協力して、いくつもの加工場と化粧品加工場と直売所を作り、村で働ける人を増やし、住宅提供などして活性化を図っています。
馬路村は平成7年の市町村大合併でも他の市町村とは合併せず900人の村でも単独で生き残る選択を村民の総意で決め、農協も合併をせずに頑張ってきました。
2017年度には、馬路村を含む高知県東部の五町村が、「森林鉄道から日本一のゆずロードへ~ゆずが香り彩る南国土佐・中芸地域の景観と食文化~」というテーマで日本遺産に選定されています。

誰でも馬路村に来てもらい、工場を見学しながらゆずのことをもっと知ってもらい、楽しんでもらうことで、さらに馬路村のファンを増やせるのではないかという思いで、この「ゆずの森加工場」ができました。

馬路村農協 ゆずの森加工場
     高知県安芸郡馬路村馬路3888-4
     Tel 0887-44-2211
     営業時間 8:30~17:00
     無料
      日曜・祭日 休館



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

馬路村への旅(3)馬路温泉と村の散策

2018-10-24 01:20:40 | 土佐の国
馬路温泉に泊まりました。



建物のすぐ前には安田川が流れていて、川音が常に響いています。



夕食はアマゴを始めとして、村で採れたものが並びます。



湯気で画面が曇っていますが、温泉のお湯はヌルッヌルでお肌にとってもいい上等のお湯でした。ナトリウム・炭酸水素・塩化物泉。今まで入った中で一番の泉質だと思いました。
日帰り温泉は10時~21時。レストランは11時~14時、16時~21時。定休日はなし。宿泊は本館・別館とバンガローもあり、毎月1回のバラ風呂もあります。



宿のある所から少し上流には、魚梁瀬森林鉄道の遺産である落合橋があります。
長さ37m、1925(大正14)年に架けられた橋で、橋の上流側にかつては製材所があり、天然木の木材を製材していました。橋は現在は馬路村の村道として利用されています。



一つ下流にある吊り橋を渡って、川の反対側に渡り散策しました。



村のあちこちに柚子の木が植えられています。



柚子の収穫は11月から12月にかけてが最盛期なので、この時は実が黄色に色づいたものがまだ少なめでした。柚子がもっと熟してくると、村中が柚子の香りに包まれることでしょう。



安田川の水はとても澄んでいて、透明度抜群でした。
ここは川が湾局して淵になっているところです。



川沿いの道のガードレールは村の産物である木材でできていました。



馬路村交流センター。



元は馬路営林署の本署でしたが統廃合で使われなくなり、馬路村農協本所として再利用されています。
署長室や会議室がそのまま残っているそうです。



ゆずの森農産物直販所。元は営林署の電話交換手の詰所だったところです。柚子製品の他、農産物、手作りのお惣菜、エコ商品等を販売しているので、お土産をたくさん買いました。
朝8時~午後5時頃まで営業。定休日は年末年始。



左の建物は村に移住してきた若い夫婦で営んでいるパン屋「ゆずの花」です。毎週月・火曜日定休。




高台にある金林寺薬師堂は国指定重要文化財。
真言宗高野山派のお寺。弘法大師が馬路村に来た時に一夜で建てたという言い伝えがあります。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

馬路村への旅(2)馬路森林鉄道とインクライン

2018-10-24 00:40:49 | 土佐の国
馬路温泉に着いて荷物を預け、すぐ近くにある馬路森林鉄道に乗りに行きました。

高知県東部の中芸地域(奈半利町・田野町・安田町・北川村・馬路村)の5町村は、かつて林業で栄えた地域です。この地域には昔から立派な杉が育ち、豊臣秀吉が京都仏光寺の大仏殿に使う木材を献上させ、奈半利川に流して木材を運びました。明治時代にも安田川と奈半利川を利用した水運が主流でしたが、牛や馬で木材を運ぶ林道も作られました。

1907(明治40)年、軌道による運材が始まり、1911(明治44)年に田野−馬路間の軌道が開通します。当時は、トロッコに木材を積み、勾配を利用して海岸まで運び、空になったトロッコを犬が引いて山に戻っていました。
1921(大正10)年には機関車による木材の搬出が始まり、時代とともに、蒸気機関車、ガソリン車、木炭ガス車、ディーゼル車が登場し、木材の大量輸送に大きく貢献しました。魚梁瀬森林鉄道は総延長347kmという国内屈指の森林鉄道となっていましたが、1963(昭和38)年、廃線となり、軌道の一部は車道となりました。

森林鉄道の記憶を残す遺構が今も数多く現存しており、明治44年の開通時に建造された隧道などが、平成21年2月に経済産業省の近代化産業遺産群に認定されました。さらに同年、橋梁や隧道など18ヶ所の貴重な土木建造物が国の重要文化財に指定されました。

平成29年度には文化庁の「日本遺産」に、魚梁瀬森林鉄道やユズなどからなるストーリー「森林鉄道から日本一のゆずロードへ~ユズが香り彩る南国土佐・中芸地域の景観と食文化~」が認定を受けています。


かつての魚梁瀬森林鉄道馬路駅付近に、森林鉄道を模した観光列車「馬路森林鉄道」が走っています。運営しているのは昔、山の林業などに従事していた人達です。

●乗車料/大人400円 小人300円
●運行時間/8:30~16:30
●運行日/日曜日・祝日 (8月は毎日運行・雨天運休)※団体の場合平日でも運行可能(要予約)
●お問合せ/馬路温泉 TEL0887-44-2026



安田川の支流、西谷川沿いを、ゴトゴトと走って上り、橋を渡って対岸を下る円形の線路を二周して元の駅に戻ります。



線路脇にかつて使われていたディーゼル機関車が残されていました。



駅の横に昔使われていた鉄道遺品がありました。



次に乗るインクラインの模型です。



昔、馬路村の山では水の重さを利用した無動力のケーブルカー(インクライン)で木材を運んでいました。これを観光用に再現したものが馬路森林鉄道のすぐ横にありました。



5・6人が乗れるトロッコのような乗り物の下部に水を貯められるタンクがあり、そこに水を出し入れすることで、その重さの軽重によってトロッコが斜面を上下する仕組みになっています。
下の乗り場で、中央の曲った管から水を抜いているところです。



軽くなったトロッコが斜面を上って行きます。



一番上に着くと、


乗客が降りた後、また管からタンクに水が入れられています。



上の広場には子供用の遊具があったり、広く馬路村の景色を見渡すことができます。



安田川の対岸から見たインクラインの全貌です。木の緑の中に赤く見えるのがインクラインです。

インクラインの
●乗車料/大人400円 小人300円
●運行時間/8:30~16:30
●運行日/日曜日・祝日(8月は毎日運行・雨天運休)
●お問合せ/馬路温泉 TEL0887-44-2026


魚梁瀬森林鉄道の遺構は、安田川林道本線(馬路~田野)、安田川線、奈半利川線があり、広い範囲にわたっているので、18ヶ所の重要文化財全てを見て廻ることはなかなかできません。これまでに小島鉄橋(北川村)法恩寺跨線橋(奈半利町)など、見ることができた過去の記事があります。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

馬路村への旅(1)馬路村への道

2018-10-24 00:39:06 | 土佐の国
2018年10月21日に高知県頭部にある馬路温泉に友人と二人で泊まりに行きました。

前日高知に泊まって、朝、高知駅11時19分発の列車で土讃線、土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線経由で安芸駅に12時23分に着き、駅前の食堂で昼食をとった後、高知東部交通のバスで13時35分安芸駅前発の魚梁瀬(やなせ)行きに乗りました。
1日に3便しかないので、乗り遅れないように気をつけないといけません。

バスはコミュニティバスのような感じの小型バスで、乗客は最初から最後まで、私達と同じく安芸駅前から乗った女性の方一人だけでした。
しばらく海岸に沿って走った後、安田川に沿って山奥に向かって走ります。

海岸通りから山に向かって曲った辺りに土佐くろしお鉄道の安田駅があり、その前のバス停は「安田中学校前」です。前回馬路村に行こうとして安田駅で電車を降り、このバス停を探しましたが、見つけられなくてうろうろしている間にバスが通り過ぎていった苦い経験があるので、今回は安芸駅で乗り継ぎしたのです。やはり今もまだバス停はわかりにくい所に、目立たない標柱しか立っていませんでした。


だんだん山が険しく迫ってきて、道が曲がりくねり、狭くなってきました。



崖崩れしている場所があり、大規模な復旧工事が行われているところでは、交代で片側通行を行っていました。






赤い鉄橋がかかっている場所がありました。
この鉄橋は、かつて魚梁瀬森林鉄道が通っていた線路の跡です。橋の長さは43.2m、高さは6.28m、幅は4.64mで、単線の鉄道が走っていたことがうかがえます。大正元年に桧の木造で建造されましたが、機関車の導入に伴い、昭和4年、現在の鉄骨トラス橋に架け替えられました。安田川に架かる森林鉄道の代表的な遺構で、国指定重要文化財、経済産業省の近代化産業遺産群にも認定されています。今は町道として使われていますが、軽自動車までしか通ることができません。
バスを降りて見てみたかったのですが、一瞬の間に通り過ぎてしまいました。



約50分間バスに乗って、「馬路村役場前」に着きました。馬路温泉への道を尋ねると、運転手さんは親切にバスを降りてきて道を教えてくれました。



バス停前の馬路村役場は、田舎の村の役場にしては立派なたたずまいです。
ゆずの生産、販売で村興しをしてきたことが背景に感じられる景色です。



役場の横の小道を通って、裏手に廻ると安田川が流れていて、橋の上流に見えるのが今日の宿、馬路温泉です。



14:30過ぎに馬路温泉に着きました。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高知市の白壁倉庫群と高知城

2018-04-28 03:17:21 | 土佐の国
2018年4月25日~28日高知に行ってきました。

JR高知駅から南東へ車で5分程走ったところ、高知市南金田に戦後まもなく建てられたという白壁の倉庫がいくつか残っています。
この辺りはいくつかの川が浦戸湾にそそぐ元は海の中だった平坦な土地。その中の江ノ口川沿いに、現在は高知自動車高速道路に向かう大きな道路と大型店舗、住宅地になっていますが、かつては見渡す限り水田の広がる場所だったそうです。戦後、この地域で盛んだったむしろや縄、俵などの藁製品を備蓄販売するため、50棟ほどもの倉庫が建てられましたが、梱包資材としてのむしろや縄などが使われなくなるとともに倉庫も姿を消し、2006年の時点ではこの一画の10棟程を残すのみとなっていました。



放置されていた倉庫の中にそれぞれ違った趣のリノベーションを施し、2011年12月からミュージアム、ミニシアター、レストラン、商店、写真館などに使うようになりました。総称して「高知アートゾーン藁工倉庫」、シアターは「蛸蔵」、レストランは「土佐バル」という名です。



蔵は土佐漆喰の白壁で塗られており、横殴りの雨風が多い土佐の風土から、側面には水を切る瓦が何段も付けられています。
いくつかの蔵の中を見てまわりました。



翌日は高知城のふもとにできた「高知城歴史博物館」に行きました。
2017(平成29)年3月に開館、土佐藩主山内家伝来の国宝や重要文化財などの資料を中心に、土佐藩・高知県ゆかりの歴史資料や大名道具・美術工芸品を収蔵・展示しています。この時は「明治元年の日本と土佐~戊辰戦争 それぞれの信義~」展をしていました。

3階にある展望ロビーから高知城の姿を真近に見ることができました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2016年高知県奈半利町への旅 もくじ

2016-11-25 01:44:34 | 土佐の国
2016年11月に高知県東部奈半利町に行きました。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

旧魚梁瀬森林鉄道アーチ橋

2016-11-25 01:11:41 | 土佐の国
奈半利の町の土佐漆喰の家々を見て歩いた後、町のはずれにある昔の森林鉄道の廃線跡のアーチ型の橋を見に行きました。

奈半利川の上流域は、秋田杉・吉野杉と並ぶ魚梁瀬(やなせ)美林と言われる杉の名産地です。この魚梁瀬美林の運搬にかつて活躍した旧魚梁瀬森林鉄道の遺構は国指定の重要文化財となっています。その一つが奈半利町内にある報恩寺跨線橋です。


魚梁瀬森林鉄道は、1895(明治28)年の牛馬道の開設から始まり、1910年(明治43年)から鉄道が建設され、1942(昭和17)年に安田川線、奈半利川線の両幹線に加え、各支線を含めた総延長250kmに及ぶ国内屈指、そして高知県内最大の森林鉄道網が完成しました。
一番最初は山からの下りは自然の重力を利用し、山へ帰る時は犬または牛にトロリーを牽かせていたということです。
陸上交通網が整備されつつあったことに加えて、魚梁瀬ダムの完成により軌道が水没したことから、1964(昭和39)年3月30日に全線廃止となりました。
2009(平成21)年に、林業技術史上重要な遺産であるトンネルや橋などの施設が「旧魚梁瀬森林鉄道施設」として重要文化財に指定されました。その一つである北川村にある小島橋のことはこちらに書いてあります。
全部で18ヶ所の重要文化財遺産の説明等、詳しく書かれた「魚梁瀬森林鉄道遺産Webミュージアム」はこちら



お寺に向かう参道が鉄道線路の上をまたいでつけられ、上部は階段、下は短いトンネルを作っています。1933(昭和8)年頃建設の石造アーチ橋です。



線路の跡は今は道路になっています。



奈半利の港。ここから木材が船に積まれて出荷されたのでしょう。



帰りの「ごめん・なはり線」の電車は北川村にある「モネの庭」のデコレーション列車でした。



高知市中心部に帰ってきて、こちらは「はりまや橋」交差点横のビルにあるからくり時計。
通常は四角形ですが、定時になると上部から高知城、右からはりまや橋と(坊さんがかんざしを買って彼女にプレゼントしたという)純真・お馬の人形、左からは桂浜と龍馬像、下からはよさこい鳴子踊り子隊が出てきて、曲を演奏・踊ります。5分間くらいは鳴り続けて、終わるとまた引っ込んで四角い時計だけが残ります。




2016年11月の高知の旅はこれで終わります。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

馬路村へ行こうとしたけれど

2016-11-24 23:31:24 | 土佐の国
2016年11月に高知に行きました。今回は高知までの往復は、京都からの直通バスにしました。

翌日、東部の山間にあるゆずの里・馬路村に行こうと思い、高知駅9:19発の土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線に乗りました。土讃線から土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線には後免駅でそのまま乗り入れています。



車内の様子。途中のあかおか駅までは女性アテンダントも乗っていました。



安芸を過ぎて、10:42に安田駅に着きました。
やなせたかしさんがつけたこの駅の愛称は「やすだアユ君」です。近くの安田川であゆがよく獲れるのです。



安田駅のホームは高架になっていて、



まわりの田んぼが見渡せます。
正面の山の奥が馬路村です。



ここからバスに乗り換えて馬路村まで35分ほど、乗換え時間が3分しかないのに、バス停がどこにあるのかわかりません。駅に案内も書いてないし、人に尋ねるにも、人っ子一人いません。
うろうろしているうちに、目の前の通りをバスがさーっと横切って行きました。とほほ。
横断歩道を渡ると、



何と、左に見える棒くいがバス停の印でした。横から見ると棒がただ一本立っているだけにしか見えませんでした。涙涙・・・。やはり乗り継ぎ時間は余裕を持って計画しておくことですね。

次のバスは3時間も先になるので、仕方なく馬路村に行くのは諦め、1時間程安田駅で時間をつぶして次の電車で終点奈半利に向かうことにしました。馬路村にはまたの機会に行きたいです。
安田駅のホームで、上の田んぼ風景をたっぷり楽しみました。


次の電車は車体の横にオープンデッキがついているタイプでした。海沿いの高架上を走るので、潮風を直に受けながら景色を楽しむことができます。



海辺の狭い土地にビニールハウスが立ち並んでいます。



奈半利駅近くの鉄橋は立派なものです。



奈半利駅のシンボルは「なは りこちゃん」です。

臨機応変に予定を変更できるのが、一人旅ならではのいいところです。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

よさこい祭り2016

2016-08-12 01:31:32 | 土佐の国
本場高知のよさこい祭りは毎年8月9日前夜祭と花火大会、10日・11日本番(主に高知県内の団体が踊ります)、12日全国大会(本祭で選ばれた優秀チームと県外からのチームが踊ります)が開催されます。

今年はちょうどこの期間に高知に行ったので、たっぷり見ることができました。

先ずは、「ひろめ市場」で腹ごしらえ。たくさんのお店が取り囲む広場の中のテーブルで食べたり飲んだりするのですが、祭りの真っ最中とあって席を取るのが一苦労でした。


藁焼きカツオのたたきは長い行列ができていたので諦めて、クジラの串カツ、ウツボのから揚げ、イワシの稚魚のドロメ、カツオ丼を食べました。



30度を超える暑さの中でしたが、アーケード商店街の冷房の効いたお店の前で見たので、なんとか大丈夫でした。
アーケードの中なので、地方車の大音響がさらに増幅して、お腹の底にズンズン響きました。



しかし、踊る人達は元気いっぱいです。
高知市内16ヶ所の競演場・演舞場があり、各チームが順番に会場をまわって踊っていきます。






ベリーダンス風のもありました。


今年のよさこいは約200団体、1万8000人の踊り子が踊ったそうで、高知県のどこにこんなにたくさんの若者がいたのだろうかと思うくらい、毎年この4日間だけ高知の街に元気な若者があふれ出てきます。
こちらは見るだけですが、少し元気をもらって帰りました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2015年秋仁淀川の旅 もくじ

2015-10-14 01:09:13 | 土佐の国
2015年10月10日~12日に行った高知県仁淀川上流への旅の目次です。







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする