今年の「京の夏の旅」の文化財特別公開(2011年7月9日~9月30日)で、「木戸孝允旧邸と達磨堂」を見に行きました。
木戸孝允旧邸は河原町丸太町から東南に入ったところ、ちょうど旅館「石○ ○○園」の裏手にありました。道理で、「石○」さんの前に「木戸孝允旧邸跡」だの「明治天皇行幸跡」だとか何箇所も石碑があったのだ。
旧邸は鴨川に向かって折れ曲がった道を入り込んだ奥にあったので、今まで気がつかなかったのでした。
ここは元は近衛家の下屋敷「河原御殿」だったのを木戸孝允がもらったものです。明治10年5月19日に病床にあった孝允を明治天皇が見舞いましたが、孝允はそれからまもなく5月26日に45歳で亡くなっています。
この建物には手洗い、炊事の設備はなく、茶亭風の建物だったようです。
建物の他の部分は大正12年に移築されました。
大きな丸窓のある一階は10畳1間、周りに廊下をめぐらす質素な造りです。
京都御苑内の拾翠亭に通じる近世後期の公家邸宅の遺構です。
二階に上がる階段。
二階は6畳2間。
この座敷からは鴨川を隔ててなだらかな東山の山並みが望めます。
建物の前に広がる庭園には、
こんな石碑もあって、昔の橋の標識なのでしょうか。
庭園の横にある「かもがわ会館」は京都市の厚生施設。「京の夏の旅」拝観券600円でここでコーヒー
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などの飲み物もいただくことができました。
木戸邸の北隣に建つ達磨堂は木戸孝允の息子、忠太郎がだるまを集めるのが趣味で、集めただるまを陳列するために建てたものです。
窓の形もだるま形。
屋根の上の鬼瓦も両脇に子だるまを従えた母だるまの形をしています。
だるまの背に「木戸家新築記念 大正十二年八月」とあります。
堂の中にはぎっしり所狭しとばかりにだるまさんが並べられています。
明りがよく入るように窓は高いところに広くとられています。
日本中のだるま、中国のだるま、ありとあらゆるだるまに関連するグッズが並べらえています。よくまあこんなに集めたものです。