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哺乳類進化研究アップデート No.11ー類人猿はどうやってシッポを失くしたのか

2021-10-16 07:11:04 | 哺乳類進化研究アップデート

多くの哺乳類には尾(シッポ)がありますが、ヒト、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン、テナガザルなどを含む類人猿には尾がありません。どうやって類人猿はシッポを失くしたのでしょうか。それは、ある遺伝子の作用であることがわかってきました。それについて、サイエンス誌のニュースに出ていましたので紹介したいと思います。

出典は「”ジャンピング遺伝子”は、人間や他の類人猿の尾を消し去り、先天性欠損症のリスクを高めた可能性がある‘Jumping gene’ may have erased tails in humans and other apes—and boosted our risk of birth defects. in Science, NEWS, 21 SEP 2021, by GRETCHEN VOGEL.」です。

(オランウータンなどの類人猿は、尾を持たない)

 

マウスからサルまでの哺乳類には尾があります。しかし、ヒトを含む類人猿はそれを欠いています。類人猿が尾の発生に関わるタンパク質を作る方法を変えたDNAの断片が見つかったのです。これは、一方では危険な影響ももたらし、脊髄を含む先天性欠損症のリスクをもたらす可能性が示唆されています。

ニューヨーク大学(NYU)医学部の大学院生のボー・シーアは、尾の発生に関わることが知られている遺伝子について、類人猿特有の変化を探し始めました。その結果、TBXTと呼ばれる遺伝子において、Aluエレメントと呼ばれる短いDNA挿入を発見しました。これはすべての類人猿に存在しましたが、他の霊長類には存在しませんでした。

Alu配列は、ゲノム内を移動でき、ジャンピング遺伝子またはトランスポゾンと呼ばれることもあります。おそらく古代ウイルスの残骸であり、それらはヒトゲノムに一般的に存在し、私たちのDNAの約10%を構成しています(ウイルスは、進化の原動力になっているということが近年知られるようになりました)。Aluの挿入により、遺伝子が中断され、タンパク質の生成が妨げられることがあります。別の場合には、Aluエレメントはより複雑な効果を示し、タンパク質がどこでどのように発現するかを変えます。カリフォルニア大学サンディエゴ校の進化生物学者であるパスカル・ガヌーは、この性質が進化的多様性の大きな推進力になっていると言います。挿入は「多くの場合高くつくが、たまに大当たりします」と彼は言い、進化が維持するという有益な変化が生じます。

TBXTは、ブラキュリと呼ばれるタンパク質をコードします。ギリシャ語で「短い尾」を意味します。これは、TBXTに変異があると、マウスの尾が短くなる可能性があるためです。しかし、一見したところ、類人猿特有のAluエレメントは遺伝子に重大な破壊を引き起こしているようには見えませんでした。しかし、詳しく調べてみることで、ボー・シーアは、2番目のAluエレメントが近くに潜んでいることに気づきました。そのエレメントは類人猿だけでなく、広くサルに存在しますが、類人猿では、2つのAluがくっついてループを形成し、TBXTの発現を変化させて、結果として得られるタンパク質が元のタンパク質よりも少し短くなることに気付きました。

シーアたちは、実際にヒト胚性幹細胞がTBXTメッセンジャーRNA(mRNA)の2つのバージョンを作っていることを発見しました。1つは長く、もう1つは短くなっています。一方、マウスの細胞は長めのmRNAしか作りません。次に、彼らはゲノムエディターCRISPRを使用して、ヒト胚性幹細胞のいずれかのAluエレメントを削除しました。いずれかのAluエレメントを失うと、mRNAの短いバージョンが消えました。

短縮された類人猿特異的なTBXTが尾の発生にどのように影響するかを評価するための実験として、シーアたちは、CRISPRを使用してTBXTの短縮バージョンを持つマウスを作成しました。短縮遺伝子の2つのコピーを有するマウスは生存しませんでしたが、長いバージョンと短いバージョンを持つものは、ほぼ正常な尾の長さから全く尾なしまで、様々な性質を持って生まれてきました。これらの研究結果は、プレプリント(査読前論文)としてbioRxivに掲載されました。

これらの研究結果は、TBXTの短いバージョンが尾の発生を妨げることを示唆しています。遺伝的に改変されたマウスでは尾の長さが混在していることから、他の遺伝子も協力することで、類人猿の完全な尾の除去が達成されたとも考えられますが、類人猿特有のAluの挿入は、類人猿が出現した約2,500万年前の重大なイベントであった可能性が高いのです。

一方で、遺伝子を改変したマウスは、異常に高いレベルの神経管の問題、脊髄の発生における欠陥を示しました。脊髄が閉じない二分脊椎や、脳と頭蓋骨の一部が欠けている無脳症などの先天性欠損症は、人間ではかなり一般的に見られ、1000人に1人の新生児に出現します。

私たちが尾を失ったことで、その代価も払うことになりましたが(進化にはいつもトレードオフの事象がついてきます)、運動の改善であろうと他の何かであろうと、尾を失うことには明らかな利益があったと考えられます。一部のヒトでは小さな尾を持って生まれてくることがあり、そうしたヒトたちのゲノムを配列決定することでさらなる知見が得られる可能性もあります。


哺乳類進化研究アップデート No.10ー世襲は人間以外の動物にもある

2021-08-14 08:31:47 | 哺乳類進化研究アップデート

ちょっと驚くべき論文が出たので、緊急で紹介します。

人間社会にみられる社会的地位の継承(世襲)は、人間に特有な文化であり、実力主義や平等主義に反する、どちらかというとネガティブな捉えられ方をすることが多いと思います。しかし、そんな社会的地位の世襲の存在が、人間以外の哺乳類でも発見されたというのです。

『「地位に依存した社会性の継承は、ブチハイエナの社会的ネットワーク構造を決定する」Rank-dependent social inheritance determines social network structure in spotted hyenas. Amiyaal Ilany, Kay E. Holekamp, Erol Akçay. Science 16 Jul 2021: Vol. 373, Issue 6552, pp. 348-352』という、イスラエルと米国の研究者による論文で、7月にサイエンス誌に掲載されました。この論文の内容をあらわした写真が、この号のサイエンス誌の表紙にもなっています。

なお、サイエンス誌は、論文が掲載されてから1年経たないと全文をフリーで見れません。掲載から1年間は高い購読料を払わないと読めません。そのため、すぐ見れる要旨から紹介します。

動物の社会的ネットワークの構造は、病原体や情報の伝播だけでなく、生存(寿命)や繁殖の成功にも影響を及ぼします。しかし、社会構造を決定する一般的なメカニズムは不明確なままです。ブチハイエナは、女性優位の高度に構築された社会システムを持つ動物です。27年間にわたって収集された、野生のブチハイエナにおける73,767の社会的相互関係のデータを使用することで、社会的継承のプロセスが、どのように自分の子の社会的関係の形成と維持を決定するかを示します。自分の子と他所の子の関係は6年間にわたって、その母親と他所の子の母親の関係に類似しており、類似度は母親の社会的地位が上がるほど増加します。母子関係の強さは、社会的継承(世襲)に影響を及ぼすとともに、子供の寿命と正の相関を示します。こうした結果は、社会的関係の継承は動物の社会的ネットワークを形づくることができ、適応的トレードオフの主題であるとする仮説をサポートします』

これを、少しわかりやすく書いてみます。ブチハイエナは母親たちと子供たちで社会を作っています。そして、母親たちはそれぞれ、ある特定の社会的地位を持っています。地位の高い母親もいれば、地位の低い母親もいます。その地位の高さによってエサにありつける順番が決まっているとか、なんからの利益の違いがあるのでしょう。そして、母親の地位が高ければその子供も地位が高くなるし、母親の地位が高ければ高いほど子供も高くなりやすい、というところが今回の発見です。

さらに、母子関係が強いほどこうした地位の継承は起きやすくなり、また子供の寿命も長くなるということです。つまり、人間も含めた哺乳類において「社会的地位の高さ=寿命の長さ=健康度の高さ(=幸福度の高さ(※私の解釈))」という式が成り立つという、前回紹介した総説論文の内容とも一致しています。

具体的にブチハイエナのどのような行動によって社会的地位の継承が起きるのかは、この要旨からだけではわかりません。しかし、人間だけに見られると思われた世襲といういわば文化的な現象が、他の哺乳類にその進化的起源がある可能性が示されたことになります。この社会的地位の継承に、遺伝子はどの程度関与しているのかが興味深いところです。社会的地位の高さをサポートするような遺伝子があるのであれば、母子間の遺伝で説明できるかもしれません。しかし、母子関係が強いほど継承が起きやすいということから、むしろ文化的伝達=ミーム的伝達によって説明したほうがより妥当なように思えます。

一方、エサにありつけないとか、病気で弱っているなど、困っている母親や子供がいたら助けてあげるような利他的行動は、こうした社会的地位の継承社会と共存しているのか、あるいは共存しえないのかといったことも、ぜひ知りたいものです。


PS

ここ数年、出版された心理学系の本の帯に、メンタリストDとかいう人の推薦文とポーズを取った写真が出ているのをよく見るようになりました。なんかうさん臭くて気持ち悪くて、せっかく本の中身が良くても買う気がしなくなるなと思っていました。これは、ほんとに個人的な印象で、あまり人に言えるようなことではなかったのですが、メンタリストDとかいう人はとうとう正体をあらわしてしまったようですね。


哺乳類進化研究アップデート No.9ー社会的つながりや地位と寿命の関係

2021-07-10 20:07:42 | 哺乳類進化研究アップデート

このコロナ禍で、大学生や経済的困窮者などの社会的孤立が広がっていることが問題視されています。それとも関連するような話題として、社会的つながりや地位と寿命の関係について、人間だけでなく広く社会性哺乳類に範囲を広げてこれまでの研究成果をまとめている、1年くらい前にScience誌に掲載された総説を紹介します。

取り上げた論文は『(人と他の動物たちの健康と生存を決める社会的要因)Social determinants of health and survival in humans and other animals. Snyder-Mackler N, Burger JR, Gaydosh L, Belsky DW, Noppert GA, Campos FA, Bartolomucci A, Yang YC, Aiello AE, O'Rand A, Harris KM, Shively CA, Alberts SC, Tung J. Science. 2020 May 22;368(6493).』です。この論文でよく出てくる用語に、社会的統合(social integration)と生存(survival)がありますが、それぞれ、社会的つながり、寿命、と訳したほうが意味が通じやすいのでそうします。

過去10年ほどの多くの研究により、いじめ、孤立、経済的困窮に代表されるような社会的逆境によって、人間の健康と寿命が低下すること、死亡リスクが高まることが明らかになりました。しかし、社会性を持つ他の哺乳類においても同様に、社会的孤立と逆境が健康や寿命に影響を与えることが示されつつあります。動物においては、実験動物モデルを用いることができることも、そうした研究が進んだ理由の一つのようです。そして、人間で見られる社会的逆境と寿命の関係は、進化的なルーツがあることが示唆されるようになりました。

実験動物での研究は、社会的に誘発されたストレスが、免疫機能、病気の感受性、および寿命に直接影響を与えることを示しています。例えば、マウスでの最近の研究は、社会的に誘発されたストレスが、アテローム性動脈硬化症を含む複数の原因のために寿命を短くさせることを示しました。こうした動物での結果は、社会的逆境がほとんどすべての主要な死因による死亡リスクを増加させているという人間での結果とも一致しています。人間だけでなく、他の社会的哺乳類においても、①社会的つながり、②社会的地位、および③幼少期の逆境が、寿命や、分子的、生理学的、および疾患の結果を予測させることが示されています。③幼少期の逆境について、例えばキイロヒヒのメスでは、低い社会的地位、母親の社会的孤立、母親の喪失、高い資源(エサなど)競争、弟妹の誕生までの間隔が短いこと、幼少期の干ばつなどがあります。

 

社会的つながりと寿命の関係

下図は、人間を含めた社会性哺乳類各種(A)の、社会的つながり(D)と寿命(E)の関係を示しています。調べた動物(A、ケープハイラックス、野生の馬、シャチ、バンドウイルカ、オオツノヒツジ、人間、アカゲザル、バーバリーマカク、チャクマヒヒ、キイロヒヒ、ブルーモンキー)の多くにおいて、社会的つながり(D)が強いほど寿命(E)が長い(↑)ことが示されました。唯一、キバラマーモットでは、社会的つながりの強さは寿命の短さと相関していました。

 

社会的地位と寿命の関係

下図は、人間を含めた社会性的哺乳類各種(A)の、社会的地位(D)と寿命(E)の関係を示しています。調べた動物(A)の中で、社会的地位(D)が高いほど寿命(E)が長い(↑)ことが示されたのは、ミーアキャット、人間、カニクイザル、アカゲザル、アヌビスヒヒ、チャクマヒヒ、アナウサギ、アルプスマーモットでした。一方、そのような関係が見いだせなかった動物は、シロイワヤギ、チンパンジー、ニホンザル、キイロヒヒでした。 

 

社会的逆境と寿命をつなげる生物学的経路

社会的逆境が寿命の短縮につながるための、生物学的・分子的経路として考えられているのは、神経内分泌シグナル、視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸、交感神経系、炎症系です。炎症系で見られるのは、炎症のマスターレギュレータである転写因子NF-κBの活性化による炎症関連遺伝子(インターロイキン-6や-1β)の発現亢進です。NF-κBはまた、ストレスホルモンである糖質コルチコイドの作用を阻害するので、神経内分泌系にも影響します。アカゲザルのメスでは、ヒトでの研究と一致して、社会的つながりが低い動物個体では炎症誘発性のNF-κB活性が高まりますが、社会的つながりが高い動物個体では抗ウイルス遺伝子の発現が高まるということです。

 

私のまとめ

社会的不平等などとも関係の深い社会的逆境はその人の人生を不幸にしてしまう、人間が生み出した悪だという考え方が一般的かもしれません。しかし、実は進化学的に起源のある、社会性哺乳類から連続性のある生物学的性質かもしれないということを冷静に考える必要がありそうです。そのうえで、人間は不幸(不健康や短命)を減らすためにどうすればいいのかを考えなければいけないのだという気がします。


哺乳類進化研究アップデート No.8ーコウモリの免疫

2021-05-22 21:54:41 | 哺乳類進化研究アップデート

前回まで3回にわたって哺乳類進化研究法についての日本の総説を紹介してきましたが、今回からまたトップジャーナルからの最新研究の紹介に戻ります。今回取り上げたのは2021年1月にNature誌に掲載された総説「Irving, A.T., Ahn, M., Goh, G. et al. Lessons from the host defences of bats, a unique viral reservoir(ユニークなウイルス貯蔵庫であるコウモリの生体防御から学ぶ). Nature 589, 363–370 (2021).」です。

もう1年以上にわたって全世界を混乱におとしいれている新型コロナウイルスの大流行の出所は、中国武漢の市場で売られていた哺乳類センザンコウではないかと言われていますが、センザンコウは中間宿主であって、もともとの起源はコウモリではないかと考えられています。しかし、コウモリが新型コロナウイルスに感染してバッタバッタと死んでいるという話は聞いたことがありません。コウモリは哺乳類の中で唯一空を飛び、超音波で空間を把握する能力を持ち、血を吸う種もいたりと、かなり特殊な進化をはたした生き物であることはよく知られているところです。そして近年、ウイルスに対してコウモリの身体はどう反応しているのか、免疫システムはどうなっているのかが注目を集めています。そのあたりの知見をまとめているのが、今回紹介する総説です。

 

概要

ヘンドラウイルス、ニパウイルス、マールブルグ熱、エボラウイルス病、重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)、そして新型コロナウイルス感染症(COVID-19)といった感染症の流行は、コウモリ起源の人獣共通感染症であると考えられています。コウモリはこれらのウイルスを症状を示すことなく保有していること、体重に比べて寿命が長いこと、腫瘍形成率が低いことなど、独特な性質を6400万年の進化で身につけてきました。ウイルスに対して防御しながら、免疫寛容でもあるコウモリの免疫システムを解明することは、人間の健康の改善にとっても役立つだろうと考えられます。

 

コウモリの生物学的特性

コウモリ目の種類は1,423種と多いです。いくつかの種は冬眠、または毎日の一時的な休眠を行ってエネルギーを節約し、恒温性または変温性を示します。果汁、果物、花粉、昆虫、魚、血を含む幅広い食料を摂取します。超音波と磁気を検出します。飛行はエネルギー的にコストがかかり、飛行中のコウモリの代謝率は、同じサイズの運動する陸生哺乳類の代謝率の最大2.5〜3倍に達する可能性があります。この膨大なエネルギー需要により、1日で貯蔵エネルギーの最大50%が枯渇し、1日あたり約1,200カロリーのエネルギーを消費します。飛行中には心拍数が4〜5倍に増加し、1分あたり最大1,066拍になります。こうした高レベルの心臓ストレスを補うために、安静時に1時間に数回5〜7分間の周期性徐脈(不整脈)が誘発されるのだといいます。その高い代謝率と小さな身長にもかかわらず、コウモリは同様の体重の非飛行性哺乳類よりも実質的に長生きします。体の大きさを調整すると、哺乳類の19種だけが人間よりも長生きします。これらのうち、18種はコウモリで、1種はハダカデバネズミです。記録されているコウモリの最大寿命は、同様のサイズの非飛行性胎盤哺乳類の平均の3.5倍です。哺乳類の老化防止モデルとしても、コウモリは重要な手がかりを与えてくれる可能性があります。

 

生体防御免疫寛容のバランス

病原体や病気と戦うには適切なレベルの防御が必要ですが、過剰または調節不能な反応は細胞の損傷や組織の病理につながります。新型コロナウイルスやエボラウイルスを含む多くの新たなコウモリ由来ウイルスは、ヒトに対しては非常に病原性が高く、異常な自然免疫の活性化と長期またはより強い免疫反応につながります。対照的に、感染したコウモリはウイルス性疾患に対して寛容であることが示唆されており、高いウイルス量が組織または血清中に検出された場合でも、全くないかあっても最小限の徴候しか示しません。最近の研究で、コウモリが防御反応と病理学的反応のバランスを調整するために用いているメカニズムについての知見が得られてきました。これは、コウモリの非常に長い寿命と癌の発生率の低さにも寄与している可能性があります。

図2

上図.コウモリの強化された生体防御と免疫寛容のバランス。生体防御系として、IFN(インターフェロン)、ISG(インターフェロン刺激因子)、HSP(熱ショックタンパク質)、ABCB1(排出ポンプ)、Autophagy(オートファジー)の発現などが強化されています。一方、炎症に関わるインフラマソーム経路の、NLRP3、PYHIN、IL-1β、STINGといった因子は抑制されていて、免疫寛容に寄与しています。

 

強化された生体防御応答

細胞内でウイルス増殖を抑制することが知られるインターフェロンの発現のパターンは、ヒトとコウモリで違うようです。ヒトはⅠ型インターフェロン(IFN)を普段は最低レベルで発現していて、刺激を受けると高度に誘導されます。一方、ブラックフライングフォックス(Pteropus alecto)は普段から一定レベルのIFN-αを発現しています。Ⅰ型IFNの誘導は制限されているので、炎症性サイトカインの産生は最小限に抑えられます。また、強化されたオートファジーは、コウモリ細胞からのリッサウイルスの排除に重要な役割を果たし、免疫を調節していることが知られています。コウモリは同じサイズの飛ばない哺乳類と比べて、活性酸素の産生量が減っているとともに、重要な抗酸化物質であるSODは変わりない活性を保っています。最近の研究は、マウスで見られるような加齢に伴う活性酸素に対する防御の低下が、コウモリにはないことを示しています。

 

免疫寛容のメカニズム

パターン認識レセプターは、病原体分子の共通構造や障害を受けた細胞内分子を認識して、生体防護や炎症反応を引き起こします。STINGは細胞内のDNAを認識するパターン認識レセプターで、感染、炎症、がんにおいて重要な分子ですが、コウモリでは遺伝子変異が起きていて、これの活性が低下しています。これは、コウモリが飛ぶことによるDNA損傷に対してSTINGが過剰に反応しないように進化した結果ではないかと想像されています。他にも、病原体の侵入のセンサーである、NLRP3の発現の抑制、PYHIN遺伝子ファミリー全体の欠失も報告されています。

 

まとめ

このように、コウモリはウイルスの増殖を抑制する一定の生体防御機構を維持しながら、ウイルス感染によるインフラマソームの活性化を介した過剰な炎症誘導は抑えられているので、あまり症状が出ないということです。こうした炎症の過剰な活性化は、ヒトにおいては自己免疫疾患、自己炎症性疾患、感染症、およびいくつかの加齢性疾患(代謝性疾患や神経変性疾患など)につながっているので、これらを治療するための重要なヒントになるだろうとしています。

最後に私の感想として、この総説ではコウモリの興味深い自然免疫のユニークさがまとめられていますが、コウモリの獲得免疫(抗体やキラーT細胞による抗原特異的な免疫)のほうはどうなっているのか、あまり研究は進んでいないのかもしれませんが、知りたいところです。余談ですが、新型コロナウイルスを保有しているにもかかわらず症状が出ない人は、知らず知らずウイルスを広げているスーパースプレッダーとして恐れられていますが、そうした人たちはコウモリ型免疫の持ち主で、ウイルスに感染して症状が出る人(風邪によくかかる人はこちらかもしれません)は、いわゆるヒト型免疫の持ち主と呼んでみようかなと、個人的には思っています。


哺乳類進化研究アップデート No.7ー哺乳類進化の研究法ー化石か分子か③

2021-04-17 12:48:43 | 哺乳類進化研究アップデート

哺乳類科学という雑誌の哺乳類進化研究の特集から、今回は3番目の分子系統学からの総説ー長谷川政美.哺乳類科学,60(2):269-278,2020「分子情報にもとづいた真獣類の系統と進化」ーを紹介します。著者の長谷川氏は、著名な分子系統進化学者で、最近は著書をいくつも出されています。本総説では、哺乳形類の中の哺乳類の中の真獣類に絞って論じています。

前回紹介した古生物学では、真獣類の中の真主齧類ローラシア獣類を分けて記載するようですが、分子系統学ではこれらをまとめて北方獣類として論じることも多いようです。近年のDNA塩基配列解析の第一の大きな成果として、真獣類はアフリカ獣類(下図左上の紫部分)、異節類(左下の黄色部分)、北方獣類(右の水色部分)という3大グループに分けられることの発見だとしています。第二の大きな成果は、分子進化の速度は一定ではなく変動することを考慮に入れることで、この3大グループの分岐は超大陸の分断だけによるのではなく、分断後も海を越えた漂着などによる生物相の交流は続き、その後に3大グループに分岐したと推定するようになったことです。第三の大きな成果は、現生生物のゲノム情報から祖先の生活史形質や形態形質を推定できることだとしています。系統樹には、矩形(長方形)と円形の表現法があるが、円形系統樹だと下図のように中心部で共通祖先から放射状に生物種が進化してきた様子を表現することで、まわりの広いスペースに多くの写真や絵を張り付けることができ、著者らが考案した「系統樹曼荼羅」が知られています。

(ちなみに、この長谷川氏を総監修者とした「系統樹マンダラポスター制作チーム」は日本進化学会の2020年度教育啓蒙賞を受賞しています。ポスターとして販売されていて、私も下図の真獣類ポスターを購入して部屋に貼っています。)

さて、従来の形態学による間違った分類を修正するのに、分子系統学は大きな貢献をしたとしています。クジラ(実はカバに近い)やコウモリ(従来は霊長類に近いと言われていた)など形態的に特殊化した動物の系統的な位置づけには、分子系統学が不可欠であったし、キンモグラとモグラ、ハリテンレックとハリネズミなどの間で見られる形態的な類似性は、分類群としては大きく異なるものの収斂進化によって似た形態になったことを明らかにしたということです。

3大グループと大陸の分断を見てみると、地球上の陸地はパンゲアという巨大大陸でまとまっていましたが、1億4500万年前の白亜紀が始まるころに北のローラシアと南のゴンドワナに分裂を始め、1億500万年前にはゴンドワナが分裂しアフリカ南アメリカに分かれました。そこからは、真獣類のなかで最初に北方獣類が他から分かれ、次にアフリカ獣類と異節類が分かれたことが予想されますが、分子系統学からはそのような結果にならないのだといいます。3大グループは同時に、9000万年前くらいに分かれたという推定が得られています。そのことから、大陸の分断後もしばらくの間はそれぞれの大陸の間の距離も近かったので、動物相の交流が可能だったのだろうと予想されています。

分子系統学では、その解析方法によって結果が違ってくることがあります。例えば、DNA配列データが長ければいいというものではなく、約2800個の遺伝子を一つながりの塩基配列として解析すると(連結モデル)、間違った結果が出てきてしまう。一方、それらの遺伝子の進化速度が異なることを考慮すると(独立モデル)、やや現実に近い結果が出るということです。さらにこうした問題を克服する方法として、解析に用いるサンプル数(種の数)を増やすことが有効だとしています。

最後に私の感想として、土地が分断されて生物間の交流がなくなることが種(や、もっと上位の分類群)の分岐を推し進めてきたことは確かなようで、それは現代の分子系統学も否定していないことであり、ダーウィンが160年前に「種の起源」に書いていたことが証明されつつあるのだなと感じました。ここまで、3編の日本語総説を読んできましたが、近年注目をあびている人類化石からのゲノム解析のような古生物学と分子系統学のコラボレーションはどのように行われているのかといったところの言及はなく、こうした新しい分野での研究は日本では遅れているのかなとも感じました。