読んで泣くというより、救いがなくて読んでて苦しかった。
知的障害者のチャーリーは、やさしい心を持ち、向上心もあり、そこそこ幸せに暮らしていた。ある時、大学の研究チームが考案した知的障害の外科的治療法をはじめて受ける被験者になった。手術は成功して、チャーリーのIQはみるみる向上した。それによって記憶能力が高まったために、知的障害者だったころの記憶がよみがえってきた。それは、友達だと思っていた人たちから実はバカにされていたこと、母親から虐待を受けていてついには施設に送られて捨てられたことなど、辛い思い出だった。一方、知的能力が高まっても、人を思いやる心が発達しなかったため、今現在の周りの人たちの欺瞞と自己中心主義が許せなくて、怒りがおさまらない。そして、同じ手術を受けたネズミのアルジャーノンを観察していたら、この治療法の効力は長くは続かないことがわかり、チャーリーはまた昔のような混沌とした世界に戻ることを予見し、それに向けて心の準備を整えていく。
著者のダニエル・キースは本作のもとになる中編小説を書いて出版社に持ち込んだとき、編集者からハッピーエンドにするように求められたが、がんとして受け付けなかったという。そのうちもとのストーリーのままで出版してくれるところが見つかり、世に出ることになった。知的障害は、他人ごとではない。自分や身近な人が、いつ事故による高次脳機能障害になって、あるいは認知症になって、知的障害者のようになるかわからない。でも、今のところ、救う手立ては見つかっていない。ダニエル・キースがこの物語を安易にハッピーエンドで終わらさなかったのは、後世の人たちに救う手立てー医学的にも社会的にもーを見つけてほしいというメッセージを残したかったからかもしれない。