子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「プレシャス」:主人公が置かれたハードな環境とウェルメイドな脚本の齟齬

2010年05月20日 00時01分18秒 | 映画(新作レヴュー)
今年のアカデミー賞で最優秀脚色賞(ジェフリー・フレッチャー)と助演女優賞(モニーク)を受賞した話題の映画。ひたすら奥歯を食いしばり,世の中と自らの境遇と運命を呪っているかに見えるプレシャス(ガボレイ・シディベ)が,自分と社会を繋ぐ1本の細い糸を握り締め,自らの意志を浮力に使って地獄から羽ばたいていく。主役から端役まで,役者全員が見せる素晴らしい演技が悲劇の密度を高め,ハーレムと世界をつなぐ普遍的な物語を紡いでいる。

生活保護を受ける母親から年中罵倒され,学校では喋らず,太っていることで屑扱いを受けている。父親に犯されて産んだ子供は障害を持ち,祖母に預けているため,会うこともままならない。おまけに二人目を妊娠したことが学校に発覚し,退学処分を受けてしまった16歳のネイティブ・アフリカンの女の子。これでもかというくらい不幸を盛られた主人公が,学ぶことに希望を見出し,最後に母親を捨てるまでを描いたドラマの筋書き自体は,極めてオーソドックスだ。

モニークとガボレイ・シディベの演技が絶賛されているが,厭世的な態度を取りながら,一縷の望みを抱いてフリースクールの門を叩いたプレシャスの心と未来を開こうと心を砕く脇役陣が素晴らしい。女教師役のポーラ・パットンは「デジャブ」の時のお人形さんもどきが何だったんだと思わせるような,温もりのあるクール・ビューティ振りを見せ,すっぴんのマライア・キャリーは「グリッター」の悪夢を振り切り,レニー・クラヴィッツは生まれながらの看護士に見える。彼らのアンサンブルを楽しむだけでも,木戸銭を払う価値はあるはずだ。

だが,観終わった時に感じた作品全体の印象は,残念ながら軽量級だ。具体的には主人公の設定や展開が感じさせるハードなエッジと,ところどころに挟まれるプレシャスの想像や夢のパートが噛み合っていないという感じなのだ。一言で言うと「作り過ぎ」ということなのだろう。
製作総指揮に回ったオプラ・ウィンフリーをはじめとする制作陣が,この展開でひたすらドキュメンタリー調に徹した時の「重さ」を回避したかった,という気持ちを持ったとしても責められるものではないが,アメリカの現状を抉る鋭さという点だけで評価しても,今のリー・ダニエルズはまだ20年前のスパイク・リーの域には達していない。
でも可能性は感じる。次に狙うは「ドゥー・ザ・ライト・シングス」超えだ。
★★★
(★★★★★が最高)


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