戦争遺跡と言ってよいのかどうか・・・
日露戦争に備えてイギリスへ発注し建造された戦艦香取。
香取神宮にちなんで命名された。
日本海海戦の勝利により早期に戦争が終結し、就役は戦後の1906年(明治39年)のこととなった。
その後しばらくの間日本海軍の主力艦となり、1921年(大正10年)には皇太子渡欧に際し鹿島とともに遣欧艦隊を編成した。
香取神宮も鹿島神宮も戦いの神である。
1923年(大正12年)、ワシントン海軍軍縮条約により廃艦となり、解体された。
軍艦香取の御紋章
香取神宮に行った時のことだ。
境内をいろいろと見た後に、宝物館に入った。
階段を登ったところに木製のモニュメントがある。
「軍艦香取御紋章」とある。
軍艦の船首に取り付けてある紋章があったのだ。
こんな感じでついていた。
菊花紋章で皇室の菊花紋(十六八重表菊)のものが使われている。
皇室の代名詞であった訳だ。
戦争については悲惨さがクローズアップされているが、軍艦に菊花紋章が使われている訳、歴史的な解釈を今一度日本国民はしっかりと勉強したほうが良いと思う。
もちろん自分を含めてだ。