かつて荒川区に官営の羊毛工場である千住製絨所があった。
もっとも、その当時は荒川区ではなかったけれどね。
ゆきたんくが小さい頃、父親に連れられて初めて行った球場が「東京スタジアム」だった。そこが千住製絨所の一部だっと知ったのは最近のことだ。
そこが陸軍省管轄となったということで、日露戦争の時にも、ここで作られた服などが厳寒の地であるロシアの地で活躍したことは想像できる。
現在は東京都立荒川高等学校の周囲の一部を当時の煉瓦塀が囲んでいる。
多分関東大震災の際に崩れた所を、鉄板とボルトで補修してあるのだろう。そしてスーパー「ライフ」の角地にも、状態の良い塀が立っている。
当時を偲ぶことのできる煉瓦塀 → Map
説明板 → Map
ライフ側の塀 → Map 2021.10.02取材
このように、自治体で残してくれるのは非常にありがたいことだと思う。
それでなくても、負の遺産扱いでどんどん消えていくのであるから。