夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

『風』、若き天才たちの残された歌・・♪

2007-10-27 16:21:00 | 定年後の思い
家内と共に遅い昼食を頂いた後、
家内は独りで台所でラジオを掛けながら、皿洗いなどをしていた時、
ラジオからひとつの歌が聴こえてきた・・。

私は居間で雨の降りしきる庭の樹木を眺めていたのであるが、
ラジオから流れる歌に聴きはじめた・・。


♪人は誰も ただ一人旅に出て
 人は誰も ふるさとを振りかえる

【『風』 作詞・北山 修  作曲・端田宣彦 】


私は年金生活の63歳の身であるが、
ときおり、この歌を聴くたびに、この歌がヒットした昭和44年の頃を思い出す・・。

この頃の私は、大学を中退し、映画青年、文学青年の真似事をした後、
コンピュータの専門学校で学んでいた時期である。
何とか技術を習得した上で、民間会社に中途入社をしょうとした時であった。

この歌が街に流れていたのを何気なし最初に聴いた時は、
うまく人生を切取った歌と感心しながらも、
作詞、作曲の両氏が20代の前半で私と同世代あったことに、
驚いたのである。


♪ちょっぴり淋しくて 振りかえっても
 そこにはただ風が 吹いているだけ
    人は誰も 人生につまずいて
    人は誰も 夢破れ振りかえる


その後、私は昭和45年に何とか企業に中途入社するのであるが、
この歌に関して、遅ればせながら知った時である。

昭和43年に、北山 修、端田宣典、加藤和彦の3人で
作られた『帰って来たヨッパライ』の空前の大ヒットをしたが、
端田宣彦が作曲として、この歌以前の19歳の時に初めて作曲された歌が『風』であった。

そして、この歌の後に、北山 修が作詞されて、
はしだのりひことシューベルツのグループで、世に出され、大ヒットした。

人生に於ける40代の半ばで、過去の人生を表現された作品は数多くみられるが、
20代の前半で作詞、作曲をされた両氏は、
天才という賞賛の言葉がが相応しい、と思ったりした。

この私なりの評価は、40年近く過ぎた今でも、
決して変わらないのである。


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遥か先人の風景に思いを馳(は)せる・・♪

2007-10-27 08:37:00 | 定年後の思い
東京の郊外は、昨日の早朝から小雨が降りだし、ときおり本降りとなって折、
今朝は強い雨が降って、朝を迎えている・・。

静寂な主庭を眺めていると、昨年の10月下旬に釧路湿原の情景が思いだされた・・。

葦(ヨシ)の一帯の下草が枯れて、
朱色、黄色、薄緑色に染められて、草紅葉となっていた。

この葦の一帯の中で、落葉を終えた榛(ハン)の木が所々ポッンと観られた。

NPOのガイドさんの解説に寄れば、
その昔、本州の各地で開墾前はこのような情景であり、
温暖な本州の一部で開墾が進められて、
水田になったり、やがて田畑になった。
釧路の周辺は、余りの寒さで、長い歳月放置されていたので、こうした景観が残った・・。

私はこうした解説を聴くと、遥か彼方の縄文時代の頃からの先人を想像しながら、
日本の原風景を観られた、と感銘を受けたりしていた。


東京の郊外の降り続ける情景を眺めていると、
遥か日本の原風景に思いを重ねたりしている。



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