夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

東京郊外に住む私、『半袖』に別れを告げ、『長袖』にお久しぶり、と呟きながら・・。

2013-10-13 16:06:35 | 定年後の思い
私は東京郊外の調布市の片隅に住む年金生活の69歳の身であるが、
昨日の日中は東京都心は午後1時に31・3度を記録し、
1875年の統計開始以来、最も遅い真夏日となった、と夕方のニュースで知ったりした。

私は世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅に結婚前後の5年を除き、
63年近くこの地に住み、都心に近い地域であり、
昨日の突然の真夏日の熱さに戸惑いながら、日中の大半は我が家で扇風機に寄り添ったりした。

そして夏の半袖のスポーツシャツで、どうしてなのょ、と空を見上げたし、
天上の気候の神々の采配に戸惑ったりしていた。

やかて夜は、半袖の夏用のパジャマを着て、深夜まで本を読んだりした後、布団にもぐったりした。

今朝、ぼんやりと7時過ぎに目覚め、小庭のテラスに下り立つと、
暑さに苦手な私でも、涼しい過ぎ少し寒いじゃないの、と半袖の夏用のパジャマで感じたりした。

そして居間に戻り、地元の天気情報を視聴すると、
朝の6時は14度、昼下がりは25度前後、そして夕暮れの6時は21度前後、
秋晴れの一日となります、と報じていた。

くしゃみを3回ばかりした後、昨日の朝からは10度低いので、
涼しい過ぎはあたりまえだ、と苦笑しながら私は洗面所に向った。

やがて家内と共にのなびりと朝食した後、
『XXちゃんさぁ・・悪いけれど『半袖』のシャツ、お別れだょ・・
今日から『長袖』のスポーツシャツにするよ』
と私は家内に言ったりした。
          

10時過ぎに平素の買物の専任者の私は、スーパーで家内からの依頼品を買い求め、帰宅した後、
本日はどのコースを散策しょうかしら、と少し思案した後、野川の遊歩道とした。

私の住む所は、世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅の辺鄙な処で、
住宅街で家並みが密集しているが、
自宅の近くに野川が流れ、この両岸に遊歩道があり、私は何かしら解放感を感じて、
上流に向かったり、ときには下流に向かったりし、
こよなく歩いているコースのひとつであり、本日は下流沿いとした。

          
この野川は川べりに小道があり、そして少し高い処の両岸には遊歩道があり、
私は少なくとも週に一度は、こよなく愛している遊歩道のひとつである。

               
                       
そして私は散策と買物の時は、昨日までは制服のような定番の服装として、
夏用のストレッチパンズの長ズボン、スポーツシャツの半そで、ウォーキング・シューズとなり、
夏用の帽子を深めにかぶったりしてきたが、
本日よりスリー・シーズンのストレッチパンズの長ズボン、スリー・シーズンの長袖のスポーツシャツを
着たりし、秋の装いとした。

そして、いつものように紳士用の小物入れのB5サイズのショルダー式バックを斜め掛けをし、
本日は、たまたまコンバクト・デジカメを首回りから下げて、颯爽と歩いた。

そして情景に瞬時に魅せられた時、立ち止まりデジカメで、
記念写真ねぇ、と心の中で呟(つぶや)きながら、移りゆく季節のひとときの情景を撮ったりした。

そして今回、10数年前に小公園のあるマンションが
10数棟あるゆったりとした敷地のはずれを歩いたりした。
                            
この後、このマンション群の中央の道の歩道を歩き、私は一枚を撮ったりした。

このマンションの情景が私は魅せられて、早や7年が過ぎている。
          
私は調布市の片隅で、雑木の多い小庭に築後35年を迎えた古ぼけた一軒屋に住み、
私たち夫婦は、お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

しかしながら私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
家内に先立だれて、独りぼっちとなった時は、
やむなく自宅を処分して、小公園のあるマンションで独り住まいを思案している。

こうした状況の場合は、このマンション群の中で、こじんまりとした2LDKを買い求めて、
晩年期を過ごしたい、と思ったりしている所のひとつとなっている。
          

この後、私は再び遊歩道を歩き、対岸への橋を歩いたりした。
                     
しばらく野川の遊歩道を歩いていると、
隣接した処に世田谷区立の『きたみふれあい広場』と称された小公園があり、
私鉄の小田急の車両基地などの階上にある小公園で、
小田急のご厚意で、世田谷区が管理されている区立の公園となっている。
          
そして私は、2週間ぶりかしら、と思いながら入園し、階段の途中で歩いてきた遊歩道を眺めたりした。
この野川の遊歩道の周辺は、緑豊かな恵まれた地帯であるが、
この周辺も家並みが密集している住宅街であるので、私はやすらぎを実感できる数少ない所となっている。
          
園内を歩けば、秋晴れの陽射しが燦々とする中を歩いたり、或いは緑陰の所を歩き廻ったりした。
                    
私はこうした雑木の樹木に魅せられているが、
過ぎし日に家内と共に歩いていた時、あなたは農家の児だったから、
と私は言われ、確かに幼年期に農家の児として育てられたから、こうした情景にやすらぎを覚える、
と家内に応(こた)えたりした。

その後、園内を歩き、少し色づいた葉に見惚れたりし、いよいよ秋到来かしら、
と私は微笑んだりした。
          
私の住む地域は、毎年11月3日の『文化の日』の頃から、
あまたの落葉樹の葉は、朱色、紅色、黄色などに多彩に染めはじめ、
23日の『勤労感謝の日』の頃になると、周囲一帯までは朱色、紅色、黄色などに染めら錦繍(きんしゅう)の情景となる。

やがて葉が舞い散る中で公孫樹(イチョウ)の黄色い葉が彩(いろど)りを見せ、
そして周囲に黄色い絨毯を重なるようになるのが12月の『師走(しわす)』の初旬となっている。

こうした中なので、この時節は私は読書も中断して、付近を歩き廻ることが多いので、
あと一カ月過ぎれば錦繍(きんしゅう)の季節だよなぁ、と心の中で呟いたりした。
          
やがて園内の広場の中で、数多くの若きご夫婦が幼児、小学生の低学年と共に、やすらぎを得ている光景に、
私は人生の微笑みを頂き、そして燦々と照らす遊歩道を歩いたりした。

歩きながら川風が心地よく、何かと熱さに苦手な私は、秋到来に歓喜してスキップしたかったが、
人影が多いので、断念し帰宅した。

このように私は自宅の周辺の密集した住宅街をのがれるように、
緑の残された遊歩道、小公園、都立の公園などをひたすら歩き、日々を過ごしている。

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