いつもように本日の午前中は、平素の買物で家内から依頼された品を求めに、
最寄のスーパーに買物メール老ボーイの身の私は、帰宅後に付近の小公園を歩いたりした。
やがて帰宅後に、家内と共に昼食を頂いた後、まもなくニュースをネットで読んだりしている中、
【 プライドを上手にくすぐって、昭和型亭主を“カジ夫”に!、】
と題された見出しを見て、“カジ夫”って、家事のことかしらと思い、
何かと好奇心ばかり強い私は、精読してしまった。
この記事の原文は、『女性自身』の編集部がエッセイストの小川有里さんにインタビューされて、
編集部が纏(まと)められた記事と思われ、関連の光文社の公式サイトに、
本日12月22日昼に配信され、無断であるが転載させて頂く。
《・・プライドを上手にくすぐって、昭和型亭主を“カジ夫”に!

「家事力とは、生活力ですから、夫が家事をすることは、先々の夫のためともいえるでしょう。
とくに定年後、役割を失ってしまった夫にとっては、家庭内で役割=居場所が見つけられることにもなります」
こう話すのは、定年後の夫のしつけ直し、『定年オヤジのしつけ方』の著書もある、エッセイストの小川有里さん。
小川さんは「夫が家事をすることは、おだやかな老後の夫婦生活には、不可欠」と語る。
「そもそも『男は仕事、女は家庭』という昭和型の夫が、家事をしないのは、
『男は家事などしなくていい』と言われて育っており、
『俺には関係ない。だから、やりたくない』と思っている。
そして実際やっていないので、『できない』のです。
そして、そういう夫の妻に限って、マメな女性が多い。
自分でやったほうが早いと、家事を一手に引き受けてきたのです」
その繰り返しの賜物が、夫の「お殿様」化だ。
そこで、昭和型の亭主を妻とともに、家事をする夫=「カジ夫」にするために大事なのが、
上手にプライドをくすぐることだと小川さんは言う。

「このタイプの男性は、命令口調を嫌がるので、『一緒にやりましょう』とうまく頼むこと。
そして、やってくれたらおだててほめれば、『またやろうかな』という気にもなってくれます。
もしどう頼んでもダメな夫だったら?
そのときは、『自分の家でしょ。少しはやらなくちゃ!』と、多少強気にいきましょう。
または『手伝ってくれると、とてもうれしいの』と、甘えてみるのもとても有効です」
そして最後に、小川さんが昭和型夫婦のカジ夫化計画について、こんな心得を伝授してくれた。
「夫婦の間に、以心伝心はありません。
言わずもがな、は期待せず『言ってやってくれる』ができれば及第点!
愚痴をためないためにも、やってほしいことは、きちんと口に出して言いましょう。
そして、昭和型の夫に家事を教えるのは、妻の務め。
『やってみせ、言ってきかせて、させてみせ……』の精神で」・・》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。

私は中小業の民間会社に35年近く奮戦して、2004年〈平成16年〉の秋に定年退職し、
多々の理由で年金生活を始めて、早や年金生活13年生となっている。
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我家は家内とたった2人だけの家庭であり、
お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。
午前中の殆どは、平素の我が家の買物は、家内から依頼された品をスーパー、専門店で求め、
買物メール老ボーイとなっている。
この後、独りで自宅から3キロ以内の遊歩道、小公園などを歩いたりし、
四季折々の季節のうつろいに心も身もゆだねて、何よりも健康にもよい、と固く信じてして歩いてきた。
こうした根底には、定年前の私は、現役のサラリーマン時代は数多くの人たちと同様に多忙で、
家内は我が家の専守防衛長官のような専業主婦であり、日常の洗濯、買い物、料理、掃除などで、
家内なりの日常ペースがあり、この合間に趣味などのささやかな憩(いこ)いひとときなどを過ごしてきた・・。
こうした家内のささやかな時間を壊すのは、天敵と私は確信して、
定年後の年金生活を始めた時から、私はこのような午前中の生活を過ごしている。
それでも小心者の私は、引け目を感じて、家内の茶坊主に専念し、
家内がコーヒーか煎茶を飲みたい雰囲気を察して、私は日に5回ぐらいは淹れたりしている。
このように家事に関しては、恥ずかしながら殆どしてこなく、
ときおり庭の手入れは、現役時代から私の専任者となっているぐらいである。
しかしながら、年金生活を始める直前に家内の父が病死され、
家内の母は我が家から遠方で独り住まいとなってしまった・・。
こうした中で、家内の母は自身の身の周りは出来ても、
大掃除、季節ごとの室内のカーテン、布団、暖冷房器具、衣服、庭の手入れなどは、おぼつかなくなり、
長女の家内は季節の変わるたびに、7泊8日前後で母宅に泊りがけで行き始めた・・。
こうした関係で、ときおり私は我が家で、独りぼっちの『おひとりさま』の生活を過ごしているが、
当初は私は少し戸惑ったりした。
平素の私は、家事の全般の料理、掃除、洗濯などは、家内にお願いしているので、
恥ずかしながら、いつまでも初心者の若葉マークのような身であり、
戸惑いながら行っているのが、実態となっている。
こうした中で、平素の私たち夫婦の年金生活は、ご近所の方の奥様たちから、仲良し恋し、
と何と社交辞令を頂いている私たちでも、いずれは片割れとなり『おひとりさま』となる・・。
そして残された方は落胆し寂寥感を深める中、強い趣味があれば、やがて失墜感は薄らいで、
命果てるまで生きがいのひとつとなると思い、お互いの趣味の時は大切にしている。
こうした中で、まさかの予期できごとで、家内に先だたれた場合は、
残された私は、もとより食事、掃除、洗濯などは困苦するので、真似事をしてきた・・。

私たち年代を含め多くの先輩、後輩の男性は、一家の主(あるじ)として、もとより家計の責務で奮闘して働き、
女性の多くは後方支援となり、育児、料理、掃除、洗濯、交際など専業主婦として奮闘されてきた。
過ぎし年の1989年(平成元年)の頃に、評論家・樋口恵子さんが、
定年後に家でゴロゴロしていて、地域活動なとで忙しい妻に、まとわりつく夫の社会風潮を憂い、
掃いてもへばり付いてくる状態をたとえて、『濡れ落ち葉』と的言された。
或いは過ぎし年の2007年(平成19年)1月下旬の頃、私は読売新聞の新刊本の広告を偶然に見て、
小川有里さんの著作の『定年オヤジのしつけ方』(講談社 定価1470円)の広告記事は、
定年直後の男性の一部の人達にとっては、この世で最も恐い本のひとつ、と確信を深めながら、
微苦笑したことがあったりした。
《・・ああ、うっとうしい! 毎日家にいる夫。
家庭内2007年問題を解決する痛快エッセイ!
「定年迷子」をかかえた妻たちよ。 今立ち上がれ!
【定年オヤジの特徴!】
①テレビがお友達
②お昼は作ってくれるものと思っている
③毎日、ごろごろ居間にいる ・・》
このように綴られていて、定年後の迷子のような心が定まらない男性を正鵠に把握していると思い、
微笑んだり、苦笑したりしてきた。

セカンドライフを過ごされる男性は、それぞれの趣味を深めて過ごされれば、
目に輝きがあり、溌剌と過ごしている方が多い。
そして不幸にも、たとえ最愛の妻に先立たれて、おひとりさまになっても『生きがい』があれば、
その後の人生も溌剌と生きられる、と私は思ったりしている。
こうした中で、日常生活を過ごすには、食事、掃除、洗濯などは欠かせないので、
家事一切が出来ない諸兄・・妻が元気でいる中、少し真似事で覚えた方が自身の為でもある、
と今回の記事を読み終わった後、老ボーイの私は、微苦笑を重ねたりしている・・。

しかしながら2004年(平成16年)の秋、年金生活を始めてまもない頃、
私は家内から依頼された買物の購入品などで間違えたりすると、
『ボケチィンねぇ』
と家内は笑いながら、私に言ったりした。
この日以降、私が何かで日常生活で失敗した時、
『ボケチィンねぇ・・』とか、ある時は『ダメオ(駄目夫)クンねぇ・・』
と家内は微苦笑しながら、私に言ったりしている。
私はダメオ(駄目夫)クンという言葉は実戦してきたが、今回の“カジ(家事)夫”は、
初めて知ったよなぁ、と苦笑したしている。
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最寄のスーパーに買物メール老ボーイの身の私は、帰宅後に付近の小公園を歩いたりした。
やがて帰宅後に、家内と共に昼食を頂いた後、まもなくニュースをネットで読んだりしている中、
【 プライドを上手にくすぐって、昭和型亭主を“カジ夫”に!、】
と題された見出しを見て、“カジ夫”って、家事のことかしらと思い、
何かと好奇心ばかり強い私は、精読してしまった。
この記事の原文は、『女性自身』の編集部がエッセイストの小川有里さんにインタビューされて、
編集部が纏(まと)められた記事と思われ、関連の光文社の公式サイトに、
本日12月22日昼に配信され、無断であるが転載させて頂く。
《・・プライドを上手にくすぐって、昭和型亭主を“カジ夫”に!

「家事力とは、生活力ですから、夫が家事をすることは、先々の夫のためともいえるでしょう。
とくに定年後、役割を失ってしまった夫にとっては、家庭内で役割=居場所が見つけられることにもなります」
こう話すのは、定年後の夫のしつけ直し、『定年オヤジのしつけ方』の著書もある、エッセイストの小川有里さん。
小川さんは「夫が家事をすることは、おだやかな老後の夫婦生活には、不可欠」と語る。
「そもそも『男は仕事、女は家庭』という昭和型の夫が、家事をしないのは、
『男は家事などしなくていい』と言われて育っており、
『俺には関係ない。だから、やりたくない』と思っている。
そして実際やっていないので、『できない』のです。
そして、そういう夫の妻に限って、マメな女性が多い。
自分でやったほうが早いと、家事を一手に引き受けてきたのです」
その繰り返しの賜物が、夫の「お殿様」化だ。
そこで、昭和型の亭主を妻とともに、家事をする夫=「カジ夫」にするために大事なのが、
上手にプライドをくすぐることだと小川さんは言う。

「このタイプの男性は、命令口調を嫌がるので、『一緒にやりましょう』とうまく頼むこと。
そして、やってくれたらおだててほめれば、『またやろうかな』という気にもなってくれます。
もしどう頼んでもダメな夫だったら?
そのときは、『自分の家でしょ。少しはやらなくちゃ!』と、多少強気にいきましょう。
または『手伝ってくれると、とてもうれしいの』と、甘えてみるのもとても有効です」
そして最後に、小川さんが昭和型夫婦のカジ夫化計画について、こんな心得を伝授してくれた。
「夫婦の間に、以心伝心はありません。
言わずもがな、は期待せず『言ってやってくれる』ができれば及第点!
愚痴をためないためにも、やってほしいことは、きちんと口に出して言いましょう。
そして、昭和型の夫に家事を教えるのは、妻の務め。
『やってみせ、言ってきかせて、させてみせ……』の精神で」・・》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。

私は中小業の民間会社に35年近く奮戦して、2004年〈平成16年〉の秋に定年退職し、
多々の理由で年金生活を始めて、早や年金生活13年生となっている。
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我家は家内とたった2人だけの家庭であり、
お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。
午前中の殆どは、平素の我が家の買物は、家内から依頼された品をスーパー、専門店で求め、
買物メール老ボーイとなっている。
この後、独りで自宅から3キロ以内の遊歩道、小公園などを歩いたりし、
四季折々の季節のうつろいに心も身もゆだねて、何よりも健康にもよい、と固く信じてして歩いてきた。
こうした根底には、定年前の私は、現役のサラリーマン時代は数多くの人たちと同様に多忙で、
家内は我が家の専守防衛長官のような専業主婦であり、日常の洗濯、買い物、料理、掃除などで、
家内なりの日常ペースがあり、この合間に趣味などのささやかな憩(いこ)いひとときなどを過ごしてきた・・。
こうした家内のささやかな時間を壊すのは、天敵と私は確信して、
定年後の年金生活を始めた時から、私はこのような午前中の生活を過ごしている。
それでも小心者の私は、引け目を感じて、家内の茶坊主に専念し、
家内がコーヒーか煎茶を飲みたい雰囲気を察して、私は日に5回ぐらいは淹れたりしている。
このように家事に関しては、恥ずかしながら殆どしてこなく、
ときおり庭の手入れは、現役時代から私の専任者となっているぐらいである。

しかしながら、年金生活を始める直前に家内の父が病死され、
家内の母は我が家から遠方で独り住まいとなってしまった・・。
こうした中で、家内の母は自身の身の周りは出来ても、
大掃除、季節ごとの室内のカーテン、布団、暖冷房器具、衣服、庭の手入れなどは、おぼつかなくなり、
長女の家内は季節の変わるたびに、7泊8日前後で母宅に泊りがけで行き始めた・・。
こうした関係で、ときおり私は我が家で、独りぼっちの『おひとりさま』の生活を過ごしているが、
当初は私は少し戸惑ったりした。
平素の私は、家事の全般の料理、掃除、洗濯などは、家内にお願いしているので、
恥ずかしながら、いつまでも初心者の若葉マークのような身であり、
戸惑いながら行っているのが、実態となっている。
こうした中で、平素の私たち夫婦の年金生活は、ご近所の方の奥様たちから、仲良し恋し、
と何と社交辞令を頂いている私たちでも、いずれは片割れとなり『おひとりさま』となる・・。
そして残された方は落胆し寂寥感を深める中、強い趣味があれば、やがて失墜感は薄らいで、
命果てるまで生きがいのひとつとなると思い、お互いの趣味の時は大切にしている。
こうした中で、まさかの予期できごとで、家内に先だたれた場合は、
残された私は、もとより食事、掃除、洗濯などは困苦するので、真似事をしてきた・・。

私たち年代を含め多くの先輩、後輩の男性は、一家の主(あるじ)として、もとより家計の責務で奮闘して働き、
女性の多くは後方支援となり、育児、料理、掃除、洗濯、交際など専業主婦として奮闘されてきた。
過ぎし年の1989年(平成元年)の頃に、評論家・樋口恵子さんが、
定年後に家でゴロゴロしていて、地域活動なとで忙しい妻に、まとわりつく夫の社会風潮を憂い、
掃いてもへばり付いてくる状態をたとえて、『濡れ落ち葉』と的言された。
或いは過ぎし年の2007年(平成19年)1月下旬の頃、私は読売新聞の新刊本の広告を偶然に見て、
小川有里さんの著作の『定年オヤジのしつけ方』(講談社 定価1470円)の広告記事は、
定年直後の男性の一部の人達にとっては、この世で最も恐い本のひとつ、と確信を深めながら、
微苦笑したことがあったりした。
《・・ああ、うっとうしい! 毎日家にいる夫。
家庭内2007年問題を解決する痛快エッセイ!
「定年迷子」をかかえた妻たちよ。 今立ち上がれ!
【定年オヤジの特徴!】
①テレビがお友達
②お昼は作ってくれるものと思っている
③毎日、ごろごろ居間にいる ・・》
このように綴られていて、定年後の迷子のような心が定まらない男性を正鵠に把握していると思い、
微笑んだり、苦笑したりしてきた。

セカンドライフを過ごされる男性は、それぞれの趣味を深めて過ごされれば、
目に輝きがあり、溌剌と過ごしている方が多い。
そして不幸にも、たとえ最愛の妻に先立たれて、おひとりさまになっても『生きがい』があれば、
その後の人生も溌剌と生きられる、と私は思ったりしている。
こうした中で、日常生活を過ごすには、食事、掃除、洗濯などは欠かせないので、
家事一切が出来ない諸兄・・妻が元気でいる中、少し真似事で覚えた方が自身の為でもある、
と今回の記事を読み終わった後、老ボーイの私は、微苦笑を重ねたりしている・・。

しかしながら2004年(平成16年)の秋、年金生活を始めてまもない頃、
私は家内から依頼された買物の購入品などで間違えたりすると、
『ボケチィンねぇ』
と家内は笑いながら、私に言ったりした。
この日以降、私が何かで日常生活で失敗した時、
『ボケチィンねぇ・・』とか、ある時は『ダメオ(駄目夫)クンねぇ・・』
と家内は微苦笑しながら、私に言ったりしている。
私はダメオ(駄目夫)クンという言葉は実戦してきたが、今回の“カジ(家事)夫”は、
初めて知ったよなぁ、と苦笑したしている。
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