タンポポの「綿毛」も飛んで行く…
タンポポには「幸せ」とか「真心の愛」という花言葉があるようですが、その綿毛には、一転して「別離」「別れ」という花言葉になるらしい。若い時代に誓った愛も、経年劣化で見た目も悪くなった頃合いで、一陣の風とともに吹き飛ばされてしまうらしい^^;
誰しも子どもたちに介護の厄介は掛けたくないと思うのだろうけれど、こればかりはどうなるか分からない。頼みの綱であるはずのオッカーも、定年離婚(熟年離婚)という転機は脱したようにも思えるけれど、これから互いが欠けていくであろう部分をお互いに補え合えるかというと甚だ疑問ではある。勝手気ままに生きて来た人生だから、後のことも勝手にどうぞと言われそうではありますけれどね。我が老後を心配しているというよりも、我が家にやって来て、11年目を迎えた愛犬『さくらさん♀』の衰えが見えて来るようになって来た。我が親父が亡くなって、我が夫婦の間を取り持つような役割を担ってきた『お犬さま』であるから、家庭内では間違いなく『おやじぃ』より優先順位は高い^^; 祖母、お袋と家庭介護をわずかながらも経験し、そんな人生だから、場合によってはオッカーの介護もアリ?その前に、『さくらさん♀』の介護が必要な時もそんなに遠くない日であろうと思う『おやじぃ』であります。アハハ、白内障は少々気になるけれど、本日も食欲旺盛、快眠快便…特に健康状態に問題なし。我が家にやって来て、松島の砂浜を散歩(おデート)した頃が懐かしいけれど、まだまだ先がある。若い頃の日々を懐かしむのも良いけれど、これからの老後の在り方を充実させることの方が大事!と見方を変える『おやじぃ』でありますよ^^;
『なべ焼きうどん療法』も今夜は「ペペチノ」で…
「セクハラ」「パワハラ」etc.と世の中、様々なハラスメントが取り沙汰されておりますが、さすがに『メンハラ』という言葉は無いようであります。「ルッキズム」「見た目重視」「面食い」という表現はあるようですけれどねぇ…。「お嬢さん、マスクを取ってみて…。」と言うのも立派なハラスメントだそうである。若い頃「一つひとつのパーツは良いんだけれど、バランス(配置)が悪いだけ。」と言っていたオッカーの言葉には大笑いした^^;
友人『イチオ君』は、晩酌会でテレビを見ながら「○✕歳にしては、老け顔だねぇ…。」なんて、育毛剤、健康食品のCМに登場する体験者を評してそんな言葉を連発する。「自分の顔を鏡で見てみなさい。若いと思っているのは自分だけで、若い衆から見たら十分老け顔だよ。」とすかさず返す『おやじぃ』であります。まぁまぁ、健康食品の効果をPRするためには、年齢的には「老け顔」のオジサンが、使用(利用)後に活き活きと活動してくれれば説得力があるというものである。しかしなぁ、子どもの頃、近所の男年寄り(我が年代と同年代だと思うのであるけれど)たちは、子どもの眼には、しょぼくれていて、年寄り臭く感じたものである。(そこから平均寿命は格段に延びてますからねぇ。)
着衣が違う。重い肉体労働から解放されたetc.…まだまだ、現役として働いているのだから、老け込んでもいられない。『近所のお兄ちゃん』から『近所のおじちゃん』と呼び方は変わっても、今のところ『近所のおじぃちゃん』とまでは言われないところが救いではある。「まだ、孫も居ないのに、おじぃちゃんは失礼である。」などという子どもたちなりの『配慮』があったりしてね^^;
「額のシワは、経験の数である。」…なんて言ってみたいもんですわ。『見方を変えて』苦労の数としないところが良いんじゃないかな(笑)