万緑の中や吾子の歯生え初(そ)むる
私の最も好きな俳句の一つ、中村草田男の作です。
季節はちょうど今頃でしょう。あたり一面、まばゆいばかりの新緑です。折りしも、いとしいわが子にも真っ白い歯が生えはじめてきました。
昨日、きょうのように一雨ごとに新緑が濃く大きくなっていきます。同じように赤ん坊の成長も目を見張るものがあります。何もなかった歯茎から白い歯がニョキニョキと出てきます。いずれも命の輝きです。燃えるような生のきらめきです。
私たちの子供のそのような偉大な変化を、私は絶えず傍にいてつぶさに見てきました。
私が木々を好きなのも、子どもたちを好きなのも、そこに命の輝きをみてとれるからなのでしょうか。生きていることはただそれだけで素晴らしいことなのですね。
生後8ヶ月位から下の白い歯が2本出てきたくるみさんですが、すっかり大きくなりました。
昨日は雨の中、友だちと2人、半年ぶりくらいに佐世保に遊びに出かけました。
何度も何度も女房どのが注意事項を繰り返し話聞かせていました。ただ、遊びに出かけるのをダメだとは言いません。私もそうです。特に夫婦で話し合って、これは許すとか許さないとかの決め事はありません。
何故、佐世保に行ってはいけないと言わないのか今、あらためて傍にいる女房どのに訊いてみると「ダメという理由がないから」と即答です。
女房どののすごいところがこのへんです。子どもに向き合う姿勢がとてもナチュラルでシンプルです。意図的なところが全くありません。単純明快です。ただ生きている喜びを分かち合うだけの仲間であろうとする構えが見事です。私などとてもかないません。
くるみさんは雨の中、夕方5時頃電車で無事帰ってきました。首にネックレス、耳にはイヤリングを付けていました。小遣いで買ったのだと言います。
有紀さんが「ピアスせんと(しないの)?」「私が開けてやろか(穴を)?」と言うと、くるみさん「いや、ピアスは絶対せんもん(しない)」と、一定のポリシーがあるような口ぶりです。
有紀さんが言ったことは、まるっきり冗談ではなく、耳に穴をあけることぐらい、やろうと思えば子どもたちにも簡単にできるのです。
堅いご家庭のお父さんやお母さんには過激な話に聞こえるかもしれませんが、これは、少しおませな小学生や平均的な中学生のごくありふれた会話です。
だいたい髪を染めたり、立てたり、ねじったりするのとセットのようですからクラスの3,4人はピアスをしているでしょう。
ピアスをする・しないは別にして、親子の間でこのような話をできる関係にあることが大切だと思います。それには何もかも頭ごなしにダメだダメだと親の価値観を押し付けないことが大切です。さもないと、子どもが親の前で何も話さなくなってしまいます。
真っ白い歯が生え初めてから11年ほど、くるみさんも思春期の入口です。
2004年5月4日(火)記