東京でも30度を越えたという。今日から友達の会社の決算をがんばろう!と朝食を食べた。こんなにすっきりした気分の日の仕事??植木の手入れや洗濯を済ませると、「いざ、鎌倉へ」と香炉を見つけに出かけた。2軒食器を扱っている古い店がある。今日は混んでいるだろうな と思ったが心が軽くて飛んで行きたかった。「江ノ電は現在、乗車までに40分待ちで、長谷寺は入場まで2時間以上かかります。」と鎌倉駅のアナウンス。
紫陽花の季節だからだろうか、あらゆる年代の人たちが花ではなく、主に食べ物を目的にくりだしている。人が来ない古美術の店は閉まっている。いつも行く店に、いい香炉があったがお値段もいい。微妙に迷う価格だ。弟の分も買うと高い。また、損な姉をやっている。
あんなに怒ったような態度だった弟が4日で変わった。ニコニコおじさんだ。最初は、おそらく母の「死」が受け入れられなかったのだろう。それが生命保険の証書をもらい、不動産の名義の話を聞いてそれを受け止められたのではないだろうか。最期に母が身につけていた指輪も「形見だね」と言ってうれしそうに受け取った。「怒り」の裏には「不安」や「飢え」があることが多い。そこが埋まれば心は穏やかになる。「飢え」は「もの」ではなく、そこにあってほしい「あい」ではないだろうか。
イエスは「私の水を飲むものは渇かない」と言った。私が物を捨てられ、穏やかにしていられるのは、『愛』以外のなにものでもない。